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この秋、あの『スタンド・バイ・ミー』の世界が甦る秀作が続けて公開

斉藤博昭映画ジャーナリスト

あの夏、僕らは一生忘れない冒険に出たーー。

今から31年前、1986年の映画『スタンド・バイ・ミー』は、リアルタイムで観た人も、その後に観た人にとっても大切な一作になっているはず。原作はホラーの巨匠、スティーヴン・キングの短編で、23歳で早逝したリヴァー・フェニックスが大ブレイクした一作としても、映画ファンにとっては永遠に語り継がれる作品だ。

ひと夏の冒険は、少年を大人にする

大人になったとき、記憶の片隅に、甘く、そしてヒリヒリとした傷みも伴いながら残っている……。『スタンド・バイ・ミー』では、作家になった主人公が回想したが、同じように、人生の忘れがたい記憶になりそうな冒険を描いたのが、今週末(9/16)に公開される『50年後のボクたちは』だ。

主人公は、14歳の少年、マイク。アルコール依存症の母親についての作文を授業で朗読したりして、完全にクラスメートから“浮いた”存在(←ここ、映画の共感ポイントとして絶大)の彼が、チックという転校生と出会って、ひと夏の冒険に出発する……と、まぁ、よくある少年の成長ストーリーではある。

重要なのは転校生、チックの役割で、マイクと同じ年のはずなのに、酒も飲み、車の運転も得意。絵に描いたような“マセガキ”なのである。チックに誘われた逃避行によって、マイクの孤独な魂も、いつしか「自分は自分のままでいい」という自覚を帯び、大人の男になっていく。通過儀礼のドラマを、深刻になり過ぎず、陽気なエピソードたっぷりに描き、感情移入させる展開が見事。チックの役どころは、『スタンド・バイ・ミー』のリヴァー・フェニックスのキャラが頭をかすめる。

監督はドイツの名匠、ファティ・アキン。ヨーロッパらしい田園風景にも心癒される
監督はドイツの名匠、ファティ・アキン。ヨーロッパらしい田園風景にも心癒される

この作品、単に少年の目線というより、たとえば、リチャード・クレイダーマンの名曲「渚のアデリーヌ」が効果的に使われたりと、ある程度の年齢を重ねた大人の観客がノスタルジーをかき立てられる作りになっている。『スタンド・バイ・ミー』のような回想形式ではないが、「あの頃」を懐かしく感じさせるテイストは同作の系列と言えそう。

冒険の途中で、やはりちょっと変わり者の少女とも出会い、3人はタイトルが示すように「50年後」の自分たちがどうなっているのかに思いを馳せる。そう、これは未来の自分たちが回想する夢の日々なのである。50年後、彼ら3人がもし再会したら、どんな気分になるのか。そんなことを考えさせられ、何ともしみじみとした感慨がもたらされる佳作。

14歳だからできたことーー。

多くの人に、主人公たちと同じ気分になる、映画の奇跡が起こるのではないか。

同じキングの原作で、早くも全米が熱狂

そしてもう一作、『スタンド・バイ・ミー』を思い出さずにはいられないのが、『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』(11/3公開)だ。

原作者は、同じスティーヴン・キング。不気味なピエロにさいなまれる少年・少女の物語で、キングらしいホラーなのだが、基本の設定は『スタンド・バイ・ミー』との共通点が多い。

原作の舞台はともに、アメリカ、メイン州の小さな町(映画版『スタンド・バイ・ミー』はオレゴン州でロケ)。『IT〜』では、7人の少年少女が力を合わせて、ピエロのペニーワイズと対峙するが、子供時代と大人時代が描かれるのも『スタンド・バイ・ミー』を連想させる。

スティーヴン・キングの映像作品は賛否両論を起こすものも多いが、この『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』は間違いなく成功作だ。子供たちにしか見えないピエロの不気味さと邪悪さ(最初の登場シーンから戦慄!)。一人、また一人と犠牲者が出るサスペンスの盛り上がり、そして何より7人の子供たちの個性が原作以上にくっきりと際立ち、演じる子役たちも、何度もハッとさせる名演技を披露しているのだ。

ペニーワイズの狂気はトラウマになるレベル。全米ではピエロの団体も困惑しているとか
ペニーワイズの狂気はトラウマになるレベル。全米ではピエロの団体も困惑しているとか

先週末、全米で公開されると、週末3日間だけで1億1700万ドルという驚異的なロケットスタートを記録。この数字は『ワイルド・スピード ICE BREAK』や『ワンダーウーマン』などを上回り、『美女と野獣』、『ガーディアンズ・オブ・キャラクシー リミックス』に次ぐ今年の3位というから、これは立派! この好成績によって続編製作も決定した(明らかに続編を意識した終わり方なので……)。

『50年後のボクたちは』ほどではないが、『IT〜』も少年少女時代にしか許されない冒険を描いており、大人だからこそ、しみじみと感動してしまう瞬間が何度か訪れる。原作では1950年代が舞台だった子供時代を、映画版では1980年代に変更。これは、まさに『スタンド・バイ・ミー』が公開された時代である。

『スタンド・バイ・ミー』のスピリットが受け継がれたこの2作を、この秋はぜひ、じっくりと堪能してほしい。

『50年後のボクたちは』

9月16日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー

配給/ビターズ・エンド

(c) 2016 Lago Film GmbH. Studiocanal Film GmbH

『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』

11月3日(金・祝)より、丸の内ピカデリー、新宿ピカデリーほか全国ロードショー

配給/ワーナー・ブラザース映画

(c) 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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