Yahoo!ニュース

『メアリと魔女の花』公開2週目で安堵か、物足りないか

斉藤博昭映画ジャーナリスト

米林宏昌監督がスタジオジブリを離れ、新たな拠点、スタジオポノックで最初に作った長編アニメーション『メアリと魔女の花』は、いったいどれくらい観客に受け入れられるか。今年の夏映画の中でも注目されるトピックのひとつだったが、公開2週目の週末を終えて、とりあえず順当な数字を残していると言ってよさそう。

筆者は、公開1週目、平日のレディースデー、夕方の回を新宿の劇場で観たのだが、『パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊』、『ジョン・ウィック:チャプター2』あたりが、満席に近い回も出ているなか(スクリーン数の違いもあるので単純には比較できないが)、『メアリと魔女の花』は、開映ギリギリでも余裕で好きな席を選べる状況だった。

一気にスクリーン数を広げる公開1週目の週末はそれなりの数字を残したとしても、その後の数字がどう推移するかが、ヒットの分かれ目になる。ということで、過去の米林監督作品を振り返ると……

借りぐらしのアリエッティ』(2010年)

公開週末:9億円→2週目の週末まで:26億円〜 →最終興収:92.5億円

思い出のマーニー』(2014年)

公開週末:3億7886万円→2週目の週末まで:10億円〜 →最終興収:35.3億円

メアリと魔女の花

公開週末:4億2800万円→2週目の週末まで:12億円〜 

公開週末のスクリーン数が『マーニー』の461に対し、『メアリ』が458とほぼ同数。とりあえず『マーニー』の成績は上回っている。

『アリエッティ』と『マーニー』の数字は大きく違うが、公開週末から2週目で約3倍、最終で約10倍というペースは一致。そう考えると『メアリ』は最終で約40億円になるのではないか。公開前はポテンシャルと不安の両方があったと思うが、ひと安心の結果になりそうだ。

近年の夏休み公開のジブリ作品の、公開週末→2週目の週末まで→最終興収を振り返ると……。

風立ちぬ』(2013年)

9億6088万円→28億円→120.2億円

コクリコ坂から』(2011年)

5億8733万円→11億円〜→44.6億円

崖の上のポニョ』(2008年)

15億7581万円→32億円〜→155億円

さらに、邦画のアニメ、夏のヒット作の数字を同様に。

君の名は。』(2016年)

9億3000万円→38億円〜→約250億円

バケモノの子』(2015年)

6億6703万円→18億円〜→58.5億円

STAND BY ME ドラえもん』(2014年)

9億8825万円→32億円〜→91.8億円

この夏には、岩井俊二の実写作品をアニメ化した『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(8月18日公開)という、ヒットの可能性を“秘めた”作品も控え、「ポケモン」の新作も前作を上回る滑り出しをみせているので、『メアリ』が夏のトップアニメになるかどうかは、まだわからない。(注:『打ち上げ花火〜』は完成がギリギリになりそうなので、まだマスコミにも正式には見せていません)

すでに作品を観た人からの反応は賛否両論のようだが、筆者も最後までやや複雑な心境で観た。もちろん映像のクオリティは申し分なく、魔法の世界での心をざわめかせるキャラクターの数々やメアリの飛行など、過去のジブリ作品のいくつかが脳裏をかすめ、同スタジオの伝統が新たに受け継がれた感覚を味わった。無意識なレベルで気分が昂揚するのは事実である。ただ、ストーリーとして深く共感するかといえば、そこは物足りなく、観終わった後に残る感慨が少なかった。主人公の行動原理や成長過程が今ひとつ伝わってこないせいなのか? いや、でも、宮崎駿作品も主人公に素直に共感できたっけ? などと考えているうちに映画は終わった……という感じである。『借りぐらしのアリエッティ』をふまえて『思い出のマーニー』を観たとき、ジブリにおける米林監督の独自の方向性が感じられたが、今回はそれがちょっと逆に戻ったようでもある。とはいえ、これは米林監督の意図どおりであり、「元ジブリの監督の新作」という部分で楽しみにしている観客に向け、全体の作りとしてはツボを押さえて、すばらしいとも思う。ただ、その分、興収の数字としては、『マーニー』を大きく上回る期待感もあったのではないか。

『アリエッティ』『マーニー』『メアリ』と、つねに原作があり、それも英国児童文学という共通点があったが、今後の映画作家としての方向性がどう示されるか楽しみでもある。今回の『メアリ』では、終盤のあるシーンが、日本の現実とも重なる衝撃を一瞬、感じさせた。そうしたメッセージやテーマの深みにも期待していきたい。

『メアリと魔女の花』は、全世界155カ国の国・地域での公開も決まったということで、今後、海外の反応も楽しみになってくる。

画像

『メアリと魔女の花』

全国東宝系にてロードショー 配給/東宝

(C) 2017「メアリと魔女の花」製作委員会

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

斉藤博昭の最近の記事