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執念は花開く。「マッドマックス」の劇的な復活に涙しない者はいない…

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』6月20日ロードショー

30年ーー。

人の一生を考えると、それはとてつもなく長い時間だ。『マッドマックス』が30年ぶりに復活した。監督は、シリーズ前3作と同じ、ジョージ・ミラー。現在、70歳の彼は、30年前の第3作から30年間、シリーズの新作を、ほぼ「執念」と呼べる感情を胸に、世に送り出そうとしてきた。そして2015年の今、その執念がついに実を結んだわけで、映画ファンなら、それだけで感涙モノなのだが、30年ぶりの新作は、シリーズファンの予想も軽々と超える、豪快で強靭なアクション大作に仕上がっていた!

自作の復活にこだわる巨匠たち

大ヒットしたシリーズを、長いブランクを経て、同じ監督が自ら復活させたケースはこれまでにもあった。たとえばーー

ジョージ・ルーカス

1983年の『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』から、16年ぶりとなる1999年に『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』を完成

スティーヴン・スピルバーグ

1989年の『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』から、19年ぶりとなる2008年に『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』を完成

などが代表例として挙げられる。この両巨匠の場合も相当に長いブランクだが、それに比べても『マッドマックス』の30年は、とてつもない長さだ。しかし本来は、もっと早くシリーズ最新作が完成されていたはずだった。本作の製作過程におけるトラブルの連鎖は、映画ファンの間でも有名であり、その状況をジョージ・ミラー監督に改めてインタビューで尋ね、整理してもらうと……

もともとメル・ギブソンを主演に撮ろうと準備を進めたのが2001年。撮影まであと11週間のときに同時多発テロが起きた。米ドルの大幅な対豪ドル安が起こり、製作予算が25%膨れ上がってしまった。そうこうするうち『ハッピー フィート』の製作が始まり、そこに4年が費やされた。ようやく『マッドマックス』に着手しようとして、トム・ハーディとシャーリーズ・セロンをキャスティングしたのが2011年。オーストラリアのブロークン・ヒルで数百台の改造車を作り、スタントのリハーサルまで済ませたら、15年ぶりの大雨で、平坦な赤土の砂漠地帯に一面に花が咲き、広大な塩湖もできてペリカンやカエルが繁殖。撮影隊を一旦解散し、ロケ地が干上がるのを18ヶ月待ったが結局渇かず…。200台の車と大道具、小道具を撤収し、オーストラリアの東海岸から西海岸へ移動し、そこからアフリカ大陸のナミビアに移って、ようやく撮影が開始されたんだ。

製作に着手しようとしてから、14年もの歳月がかかって完成したことがわかる。

とはいえ、これだけの長いブランクは、観客に期待と不安の両方を抱かせる。先のルーカスやスピルバーグの場合も、シリーズ復活作には賛否の反応があったからだ。作り手の思い込みが強すぎて、空回りしていたら…。多くの『マッドマックス』ファンには、その思いがあったはず。実際、30年前の第3作ですでに、否定的感想が大半を占めていたのだから。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のすばらしい予告編が上がった時点でも、むしろ予告編の出来の良さが、「期待しすぎは禁物」という軽い不安感を増長させた。

しかし、ファンの心配は杞憂に終わったーー。

『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は、映画が始まった瞬間、その「世界」に引き込む奇跡の魔力をもった作品だった。

アクション映画の神髄を求めて…

文明が崩壊した近未来の地球で、邪悪な権力者から自由を求めて逃れる主人公たち。はっきり言って、物語はこれだけである。ここまでシンプルな物語を、堂々と提供してくれるアクション大作は、ここ数年、存在しなかったのでは?

イモータン・ジョーの造形には、日本人アーティストの前田真宏も関わっている
イモータン・ジョーの造形には、日本人アーティストの前田真宏も関わっている

余計なドラマに集中しなくていいので、権力者イモータン・ジョーの魔窟が登場する冒頭から、瞬時に異世界にトリップするわれわれ観客は、その後に展開される怒濤のチェイスアクションに、ひたすら身を任せればいい。あえて詳細な描写は書かないが、まるでサーカスとロックコンサートを融合させたような、一瞬のまばたきももったいない、めくるめく体験を味わうことだろう。

CGアクションに対する反抗心も本作の気骨。実写で撮影されたタンクローリーの横転や、俳優たちの肉体の躍動に、アクション映画ファンは「こんな作品を待ち望んでいた」と心から実感できる。

全身で、本能で、映画を受け止める。

これこそ、映画本来の魅力だーー。

30年ーー。

その間、ジョージ・ミラーは実写版以外に、『マッドマックス』のアニメ化の企画も進めていたと明かす。

ひとつの作品への、長い、長い、執念の旅路は、今ここに奇跡を起こしたのだ。

画像

『マッドマックス 怒りのデス・ロード』

配給/ワーナー・ブラザース映画

6月20日(土)、新宿ピカデリー・丸の内ピカデリー他2D/3D & IMAX3D、公開

(c) 2015 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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