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ゴールデン・グローブ受賞者で、アカデミー賞(R)確定度最高値は、この人!

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『セッション』の J・K・シモンズ(右)

米国アカデミー賞の前哨戦で、最も注目されるゴールデン・グローブ賞が、1月11日(現地時間)に決まった。いくつか軽いサプライズがあったものの、おおむね順当な結果。今年も、このゴールデン・グローブの受賞者・作品が、そのままアカデミー賞につながるケースは多いだろうが、賞に投票するメンバーがまったく異なるので、当然、違う結果になる部門も続出するはずだ。

では本年度、ゴールデン・グローブ受賞者の中で、最もアカデミー賞が確実とされる部門は何か? それは「助演男優賞」に他ならない。

受賞者は、『セッション』のJ・K・シモンズである。

『スパイダーマン』の編集長が最“恐”の鬼教師役!

J・K・シモンズと聞いて、その顔が浮かぶのは、かなり映画好きな人だろう。最もメジャーな役といえば、トビー・マグワイアが主演した『スパイダーマン』3部作での、ピーター・パーカーの上司にあたる新聞編集長か。あとは『JUNO/ジュノ』のヒロインの父親あたり…。一見、コワモテのマスクは、たしかに厳格な上司や父親の役がよく似合う。声のトーンも威厳に満ちている。若い世代を何かに導く役にはぴったりな俳優で、その個性が究極のレベルで生かされたのが、今回の『セッション』なのである。

この鬼気迫る表情が生徒たちを“支配”する…
この鬼気迫る表情が生徒たちを“支配”する…

J・K・シモンズが演じるのは、名門音楽大学で、ジャズのオーケストラを指導する教師フレッチャー。学内では「レジェンド」扱いの存在で、彼に指名されて授業を受けるのは、生徒たちの目標になっている。しかし、そのキャラクターは、あまりにも強烈で激烈。授業が始まる時間になると、時計の秒針が「12」を指した、その瞬間にドアを開けて入ってくる。ありえない精密さ! いったん指導が始まると、生徒たちに罵詈雑言を浴びせ続けるのが、フレッチャーのやり方だ。生徒を全員「オカマ」呼ばわりし、わずかでもリズムを崩す者がいれば、椅子を投げるなんて序の口。時には鉄拳制裁も辞さない。まさに体育会の「しごき」なのである。

“音楽スポ根ムービー”で主人公の脅威に

主人公ニーマンは、このフレッチャーに見出され、一流ドラマーを目指すための過酷な試練を受けるのだが、映画の観客は、そのニーマンの目線に同化して、フレッチャーの鬼軍曹っぷりに恐れをなすことになる。青春音楽映画でありながら、ノリは『フルメタル・ジャケット』や『愛と青春の旅立ち』といった軍人の映画! 特訓の末にドラマが血みどろになるなど、音楽=文科系という常識を軽々と超え、スポ根ドラマとして観る者のハートを撃ち抜いてくる。

この鬼教師役で、J・K・シモンズの演技は映画史に残る、邪悪なまでのカリスマ性を発揮している。怖いけれど、目をそらせない…と言ったらいいか。彼の演技を「飴とムチ」に例えるなら、ほぼ95%は「ムチ」で、わずかに5%くらい「飴」の瞬間が訪れる。「飴」で観客の旨を締めつけるテクニックも完璧で、フレッチャーの多面性を表現することに成功した。

作品自体も激しいうねりとなって観る者を虜にする

そして、この『セッション』が素晴らしいのは、J・K・シモンズの演技だけではい。テーマとなる「音楽」を意識したカット割りと映像の編集で、映画がまるでひとつの「曲」や「生き物」のように息づいている。観客を、音楽のうねりに巻き込みながら陶酔させていく。この感覚、ぜひ体験してほしい。

クライマックスの約15分。ニーマンとフレッチャーの「戦い」は、アクション大作も真っ青のテンションと緊迫感が怒濤のごとく押し寄せてくる。ここでもJ・K・シモンズの表情と全身を駆使した、複雑でハイレベルの演技が達成されており、観ているこちらは呆然とするしかない。

ゴールデン・グローブだけでなく、主要な前哨戦の助演男優賞をほぼ独占しているJ・K・シモンズ。その集大成となるはずのアカデミー賞で、万が一、助演男優賞部門に逆転があるとしたら、『ジャッジ 裁かれる判事』のロバート・デュヴァルあたりだが、それはそれで「歴史的大逆転」と今後、語り継がれるに違いない。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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