Yahoo!ニュース

この年末、大人が劇場で観るべき一本は『ゴーン・ガール』

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『ゴーン・ガール』 12月12日(金)全国ロードショー

『妖怪ウォッチ』や『ベイマックス』など、ファミリー向け、あるいは子供向けの娯楽作が多い、年末からお正月にかけての公開作。その中で大人の観客に強烈にアピールする映画がある。

迷わず挙げたいタイトルが『ゴーン・ガール』だ。

妻の失踪で始まるサスペンスは、信じがたい展開に…

エイミーが失踪してからの捜査劇と、出会いからの物語が交錯。その構成が絶妙だ
エイミーが失踪してからの捜査劇と、出会いからの物語が交錯。その構成が絶妙だ

監督は『セブン』『ソーシャル・ネットワーク』など独自のセンスで、つねにハイレベルな傑作・問題作を世に送り出してきた、デヴィッド・フィンチャー。彼の作品というだけで映画ファンなら興味が高まるはずだが、この新作『ゴーン・ガール』は、より多くの人に重量級のインパクトを与える物語、および作品の仕上がりに到達している。基本はサスペンスというジャンルかもしれない。しかし映画史をいろどってきた名作がそうであるように、ジャンルを超えて、より深いテーマが伝わってくるのが、この『ゴーン・ガール』だ。観た後に、誰かと話したくて、話したくて、仕方なくなる。とくに、ある程度、人生経験を積んできた人なら、さらに深い部分で心がざわめき、想像力が広がる映画になっている。

結婚5周年の記念日を迎えた朝、突然、妻のエイミーがいなくなった。室内には荒らされた跡があり、やがて、ありえない場所に血痕も発見され、血が流れた床を「拭いた」形跡も見つかる。呆然とする夫のニックだが、その状況から彼にも嫌疑がかかり、エイミーの消息がつかめないままマスコミ報道も熱を帯びて…。エイミーはどこにいるのか? 殺害されたのか? では犯人は? 事件の捜査が進むなか、エイミーとニックの出会いから失踪の朝に至る物語が描かれ、衝撃の真実が明らかになる。

こうしてストーリーの基本を書くと、よくあるサスペンスだと感じる人もいるだろう。もちろん本作には、サスペンスらしい急展開、ドンデン返しの荒技も仕掛けられている。しかし、そこからもう一歩進んで、見えてくるテーマがあり、そこに本作の真の戦慄が用意されているのだ。

不幸に陥ったとき、人は意外に冷静に対応する

突然の不幸に襲われたとき、人間はどう対応するのか。

もちろん目の前の不幸に泣き叫び、立ち直れないほど苦悩するケースは多いだろう。多くの映画でも不幸な事件はそのように描かれ、観客の共感をストレートに誘うことになる。

でも、現実はそうだろうか?

最愛の人が悲劇に遭ったかもしれないとき、強烈に感情を表現するよりも、まず冷静になる場合の方が、案外、まっとうな反応かもしれない。『ゴーン・ガール』で、妻エイミーの失踪を知った夫ニックの態度が、「心ここにあらず」というより、冷静に見えるのが決して異様ではないのは、大人の観客なら理解できるはず。ここで生きてくるのがキャスティングで、ニック役を任されたベン・アフレックが、彼らしい、いい意味での「表現力の乏しさ」を効果的に発揮している。決してベンの演技力を批判してるわけじゃありません! その持ち味を見据えた、監督フィンチャーの目利きを評価しているのです!

ニックの冷静さが、マスコミ報道によって「彼が妻を殺したかも」という世間の流れを作ってしまう。現実の多くの事件で、容疑者とされた人たちが、実際に犯行に手を染めたかどうか分からないのに犯人に見えてくるのは、われわれも経験済みだろう。

そのうえで、ニックの秘密も徐々に明かされる展開なので、われわれ観客はジェットコースターのような急激なサスペンスの流れに身を任せることになる。

毒に惹かれるのも人間の本能

エイミー役のロザムンド・パイクは、今年度の各賞で主演女優賞の有力候補に
エイミー役のロザムンド・パイクは、今年度の各賞で主演女優賞の有力候補に

そして、さらに深い本作のテーマは、平穏な人生よりも、刺激的な運命を求めてしまう人間のサガだ。

たとえ理想の相手と結ばれても、その相手が「理想」のままであり続けることは現実には不可能だ。そんな事実は、恋や結婚を経験した人なら、十分承知のはず。問題は、相手が理想の状態でなくなったら、どう対応するかということ。この点を、『ゴーン・ガール』は、かなり極端な例で提示してくる。

まぁ、マンネリな生活を続けることも可能だろう。もはや人生に刺激を求める必要もないと、割り切って日々を過ごすのもいいかもしれない。しかし相手が「理想」を超えて、自分にとって「脅威」の存在になったら…というのが、『ゴーン・ガール』の物語。マンネリな人生に飽き足らず、自ら危険な運命を選びとってしまうのは、おそらく人間の隠れた本能だ。毒のある花に引き寄せられるように…。

デヴィッド・フィインチャー監督による、研ぎすまされた映像と、妙に心地よい音楽の効果、そしてもちろん、エイミー役のロザムンド・パイクらの完璧な演技によって、2時間半、まるで「誘惑の蟻地獄」に落ちていくような快感を味わえる『ゴーン・ガール』は、大人の観客にこそ神髄を味わってもらいたい逸品だ。

そしてもし映画に衝撃を受けたら、ぜひ原作も手に取ってほしい。映画には描ききれなかった大人の苦悩が細かく描写されており、さらに胸が締め付けられ、映画には出てこない妖しいエピソードに心がざわめくことだろう。

ちなみに原作者のギリアン・フリンは、今回の映画版で脚本も執筆している。

最後に、『ゴーン・ガール』に次いで、大人に観てほしい年末までの映画をいくつか。

フューリー』は、久しぶりに戦争の虚しさを伝える傑作。ここ数年の戦争映画が、どれだけ生ぬるいアプローチだったのかを実感できる。『インターステラー』も、映画の新たな地平に挑んだ野心作として、宇宙の彼方へ夢を広げる。そしてミニシアター系では『ニューヨークの巴里夫(パリジャン)』。大人の恋愛事情にとことん共感できる作りになっており、隠れた名作です。

『ゴーン・ガール』 12月12日(金)全国ロードショー

(c) 2014 Twentieth Century Fox

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

斉藤博昭の最近の記事