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北朝鮮ホームでのサッカー日朝戦の「2つの懸念」 ブーイングと暴動

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
今年2月17日に行われた北朝鮮サッカー国内戦(朝鮮中央通信から)

 FIFA(国際サッカー連盟)ワールドカップのアジア第2次予選の日本と北朝鮮の第2戦が3月26日に北朝鮮の首都、平壌の金日成競技場で行われることが正式に決まったが、試合当日までもう一波乱ありそうな気がしてならない。

観戦後スタンドからピッチに降りて男子サッカー選手らを激励する金正恩総書記(朝鮮中央テレビから)
観戦後スタンドからピッチに降りて男子サッカー選手らを激励する金正恩総書記(朝鮮中央テレビから)

 早くも現地からのテレビ中継が危ういとの話が広まっている。主催者の北朝鮮サッカー協会と契約し、中継料を支払えば、核・ミサイル開発の資金に利用されるのを禁じている国連安保理の制裁に触れるというのだ。

 そうした障壁を乗り越え、無事開催となれば、日本男子サッカーが金日成競技場で試合を行うのは2011年11月15日のW杯アジア第3次予選以来となるが、13年前もすんなりとはいかなかった。日本からの応援団の数や取材陣の人数を巡って北朝鮮と折り合いが付かず、最後まで揉めに揉めていた。

 当時は、民主党の野田政権下で藤村官房長官(当時)は「日本代表が最大限、力を発揮できるよう支援したい」と発言し、中川正春文部科学相(当時)も「サポーターに応援に駆けつけていただくことができればと考えている」と述べ、北朝鮮に課していた独自制裁の中にある北朝鮮への渡航自粛を試合観戦に限って緩和する措置を講じていた。

 また、日本政府は日本からの資金の流入が北朝鮮の核やミサイル開発に使われてきたとの理由で制裁を発動し、朝鮮総連関係者を中心に人と、モノと金の流れを止めていたが、この時だけは日本選手をバックアップするため「例外」扱いにしていた。

 それでも国交がない、拉致問題で悪化している国への渡航だけに無制限とはいかず、日本サッカー協会は安全上、公式観戦サポーターを数百人に絞って北朝鮮側に受け入れを要望していた。

 当時、サッカー観戦専門の旅行代理店「セリエ」(東京)が2か月前から募集を開始した観戦ツアー(4泊5日)は約30万円と割高だった。仮に300人募れば、9千万円になり、外貨不足の北朝鮮にとっては悪い話ではなかった。しかし、北朝鮮が受け入れたのは65人だった。また、日本から記者とカメラマン合わせて51人が取材を申請していたが、北朝鮮が認めたのはテレビスタッフ(8人)を除き、現地に支局がある共同通信の記者を含め僅か10人に過ぎなかった。

 一方、日本戦を待たずにすでに予選から脱落し、W杯出場の夢を絶たれていた北朝鮮にとってはこの試合は「消化試合」に過ぎなかった。また、試合も週末の土日ではなく、平日の火曜日に組まれていた。ところが蓋を開けてみると、5万人収容の金日成スタジアムは満席だった。

 スタンドに人文字が描かれ、マスゲームさながらの一糸乱れぬ応援ぶりからして北朝鮮当局が動員を掛けたことは明らかだった。そして、問題の「事件」が起きた。試合開始前の日本の国歌演奏には君が代がかき消されるほど凄まじいブーイングが起きたのだ。

 過去を清算せず、拉致問題で制裁を科していた日本に北朝鮮の人々が反感を抱くのはわからないわけでもないが、北朝鮮当局もサッカー協会も国際慣例とルール、さらには最低限のマナーを守るよう指導してしかるべきだった。世界に類を見ない統制国家として知られる北朝鮮当局がその気になれば簡単にできたはずだ。

 というのも、2008年2月に北朝鮮当局が招請した米国のニューヨーク・フィルハーモニックが平壌公演でのオープニングで米国国歌を演奏した時、会場にいた観衆は幹部を含め全員起立し、舞台の袖に掲げられていた星条旗に敬意を表し、直立不動のまま米国の国歌に聞き入り、演奏が終わると、熱烈な拍手で応えていたからだ。おそらく、観客の中に誰一人として「親米」はいなかったはずだ。それでも、マナーよろしく、どの国のコンサートでもみられるような紳士淑女らしい振る舞いをしていた。

 結果として、ニューヨーク・フィルハーモニックの一行は気分を良くし、現地から米国のテレビ局が伝えた映像でこの場面を見た米国民の中には北朝鮮に好感を抱いた人も少なくなく、米国内ではお返しとして翌年に平壌交響管弦楽団を招く話も持ち上がったほどだった。

 不倶戴天の米国に対してさえ行えたことを日本に対してどうしてやらなかったのか、謎だったが、結局のところ、北朝鮮当局はブーイングを全く制止する意思がないどころか、むしろやらせたのではないかと勘ぐらざるを得なかった。

 それでも、この試合は北朝鮮が勝ったからこの程度で済んだものの、仮に負けていたならば、収拾が付かない事態が起きたかもしれなかった。というのも、その6年前に平壌で行われた友好国・イランとの試合で暴動が起きたからだ。

 ドイツW杯出場をかけた2005年3月30日の対イラン戦で北朝鮮が0-2で敗れ、本選出場を逃すと、選手だけでなく、ベンチから選手やコーチらがピッチになだれ込み、主審の判定に猛抗議し、詰め寄る一幕があった。そしてこれに刺激された観衆がエキサイトし、ピッチに椅子を投げ込み、一部はイラン選手が逃げ込んだバスにまで押しかけるなど暴動化してしまった。

 当日は金日成競技場に定員を遥かに上回る55000人が押し寄せていたが、5日前にホームで行われた対バーレーン戦(0-1)に続いて連敗したこともあって観衆らは不満を募らせていたようだ。それでもイランは日本と違って北朝鮮にとっては友好国である。

 昨年10月の杭州のアジア大会のサッカー男子準々決勝で日本に負けた時も北朝鮮の選手らは試合終了後の主審に突っかかり、猛抗議していたが、仮にパリ五輪の出場権を逃した女子に続き男子までもがホームで日本に敗れ、W杯の予選敗退と言う事態になれば、意気消沈どころの話で済みそうにない。まして、男子は平壌での日本との試合は過去4度(2勝2分)戦って一度も負けたことはないだけにそのショックは半端ではないだろう。

 先月来日し、パリ五輪出場権をかけて日本と戦った北朝鮮女子の選手らがフェアプレーに徹していたことや金正恩(キム・ジョンウン)総書記の能登半島お見舞い電報や妹の金与正(キン・ヨジョン)副部長の岸田文雄首相宛ての関係改善のシグナル(談話)などから北朝鮮も日本との対話再開に前向きと伝えられていることからブーイングも負けた場合の暴動も一切起きないものと期待して止まない。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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