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「金政権を終焉させる」「尹政権を全滅させる」と好戦的な発言を繰り返す南北首脳は「一卵性双生児」?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
韓国の尹錫悦大統領と北朝鮮の金正恩総書記(大統領室と労働新聞からキャプチャー)

 南北首脳が比較されたことはこれまで一度もなかったはずだ。どちらも「あの人権抑圧者」「あのゴロツキ」とは比較されたくはないと思っているはずだ。

 金正恩(キム・ジョンウン)総書記は1月8日に誕生日を迎え、やっと40歳になったばかりだ。一方、尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は1960年生まれで今年64歳になる。年齢では尹大統領が二回りも年上だ。朝鮮半島の風習からすれば、金総書記は還暦を過ぎた尹大統領を丁重に敬わなければならない。

 一方、政治キャリアは金総書記のほうが長い。急死した父親から2012年1月に政権の座を引き継いでいるので2021年5月に検察総長から大統領に就任した尹大統領よりも9年4か月も長い。尹大統領は先輩の金総書記から教えを請わなくてはならない。もちろん、この二人が相手をリスペクトしたり、相手から教わったりすることなど100%あり得ない話である。

 両者は年恰好などは異なるが、二人とも干支は「ネズミ年」である。

 韓国ではこの干支の人は「穏やかで我慢強い性格」、即ち、「嫌なことがあっても我慢して耐える性格」と言われているが、南北首脳に限ってはとてもそのようには見えない。むしろ、干支のもう一つの性格とされている「たまに感情を爆発させる」という点では瓜二つだ。

 挑発すれば直ぐに「報復する」とか「圧倒的な力でねじ伏せる」と脅し合い、終いには「政権を消滅させる」と言い出すところはまるでやくざの殺し文句(組を潰す)のように聞こえてならない。

 そう思うと、この一点においては遺伝子は同じで、「一卵性双生児」と言っても過言ではない。悪い意味で「以心伝心」の関係にある。一方が対抗措置を取れば、他方が連鎖反応し、同じ言葉を発し、対抗措置を取るからだ。

 韓国の「聯合通信」は今朝、金総書記が8日から9日にかけて重要軍需工場を視察した際に発した「我々は決して朝鮮半島で圧倒的な力による大事変を一方的に決行することはないが、戦争を避ける考えもまた全くない。大韓民国が我が国家を相手にあえて武力使用を企図しようとしたり、我々の主権と安全を脅かそうとしたりするならば躊躇することなく手中の全ての手段と力量を総動員して大韓民国を完全に焦土化してしまう」とのおどろおどろしい言葉を伝えていた。

 昨年末には党中央委員会の総会で「万一の場合、発生しうる核危機事態に迅速に対応し、有事の際に核戦力を含む全ての物理的手段と力量を動員して南朝鮮の全領土を平定するための大事変の準備に引き続き拍車をかけていく」と韓国を威嚇したばかりなので一度ならず、二度もと、韓国政府が金総書記の発言を「許しがたき妄言、挑発」と批判したとしても至極当たり前のことである。

 金総書記は一昨年(2022年)7月27日の休戦協定記念日での演説では「南朝鮮の政権と軍部のゴロツキが我々との軍事的対決を企み、ある種の特定の軍事的手段や方法に頼って先制的に我々の軍事力の一部分を無力化し、破壊することができると思うなら、とんでもない!そのような危険な企図は即刻強力な力によって膺懲されるであろうし、尹錫悦政権と彼の軍隊は全滅することになる」と啖呵を切っていた。

 金総書記の発言が極めて好戦的であることは誰もが認めるところだ。これが、喧嘩相手の尹大統領が穏やかで大人しく、融和的ならば、金総書記の「一人芝居」で片づけられるが、「真の平和は圧倒的な力の構築しかない」が持論の尹大統領もまた、北朝鮮に強硬な対応を取っているため実情は南北の売り言葉に買い言葉になっている。

 大統領に就任して今年で3年目になるが、尹大統領は就任した2022年5月にCNNとのインタビューで「一時的な挑発と対決を避けるための過去のアプローチは失敗だった。宥和政策を取る時代はもう終わりだ」と宣言し、「北朝鮮のいかなる脅威と挑発行為に対しても強力かつ断固として対処し、北朝鮮の挑発を阻止する」ことを強調していた。

 この年の年末(12月28日)には大統領室参謀らとの会議の場で「北朝鮮のいかなる挑発をも確実に懲らしめ、報復せよ。北朝鮮に核があるからといって恐れ、躊躇ってはならない。平和を手にするためには圧倒的で優越な戦争準備をしなければならない」と、金総書記同様に「戦争準備」という言葉を口にしていた。

 昨年の2月16日、即ち、金総書記の父親、金正日(キム・ジョンイル)前総書記の誕生日の日には「2022年国防白書」を発表し、金正恩政権を「主敵」と規定し、「我々が攻撃を受けた場合、100倍、1000倍で叩ける能力を構築せよ」と命じ、7月には釜山に入港した米戦略原潜「ケンタッキー」に乗船し、「北朝鮮が挑発すれば、金正恩政権は終末に陥る」と気勢を上げ、9月には国軍75周年の演説で「北朝鮮が核を使用した場合、米韓同盟の圧倒的な対応で金正恩政権を終息させる」と再度強調していた。

 今のところ、南北共に相手が「挑発した場合」と断ったうえで勇ましい発言を繰り返しているが、金総書記の昨日の発言を伝えた今朝の「朝鮮中央通信」をチェックすると、金総書記は韓国を焦土化する前提として▲韓国が武力使用を企図しようとした場合▲北朝鮮の主権と安全を脅かそうとした場合の二つの条件を挙げていたが、不気味なのは3つ目の前提として「そのような機会が与えられるならば」を加えていたことだ。「我々にはそのような意志と力量と能力がある」として、まるで韓国の挑発を待っているかのようなことを匂わしていた。

 昨年12月にロバート・エイブラムス前駐韓米軍司令官は「誤解と誤判の可能性があり、些細なことが衝突に繋がることになりかねない」と現状を憂慮し、中立国監視団のスウェーデンの代表も「聯合ニュース」とのインタビューで「南北軍事合意の破棄により偶発的な衝突のリスクが高まった」と語っていた。

 南北首脳の一歩も引かいない、強気な姿勢からして正月早々始まった海の軍事境界線(NLL)での南北の砲撃演習はその序幕のような気がしてならない。

(参考資料:昨年は北朝鮮のミサイル発射で、今年は韓国の軍事演習で1年が始まった!南北の対立は「最後まで行く」?)

(参考資料:金総書記の「南北断絶」宣言で軍事衝突に向け針がまた動いた!)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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