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米国の「核の権威」が米政権の北朝鮮政策を公然と批判! ハノイ会談の決裂が北の対露武器供与に繋がった!

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
北朝鮮の画報に載ったプーチン大統領と金正恩総書記のツーショット(労働新聞から)

 ブリンケン米国務長官が今日(8日)2年半ぶりに訪韓した。

 ブリンケン長官は明日まで滞在し、韓国の朴振(パク・チン)外相と北朝鮮の核・ミサイル問題、ロシアと北朝鮮の軍事協力への対応、さらにはウクライナや中東情勢など国際情勢について意見交換し、両国の関係強化を図るようだ。

 米韓外相会談では当然のごとく、近々発射されるかもしれない北朝鮮の軍事偵察衛星と日増しに強まりつつある露朝軍事提携が主な議題となる見通しだが、米韓両国は具体的かつ効果的な対抗策を打ち出せるのだろうか?

 奇しくも現在、世界的な核問題専門家として知られている米スタンフォード大のヘッカー名誉教授がソウルに滞在している。著書「核の変曲点」の韓国語版出版のPRも兼ねた訪韓だが、昨日ソウルで行った同氏の講演内容は米韓両当局者にとっては実に辛辣なものだった。

 米国の核開発の中核を担うロスアラモス国立研究所の所長を務めたこともあるヘッカー氏は2010年11月には国際原子力機関(IAEA)の要請を受け、北朝鮮の寧辺にあるウラン濃縮施設を訪問したこともある北朝鮮核問題の第一人者である。

 講演の中でヘッカー氏は金正恩(キム・ジョンウン)総書記が米朝関係正常化に向けた米国との対話を断念し、ロシアに急接近している現状を深刻に憂いていた。特に北朝鮮がロシアのウクライナ侵攻を支援しているのは「非常に悪いニュースだ」と嘆いていた。

「悪いニュース」として具体的に北朝鮮がロシアに武器供与を始めたこととロシアがその代価を北朝鮮に与えることを指していたが、ヘッカー氏は「ロシアが北朝鮮に何かを与えた場合、北朝鮮が核兵器を単独で加速度的に増やすのは難しいが、ロシアが支援すれば話は変わる」と、後者について特に憂慮していた。また、北朝鮮がロシアだけでなく、「中国にも密着していることも対北制裁を弱めることになる」と、懸念事項の一つに挙げていた。

 ヘッカー氏は「5年前(2018年)まで、少なくとも2年前まではこうした事態を憂慮することはなかった」として、「今こうした憂慮が提起され出したのはロシアがもはや責任ある核保有国でなくなったからだ」とロシアの無責任な対応を非難する一方で、「ブッシュもオバマもトランプも北朝鮮の非核化に失敗した。北朝鮮クライシスに関する政策決定は技術的部分を考慮せず、政治的要素のみを考慮していた。(歴代政権の)多くの政治的判断は正しくなく、結局は失敗に終わった」と主張し、米政府当局者の政治判断の甘さ、過ちを指摘していた。

 欧米及び日本や韓国では米朝対話決裂の最大の原因は非核化の意思がないにもかかわらず、北朝鮮は米国を欺き、密かに核開発を行い、またそのための時間稼ぎをしてきたことにあるとみているが、ヘッカー氏の主張はそれとは真逆のものであった。

 ヘッカー氏は米国の対北政策の失敗として「2009年4月の北朝鮮の人工衛星発射後からのオバマ政権の強硬路線と2019年2月のハノイでの米朝首脳会談の決裂が米朝関係正常化の障害物に作用した」ことを指摘していた。

 米朝和解の夢を描き、シンガポールでの初の米朝首脳会談に臨んだ金正恩政権はハノイでの2度目の会談が決裂するや、米国との対話の扉を完全に閉ざしてしまったが、このことについてヘッカー氏は著書の中でハノイ会談までのトランプ大統領と金総書記間の書簡の往来を取り上げ「類例のない意思疎通で北朝鮮の変化をもたらすかのように見えたが、トランプは北朝鮮を最大限に圧迫する作戦を放棄しなかった」として決裂の責任の一端が米国にあると論じていた。

 また、著書ではバイデン政権の対北政策が北朝鮮を無視する政策に回帰したことも批判の的にしていた。さらに、制裁の余波で北朝鮮が韓国よりも中国に目を向けたことで「制裁が北朝鮮の核開発プログラムの予防に全く役立たなかった」と、南北関係の悪化と中朝蜜月により制裁の効果が薄れたことも失敗の理由として挙げていた。

 ヘッカー氏は著書で「船一隻まともに手にできなかった国が10か国に満たない核保有国となり、それも唯一米国を攻撃できる3か国の1か国になるまで米国は何度もそれを防げなかったとはもどかしいばかりだ」と回顧していたが、ヘッカー氏の主張には一理があるどころか、説得力がある。

 というのも、仮にトランプ政権下の米朝会談が決裂せず、1回目のシンガポールでの首脳会談で発表された共同声明のとおりに米朝が敵対関係を清算し、新たな関係(国交正常化)を築いていたならば、その後の核開発もミサイル発射も止まり、「火星17」や「火星18」と称するICBMの開発、発射もなかったはずだ。また、国交を結び、北朝鮮を抱き込んでおけば、今日の北朝鮮によるロシアのウクライナ侵攻支持も武器の供与も防げたかもしれないからだ。

 ヘッカー氏は国際社会が懐疑的に見ている北朝鮮の非核化の意思について「私は北朝鮮がそれなりに対話を通じて米国と関係を正常化させようとしていたとみていた」と自身の考えを述べたうえで「北朝鮮としては外交が失敗した時の備えとして核開発を追求する二重経路戦略(dual-track strategy)を取っていただけである」との見方を明らかにしていた。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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