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北朝鮮が韓国財閥オーナーの訪朝を受け入れない理由 「尹錫悦政権を相手にせず」の方針

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
尹錫悦大統領と金正恩総書記(大統領室と労働新聞から筆者キャプチャー)

 韓国は良くも悪くも「性急」である。何をするにも「早く早く」でないと気が済まないようだ。

 何事も即断即決で事が早いのでその効果は行政や経済の面では顕著に表れている。小国の韓国が世界第9位の経済国にのし上がることができたのも突進型の国民性の所以であろう。

 しかし、政治や外交では性急さは禁物である。早合点すれば、相手を見誤るからだ。慎重さに事欠き、手前勝手に解釈すれば、後々そのツケが回って来る場合が多い。

 今回、韓国の最大財閥、現代(ヒュンデ)グループの玄貞恩(ヒョン・ジョンウン)会長の訪朝が頓挫したことが韓国でちょっとした話題となっている。それというのも、玄会長の要請を拒否したのが北朝鮮のこれまでの対韓窓口だった祖国平和統一委員会や統一戦線部という部署ではなく、所管外の外務省(キム・ソンイル局長)だったからである。

北朝鮮が対韓関係で外務省を前面に出したことについて韓国のメディアや専門家の間では「北朝鮮は韓国を外国扱いしている」とか、「分断状況下の特殊な関係としてではなく、国家間の関係とみなしている」「これからは韓国にも外国人並みにビザ申請を求めるのでは」等々様々な解釈が乱舞している。

 玄会長は現代グループの創始者である故鄭周永(チョン・ジュヨン)名誉会長の意志を継ぎ、北朝鮮の名勝地・金剛山の観光開発に乗り出し、道半ばで自殺した夫、鄭夢憲(チョン・モンホン)元会長の20周忌を15周忌同様に北朝鮮で執り行うため北朝鮮の対南機構のアジア太平洋委員会に接触を試みようと、韓国当局(統一部)に許可を得ようとしていた。

 ところが、その矢先突如、北朝鮮外務省は「金剛山観光地区は共和国領土の一部分であり、従って我が国に入国する問題で朝鮮アジア太平洋平和委員会は何の権限も行使することができない。南朝鮮(韓国)のいかなる人士の入国も許可できないというのは我が共和国政府の方針である」との談話を朝鮮中央通信を通じて発表し、受け入れ拒否を表明した。これにより、玄会長の訪朝を機にあわよくば南北対話の糸口を見出そうとしていた韓国政府の淡い期待は吹っ飛んでしまった。

 北朝鮮は祖国平和統一委員会やアジア太平洋委員会など従来の対韓出先機関ではなく、なぜ外務省の局長の名で入国拒否の談話を出したのだろうか?

 最大の理由は北朝鮮が韓国を「我が民族」でも「同族」でもなく、「敵」として位置付けていることにある。北朝鮮は不俱戴天の米国同様に韓国を「敵対勢力」もしくはその「追随勢力」とみなしていることにある。

 尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は大統領選挙を前に発表した外交・安保政策の中で▲北朝鮮の核ミサイルには先制攻撃で対処し、発射基地だけでなく、指揮部も叩く▲米韓合同軍事演習は大規模で実施し、戦略爆撃機、原子力空母、原子力潜水艦も展開する▲北朝鮮が核を放棄するまで制裁と圧力を弱めない▲人権問題も提起するなど対決色を鮮明にしていた。

 また、大統領選挙期間中の2021年11月17日には韓国紙「国民日報」とのインタビューで「北朝鮮は国民が不安がれば、文政権を支持するだろうと計算し、あのようにミサイルを発射している。私に政府を任せてくれれば、あの者(金正恩)の癖もしっかり治す」と発言し、大統領当選挨拶では「北朝鮮の違法で不合理な行動に対しては断固として対処する」との決意を表明し、大統領に就任した日には北朝鮮が嫌がる宣伝ビラの散布について「文在寅政権下の対北ビラ禁止法は誤った決定である。民間次元で行われている人権運動を北朝鮮の眼を見て政府が強制的に規制するのは穏当ではない」と発言していた。

 こうした尹大統領の対応に金正恩(キム・ジョンウン)総書記の妹、金与正(キム・ヨジョン)党副部長は2021年3月に発表した談話で「今の情勢ではこれ以上、存続させる理由のない対南対話機構である祖国平和統一委員会を整理する問題を日程に上げざるを得ない」と述べ、対韓窓口を閉ざす考えを明らかにしていた。

 さらに尹大統領当選後の4月2日に出した談話では「彼(尹大統領)は正気ではない。それにクズだ。同族同士焚きつけることがしたくてたまらない対決狂である。我々はこの者の対決狂気を深刻にみてとり、多くの問題を再考せざるを得なくなった」と、今日の事態を予言するような発言を行っていた。

 また金正恩総書記自身も昨年の朝鮮戦争休戦協定記念日(7月27日)での演説で尹政権について「歴代のどの保守政権をもしのぐ極悪非道な同族対決政策と事大主義的売国行為を追求し、朝鮮半島の情勢を戦争瀬戸際に追いやっている。我が政権と軍隊を『主敵』と定め、あらゆる悪事を働いている」と敵愾心を露わにしていた。

 そして、その極め付きが2022年8月10日の金与正副部長の談話である。

 韓国から北朝鮮に向け散布された宣伝ビラが新型コロナウイスの感染原因と断定した金副部長は全国非常防疫総括会議での討論で「南側の嫌悪すべき者らを同族であるとする時代錯誤的考えを持つようならばそれ以上の恐ろしい自殺行為はない」と述べ、韓国をもはや同族とはみなさないことを宣言していた。

 この年の晦日に開催された労働党中央委員会第8期第6回総会の演説に立った金総書記も「我が国家を『主敵』に規定し、『戦争準備』まで公然と口にしている南朝鮮傀儡どもは疑いもなく我々の明白な敵となった」、と文在寅(ムン・ジェイン)前政権下では死語となっていた「傀儡」という言葉まで復活させていた。

 南北は国連加盟国であり、主権国家であるが、朝鮮半島を南北に分断している軍事境界線が国境でないのと同様に南北関係は独立国家同士の関係ではなく、特殊な関係にある。

 北朝鮮は韓国同様に相手を「国家」として認めていない。北朝鮮が韓国にとって朝鮮半島の北半部を不法占拠している「反国家団体」ならば、韓国もまた北朝鮮からすれば国家ではなく、「敵対勢力」なのである。

 「尹政権相手にせず」との方針が変わらない限り、対韓窓口が再開することはないであろう。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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