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「プーチンを支える金正恩」 北朝鮮の対露軍事支援が本格的に始まる!?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
プーチン大統領と金正恩総書記(朝鮮中央通信から)

 日曜日(6月18日)に閉幕した朝鮮労働党中央委員会第8期8次全員会議(総会)では金正恩(キム・ジョンウン)総書記が5月31日の軍事偵察衛星発射の失敗や経済計画の不振による自信喪失が原因で演説しなかったと韓国の統一部が分析し、それを韓国のメディアが一斉に報じていたが、本当に金総書記の演説はなかったのだろうか?

 金総書記がこの種の重要な党会議に出席して、演説しなかったのは過去に一度もない。自ら司会を担い、開幕日の冒頭で報告を行い、最終日に総括を行うのが慣行となっていた。

 朝鮮中央通信の報道を吟味すると、確かに前回の総会(今年2月に開催)と違って、「金総書記が総会を司会した」との言及はなかった。しかし、司会をしなかったからといって、報告までしなかったのだろうか?自己顕示欲の強い、多弁な正恩総書記が一言もしゃべらずに、部下の長ったらしい報告をじっと座ったまま傍聴していたとは俄かに信じ難い。

 仮に、演壇に立たなかったとしたら主要の第一議題の「今年の主要政策執行に向けての戦いを一層果敢に展開することについて」を一体、どこの誰が報告したのだろうか?

 妹の金与正(キム・ヨジョン)党副部長ら参加者全員が報告の内容をメモっていたところをみると、第一議題の報告者は金総書記以外には考えられないが、実際演壇に立たなかったならば、巷間言われるように本当に健康状態がすぐれないのかもしれない。

 金総書記が公式の場に姿を現したのは元国防省後方総局長の玄哲海(ヒョン・チョルヘ)元帥の死去1周忌に際して5月19日に平壌の新美里愛国烈士陵を訪れて以来、28日ぶりであった。

 金総書記の動静を調べてみると、5月の公式活動はたった2度だけで、娘の「ジュエ」を連れて偵察衛星発射準備委員会を視察(16日)した時もそれまで27日間も消息を絶っていた。今年に限って言えば、1月も2日から2月6日まで36日間、公式活動を控えていた。1か月前後の長期不在は年に1度はあるが、上半期だけで3回となると、やはり健康不安を抱えているのかもしれない。

 それはそうと、第一議題の報告の中で気になった点がある。

 党中央委員会政治局が「激突する国際軍事・政治情勢に対処して米国の強盗さながらの世界覇権戦略に反旗を翻した国家との連帯をより一層強化するのをはじめ、対外活動を徹底的に国権守護、国益死守の原則に基づいて自主的に、より積極的に繰り広げるための重大課題を提起した」ことだ。

 「米国の強盗さながらの世界覇権戦略に反旗を翻した国家」とは言うまでもなくロシアを指している。

 ロシアとの連帯を一層強化し、対外活動を国権守護と国益死守の原則に基づき、自主的により積極的に繰り広げるため提起された「重大な課題」とは一体、何なのか?

 確か、党総会開幕4日前に金総書記はロシアの国慶節に際してプーチン大統領に祝電を送っていたが、その中で以下のように記していた。

 「国の主権と安全、平和な生を侵奪しようとする敵対勢力の増大する威嚇と挑戦を粉砕するためのロシア人民の闘争はプーチン大統領の正確な決心と指導の下で新しい転換的局面を迎えている。正義は必ず勝利し、ロシア人民は自己固有の伝統である勝利の歴史を引き続き輝かしていくだろう」

 「我が人民は帝国主義者の強権と専横に立ち向かってロシアの主権的権利と発展・利益を守り、国際的正義を実現するための聖なる偉業の遂行に総邁進しているロシア人民に全面的な支持と連帯を送っている。歴史のあらゆる試練を克服し、世代と世紀を継いできた朝露友好はわが両国の大事な戦略的資産であり、新しい時代の要求に即して善隣・協力関係を絶えず昇華、発展させていくのは共和国政府の確固たる立場である」

 「強国建設の雄大な目標を実現し、世界の平和と安全を頼もしく守っていこうとする両国人民の共通の念願に応じて、プーチン大統領と固く手を取り合っての朝露間の戦略的協力を一層緊密にしていく用意を確言している」

 北朝鮮はロシアのウクライナ侵攻を「正義なる戦い」と位置付けているようだ。だからこそ「ロシアが勝って当然」というわけかもしれないが、裏を返せば、「絶対に負けてはならない」ということになる。

 仮にロシアが敗北し、プーチン大統領が失脚という事態になれば、プーチン大統領と固く手を取り合ったロシアとの戦略的協力が台無しになるどころか、欧米諸国から「ロシアの次は同じ専制国家の北朝鮮」と標的にされかねない。ブッシュ政権の時に「イラクの次は北朝鮮」と標的にされた悪夢が蘇るのではないだろうか。

 このような観点からみると、ロシアの苦戦、即ち弾薬、兵器、兵力不足を傍観することはなさそうだ。そのことを匂わせたのが、5月19日に朝鮮中央通信が配信した国際問題評論家と称する金明哲(キム・ミョンチョル)なる人物の「米国はウクライナの『最後の滅亡の日』を促している」と題する文である。そこには以下のようなことが書かれてあった。

軍事パレードに登場した北朝鮮の戦車(労働新聞から)
軍事パレードに登場した北朝鮮の戦車(労働新聞から)

 「米国の対ロシア圧迫戦略の直接的所産であるウクライナ危機が発生した時から450日が経った現時点で、我々は米国と西側集団が理性を失って越えてはならない最後の限界線を越えているのを目撃している。米国とその同盟国がウクライナに精密打撃手段を引き渡すのはロシアに対する最も明白な宣戦布告であり、ロシアの主権と領土安全を脅かす直接的な軍事行動である」

 「米国とその追随勢力はロシアの傍にはいつも平和と真理を志向する正義で強力な友好国が共に立っているという事実を瞬間も忘却してはならない。今や、正義の国際社会がロシアの勝利のために勇躍奮い立つ時になった」

 北朝鮮は否定しているが、欧米の眼を気にして対露軍事支援ができない中国に代わってロシアが望む弾薬や兵器だけでなく、労働者の派遣と称し、派兵もするだろう。欧米諸国のウクライナへの武器支援や義勇兵派遣を「『平和守護』とか『正当防衛』と美化粉飾し、ロシアに対する(その種の)支援を『侵略者への共謀』と言うのは不公正であり、絶対容認すべきではない」(金明哲氏)と言っていることからも窺い知ることができる。

軍事パレードに登場した新型戦術誘導ミサイル(労働新聞から)
軍事パレードに登場した新型戦術誘導ミサイル(労働新聞から)

 米紙「ニューヨークポスト」の昨年8月5日付の記事によると、ロシアの国防専門家イーゴリ・コロチェンコ氏はロシアの国営テレビ「One TV」に出演し、「10万人の北朝鮮義勇兵が(ウクライナに)来て紛争に参加する準備ができているとの幾つかの報告がある」と発言していた。

 事実だとすると、北朝鮮は昨年7月に国家として承認した親露派の「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」に復旧、復興作業に携わる労働者の派遣を約束しているが、おそらくこのことを指しているのかもしれない。

 仮に北朝鮮が退役軍人の「労働者」だけでも4~5万人派遣しただけでも師団の数を1万1千人ぐらいだとすると、4個師団以上となる。

 「コロナ」の収束に伴い、露朝国境が開放され、鉄道や陸路を通じた物流が活発になれは、陰に陽に北朝鮮の軍事支援が本格化するのではないだろうか。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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