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第2子の金主愛は「金正恩の後継者」ではない!

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
軍事パレードのひな壇に立つ金正恩総書記の娘「金主愛」(朝鮮中央通信から)

 金正恩(キム・ジョンウン)総書記の第2子とみられる娘が人民軍創建75周年の宴会だけでなく、軍事パレードにも登場し、話題を集めている。

 娘はプロバスケットボール(NBA)の元スター選手、デニス・ロッドマン氏が2013年9月に訪朝し、金総書記の別荘に招かれた際に紹介された「主愛(キム・ジュエ)」という名の子であると言われている。「主愛」ならば2013年生まれなのでまだ10歳そこそこだ。未成年の女の子が国家の行事、それも軍関連で登場したのは今回で4度目である。

 昨年11月18日の大陸間弾道ミサイル「火星17」の発射場に連れて来られたのが最初で、続いて26日には「火星17」の発射成功に寄与した科学者・技術者らと記念写真に収まっていた。元旦放送の朝鮮中央テレビをみると、父親の弾道ミサイルの武器庫の視察にも同行していた。

 最初に登場した時は北朝鮮のメディアは「愛するお子様」と呼んでいたが、2度目の記念写真の時は「尊貴なるお子様」に代わり、今回の宴会では「尊敬するお子様」と呼称されていた。敬称がグレードアップし、それも金総書記にしか付けられていない「尊敬」という敬語が使われたことから韓国では「後継者では」との憶測が荒れ飛んでいる。ちなみに、李雪主(リ・ソルジュ)夫人には夫と行動を共にしても「尊敬する」との修飾語をつけられたことはこれまで一度もなかった。

 韓国の専門家らは娘が初登場した時は「今後、頻繁に登場するようだと後継者の可能性も否定できない」と分析していたが、短期間の間に2度も、3度も父親と一緒に登場し、それも宴会の席では軍首脳らが取り囲み、持ち上げ、また、パレードでは党序列2位の金徳訓(キム・ドックン)総理と軍トップの李炳哲(リ・ビョンチョル)軍事委員会副委員長に庇護されるかのように父と一緒に雛壇に立っている姿を見ると、「後継者説」を一笑に付すわけにはいかないのも事実である。それでも、娘が後継者になる可能性はあえてゼロに等しいと言わざるを得ない。その理由は概して4つ挙げられる。

 一つは、金総書記には男子の世継ぎがいることだ。

 韓国の国家情報院が把握している情報では、金総書記には「主愛」の他に2人の子供がいて、第1子、もしくは第3子は男であると言われている。第1子ならば、13歳で「主愛」よりも3つ年上で、第3子ならば4つ年下だ。

 男子がいるのにわざわざ、娘を後継者に指名する理由は見当たらない。それと、3歳年上の第1子ではなく、第2子を引っ張り出したのも第1子が「本命」だからこそ表に出すわけにはいかなかったのではないだろうか。

 次に、後継者の指名も、お披露目も早すぎることだ。

 父・金正日(キム・ジョンイル)前総書記が後継者に正式に指名されたのは1972年の30歳の時だ。また正恩氏が後継者に決まったのは父親が脳卒中で倒れた2008年、即ち24歳の時で、公の場にデビューしたのは2009年の党代表者大会の場で、25歳の時だ。

 さらに正恩氏に万一のことがあった場合、「後継者」とみなされていた実妹の金与正(キム・ヨジョン)党副部長も27歳になって初めて公の舞台に出てきている。ちなみにマレーシアで殺害された長男の金正男(キム・ジョンナム)氏も30歳の2001年5月に日本に不法入国するまでその存在が公にされることはなかった。「主愛」はまだ10歳で、少なくとも成人を迎えるまでは後10年は待たなければならない。

 第3に、金総書記が健在な限り、後継問題は国内ではタブー視されていることだ。

 

 金正恩氏が健康不安を抱えていて、先が長くないならば早めに後継者を決めておく手も考えられるが、外見上は血色も良く、実に健康そうに見える。相変わらず、煙草も吸っていた。従って、後継問題を急げば、逆に最高機密である金総書記の健康に問題があることを内外に知らしめてしまうことになりかねない。あまりにもリスクが大きすぎる。

 金総書記はまだ39歳である。祖父の金日成(キム・イルソン)主席は82歳まで長寿し、父親は69歳と比較的に短命に終わっているが、仮に父親の年齢まで生きれば、正恩氏はまだ30年間はトップの座に君臨できる。昔も今も、トップが健在な限り、後継問題はタブーなのである。

 最後に、「主愛」が登場した場所が軍関連に限定されていることだ。

 「主愛」が「火星17」の発射場に連れて来られた時、労働新聞は「労働党の厳粛なる宣言」なるものを発表し、その中で北朝鮮のミサイル発射が「後世の明るい笑い声や美しい夢」「明るい未来」を守るための「自衛的な抑止力」と規定していた。また、「後世の明るい笑い声と美しい夢のため平和守護の威力のある保険である核兵器を質量的に強化していく」ことも謳われていた。

 北朝鮮のミサイル・核開発が一過性のものでなく、子供ら次の世代の安全と将来を担保するためのものであることを内外にアピールするため、正当化するため後世の、次の世代の象徴として幼い娘を軍事関連の場や行事に限って、引っ張り出してきた可能性が考えられる。

 どう考えても、10歳の女の子を今、後継者にしなければならない理由が見当たらない。仮に今後、軍関連以外の行事、例えば民生部門でも頻繁に顔出すようなことがあったとしても同じような理由からすべては「子供らのため」「後世のため」「未来のため」のキャンペーンの一環として「主愛」は「広告塔」として利用されるのではないだろうか。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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