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軍事境界線に異常あり! 形骸化した休戦協定

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
北朝鮮人民軍の2016年の砲撃訓練(労働新聞から)

 朝鮮半島を南北に分断している「38度線」(軍事境界線=MDL)で南の韓国軍と北の朝鮮人民軍がほぼ同じ時期に相手を「敵」に定めた軍事演習を実施している。

 韓国軍は12月5日から6日まで在韓米軍と共に通常の軍事演習の一環として午前8時から午後6時まで江原道鉄原郡東松邑三栗里で227mm多連装ロケット(MLRS)57発、鉄原郡葛末邑東幕里でK―9自走砲140発を発射する訓練を実施しているが、北朝鮮の人民軍総参謀部は昨日(5日)、対抗措置として午後3時から4時の間に江原道金剛郡一帯と南西部の黄海南道長山串付近からそれぞれ東西の海上に向け計130発余りの砲弾射撃を行った。

 人民軍の砲弾はNLL(北方限界線)の北側の海上緩衝区域内に着弾したことから韓国軍は2018年9月の「南北軍事合意(9.19合意)の違反である」と北朝鮮を非難している。

 「9.19合意」はMDLから5km内での射撃練習や連隊級以上の野外機動訓練の中止を申し合わせている。従って、韓国軍と駐韓米軍の射撃訓練はMDLの南側5km外にある射撃場を利用して行われており、射撃方向も北側ではなく、南側に向けられている。

 人民軍参謀部の応射はこれが初めてではない。駐韓米軍が10月13日に鉄原郡で午前8時から午後6時まで10時間かけて多連装ロケットの発射訓練を行った時も翌14日に午前1時20分から25分まで黄海道馬場洞から黄海(西海)に向け130発、2時57分から3時7分まで江原道九邑里から日本海(東海)に向け40発、午後5時から6時半の間に江原道長田一帯から日本海に向け90発、午後5時20分から7時まで西海海州港から90発、西海の長山岬一帯から210発の砲弾を放っていた。

 また、18日にも「(韓国軍が)軍事境界線で我々を刺激する軍事挑発を再び行った」として午後10時頃、黄海道の長山岬一帯から黄海に向けて100発、同午後11時頃、江原道・長田から日本海に向けて150発の警告射撃を行っていた。先月(11月)3日にも金剛郡一帯から日本海上の緩衝区域内に砲弾を80数発発射している。

 幸いにも南北の砲弾は相手の領海、領土に落下、着弾していないが、10月24日には北朝鮮の商船1隻(5千トン級)がNLLを3.3km侵犯し、韓国側に入ったため韓国軍が2度警告通信し、それでも退却しないため警告射撃として機関銃を20数発発射する事件が起きている。この時、韓国の艦艇と北朝鮮の船舶は1kmの距離まで接近していた。

 この時、人民軍総参謀部は韓国海軍の護衛艦が「船舶取り締まりを口実に海上軍事境界線を2.5~5km侵犯した」として「西部戦線の海岸防衛部隊に監視・対応体制の徹底を指示し、ロケット弾を10発発射するなどの対抗措置を取った」との報道官談話を出していた。

 北朝鮮は現在、冬季軍事訓練中にある。

 冬季訓練は3月まで行われるが、12月は連隊級(約150人規模)、1月は大隊級(約500~3000人規模)、2月は師団級(約1万人規模)、そして3月には軍団級(3万~5万人規模)で実施される。韓国軍はどれも北朝鮮の軍事挑発とみなしており、尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権は文在寅(ムン・ジェイン)前政権とは異なり「北朝鮮の武力挑発には武力で対応する」との強硬姿勢を崩していない。

 軍事境界線を挟んで南北双方合わせて100万以上の軍人が対峙しているが、1950年に勃発した朝鮮戦争は72年経ってもまだ終戦しておらず、国際法的には「撃ち方止め」の状態のままである。何よりも憂慮すべきは休戦協定はあってないに等しく、実質的に形骸化していることである。

 来年で停戦協定締結から70年目となるが、1953年7月27日に締結された休戦協定を維持してきた軍事停戦委員会が1991年3月以来、一度も開かれていない。北朝鮮が軍事停戦委員会から一方的に撤収してしまったことによる。原因は1991年3月に米国が停戦委員会の国連軍首席(代表)を米軍から韓国軍将校に交代させたことに北朝鮮が反発したためだ。

 北朝鮮は3年後の1994年5月に停戦委員会に代わる窓口として人民軍板門店代表部を設置し、中国人民支援軍代表部を撤収させ、それ以降、単独で米軍側と接触してきたが、今では米朝軍事会談も没状態にある。南北の軍事ホットラインも稼働していない。

 さらに憂慮すべきは停戦委員会と並んで停戦状態を監視してきた中立国監視委員団(韓国側にスイス、スウェーデン、北朝鮮側にチェコとポーランド)が事実上、有名無実化してることだ。

 東欧社会主義政権が相次いで崩壊し、チェコとポーランドの両国が西欧化し、西側陣営に与したため中立国のバランスが崩れたとして北朝鮮は1995年5月に中立国監視団の北朝鮮側事務所を一方的に閉鎖してしまっている。

 MDLやNLLでの衝突を回避、収拾するためのメカニズムがなくなれば、不測の事態を阻止することができない。些細なトラブルも、あるいは偶発的な衝突もへたをすると、それが拡大し、局地戦、全面戦争に発展しかねない。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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