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検察が与党の告発を受理し、野党党首に出頭を通告 日本ではあり得ない「珍事」に韓国メディアの論調は?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
検察に出頭するのか?韓国最大野党「共に民主党」の李在明代表(JPニュース提供)

 与党が野党の党首を公職選挙法違反の疑いで告発した件を検察が受理し、検察に出頭を要請する珍事というか、日本では考えられない異例の事態が韓国で起きている。

 ソウル中央地検はソウル近郊の京畿道城南市の柏峴洞の土地が不正に用途変更された疑惑を巡って与党「国民の力」から告発された最大野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表に対して今月6日に検察に出頭するよう通告したのである。

 李代表は3月の大統領選で尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領と争い、史上稀に見る僅差(0.7ポイント)で惜敗した野党の前大統領候補である。それも国会で過半数をはるかに上回る169議席を有する最大野党の党首である。党の予備選で圧勝し、3日前に代表の座に就いたばかりの、それも尹政権下で初の国会がスタートしたその日に野党のトップに召喚状を出すのは韓国憲政史上初めてことである。

 この「異常事態」を韓国のメディアはどう捉えているのか、気になって各紙をチェックしてみると、6紙が社説で取り上げていた。どれもこれも一様に李代表は出頭に応じ、事実関係を明らかにすべきとの論調、主張だった。

 大統領選挙期間中から「反李在明」の旗印を鮮明にしてきた保守右翼紙「朝鮮日報」は当然のごとく李代表に手厳しい。

 「李在明民主党代表に対する検察の召還」と題する社説は「李代表は検察の召還に応じないかもしれないと言っている。しかし、公訴時効が迫っている事件を当事者の調査なしには処理できない。李代表は今回の選挙法の件だけでなく、太庄洞と柏峴洞疑惑、弁護士費用代納疑惑、法人カード不正使用の容疑でも捜査を受けている。李代表は『私は関係していない』『知らないことだ』と説明しているが、これまで(李代表が言っていることの)多くは真実ではないことが明らかになっている。彼の周辺の人物が芋ずる式に逮捕され、また極端な選択(自殺)をしている」と、李代表が召喚されなければならない理由について触れていた。

 同紙はさらに「李代表側が『検察捜査権剥奪法案』を推し進めたのも、大統領選挙の敗北から2カ月後に国会議員選挙に出馬したのも、党代表の座に就いたのも、また検察に起訴されても代表の座を維持できるように党則を改正したのもすべて検察の捜査を阻止することを意図したものとみられている。李代表は次期大統領選挙に再び出馬するとも言われている。自身に関わる問題にすべて蓋をすることもできないし、仮に蓋をするようなことがあれば、大統領選挙で国民の信頼を得ることは難しいだろう」と、李代表を突き放していた。

 「朝鮮日報」以上に李代表に辛辣な論調だったのが、日本で社会問題化されている世界平和統一家庭連合(旧統一教会)系の「世界日報」である。

 「李在明召喚通知、真実究明捜査を政争化すべきではない」との見出しの下で、李代表に対して、また「共に民主党」に対して以下のように警告していた。

 「民主党は『政治的報復』と規定し、強く反発しているが、理屈に合わない。李代表に関連する疑惑は文在寅政権の時に始まったのである。この事件の調査後に太庄洞土地開発疑惑、サンバンウルグループの弁護士費代納疑惑、新都市開発疑獄事件に関して召喚調査が行われる事態を防ぐ意図が見え隠れしている。民主党は大統領選挙で敗北した李在明氏に国会議員バッジだけでなく、代表の肩書も与え、『起訴時に党職者職務停止』の党規約条項まで改定するなど3重の防弾チョキを着せてあげた」と皮肉った上で「民主党は真実究明のための捜査を政争化せず、静かに見守るべきだ」と忠告していた。

 同紙はまた、検察に対しては「法律と証拠に基づき、政治的に考慮することなく国民が納得できるよう厳格に捜査すべきである」と後押しし、返す刀で李代表に対しては「司法リスクを回避する方便として議員職と代表職を占めたのでないならば堂々と捜査に臨むべきだ。『国民に使える』政治家ならば当然、そうしなければならない」と迫っていた。

 では、中立系の新聞の社説はどのような論調なのか?

 「韓国日報」(検察 李在明召喚通報・・・政治的論争がないようにせよ)も「李代表は堂々と召喚に応じて、疑惑を明確に晴らせば済むことだ。大韓民国は法治国家であり、法の適用にはいかなる例外も優遇もあってはならない」と李代表に検察に応じるよう勧告していた。

 しかし、その一方で「大統領の支持率が低迷し、与党が内紛に巻き込まれている時だけに(政府は)局面転換用との疑いを持たれてはならない。野党第一党の代表をフォトラインに立たせて、政治的に利用しようとしているという主張は決して馬鹿げているとは言えない。報復捜査という政治的言い争いに巻き込まれないよう司正当局の公正で節制された公権力の執行が望まれる」と尹政権を牽制していた。

 「国民日報」(「李在明召喚通報 司正政局も防弾国会も困る」)も「大統領選挙に関する公職選挙法違反の時効が9月9日なので捜査を終えなければならない検察が李代表に召喚を通知するのは当然だ」としたうえで「但し、通常国会初日に召喚状を通知することが適切であったかどうかは疑わしい。嫌疑が適用された李代表の発言も多くは大統領選挙の過程で政治的なやり取りの中で行われたものである。通常、選挙が終われば、与野党は相手の発言に対する告訴、告発を取り下げるものである。今回はそうした慣行は守られなかった。民主党は『納得できない召喚状であり、政治的報復である』と反発している」と野党に理解を示した。

 また、同紙は「李代表に対する検察と警察の捜査は約10件である。どのような形にせよ、疑惑と違法性は明らかにされなければならない」としながらも「捜査が李代表を狙った政治的報復や司正政局用であってはならない。検察と警察は誤解を避けるためにも最も中立的な態度を維持すべきである」と政府に釘を刺す一方で民主党と李代表に対しても「政治報復のみを強調し、明白な疑惑を無視してはならない。司正政局造成も問題だが、李代表を守るための防弾国会も問題となるであろう」と、警鐘を鳴らしていた。

 尹政権に批判的な論調の多い「ソウル新聞」はどうか?

 同紙は「李在明捜査に民生を人質にすることはあってはならない」の見出しの下、以下のように展開していた。

 「李代表は党代表受諾演説で『一にも二にも民生、最後もこれまた民生』との決意を示していた。与党の権性東(クォン・ソンドン)院内代表との会談でも民生国会と与野党の協調を強調していた。(中略)検察捜査を口実にこうした立法上の課題を無視し、対与党闘争にしがみつくならば、それは李在明を救うため国民を人質に取ることに等しい。検察の政治的中立を強調してきた民主党が李代表者の捜査を前に政治的論理を唱えていること自体が矛盾している。いかなる場合においても、民生と国会は与野党の政治紛争の犠牲になってはならない」と意外にも李代表にとって辛辣な内容となっていた。

 最後に取り上げるのは「朝鮮日報」とは常に真逆の論陣を張っている進歩系の代表紙「ハンギョレ新聞」の社説である。

 「定期国会初日に第1野党に舞い込んだ検察の召喚状」の見出しの下、同紙は「定期国会の初日に、また就任してまだ3日しか経っていない第1野党の代表に検察が召喚状を通知するのは異例のことである」と指摘し、つぎのように続けた。

 「検察の説明どおり、大統領選挙は3月9日に行われたので、時効が終わる前の9日までに検察が事件を終結させるのは正しい。刑事法体系上、事件終結前に被告人の捜査を完了しなければならないのも事実だ。しかし、だからと言って、野党代表の召喚という事案を担当検察官の純粋な判断によってなされたとは信じがたい。特に検察は李議員を狙ったとみられる新都市再開発事業について8月31日から1日にかけて大規模な家宅捜査を繰り広げ、民主党の危機意識を刺激していた。そのうえで待っていたかのように出頭要請状が送られてきたわけだから民主党が『戦争』と呼んで党次元で強烈に反発するのは当然のことである」と野党の立場に理解を示した。そのうえで次のように続けた。

 「検察当局は太庄洞と柏峴洞特恵疑惑以外にも李代表との関係でまだ明らかにしていない疑惑についても大々的に調査しているが、このようなやり方ならば、李代表に関する事件は些細なことであってもその都度、李代表を召喚し、検察の捜査で第1野党を焦土化させるのではないかとの懸念がある。始まったばかりの与野協調は言うまでもなく、国会に山積されている立法課題がきちっと処理されるのか懸念される」

 最後に社説は次のように指摘し、締めくくっていた。

 

「執権層と関連した事案は次々と不起訴処分となっている。提起された事件の調査は誰にとっても公正かつ厳格でなければならないが、事案と重大性、内容を適切に検討しなければ、政治報復性調査の批判は免れないであろう。李代表もまた政治報復論争とは別に提起された疑惑について誠実に解明する必要がある」

 なお、今朝発表された大手世論調査会社「韓国ギャラップ」が行った与野党の次期大統領候補の中で「誰が望ましいか」との世論調査で李代表は27%を得て、9%の韓東勲(ハン・ドンフン)法務部長官や4%の呉世勲(オ・セフン)ソウル市長らを押さえ、1位にランクされていた。

参考資料:韓国の大統領選挙は「犯罪者同士」の大統領選?  敗れた候補は刑務所行き!)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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