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一瞬にして泡と消えた文大統領の「終戦宣言」提案 北朝鮮の狙いは?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
文在寅大統領と金正恩委員長(労働新聞から)

 北朝鮮が今朝、李泰成(リ・テソン)外務省次官の談話を通じて文在寅大統領が国連で呼び掛けたばかりの南北と米国の3か国による終戦宣言もしくは中国も含めた4か国による終戦宣言を「時期尚早」と、現時点では受け入れる考えがないことを表明した。

 文大統領は22日(米東部時間で21日)の国連総会演説で「朝鮮戦争の終戦宣言こそ朝鮮半島で和解と協力の新たな秩序をつくる重要な出発点になる」として朝鮮戦争停戦協定締結国による朝鮮半島での戦争終結宣言を行うことを提案していた。

 自身の提案について文大統領は23日、帰国途中の専用機で同行記者団に「すでに米国、中国の同意があった」と上機嫌だった。しかし、わずか1日で北朝鮮から冷水を浴びせられる格好となった。

 それにしても北朝鮮の反応は素早かった。北朝鮮も27日にはキム・ソン国連大使が演説することになっていた。そこで反論すれば良いものを早めたのは4か月ぶりに茂木外相、プリンケン国務長官それに鄭外相による日米韓外相会談が国連の場で開かれたからであろう。日米韓3か国会談の中心議題は北朝鮮問題で、非核化交渉を再開するための策を講じることにあった。当然、終戦宣言についても話し合われていたはずだ。

 北朝鮮の今は「ノー」の反応には大歓迎されるだろうと思っていた韓国は言うに及ばず、終戦宣言には消極的な立場だった米国も日本もさぞかし驚いたことであろう。終戦宣言は元来、北朝鮮の「発案」でもあり、「宿願」であるからだ。金正恩総書記が米朝首脳会談の場でトランプ大統領に朝鮮半島の平和構築の一環として、また北朝鮮の安全保障の担保として受け入れを迫っていたのは周知の事実である。

 こうした経緯もあって李次官は「長期間続いている停戦協定が終わったことを公にする点において終戦宣言は象徴的な意味がある」と述べ、また「今後、平和保障体系樹立に向かう上で終戦宣言を行うことは、一度は通らなければならない問題である」と位置付けていた。北朝鮮としても終戦宣言そのものを拒否する考えがないことは明らかだ。

 そのことを前提に李次官は終戦宣言の採択が時期尚早の理由について米国の敵視政策の継続を挙げていた。今年の2月と8月の2度の「ミニットマン3」大陸間弾道ミサイル(ICBM)の試射と、5月の米韓ミサイル指針終了宣言、それに米国の日韓への武器売却などが「いずれも我々を狙ったものである」と、米国の軍事プレッシャーを問題にしていた。

 北朝鮮からすれば日米韓の軍備増強が続く限り「終戦宣言が現時点では朝鮮半島情勢の安定に全く役に立たず、米国の敵視政策を隠蔽するための煙幕に誤って利用されかねない」との現状認識のようだ。深読みすれば、日米韓の軍備増強が続く限り、北朝鮮もまた核・ミサイルの開発を継続するとの意思表示でもあり、威嚇でもある。

 李次官は「朝鮮半島の情勢が一触即発の状況へ突っ走っている中で反故にすぎない終戦宣言が我々に対する敵視撤回へ繋がるとのいかなる保証もない」として「朝鮮半島で生じる全ての問題の根底には例外なく米国の対朝鮮敵視政策が置かれている」と米国に対しては従来の主張を繰り返し、返す刀で「我々を取り囲む政治的環境が変わらず、米国の敵視政策が変わらない限り、終戦を十回、百回宣言するとしても変わるものは一つもない」と述べ、米国が先に敵視政策を撤回しない限り「今は終戦を宣言する時ではない」と文大統領にも釘を刺していた。

 李次官は「我々はすでに終戦宣言が誰それに与える『プレゼント』ではなく、情勢の変化によって瞬間に反故に変わりかねないという立場を公式に明らかにしたことがある」と述べていたが、これはどうやら「米国が対朝鮮敵視政策を撤回するための根本的な解決策を提示せず、情勢変化によって一瞬で反故になり得る終戦宣言や連絡事務所開設のような副次的な問題を持って我々を協議へ誘導できると打算するならば問題解決はいつになっても見込みがない」との2019年11月14日の金明吉(キム・ミョンギル)巡回大使の談話を指しているようだ。

 李次官は最後に「米国の二重基準と敵視政策の撤回は朝鮮半島情勢の安定と平和保障において最優先的な順位にある」として敵視政策の撤回なく米朝対話にも終戦宣言にも応じない考えを明らかにしたが、裏を返せば、制裁緩和など米国が敵視していないことを言葉ではなく行動で示せば、交渉の場に出る用意があることを表明したことに等しい。

 北朝鮮はこれまでならば、文大統領の発言に対して、またサリバン米大統領補佐官ら米高官の発言に対しては金正恩総書記の実妹の与正(ヨジョン)党副部長が談話を発表し、反応していたが、今回は格下の李外務次官の発言に留めていた。米韓の反応を見極めたいとの思惑があるようだ。米韓の対応次第では、次は与正氏が談話を出すのではないだろうか。

(参考資料:全く信用されなかった金正恩委員長の「非核化」への「本気度」)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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