加藤勝信官房長官が昨日(6月30日)、北朝鮮のメディアが報じた「重大事件」について記者会見で「北朝鮮をめぐる動向には重大な関心を持って、平素から情報収集に努めている」とコメントしていたぐらいだからやはり北朝鮮で重大な出来事が起きたのだろう。

 では、一体北朝鮮で何が起きたのだろうか?

 北朝鮮では一昨日(29日)、労働党政治局拡大会議が召集され、会議を主宰した金正恩党総書記が「世界的な保健危機に備えた対策を講じる上で責任幹部たちが党の重要決定の執行を怠け、国家と人民の安全に大きな危機をもたらす重大事件を発生させた」と一部幹部を批判したようだ。

 国営通信「朝鮮中央通信」や党機関紙「労働新聞」によると、「党の決定と国家的な最重大課題の遂行を怠った」一部の責任幹部の職務怠慢行為が詳細に通報されたとのことだ。

 また、会議では党中央指導機関のメンバーらが討論に立ち、揃って「現在、祖国と人民の安全、死活がかかっている国家非常防疫システムの持続的強化と国の経済活動と人民生活の安定を重大に阻害した」と問題を引き起こした幹部への批判が行われたようだ。

 会議では最後に金総書記が総括し、党と国家の指導幹部の中で現れた非党的行為の重大さに対する党中央委員会の見解を以下のように伝えていた。

 「幹部の根深い無責任感と無能力こそが党政策の実行に人為的な難関を生じさせ、革命事業の発展に莫大な阻害を及ぼす主たるブレーキである」

 「創立の初期から堅持している仁徳政治と包容政策は決して、幹部のためのものではない。党は活動する真似をするだけで心から国と人民を心配せず、地位維持をする幹部をかばう権利は絶対にない」

 「国家的な政策を歪曲実行した彼らの無能と無責任な活動態度は単なる実務的過ちではなく、自覚に欠けていることから生じた激甚な怠慢、怠業行為である」

 これだけでは抽象的で、実際に何が起きたのかわからない。「防疫の怠慢による重大な事件」と言っているからには新型コロナウイルス感染者を出してしまったのか、あるいは生活必需品不足を解消するため閉じていた国境を開けてしまったのか、それとも国際機関からのワクチンの導入の遅れを指しているものと推察できるが、「党の決定と国家的な最重大課題の遂行を怠った」と言っているところをみると、単に防疫対策の怠慢だけが原因ではなさそうだ。今回の拡大会議が6月中旬に開かれた党中央委員会総会から間を置かず開かれていることから中央委員総会での決定事項を履行しなかったことが最大の問題のようだ。

 確か、6月の中央委員総会は金総書記が「人民の食糧事情が逼迫している」と発言したことで国際的に注目されていたが、金総書記はこの時、同時に「非常防疫状況の長期化は人民の食衣住を保障するための闘いの長期化である」として、人民の食糧問題を「最優先的に解決すべき戦闘的課題である」と、食糧問題の速やかな対策を指示していた。

 拡大会議の最後に政治局常務委員、政治局委員、党書記らの人事異動があり、問題の責任幹部らは党の役職から解任されたようだが、対象者は非常防疫状況の長期化に備えた人民の食糧問題の対策を怠った幹部らを指すものとみられる。

 最高幹部の政治局常務委員は金総書記を含め5人いるが、党書記を兼ねているのは趙甬元・党書記(組織指導部担当)と、軍事担当の李炳哲・党軍需部長、それに金徳訓・内閣総理しかいない。趙氏は会議で批判する側に立っていることから除外される。そうなると、李炳哲氏か、金徳訓氏のどちらかだが、解任を議決する際に李氏が挙手せず、下を向いていたことから李氏が更迭されたようだ。朝鮮中央テレビが配信した映像をみると、金総書記は物凄い剣幕で李氏が座っている方向に指をさし、何か怒鳴っていた。

(参考資料:経済不振に「喝,喝、また喝!」の「金正恩語録」)

 李氏ならば、軍内に感染者を出したか、食糧不足に苦しむ人民に軍用米を供出しなかったことへの責任を問われたのかもしれない。また、雛壇の最後方に座っていた軍服姿の朴正天・軍総参謀長も挙手に加わっていなかったことから連座した可能性が大だ。

 軍トップの李炳哲政治局常務委員とNo.2の朴正天軍総参謀長が揃って首を切られたとなるとただ事ではない。これは確かに「重大事件」である。

 党序列4位の李炳哲元帥は党軍事副委員長として最高司令官兼軍事委員長の金総書記を支えてきた側近中の側近である。元空軍司令官の李元帥は党軍需工業部部長としてミサイルと核開発に貢献してきたことで知られている。また、2019年9月に総参謀部砲兵局長から総参謀長に抜擢された党序列7位の朴正天元帥もまた、金総書記が最も信頼を寄せていた軍首脳の一人である。よほどのことがない限り、解任できる相手ではない。

 最高幹部の解任で思い出すのは金正恩政権が発足した直後の2012年7月15日に開かれた党中央委員会政治局会議と翌年の2013年12月8日の政治局拡大会議での衝撃的な出来事である。

 前者では当時金総書記の後見人とみられていた軍トップの李英鎬政治局常務委員兼軍総参謀長(次帥)が突如解任され、後者では金総書記の叔父・張成沢党行政部長兼国防副委員長が全ての役職と党籍を剥奪され、大勢の同僚、同志らの前で国家安全保衛部員によって会場から連行されている。

 李英鎬次帥の解任は表向き病気が理由とされていたが、私的な場で「父親(金正日総書記)は外の世界を知らなかったから開放をしなかったとでも思っているのか。我々の現実で開放すれば国がどうなるかを考えずに言っている」と金正恩氏を批判したことが原因と言われており、実際にその後「反党分子」として粛清されている。そのことは、直後に金正恩氏が金日成軍事総合大学で行った演説で「党と指導者に忠実でない者は、いくら軍事家らしい気質を持ち、作戦、戦術に巧みだとしても、我々には必要ない。歴史的教訓は、党と指導者に忠実でない軍人は革命の背信者へと転落するということを示している」と述べていたことからも明らかだ。

 一方、張成沢氏は解任された4日後の12日には反党、反革命、国家反逆の罪状で処刑されている。張氏の電撃処刑は世界に衝撃を与えたが、当時公開された写真をみると、張氏は会場にいた時は、まだ手錠はかけられてはいなかった。

 政治局拡大会議では張氏の非理、不正を糾弾する討論がまず行われたが、糾弾の先鋒に立ったのが政治局員らだった。

 先陣を切った金己男書記(宣伝担当)は張氏の「反党行為」を、続く朴奉柱首相は「国の経済活動と人民の生活向上に莫大な支障をきたした」として「反人民的犯罪」を、金英春党軍事部長は「人脈関係にある軍幹部や側近たちを動員して政変を起こそうとした」として張氏の「謀反」を、さらに外交担当の姜錫柱書記は張氏の外交での越権行為をやり玉に挙げていた。政治局拡大会議を仕切った党組織指導部の趙延俊第一副部長(政治局員候補)は「権力を乱用してあらゆる不正腐敗行為を行った」として張氏の不正を暴いた。

 李炳哲元帥と朴正天元帥が解任されたものとみられる今回の拡大会議でも新設された党第一書記就任が噂されている趙甬元政治局常務委員が両元帥の無能と無責任な活動態度を糾弾したのを皮切りに勤労団体部長の李日煥、党組織指導部部長の金才龍、国家保衛相の鄭京澤、社会安全相の李永吉ら政治局員が次々と発言を求め、軍首脳らを批判していた。驚いたのは金総書記の実妹・金与正氏と金総書記の個人秘書とみられている玄松月氏も演壇に上がり、糾弾に加勢していたことだ。

 金与正氏も、玄松月氏も政治局員でも、政治局候補委員でも、党書記でもなく、位の低い一介の党副部長に過ぎない。それでも、討論者に起用されたのは金総書記の最側近だからであろう。ということは、この種の重要な決定は金総書記の一部取り巻き連中の内部会議で決定されていたようだ。政治局拡大会議は更迭を合法化するための単なる形式の場に過ぎないようだ。従って、李炳哲元帥と朴正天元帥も政治局拡大会議以前に解任が決定していたのだろう。

 実際に張成沢氏の場合は、政治局拡大会議に出席する前にはすでに解任され、保衛部の取り調べを受けていた。前日に公開された金正恩記録映画から張成沢氏が登場するシーンがすべて削除されていたことから見極めることができた。

 前代未聞の軍No.1とNo.2の解任で軍内に動揺が広まることが予想されるが、「張成沢解任」時は18日前に軍部隊内の不満分子や反乱分子を摘発、鎮圧する部署である人民軍保衛部の大会を20年ぶりに招集し、金総書記は自ら司会を買って出て、保衛部要員らの忠誠を取り付けていた。明らかに「張成沢一党」の謀反、クーデタ―の動きを未然に阻止するための大会であった。ということは、既にこの時点で叔父の処断を決断していたということになる。

 「革命事業の発展に莫大な阻害を及ぼし、経済活動と人民生活の安定を重大に阻害し、非党的な怠慢、怠業行為を行った」ならば、明らかに反党、反革命行為である。途中で会場から姿を消していた保健部門も兼務している科学教育部長の崔相建党書記(党序列8位)ともども単なる更迭、解任では済まされず、粛清されるかもしれない。

(参考資料:北朝鮮労働党第8回大会の人事を徹底解剖!新たな党序列30位)