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後退、後退、また後退の米国の「レッドライン」

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
トランプ大統領と金正恩委員長

トランプ大統領は北朝鮮に対するレッドラインは公言していないが、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の試射が「超えてはならない線」であることは米国内ではほぼ常識化していた。

それもそのはずで、金正恩委員長が今年の「新年の辞」で、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の試験発射準備が「最終段階に達した」と述べた時、トランプ大統領は自身のツイートで「そのようなことは起きないだろう!」と断言していたからだ。

(参考資料:北朝鮮 「ICBMの試験発射の準備ができている」と宣言

このトランプ大統領の発言についてトランプ政権のホワイトハウス顧問内定者であるケリーアン・コンウェイ氏はCNNとのインタビューで「トランプは北朝鮮のミサイルがシアトルに飛んで来るのを黙ってみてないだろう」とコメントしていた。北朝鮮が発射した「火星14号」と称するICBMの飛距離が仮に8000kmに達するならばシアトルも射程圏だ。北朝鮮はなんと、あっさりとレッドラインを越えてしまったことになる。

こうしたことから、トランプ政権周辺では「北朝鮮のICBMはまだ完成、配備されてないからレッドラインではない」との釈明も聞かれるが、米国が設定するレッドラインである防波堤をその都度いとも簡単に越えて来ることに手を焼いているのが実情である。レッドラインを設定しては、越され、そしてまた次のレッドラインをという状況が続いている。

(参考資料:北朝鮮が「レッドライン」を越せば、軍事オプション

最初のレッドラインは核査察だった。

クリントン政権の1993年、米紙「ワシントンポスト」(2月17日付)は「北朝鮮が核査察を拒否した場合、クリントン大統領は素早い措置を取る可能性がある」と報じたが、現実には北朝鮮が核査察を拒否しても「素早い措置」を取れなかった。北朝鮮が1か月もしない間に北朝鮮が準戦時体制に突入したからだ。

次は、使用済核燃料棒の再処理だった。

ブッシュ政権の2003年、イラク戦争開始から1か月後の4月23日、米中朝の3者協議の場で北朝鮮が核燃料棒の再処理を強行する方針を米国に伝えると、ライス大統領補佐官は「武力行使を排除せず」と北朝鮮を威嚇した。しかし、北朝鮮は8千本の使用済核燃料棒の再処理に踏み切り、半年後の10月2日に完了を発表。ブッシュ政権はレッドラインを越えられても武力を行使することはなかった。

使用済核燃料棒を再処理し、核爆弾の原料のプルトニウムを抽出すれば、いずれ核実験が行われるのは自明だ。必然的に核実験が米国にとっての次のレッドラインとなった。

北朝鮮は3年後の2006年、「米国の極端な敵対行為により最悪の情勢が到来している状況下であらゆる手段と方法をこうじて自衛的戦争抑止力を一層強化する」との外務省声明(7月16日)を出し、3か月後の10月9日、史上初の核実験を断行した。

ブッシュ大統領は2003年2月10日に訪米した中国の江沢民国家主席(当時)に対し、「外交的に解決できなければ、北朝鮮への軍事攻撃を検討せざるを得ない」と警告していたが、結局は核実験も傍観せざるを得なかった。

北朝鮮はその後も核実験を断続的に行っているが、3度目(2013年2月)の核実験の時は米太平洋軍のロックリア司令官が前年の4月にソウルの韓米連合司令部で国防部担当記者団との会見で「北朝鮮が3度目の核実験を試みた場合、基地に対して局地攻撃を加える可能性もある」と威嚇してみせたが、北朝鮮が3度やっても、またその後4度、5度とやっても口先だけで終わっている。

核実験を防げなかった米国は米国の安全保障にとってのレッドラインを核からミサイルにシフトさせたものの、これまた防ぐことができなかった。

例えば、北朝鮮が衛星と称する事実上の長距離弾道ミサイル「テポドン」を2009年5月に発射する動きを示した際にも当時オバマ政権のゲーツ国防長官が「迎撃も辞さない」「先制攻撃も辞さない」と再三にわたって牽制したものの、自制したのは北朝鮮ではなく、米国の方だった。仮に迎撃された場合、北朝鮮が戦争する決意であったことから思い止まってしまったようだ。

第二期オバマ政権下のドニロン大統領補佐官(国家安全保障担当)はニューヨーク市内での講演(2013年3月11日)で「米国を攻撃目標にできるような核ミサイルを開発しようとするのを傍観しない」と発言していたが、オバマ政権は昨年2月に5度目の「テポドン」発射を許したまま政権の座を退いている。北朝鮮はすでに「テポドン」も核実験同様に5度も発射している。

北朝鮮からすれば、米国のレッドラインは赤信号ではなく、青信号に映っているのかもしれない。

(参考資料:「北朝鮮の核攻撃で米国人の90%が死亡」―元CIA長官の衝撃警告

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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