再調査結果報告遅延で北朝鮮に猶予を与える摩訶不思議

岸田文雄外相は北朝鮮による拉致被害者らの再調査の報告期限とみなされている4日を前に北朝鮮側から「全ての日本人の包括的な調査を誠実に行っているが、今しばらく時間がかかる」と連絡があったことを明らかにした。岸田外相によると「2日夜に北京の大使館ルートを通じて連絡があった」そうだ。

日本国内だけでなく米韓中など国際社会でも関心の的となっている北朝鮮側の返事が、公式の協議の場ではなく、北京大使館ルート、即ち、たった一本の電話、もしくはテレクッスやファクスで通告されることに日本政府が怒りを覚えず、延期を容認する対応はとても解せない。

そもそも政府認定の拉致被害者(12人)についてはあえて再調査するまでもなく、北朝鮮はとっくの昔に掌握済みであるというのが安倍政権の認識だ。北朝鮮の体面、面子を考慮して再調査を受け入れたとしても、1年の時間的猶予を与えたわけだから「もう少し時間がかかる」との言い訳は通るはずはない。それなのに、安倍政権はなぜ抗議も、反発もせず、北朝鮮の延期要請をすんなり受け入れたのだろうか?

聞けば、安倍政権は第一次報告(中間報告)のなかった昨年9月同様に今回も制裁を強化せず、北朝鮮からの調査結果をひたすら待つ構えのようだ。この対応も安倍総理らしからない。というのも、安倍総理は拉致問題を動かすには「制裁措置が最も効果的である」との持論をお持ちだ。これまでに「北朝鮮の善意を期待しても動かない。彼らを動かすのは圧力のみだ」と繰り返し口にしてきた。まして、拉致被害者家族会や支援団体からは「北朝鮮が約束を守らなければ、緩和した制裁を元に戻し、さらに強化すべき」との要請が出ている。それにもかかわらず、安倍政権は制裁を元に戻さず、強化もしない方針だ。今、制裁を強化したら対話の扉が閉じられてしまう恐れがあるというのがその理由らしい。

日本政府は北朝鮮の「延期要請」を想定し、そのための伏線を引いていたようだ。というのも、日本政府はこれまで一貫して北朝鮮に対して「迅速に調査を行い、速やかに正直に日本側に通報するよう強く求める」と促してきた。しかし、期限の7月4日が近づくと 期限は7月ではなく、「1年ぐらいかかる」と言ってきた9月とみなしていると菅義偉官房長官が言い出したかと思えば、所管の岸田外相も北朝鮮からの延期通告の二日前には「再調査開始から1年の7月4日を期限に位置付けていない」と口を合わせ始めた。

日本政府はほぼ毎月一回、中国など第三国で北朝鮮側と非公式協議を重ねてきた。「朝日新聞」によれば、先月(6月)20日にも日本側から外務省の伊原純一・アジア大洋州局長と小野啓一・北東アジア課長が出席して北朝鮮側と非公式協議があったとのことだが、北朝鮮側とのやりとりで「今のままでは延期も致し方ない」との結論を出していたのではないだろうか。

では、延期の理由は本当に北朝鮮が言うように「再調査にいましばらく時間がかかる」からなのだろうか? 甚だ疑問である。その理由は北朝鮮側に調査結果を遅らせる理由も、その余裕もないことにある。

北朝鮮側に日本と交渉し、拉致問題を進展させる意思が毛頭なければ、朝鮮総連議長宅の家宅捜索や議長の次男の逮捕及び起訴、さらには日本政府が国連人権委員会での北朝鮮非難決議を主導したことに反発して、再調査を中断し、日朝協議を打ち切ったはずだ。それでも踏み切らなかったのは、北朝鮮にも安倍政権を相手に交渉で解決する意思があるからではないだろうか。

特に、北朝鮮は「百年に一度」の日照り、干ばつに見舞われ、下半期には食糧危機に陥ることが予想されている。一部では百万単位の餓死者が発生した95年の飢饉の二の舞になるとの噂が出回るほど事態は深刻だ。北朝鮮が国連の人道機関だけでなく友好国のイランやロシアに緊急支援を求めていることは状況が切迫していることを示唆している。

日本には2004年の時に小泉政権が支援を約束した25万トンの食糧支援のうち半分の12万5千トンが棚上げの状態となっている。北朝鮮からすれば咽喉から手が出るほど今すぐにでも手にしたい最大の「ターゲット」である。ストックホルムでの一年前の日朝合意で日本政府は北朝鮮に対して「人道的見地から、適切な時期に人道支援を実施することを検討する」と約束している。それもこれも、拉致問題で速やかに回答しなければ「絵にかいた餅」に過ぎないことは北朝鮮も百も承知のことであろう。

北朝鮮は昨年も「9月頃にはある」と日本側が期待していた「第一次調査報告(中間報告)」もないがしろにした。北朝鮮が再調査に手間取っているからと思いきや、北朝鮮の対日交渉担当者である宋日昊国交正常化担当大使は訪朝した共同通信社代表団との会見で「いつでも結果を報告できる状況にあるが、日本側から説明を求める公式要請がない」と語っていた。

さらに9月中旬、日本人拉致被害者らの再調査に関し、拉致の疑いが拭えない特定失踪者と、残留日本人、日本人配偶者の安否情報に限って初回報告に盛り込む考えを北朝鮮が日本側に示したところ、日本側は「(政府認定の拉致被害者)12人に関する新たな情報が含まれない限り、報告を受け入れることはできないとして拒否した」と当時、「共同通信」が伝えていた。

北朝鮮側の認識からすれば、「新たな情報」とはずばり「生存者」のことを指すが、安倍総理は拉致被害者家族会との面談の席で「調査結果を出させることでなく被害者の帰国が目的だ」と言い切ったこともあって、とにもかくにも拉致被害者の生存が盛り込まれてなければ調査結果を受け取るわけにはいかない状況に置かれている。

日本側は「中身のないものを受け取っても仕方ない」(安倍総理)として北朝鮮に対して「嘘偽りのない報告を提出するよう」再考を促しているが、このまま膠着状態が続けば、今年3月に韓国紙「ソウル新聞」が報じたようにしびれを切らした北朝鮮が7月4日までに拉致再調査を終了し、受け取りを拒否しようが公表も辞さない恐れもあった。このように考えれば、日本が北朝鮮に9月まで猶予を与えた理由もわからないわけでもない。穿った見方をすれば、遅らせているのはむしろ日本側の意向ではないだろうか。

どちらにせよ、期限は7月から9月に延びた格好となった。どこかの時点で北朝鮮が回答すれば、その内容がどうであれ、速やかな調査結果の報告を求めている立場上、回答を受け取らざるを得ない。その結果、仮に政府認定の拉致被害者の生存がゼロだった場合、安倍政権は実に難しい判断を強いられる。

北朝鮮の回答を突き返して、圧力を強化すれば、日朝合意は白紙化され、特定失踪者を含むその他の生存者の帰国の道は閉ざされ、安倍総理が公約した「安倍政権下の拉致問題解決」も遠のいてしまう。

報告を引き延ばした2か月の間にあっと驚くウルトラCでもあるのだろうか?

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て、フリー。1982年 朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動開始。98年 ラジオ「アジアニュース」パーソナリティー 。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。著書に「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人、残念な日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙 間違いだらけの日韓関係」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など25冊

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