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いましかできないことをしろ

おおたとしまさ育児・教育ジャーナリスト
(写真:アフロ)

「スパイダーマン」の映画を観たことがあるでしょうか。たくさんのバージョンがありますが、共通するプロットはだいたいこうです。

両親を亡くし叔父と叔母に育てられた科学オタクの男子高校生ピーターが、特殊なクモに咬まれたことにより驚異的な身体能力を手に入れます。万能感に満たされ、持て余す力を利己的に使ってしまいます。親以上の愛情を注いで育ててくれた叔父や叔母にも、反抗的な態度を示すようになります。叔父と叔母は、ピーターの葛藤までをも察し、受け止め、一定の距離を保ちつつ見守ります。

ある日、ピーターは強盗の現場を見かけます。特殊能力があれば簡単に捕まえることができるにもかかわらず、「自分の知ったことではない」と、強盗を見逃します。

すると、たまたまそこに通りかかった叔父が、強盗を引き止め、たしなめようとします。しかし撃たれてしまいます。

叔父は身をもって、ひととしてあるべき姿をピーターに見せました。息を引き取る直前ピーターの腕のなかで叔父は、「大きな力をもつ者には、大きな責任が伴う」と、ピーターの目を見て言います。「ノブレス・オブリージュ(高貴なる義務)」です。

ピーターは自分のもつ大きな力をどのように使うべきなのかを考え、葛藤します。自分が身につけてしまった強大な能力に圧倒され、「こんな能力なんてなかったらいい」のにと苦しみます。しかしそんな矢先に、一方的に恋い焦がれる憧れの同級生メリー・ジェーンの身に危機がおよびます。

愛するひとを守るため、ピーターは勇気を奮い立たせて特殊能力を全開します。特殊能力以上の力を発揮して戦います。

死闘の末に、かろうじて愛するひとを守ります。しかしそこで、ピーターは気づくのです。特殊能力をもたないひとたちも、自分と同じ必死な思いで、大切なひとを愛し、守って、宇宙が成り立っていることに。そしてそのいとおしい宇宙を、自分なりの方法で、守りたいと思うようになります。

たった一人の誰かを愛する経験が、頭でっかちで弱虫な男の子を、正真正銘の正義の味方へと変えたのです。この奇跡は、どんな男の子にも起こることだと私は思います(もちろん女の子にも)。

21世紀の子どもたちは、親世代にとっては「未知の力」を使いこなさなければなりません。親たちはその「未知の力」の使い方を子供に教えてやることはできません。まさにスパイダーマンです。でも、ピーターの叔父や叔母がしたように、ありのままのわが子を認め、無限の愛で安心感を与え、ひととしてあるべき姿を見せさえすれば、子供たちは必要に応じて自ら「未知の力」を身につけ、その正しい使い方を見出すはずです。

大学時代のアメリカンフットボール部の創立50周年記念パーティに参加したときのことです。そこで僭越ながら、壇上からひと言申し上げる機会をもらいました。私は現役選手に向けてこう言いました。

「僕は教育に関わる仕事をしています。その経験から言わせてもらえば、学ぶべきことの優先順位は常に『いましかできないことをしろ』です。社会で活躍している大人たちが、君たちのことを思って、いろいろなアドバイスをしてくれるでしょう。でも、こんなスキルを身につけておいたほうが将来仕事で有利だとか、スタートアップをするつもりならいまのうちから人脈をつくっておいたほうがいいとか、そんなこざかしいことは考えるな。いましかできないことをしてください。君たちにとってそれは何か? 練習と恋愛です。がんばれ!」

現役選手たちはきょとんとしてましたね。それでいいんです。あとから意味がわかればいい。でも私と同世代、あるいはそれよりちょっと上の先輩たちからは拍手が起こりました。学生時代に限界まで心身を鍛え抜き、恋をして、その後それなりの年月の人生を生きてきた彼らなら、実感を伴って私の言葉を理解してくれたはずです。少なくとも拍手をしてくれた彼らは、自分よりも弱い立場の人間に何かを強要するような卑怯は働かないはずだと私は思います。

それ以降、親向けの子育て講演などでも、私はこんな話をするようになりました。

「これからの時代を生きるうえで必要なのは、『そこそこの知力と体力』『やり抜く力』『自分にはない能力をもつひととチームになる能力』の3つ。でも実はこれ、昔から変わらない。ただしこれからは特に3つめの『自分にはない能力をもつひととチームになる能力』の比重が大きくなるでしょう。でもこの3つだけではまだ足りないと、最近思うようになりました。思春期までにこの3つの能力をある程度鍛えられたのなら、さらに、そうですね、反抗期を終えたころからでしょうかね、素敵な恋愛をしてほしい。心底誰かを愛する経験をすれば、世界を見る目が変わります。宇宙に対して無責任ではいられなくなります。そうすれば、自分がこれまで得てきた力をどういう方向性に使っていけばいいのかが、自然にわかるようになります。それでこそ精神的に自立した一人前の大人ではないでしょうか」

講演会の参加者のなかには、「どうやったら中学受験の第一志望に合格できるのか」みたいな話を期待していらしたかたもいるかもしれません。そんなひとからしてみれば、的外れなアドバイスなのかもしれませんが、かまいません。どう考えたって、こっちのほうが大事ですから。

自分は愛されているという安心感があり、自然の美しさと厳しさに畏敬の念を感じており、友達と楽しい時間を過ごすことができて、さまざまな失敗を経験し、しっかり反抗期を堪能したのちに、素敵な恋愛ができれば、その子はもうどうやったって生きていける。

何も心配がない。無数にある幸せになる方法のなかから必ず自分に合った方法を見つけ出す。私はそう確信しています。

※拙著『21世紀の「男の子」の親たちへ』(祥伝社)より抜粋。

育児・教育ジャーナリスト

1973年東京生まれ。麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退。上智大学英語学科卒業。リクルートから独立後、数々の育児・教育誌のデスクや監修を歴任。男性の育児、夫婦関係、学校や塾の現状などに関し、各種メディアへの寄稿、コメント掲載、出演多数。中高教員免許をもつほか、小学校での教員経験、心理カウンセラーとしての活動経験あり。著書は『ルポ名門校』『ルポ塾歴社会』『ルポ教育虐待』『受験と進学の新常識』『中学受験「必笑法」』『なぜ中学受験するのか?』『ルポ父親たちの葛藤』『<喧嘩とセックス>夫婦のお作法』など70冊以上。

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