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目的がないのに子どもが集まり子どもが変わる「奇跡の教室」の新たなる挑戦

おおたとしまさ育児・教育ジャーナリスト
普段はたくさんの教室を飛び回るイモニイも南の島でしばしの休息(著者撮影)

東京ドーム1個分の小さな島が新たな舞台

島には電気が通っていない。自家発電の電力が使えるのも毎日数時間だけ。だから、夜には島全体が真っ暗になる。真夜中の0時をまわったころ、島に一カ所だけある砂嘴の突端に寝そべると、文字通り満天の星に包まれる。

心地よい風はあるが、波の音はない。どこまでいっても遠浅の珊瑚礁の海に囲まれており、波が立つということがほとんどない。特に引き潮のときには船を島に近づけることすらできない。海の中を歩いて上陸する。

セブ島の沖合にあるこの島に来たのは今回で2回目。東京ドーム1個分の面積に約700人が肩を寄せ合って暮らす。島全体が長屋暮らしみたいなもので、何よりすばらしいのは、そんな真夜中に“よそ者”の私が一人で砂浜に寝そべっていても身の危険を感じないことだ。

野宿しているわけではない。島には7棟のバンガローがある。その1つを借りてはいる。バンガローとはいっても、電気はもちろん、シャワーもトイレも、鍵すらない。素朴な掘っ立て小屋である。

およそ30年前までの島には貨幣を使うという習慣すらなく、生活は自然の恵みと近隣の島との物々交換でまかなわれていた。

教育や医療環境を整備したところ人口は2倍以上になり、いま小さな島の中で人口問題や環境問題が生じ始めている。アイランドホッピングで立ち寄る外国人の外貨を狙ったマーケットが島の一画にできたのはいいが、それが原因で島民間での経済格差が生まれるという問題も経験した。まさに地球の縮図である。

フィリピンのカオハガン島にいる。

「イモニイ」こと井本陽久という教育者が2020年夏に実施予定の「いもいもサマースクールinセブ」の視察に同行した。

カオハガンの子どもたちのおやつ。目の前の海でとったウニをごはんにのせてパクリ(著者撮影)
カオハガンの子どもたちのおやつ。目の前の海でとったウニをごはんにのせてパクリ(著者撮影)

不登校だった子どもも思わず目を輝かせる

イモニイはもともと神奈川県にある中高一貫進学校・栄光学園の数学教師である。生徒の全身が思わずプルッと躍動してしまうような授業を追求し続け、いつしかその存在が全国の数学教員の間で知られるようになった。私立・公立を問わず、全国の学校から教員たちが頻繁に授業見学に訪れ、目からウロコを落として帰っていく。

「花まる学習会」代表のカリスマ塾講師・高濱正伸さんも、イモニイの大ファンだ。ふたりのコラボレーションで学習教室「いもいも」が誕生した。

学習教室とはいっても、入室に際しては「学校の成績は上げません」と宣言する。思わず夢中で考えてしまう経験や自分で考えた自分のやり方でとことんやってみる経験をする教室だ。当初は数学をベースにしていたが、もはや教科という概念すらない。なんでも教材にする。

生徒は普通の公立中学から全国屈指の超進学校までさまざまな学校から集まる。軽度発達障害の診断を受けていたり、学校にはうまくなじめなかったりする子どもたちも少なくない。でも「いもいも」では、彼らもきらきらと輝く。その様子をひとは「奇跡の教室」と称する。

不登校だったある女の子は、最初の数回、「いもいも」の教室に来ることも難しかった。それでも1度授業に参加してからは、毎回参加できるようになり、その後少しずつ学校にも通えるようになった。

また夏期講習には非常に敏感な感受性をもつある男の子が母親に連れられてやってきた。最初はガチガチだったが、2日目には積極的に活動に参加するようになる。「いもいものおかげで人生が楽しくなった」と言った。

2組の親子に共通するのは、子どもの変化と同時に保護者の表情も変化していったことだ。

「普通は親御さんの心のコップが満たされていると子どもの心のコップも満たされるといいますが、子どもの心のコップが満たされることで親御さんの心のコップが満たされるということもあるのですね。いもいもにはそんな力もあるんだと思います」(イモニイ)

イモニイの活躍の場は、栄光学園や「いもいも」に留まらない。神奈川県の某児童養護施設での学習支援活動を20年以上にわたって続けている。セブ島の児童養護施設や経済的に困難を抱える地域での教育支援活動も8年目になる。さまざまな境遇にある子どもたちと接するなかで、イモニイの教育者としての眼が開いた。

セブ島の経済的に困難を抱える地域での青空教室(著者撮影)
セブ島の経済的に困難を抱える地域での青空教室(著者撮影)

「子どもたちのいいところを引き出す」という発想すらおこがましいとイモニイは言う。ありのままの子どもを承認すれば、子どもは自ら輝き始める。“いいところ”なんて判断すら必要ないのだそうだ。

「その子がそこにいるのなら、その子がそのままでダメなはずがないじゃないですか」(イモニイ)

彼の教育に対する姿勢を、2019年5月に私は『いま、ここで輝く。』という1冊の本にまとめている。2020年1月7日(22時30分〜23時20分)にはNHKの人気番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」でイモニイの活動が放映される。以下はその予告編。

●NHK プロフェッショナル 仕事の流儀「数学教師 井本陽久 〜答えは、子どもの中に」【予告編】

「プロフェッショナル 仕事の流儀」予告編(NHKホームページより)
「プロフェッショナル 仕事の流儀」予告編(NHKホームページより)

「思考力」とは正解を見つけ出す力ではない

イモニイが長期休暇のたびに通い続けるセブの児童養護施設や経済的に困難を抱える地域に「いもいも」の生徒たちを連れていくのが「いもいもサマースクールinセブ」の目的だ(外部生は参加不可)。

人々の生活を間近に感じ、交流してもらいたい。そのなかで「いもいも」の子どもたちが何を感じ、考え、どんなふうにふるまうのか、どんなルートを組めば子どもたちが思いっきりプルッと躍動してくれそうかを実地で考えるのが今回の視察の目的だ。

そうはいってもセブの本島では治安のリスクもあり、子どもたちを自由に野に放つことができない。子どもたちを四六時中管理・監視し、行動を制限するのは「いもいも」のスタイルではない。日本の生活とはまるで違う異文化のなかで子どもたちに極力制限を設けなくてすむ環境として、カオハガン島もルートに組み込まれることとなったというわけだ。以下、カオハガン島の浜辺でイモニイに聞いた。

----サマーキャンプをセブで行う目的は何か。

いままで日本の自然の中で、スケジュールを一切決めず、子どもたちの気持ちの赴くままにすごさせるキャンプを何度か実施してきました。子どもたちの満足度は高く、実際子どもたちはきらきら輝いていました。

一方で、彼らをある聾学校に連れて行ったこともあります。耳の不自由な子どもたちとは普段のような会話が通じないわけですが、それでも子どもたちは見事にコミュニケーションをとり、聾学校の子どもたちもいもいもの子どもたちも躍動感に満ちあふれていました。

このように異文化や異空間に放り出すと、大人が余計な働きかけをしなくても、子どもたちは予想もしなかった輝きを見せてくれるんです。異文化や異空間では自分の「当たり前」を問い直さざるを得なくなりますよね。それって哲学につながっていくと思うんです。

だとすれば、自分たちの価値観が通用しない海外で、自分たちとはまったく違う生活を送っているひとたちと触れ合うことで、また彼らの新しい一面が見られるかもしれない。そう思って企画しました。

----フィリピンとの関わりは何がきっかけだったか。

もともと栄光学園がセブ島の姉妹校と国際交流をしていました。その引率で訪れたのが僕とセブとの接点のきっかけです。さまざまな出会いがあって、それからプライベートでも通うようになりました。

セブに来ると栄光学園の子どもたちが激変するんです。最初は自分たちのほうが経済的に恵まれていて、困っているひとたちのためにオレたちに何ができるかななんて上から目線を無意識のうちにもってしまったりするものなのですが、実際に彼らと触れ合ってみると、その視点がひっくり返るんです。

経済的には貧しかったり、家族と一緒に暮らせなかったりする子どもたちとも触れ合うのですが、彼らはキラキラしているんです。むしろ日本の子どもたちのほうがつらそうに見える。それで、「オレらは何なんだろう?」「幸せって何だろう?」って疑問が次から次へと浮かんできます。

「いもいも」の子どもたちは、自分たちとは異質なものに興味・関心をもって受け入れていこうとする意欲が極端に強いですから、セブでもきっと面白い化学反応が起こると思います。

2020年いもいもサマーキャンプinセブの舞台のひとつとなる予定のカオハガン島(著者撮影)
2020年いもいもサマーキャンプinセブの舞台のひとつとなる予定のカオハガン島(著者撮影)

----「いもいも」やイモニイへの注目度がますます高まっている。

2019年4月には2教室だった「いもいも」は、おかげさまでたった半年で11教室に増えました。「スーパー思考力」「表現コミュニケーション」「あそび」など授業のバリエーションも増えています。30人ちょっとだった生徒数も約100人に膨らみました。

栄光学園や「いもいも」での授業のほか、保護者向けの講演会にもたくさん呼んでいただいて、休む暇がありませんね。9〜10月の2カ月間で10kgもやせちゃいました。ちょうどその時期にNHKの密着取材が入っていたので、放送を見ると、みるみる僕がやせていくのがわかると思いますよ(笑)。

いやでも、笑い事じゃなくて。ある日、栄光学園の校長先生から校長室に来るように呼び出されたから、何か怒られるのかなと思ってびくびくしていたら、「無理しすぎていないか?」と心配されちゃって。

急激な環境の変化で、気づかないうちにストレスを感じていたんでしょうね。みるみるやせていくし、一人でいると表情は硬いしってことで、まわりのひとたちにはだいぶ心配をかけてしまいました。だからスタッフとも話し合って、生徒の新規入室は当面ストップさせてもらっています。申し訳ないんですけれど。

一方、考え方はますますシンプルになってきています。その子のもっているものをそのまま面白がって受け入れる。それだけ。

子どもを“伸ばそう”とか“変えよう”とか考えた時点で、大人は自分のものさしを子どもにあてはめようとしちゃうんです。それではありのままを認めていることにはなりませんよね。

「ありのままを認める」というと、「ありのままを認めればいいところを伸ばせる」とか「ありのままを認めると不登校がなおる」とか勘違いされることもあるのですが、そういうことではないんです。何かの目的のためにありのままを認めるのではありません。

「いもいも」では「思考力」なんて言葉もよく使われますが、これも世の中一般で言われる「思考力」とはだいぶ違うのかもしれません。

自分の考え方で考えられるというのが、学びの「目標」であり、同時に学びの「大前提」なんです。それがスタートでありゴールでもある。その場合の「思考力」というのは、正解を見つけ出す力ではなくて、「あたりまえを疑う」「美しい理由を探す」ということなんです。つまり本質を知りたいと思って考え続けることなんです。

実際、「いもいも」に通っている子どもたちが具体的になんらかのスキルや能力を継続的に高められているかと言えばはっきり「NO」だと僕は思っています。でも、生徒からも保護者からも満足度が非常に高い。保護者に「なぜ、通わせているのですか?」と聞くと、「明確な理由は言えないけれど、とにかく子どもはいもいも最優先なんです」と言ってくれたりします。

今度のサマーキャンプinセブだって、どうなるのか想像もつきませんが、絶対面白いことになるはずです。そのなかから何かを学び取ってくれるはずです。普通、塾とか学習教室では「こんなことを学ばせます」と約束して生徒を集めるはずですが、「いもいも」はそうじゃない。子どもたちがどんなふうになって何を学ぶのかは僕自身もわからない。それでも教室に来てくれる子どもがいて、教室に通わせてくれる保護者がいることが、いまどき本当に奇跡ですよね。

育児・教育ジャーナリスト

1973年東京生まれ。麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退。上智大学英語学科卒業。リクルートから独立後、数々の育児・教育誌のデスクや監修を歴任。男性の育児、夫婦関係、学校や塾の現状などに関し、各種メディアへの寄稿、コメント掲載、出演多数。中高教員免許をもつほか、小学校での教員経験、心理カウンセラーとしての活動経験あり。著書は『ルポ名門校』『ルポ塾歴社会』『ルポ教育虐待』『受験と進学の新常識』『中学受験「必笑法」』『なぜ中学受験するのか?』『ルポ父親たちの葛藤』『<喧嘩とセックス>夫婦のお作法』など70冊以上。

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