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「大学入試改革」は「中学入試改革」に学べ!すでに首都圏の約半数の中学で思考力型入試を実施

おおたとしまさ育児・教育ジャーナリスト
教育改革を牽引するのは中学入試!?(写真はイメージ)(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

教科の枠を超えた中学入試の登場

いずれ教科の枠を撤廃し「合教科・科目型」「総合型」のテストを実施する、さらには「脱ペーパーテスト」を実現するというのが、当初の大学入試改革の青写真だった。根底に、大学入試を変えることで高校以下の教育を変えるという大きな目論見があった。ところが、手段自体が目的化してしまったがために、現在、大学入試改革自体はあらぬ方向に進んでいる。このままでは「総合型」テスト実施も「脱ペーパーテスト」実現も難しい。

一方で蓋を開けてみれば、「大学入試改革」をはるかに超える速さで、「中学入試改革」が進んでいることをご存じだろうか。教科の枠組みを超えた「思考力型」のテストがすでに多く実施され、一部では「脱ペーパーテスト」も実現しているのである。

その例として、メディアでたびたび取り上げられているのが聖学院中学校だ。2019年の『M型思考力入試』は、カンボジアから自分と同い年の友達がやってくるという設定で、東京とプノンペンの基礎データを比較しながら、友達に喜んでもらえそうな東京観光のプランをつくり、その理由を説明するというもの。資料に基づいたロジカルなプランニングが求められる。まるで企業のプレゼンだ。

同じく聖学院の『難関思考力入試』では、パラリンピックをテーマにした資料やVTRを見たうえで、「2020東京パラリンピックを成功させるために、私たちは何をすればよいでしょうか? レゴで作品をつくってください」という問いが出される。試験会場に置かれたレゴ(R)ブロックを取りにいき、自分の机で作品を組み立てるのだ。その後それをつくった意図を150字以内で説明させる。発想をいちど形にしてから言語化するプロセスを踏むのだ。

数々の知見から、男の子は女の子よりも言語運用能力が低いとの説が有力だ。しかもまだ12歳。せっかく優れた発想力や高度な思考力をもっているのに、自分の考えを言語化するのがまだ不得意であるがゆえにそれらが評価されないのはもったいない。従来の“読んで書いて答える形式の試験”では光を当てられなかった能力に光を当てるために考案された入試方法である。

以上はごく一例。いま、中学入試が多様化している。以下、首都圏模試センターの北一成さんの話をもとに記述する。

国立中学でも適性検査型を実施

さきほどの聖学院の『M型思考力入試』のような入試は一般に「思考力型入試」などと呼ばれる。小学校の各教科の基礎的な知識や技能はもちろん必要であるが、個別の教科の専門的な単語を丸覚えしたりする必要はない。与えられた資料のなかから必要な情報を取り出し、それをもとに考え、表現すればいい。

公立中高一貫校の適性検査およびそれに似せてつくられている私立中高一貫校の適性検査型入試も、思考力型入試の一種類だととらえてよい。そう考えた場合、このタイプの入試を実施する私立中高一貫校はこの5年間で38校から147校に増えている。首都圏には約300の私立中高一貫校があるといわれているので、ほぼ半数に当たる。

ただし、147校が、国語・算数・理科・社会での入試をやめたという話ではない。従来通りの四教科入試や二教科入試と並行して、思考力型入試も実施しているケースがほとんどだ。

光塩女子学院は、10年以上前から「国語・算数・総合」という3教科の形で思考力型入試を実施していた。2016年からは『総合型入試』を独立させて実施するようになった。思考力型のテストをメインとしながら、国語・算数の基礎レベルのテストを行い、基礎学力も確認している。現在は中学からの入学者の半数近くが総合型入試で入ってくる。彼らには間違いを恐れない点が共通しており、四教科入試で入学してきた生徒たちと、相互にいい影響を与えているという。

共立女子は、『合科型入試』を実施している。「合科型論述テスト」と「算数」と「面接」で成績を付ける。「合科型論述テスト」の問題形式は都立中高一貫校の適性検査2の問題に似ている。問題の最後には自分の意見を問われる200字程度の論述問題が課される。「算数」の解答欄では途中式も採点対象とされ、自分で作問するユニークな問題も出る。「面接」は15分程度のグループワーク。そのなかでの行動力、コミュニケーション力、表現力などを見ている。

「思考力型入試」のことを「適性検査型入試」と呼ぶこともある。それだけ公立中高一貫校の適性検査に似た出題形式が多いということだ。2021年の入試からは、国立のお茶の水女子大附属中学校も、「検査1・2・3」からなる合科型の入試に完全移行する。東京大学教育学部附属中学校と東京学芸大学附属国際中学校(B方式)はすでに適性検査型入試になっている。首都圏模試センターの北さんは、「今後、国立大学附属の中学がどんどん適性検査型に変えていく流れができるかもしれない」と言う。

ちなみに、適性検査型の入試を行う私立中学校には、入試の成績によって学費が一定期間免除される特待生制度や奨学金制度がある場合も多いので、学費の面で私立中高一貫校への進学を躊躇している家庭でも挑戦してみる価値がある。

公立一貫校人気と大学入試改革が影響

この5年間で思考力型入試や適性検査型入試といわれる形式の中学入試が急激に増えたのには2つの背景があると考えられる。

1つは公立中高一貫校人気だ。東京都立の中高一貫校の平均倍率は約6倍。10校がすべて同日に入試を行うため、併願もできない。6分の1の確率の一発勝負だ。そこで惜しくも不合格になった受験生たちの受け皿になろうと、私立中学受験対策をしていない受験生にも受けやすい入試の形式として、適性検査型の入試は始まった。思惑通り、ここに多くの受験生が集まった。

はじめは正直、公立中高一貫校の「おこぼれに与る」ような印象もあったのだが、受験生が増えるだけでなく、学力的にもポテンシャルの高い生徒が集められることが次第にわかってきて、人気校のなかにも実施校が増えた。

もう1つの背景は、大学入試改革という追い風だ。大学入試改革の議論が始まり、「新しい学力観」に対する世間の関心が高まった。各私立中高一貫校でも、「学力」を広く捉え直して生徒たちを評価しようとする動きが広まった。効果的なアクティブ・ラーニングの研究も進んだ。すると、いままでの授業ではなかなか実力を発揮することの少なかった生徒が、生き生きと学びはじめる場合があることに現場の教員たちは気づいた。光を当てる角度を少し変えてやれば、光り輝く生徒がたくさんいることがわかった。だったら、それを入試にも応用してみよう。こうして、四教科・二教科入試だけでなく、さまざまな角度から受験生に光を当てるための多様な入試が“発明”されたのだ。

政府主導の大学入試改革自体は怪しげな方向に進んでいるが、そのもともとの理念と時代の変化を正確に捉えた私立中高一貫校は、小回りの良さを活かし、各々の判断で、あるべき授業の姿と入試の姿をすでに具現してしまった。これは大学入試改革が間接的にもたらした、“思わぬ果実”である。

すでに実現している「脱ペーパーテスト」

宝仙理数インターは、入試の種類の多さで群を抜く。名称だけを列挙すれば『4科入試』『公立一貫型入試』『帰国生入試』『新4科特別総合入試』『英語AL(Advanced Learner)入試』『入試理数インター』『リベラルアーツ入試』『グローバル入試』『AAA(トリプルエー)入試』『読書プレゼン入試』。その数なんと10種類。この1校の入試を見るだけで、多様化する中学入試のほとんどの形式がカバーできてしまう。

一部の入試での評価は、試験官の主観による部分がどうしても大きくなる。そのため試験当日、校長自ら保護者に対して、「もしもこの入試で合格できなかったら、お子さんの力が不足していたわけではなく、『学校がわが子の良さを見抜けなかった。校長の見る目がなかった』と思ってください」という説明がある。

また、入試区分によっては基礎学力がまったく問われないのかと心配になるかもしれないが、そこへの手当もちゃんとある。一部の入試では「日本語リスニング」のテストがあわせて行われるのだ。試験時間は45分間。4〜7分程度の音声を聞きながらメモを取り、音声終了後に問題用紙をめくって解答する。まとまった内容の話を聞き、話の主旨を正しく理解できたか、また自分の理解したことを課題解決に用いる応用力があるかを試す。

入試改革によって宝仙理数インターは受験者が激増。定員割れを起こす学校も多いなか、中学からの入学定員を大幅に増やした。

そのほか、先駆的な入試の例を挙げていく。

かえつ有明には『AL(アクティブ・ラーニング)思考力特待入試』がある。少し哲学的な香りがする、答えのないお題が与えられ、受験生同士が議論する。ホワイトボードにマインドマップを描いてもいいし、付箋を使ってもいい。各グループを専属で見る試験官、2グループをまとめてみる試験官、全体を見る試験官の3層構造で評価する。評価基準は、「学ぶ姿勢」「多様な価値観への深い理解」「コラボレーション、共創する」など。

日大豊山女子には「思考力(プレゼン)型入試」がある。いくつかのテーマのなかから自分が取り組むテーマを選び、そのテーマについて、図書館の資料やインターネットを使って自由に情報収集し、最終的に1枚の画用紙に自由にまとめる。その後各自5〜10分間の発表を行う。「自分の言葉で論理的に話すことができたか」「根拠となることが客観的な事実に基づいているか」「幅広い視野をもって物事を見ているか」がポイントとなる。

相模女子大学中等部には『プログラミング入試』がある。タブレット端末を使って、モーターカーをプログラミングして、障害物を避けながらゴールまで荷物を運ぶというミッション。評価基準は、ミッションの成否にあるのではない。モーターカーの動作への基本的理解度、プログラミング力、プログラミングを完成させる努力およびその持続力、完成したプログラミングの補正および再構築能力、そしてミッション成功まで取り組む姿勢など多岐にわたる。

共立女子第二中には『サイエンス入試』がある。試験官の指示に従って実験・観察を行い、わかったことや考えたことをレポートにまとめるというもの。2019年の入試では、LED(発光ダイオード)を利用した実験が行われた。問題用紙には、「LED2個と乾電池4個、電流切り替えスイッチを用いて、スイッチを切りかえると、点灯するLEDが切り替わる回路をつくりなさい」など、4つの問題があった。

共立女子には『インタラクティブ入試』がある。日本で英語を学んできた受験生を対象に算数の筆記試験と英語の試験を行うが、英語はペーパーテスト形式ではない。ネイティブの試験官を中心に、数人のグループで英語のゲームや対話を楽しむ。英語を用いて表現しようとする姿勢を評価する。

東洋大京北には『「哲学教育」思考・表現力入試』がある。与えられたテーマに対する小論文を書くテストだ。2019年の入試では、「自立」というキーワードが与えられ、まず受験生が自ら3つの「問い」を考えた。それが問1。次に、自分で考えた3つの「問い」のなかから、好きなものを1つ選び、その「問い」に対する自分の考えを600字程度で記述する。これが問2。以上を50分間で行う。これは形のうえではペーパーテストだが、作文を書くことが得意な受験生が自分の持ち味を表現することのできる入試方法の1つだととらえられる。

中学入試のルールが変わったわけではない

ただしこれだけ特徴的な入試に、いきなりぶっつけ本番で臨んだら、要領がつかめず普段の力が発揮できない怖れがある。でも大丈夫。このような特殊な入試を行う学校は、特にアクティブ・ラーニング型の入試を行っている学校は、たいてい入試体験会を実施している。実際に体験してみて「面白い!」と思えるのなら、その入試で合格を勝ち取れる可能性は高い。しかもその学校の授業が楽しいと感じられる可能性も高い。運命の出会いだ。

最近はこのような変わった入試を行う学校が合同で入試体験会を開催することもある。そこに行けば複数の学校のユニークな入試を一度に体験できる。

以上、特徴的な入試例を挙げたが、類似の入試を行う学校はほかにも多数ある。また、このような特徴的な入試では、何らかの形で基礎学力を試すテストも併せて実施されている場合が多いことも念のため付け加えておく。くわしくは各学校のホームページなどを確認されたい。

「新型入試」の登場に目を付けたメディアから「教科という枠組みを超えた入試が増えると、中学受験塾は今後どう変化するのでしょうか。大手中学受験塾が衰退するということもあり得るのでしょうか」などという質問を受けることがあるが、いくら「新型入試」が増えたからといって、難関校が従来通りの入試スタイルを続けている限り、中学受験勉強の基本様式が様変わりするということはあり得ないと、ここではっきり申し上げておく。

「新型入試」の登場は、いままでのルールをひねり潰してひっくり返そうというものではない。子どもを評価するモノサシが増えることに意味がある。ゆえに従来のモノサシを否定する必要はなく、それはそれでそのまま使い続ければいい。

「大学入試改革」と「中学入試改革」の3つの違い

時代の変化や教育観の変化を背景に「中学入試改革」が着々と前向きに進んでいるにもかかわらず、巨大な予算と時間をかけて取り組まれている「大学入試改革」がとんでもない迷走を始めてしまうのはなぜか。

3つの構造的な違いに着目したい。

まず大学入試改革はトップダウンのお仕着せによる改革であるのに対して中学入試改革は社会の変化に対する個々の学校の個々の教員の問題意識から始まった現場主導の改革であること。後者には、「生き残りをかけて」という切実さもある。

また、大学入試改革が1つの「正解」に向かって一気に全体の舵を切ろうとする改革であるのに対し、中学入試改革は個別にできるところからできる範囲で改革が進んできた。つまり後者は足並みがバラバラだ。

最後に大学入試改革がモノサシの“差し替え”であるのに対し、中学入試改革は旧来のモノサシを温存しながら純粋に新しいモノサシを“増やした”点である。新しいモノサシのなかにはすぐに消えてしまうものもあるだろう。しかし、それでいい、それがいい。

以上3点をまとめると、大学入試改革が銀行ATMのシステムを一気に入れ替える作業のように進められているのに対して、中学入試改革は生物の進化のように進んでいるといえないだろうか。ここに大きなヒントがあると私は思う。

良かれと思って実行した施策がまったく思わぬ形でネガティブな効果をもたらすことはよくある。

記憶に新しいところではいわゆる「ゆとり教育」にともなう混乱であり、1979年の「共通一次試験」開始による大学の序列化であり、東京都においては1967年の「学校群制度」によって都立高校離れが生じたという事例もある。1961年には、現在の「全国学習到達度調査(通称:学テ)」に相当する「全国中学校一斉学力調査」が実施されたが、結局地域間競争の道具とされてしまい、1966年には中止が決定された。1927年と1939年には旧制中学の入試で学科試験が禁止されたが、むしろ入試のブラックボックス化が進み、結局元に戻った……などなど。

教育とは、ひとを育てる営みであり、それ自体が生き物のようなものだ。生き物は急には変われない。一気にOS(オペレーティングシステム)を変えられるコンピュータやスマホとはそこが違う。しかし生物は、変化が多様で遅い代わりに恒常性が働きやすく、変化に伴うバグを自ら然るべき形で修復できる。

教育をシステムと捉えるか、生物と捉えるか。そこにいちばんのボタンの掛け違いが生じるのではないか。

※拙著『大学入試改革後の中学受験』より一部を抜粋・再構成して掲載しています。

育児・教育ジャーナリスト

1973年東京生まれ。麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退。上智大学英語学科卒業。リクルートから独立後、数々の育児・教育誌のデスクや監修を歴任。男性の育児、夫婦関係、学校や塾の現状などに関し、各種メディアへの寄稿、コメント掲載、出演多数。中高教員免許をもつほか、小学校での教員経験、心理カウンセラーとしての活動経験あり。著書は『ルポ名門校』『ルポ塾歴社会』『ルポ教育虐待』『受験と進学の新常識』『中学受験「必笑法」』『なぜ中学受験するのか?』『ルポ父親たちの葛藤』『<喧嘩とセックス>夫婦のお作法』など70冊以上。

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