横浜市長選挙は22日投開票日を迎え、開票はこれからですが、NHKでは早くも新人で立憲民主党推薦の山中竹春氏が初めての当選を決めたとの速報が打たれました。現職市長をはじめ、大臣経験者や知事経験者などそうそうたるメンバーが臨んだ横浜市長選挙は当初は大激戦が予想されたものの、蓋を開けてみれば8時に当確が出るいわゆる「ゼロ打ち」となった理由と今後の政権の展望について解説をしていきたいと思います。

選挙焦点の変化に各候補者は対応できたか

 選挙戦が始まる前は、IR・カジノ誘致問題が市長選挙の鍵を握ると言われていました。主要候補のうち最も早く立候補を表明した小此木八郎氏が、自民党現職大臣であるにもかかわらずIR・カジノの横浜誘致を反対したことで、この問題に反対する候補者が乱立することが予想され、同問題に賛成を打ち出す林市長が出馬を表明するまでの20日間は特にIR・カジノ誘致問題を軸に、各政党・団体や支持者層と各候補者がどのような構図で繋がっていくかが選挙民の関心とともに報道の中心となっていました。

 一方、林文子市長が出馬を表明した7月中旬以降、横浜市内でのコロナ感染者数は明らかな上昇傾向を迎えます。市内の新規感染者数は1日200人の大台を超えたかと思うと、わずか2週間後には倍の400人となり、その後も増加一辺倒の傾向を占めました。全国や東京都のコロナ新規感染者数は内閣不支持率の先行指標となっている実情があり、結果的に8月上旬に至るまで感染者数が抑えられないまま爆発的増加を迎えたことで、8月7〜8日に実施された報道各社の情勢調査の数字は軒並み過去最低(もしくは第二次安倍政権以降過去最低)を記録します。このことから、選挙の焦点が一気に「コロナ」に傾いただけでなく、近年稀にみる内閣(与党)不支持の中での選挙となりました。

主要5候補の立候補表明日と横浜市の新規感染者数(横浜市オープンデータ)をもとに筆者作成
主要5候補の立候補表明日と横浜市の新規感染者数(横浜市オープンデータ)をもとに筆者作成

 ただ、感染状況が悪化しつつあった7月後半の時点で、こうなることは本来想定できたはずです。山中候補が「コロナ専門家」であることを前面に打ち出す選挙戦を展開したのに対し、小此木氏は選挙戦前半に至っても「IR・カジノ反対」を説明するのに必死でした。背景には小此木氏が実は「IR・カジノ賛成」で、当選後は態度を豹変させるのではないかという市民の疑念が根底にあったことや、この疑念に対して十分な説明がなされなかったことがあります。菅首相と小此木氏は出馬に際してどう折り合いをつけたのか、なぜ突然大臣の職を投げ捨ててまで出馬に至ったのか、市民を納得させるだけの十分な説明ができなかったとこぼす小此木陣営の運動関係者の声が取材では印象的でした。選挙最終盤には、小此木氏の選挙ポスターに「災害級のコロナ危機 前防災担当大臣が横浜を守る。」と書かれたステッカーを貼り、選挙焦点に合わせた有権者への政策訴求を行いましたが、既に選挙戦的には決着のついた後でした。

 また、当社が8月1週目に行ったインターネットパネル調査では、小此木氏は70代以上の高齢者からの支持を集めていたほか自民党支持層の多くを固めていましたが、「ただなんとなく自民支持」の層が急速にコロナ悪化で与党支持から離れたこと、最終的に投票率が上がったことで投票総数における高齢者の割合が相対的に低下したこと、さらに「無所属」を前面に出して無党派層を取りに行く姿勢とは裏腹に街頭演説などで地元県議・市議を中心としたコテコテの自民党選挙を行ったことが裏目に出たと言えるでしょう。選挙期間中の各社調査を紐解いても、小此木支持は増えるどころか減っていったとの観測もあります。

「唯一のコロナ専門家」の敵はパワハラ疑惑や怪文書だった

 一方、山中竹春氏は、多くの公職経験者が立候補する中でほぼゼロからのスタートとなりましたが、比較的早めに立候補表明ができたことや、「ハマのドン」と呼ばれる藤木幸夫氏が早い段階で支持を表明したことで一定の集票ができる主力候補に早い段階で名を連ねることができました。田中康夫氏、松沢成文氏といったそれなりのビッグネームが立候補表明を7月にしましたが、その時点では立憲民主党の推薦が決まっており主力候補になっていたことで、有権者から注目される素地が作れたことがまず強かったとみるべきでしょう。

 くわえて、「唯一のコロナ専門家」と自称する戦法は、最終的に有権者の不安と直結して見事に票にすることができました。これだけコロナ感染者が増えている現状では、市民生活に直結するコロナ問題が喫緊の課題であり、ほとんどの市民は近視眼的にコロナ関連政策を最重要視します。4年後までこのコロナ問題が引き続いているかどうかはともかく、市民が市長選で投票先候補者を選定するポイントとして、このコロナ問題に対する候補者の役割・期待がインセンティブになっていたことを利用したことで、市内の新規感染者数が急激に増加する中で一気に先頭に躍り出ました。選挙戦中盤に行われた立憲民主党所属国会議員とのネット対談で応援弁士が述べた「もはやIR・カジノの誘致なんかではなく、コロナ対策こそが話すべき議論の中心だ」という言葉こそが、選挙戦全体における山中氏の戦略を表していたように思います。

 ただ、山中氏に不安要素が全くなかったわけではありません。横浜市立大学教授時代のパワハラ疑惑を訴える落選運動がインターネットを中心に展開されたほか、様々な怪文書が出回りました。SNSなどを中心に出回ったこういった情報は多少の効果はあったかもしれませんが、主要週刊誌が取り上げなかったことやマス・メディアでは取り上げられなかったことから効果は限定的だったと言えるでしょう。結果的に当選した山中氏ですが、選挙戦においてはこの様々な疑惑に十分に応えていないとの指摘もありました。選挙期間という短い期間の中では応えられなかったこの疑惑や問題について、今後市長となった山中氏が報道記者会見や横浜市会の追及にどのように応えるのかが、山中新市長による横浜市政の最初の注目ポイントかもしれません。

現職市長がなぜここまで失速してしまったのか

 ここまで小此木・山中各陣営の戦いについて評してきました。選挙戦中盤以降は実質的にこの2人と戦いと言われましたが、政令市長選挙で候補者が乱立するという構図にもかかわらず、現職市長であった林氏が中盤以降特に失速が激しかったのはいったい何故でしょうか。

 まずひとえに現職市長としてのメッセージ性の弱さでしょう。コロナ禍という状況の中で、政治家のメッセージ力が問われているのは、知事や政令市長の記者会見などからも明らかでしょう。自らの強いメッセージを市民に伝えられるかどうかが鍵となるなか、林市長のメッセージが十分に伝わったとは言いがたい状況だったと言えます。さらに横浜市が抱える問題は、「IR・カジノ誘致」や「コロナ」だけでなく「ハマ弁」「水道料金値上げ」といった市民生活に直結するものも多く、現職にとって必ずしも有利な状況だったとは言えません。

 さらにここまで述べてきた通り、IR・カジノ誘致問題が市長選挙の焦点から外れていったことで、「IR・カジノ誘致賛成派の市民は少ないが、反対派は候補者も多いから結果的に林有利」との当初の目論見は、そもそも焦点設定から逸れるという意外な形で、外れてしまいました。

 そもそも与党が施策として推進していた「IR・カジノ誘致」について、小此木氏が対抗馬として出てきていきなり「反対」と言われたことで、林市長は相当憤慨したと報道されていますが、自民党も一部分裂して戦った選挙は保守分裂による野党系候補者勝利という(与党にとっては)最悪の結果を菅首相のお膝元で迎えることとなりました。

主力候補の陰で確実に集票をしていった田中康夫氏

 田中康夫氏の出馬表明も、今回の横浜市長選挙におけるサプライズの一つでした。なぜ元長野県知事が、という謎から始まった田中康夫氏の挑戦でしたが、記者会見で自らの言葉で話す姿勢に加えてSNSでの拡散が多かったことが最終盤に票を多少なりとも伸ばす結果をもたらしたことは事実です。

 野党支持層がすべて山中に集中できたかというと、必ずしもそうではありません。山中氏をめぐる疑惑に冷たい視線を送る層がいたこともまた事実であり、それに加えて田中氏が上瀬谷通信施設公園跡地に消防・救急と医療・保健のレスキュー拠点をつくると訴えたことは、このコロナ感染拡大の状況下でプラスに働いたことでしょう。

 田中氏は、おそらく立憲民主党の推薦が山中氏に決まる前に立候補表明をしていれば、もう少し票が伸びたことでしょう。ただ、結果的には小此木・山中の立候補に1週間遅れたことに加えてコロナ感染拡大に対する強いメッセージが出せなかったこと、さらに中心となる支持母体がない中での選挙となったことが苦戦となった原因とみられます。しかしながら、ネットでの拡散や政策訴求では注目を集めることができたことで、山中不支持・小此木不支持の層(場合によりこの2人の候補者の落選運動に共感した層)を中心に票を集めたことができたと評価できます。

主力候補がダイナミックに動く中で目立たなかった松沢成文氏

 一方、前神奈川県知事の松沢成文氏は伸びませんでした。最終的な結果が出ていないので言及は控えますが、供託金没取点を下回る可能性も強いと言われるほどに票が集まらなかった原因は何でしょうか。

 まず一つは、政党や党派色がなかったことです。衆院選直前という時期にくわえて、山中氏・小此木氏の与野党戦争の中で、それでも「現職」という肩書きがある林氏や強烈な個性と知名度を持つ田中氏に対し、十分なキャラクターを出せず、また元々所属していた日本維新の会からのバックアップもなかったことで、表だって目立つ機会が失われました。確認団体の運動自動車は「前神奈川県知事」と書かれただけの質素な看板の車両でしたが、もとよりコロナ禍の中で黒岩知事がこれだけ毎日テレビや新聞で顔を見るようになったいま、「前神奈川県知事」という肩書きがどこまで有権者に強い印象を与えられたのかは未知数です。

 このほか、福田峰之氏、坪倉良和氏、太田正孝氏もそれぞれの選挙戦を戦いましたが、自らの支援者からの集票から広げることができない結果となりました。

Twitterでみる候補者の動き

 ところで、変わった視点から横浜市長選挙をみてみたいと思います。筆者は告示日翌日8月9日夜に、横浜市長選挙立候補者8人のTwitterフォロワーを集計していました。そして、今日22日投開票日のTwitterフォロワーと比較すると、この選挙期間中にどれだけフォロワーが伸びたかがわかります。

横浜市長選挙各候補者のTwitterフォロワー数(実数)

各候補者(順不同)のTwitterアカウントをもとに、筆者作成
各候補者(順不同)のTwitterアカウントをもとに、筆者作成

横浜市長選挙各候補者のTwitterフォロワーの伸び数(差分)

各候補者(順不同)のTwitterをもとに、筆者作成
各候補者(順不同)のTwitterをもとに、筆者作成

 Twitterの累計フォロワー数でいえば、兼ねてからTwitterで人気のあった田中康夫氏が圧倒的なフォロワー数を有していました。この差は歴然としており、ほかの7候補を足してもなお数倍の開きがあるほどで、SNSにおける田中氏の選挙戦に注目が集まる理由となりました。

 一方、選挙期間中のTwitterのフォロワー数の増加は、田中氏が一番であったものの、山中氏もほぼ田中氏と同じだけのフォロワー数を増やしました。また、小此木氏も山中氏には届かないものの、着実にフォロワー数を増やすことができました。今後、衆院選ではコロナ禍ということもあって更なるSNSの活用が期待されるところですが、選挙期間中のフォロワー数の増加の比較からも各候補のSNSへの活動比重を垣間見ることができます。

政権への影響と今後の展望は

 最後に、政権への影響です。先述の通り、どのような理由があれ自民党の保守分裂により野党推薦候補が勝利したという事実は変わりません。菅首相のお膝元で野党系候補者のゼロ打ちを許すという展開は、菅首相のレームダック化まで思い起こさせる政権末期の様相といっても過言ではないでしょう。総裁選・衆院選が近づく中で、「(自身のお膝元ですら負けた)菅首相では戦えない」との声は神奈川県連所属国会議員からも聞こえてくる状況で、まさに「小此木ショック」の状況です。

 「菅下ろし」が公然と始まるかどうかがまずは注目です。現実問題として小選挙区で1万票差程度であれば簡単にひっくり返ってしまうような状況であることを考えれば、中堅・若手の自民党議員から菅下ろしが始まってもおかしくない状況です。この横浜市長選挙をまずはどのように菅首相が総括するのか、その言葉を自民党議員のみならず野党議員、さらには国民が固唾をのんで見守っています。