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島嶼防衛用高速滑空弾Block2AとBlock2B

JSF軍事/生き物ライター
「令和4年度 事前の事業評価 島嶼防衛用高速滑空弾(能力向上型)」、防衛省より

 12月26日、防衛省は令和4年度の事前の事業評価を公開しました。その中に「島嶼防衛用高速滑空弾(能力向上型)」の開発予定が紹介されています。これは極超音速滑空ミサイル(HGV)に分類される新型兵器です。

「令和4年度 事前の事業評価 評価書一覧」:防衛省

○必要性

我が国の島嶼部に着上陸した敵部隊、レーダ・ミサイル発射機、後続戦力を輸送中の敵輸送機等に対し、敵のミサイル攻撃等から健在しつつ、弾薬等の継続的な補給が可能となる本州等から対処できる射程及び地上の非装甲目標を効率的に撃破できる弾頭性能を有する装備品(Block2B)が必要である。この際、敵の侵攻に対する抑止・対処能力を保持するため、努めて早期に、一定程度の射程等、必要最小限以上の性能を有する装備品である島嶼防衛用高速滑空弾(能力向上試作型)(Block2A)が必要である。

出典:島嶼防衛用高速滑空弾(能力向上型):令和4年度・事前の事業評価(要旨):防衛省

 従来「島嶼防衛用高速滑空弾」は「早期装備型Block1」と「性能向上型Block2」で開発する方針でした。この方針が修正され、Block2が大きく変更されて「能力向上試作型Block2A」と「能力向上型Block2B」の開発が計画されています。Block2Bが本命の装備になります。

島嶼防衛用高速滑空弾の各型および性能の推定

  • Block1 ※推定射程500km・マッハ6・沖縄本島配備
  • Block2A ※推定射程1500~2000km・マッハ12・九州ないし本州配備
  • Block2B ※推定射程3000km以上・マッハ17・本州ないし北海道配備

※射程や速度は政策評価書に具体的な記載は無く、筆者の推定。

島嶼防衛用高速滑空弾の従来計画(2019年)

防衛装備庁「島嶼防衛用高速滑空弾の現状と今後の展望」より
防衛装備庁「島嶼防衛用高速滑空弾の現状と今後の展望」より

島嶼防衛用高速滑空弾の現状と今後の展望:防衛装備庁(2019年)

 従来計画の島嶼防衛用高速滑空弾Block2は、イメージ絵を見る限りBlock1のロケットモーターと直径は共通で2段化し、滑空体を先進的な滑空比の高いウェーブライダー形状とするように見て取れました。

 また従来の説明では「高速」「超音速」という言葉は使っても「極超音速」という言葉を使った説明を避けて来ました。

 しかし新しい島嶼防衛用高速滑空弾(能力向上型)の説明では堂々と「極超音速」という言葉を使っている上に、Block2AとBlock2BはBlock1とは共通性など全く無い大型化した中距離ミサイルとなっています。

島嶼防衛用高速滑空弾Block2AとBlock2B(2022年)

「令和4年度 事前の事業評価 島嶼防衛用高速滑空弾(能力向上型)」、防衛省より
「令和4年度 事前の事業評価 島嶼防衛用高速滑空弾(能力向上型)」、防衛省より

島嶼防衛用高速滑空弾(能力向上型):令和4年度・事前の事業評価(ロジックモデル):防衛省

「令和4年度 事前の事業評価 島嶼防衛用高速滑空弾(能力向上型)」、防衛省より
「令和4年度 事前の事業評価 島嶼防衛用高速滑空弾(能力向上型)」、防衛省より

島嶼防衛用高速滑空弾(能力向上型):令和4年度・事前の事業評価(本文):防衛省

 3000kmの射程を持つと推測される島嶼防衛用高速滑空弾Block2Bの開発を目指し、その開発途中でBlock2Aを早期にスピンオフする計画です。

 イメージ絵を見る限り発射車両はどちらもトラック式ではなくトレーラーに発射機を車載する方式で、Block1で実装される予定の2連装発射機ではなく1発のみの単装となるように見えます。

 つまりミサイルはBlock1とは比較にならないほど大型化するということになります。おそらくBlock2Bはアメリカ軍がもうすぐ配備する予定の極超音速滑空ミサイル「LRHWダークイーグル」と同程度の射程を有しており、共同で敵目標を攻撃する計画なのだろうと思われます。

アメリカ陸軍の中距離ミサイルLRHWとの関連性

 なおLRHWは射程2775km以上と公表されていますが、”以上”とある通りもっと射程が長い可能性があります。LRHWの射程が2775kmなら九州ないし本州が配備候補地ですが、もしも射程3000km以上あるなら北海道も候補地となり、島嶼防衛用高速滑空弾Block2Bと同じ駐屯地に配備される可能性が出て来ます。

 LRHWは大きな中距離ミサイルを2連装で搭載する巨大なトレーラー車両の発射機です。あまりに大きいので日本国内では満足に移動できる場所は限定されることになるでしょう。日本の島嶼防衛用高速滑空弾(能力向上型)が2連装を採用せず単装なのは、車両が大きくなり過ぎるのを避けた結果だと思われます。

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 島嶼防衛用高速滑空弾(能力向上型)の令和4年度事前の事業評価の説明には「弾薬等の継続的な補給が可能となる本州等から対処できる射程」とあり、再装填・再発射による継続射撃を重視している事が分かります。この点はアメリカ陸軍のLRHWも同様に重視している要素になるでしょう。

島嶼防衛用高速滑空弾(能力向上型)の政策評価書の注目点

 以下は「令和4年度 事前の事業評価 島嶼防衛用高速滑空弾(能力向上型)」の記述から気になった注目点を抜き出しています。

  • 第1段ブースターを極超音速誘導弾と共通化する。
  • 想定攻撃目標に「後続戦力を輸送中の敵輸送機等」がある。
  • 敵基地攻撃(反撃)の目標が指定されていない(記述が無い)。

直径90cm級のブースターを共通化(HGVとHCMが同サイズ)

・第1段目の大型ロケットモータを極超音速誘導弾のブースターと共通化し、当該事業における設計活動の大幅な低減を図る。

出典:島嶼防衛用高速滑空弾(能力向上型):令和4年度・事前の事業評価(本文):防衛省

 極超音速誘導弾は新開発を予定しているスクラムジェットエンジンを搭載した極超音速巡航ミサイル(HCM)です。

 そして島嶼防衛用高速滑空弾(能力向上型Block2B)は射程3000kmの中距離ミサイル級の極超音速滑空ミサイル(HGV)と推定されている性能で、推進ロケット部分は2段式です。そのうち第1段部分を極超音速誘導弾(スクラムジェット)のブースターとして共通化するという説明です。

 ・・・つまり極超音速誘導弾(スクラムジェット)は島嶼防衛用高速滑空弾(能力向上型Block2B)と同等の直径を有するということになります。これは他国に例の無い巨大なスクラムジェット極超音速巡航ミサイルを開発するという意味になります。

 例えば世界で初めて実戦配備されるスクラムジェット極超音速巡航ミサイルはロシアの「ツィルコン」ですが、これは既存のロシア国産VLS(垂直発射機)に入るサイズで設計されているので、既存の超音速巡航ミサイル「オーニクス」と同程度の大きさに制約されるので、直径は約67cm、重量は約3トンだと推定されています。

 これに対し日本の島嶼防衛用高速滑空弾(能力向上型Block2B)と第1段ブースターを共通化する極超音速誘導弾(スクラムジェット)は、直径90cm近いと推測できます。島嶼防衛用高速滑空弾(能力向上型Block2B)と同クラスの射程のアメリカのLRHWダークイーグルが直径88cm(34.5インチ)あるので、同程度の大きさになると考えられます。

飛行場が敵に奪われることを想定

我が国の島嶼部に着上陸した敵部隊、レーダ・ミサイル発射機、後続戦力を輸送中の敵輸送機等に対し、敵のミサイル攻撃等から健在しつつ、弾薬等の継続的な補給が可能となる本州等から対処できる射程及び地上の非装甲目標を効率的に撃破できる弾頭性能を有する装備品(Block2B)が必要である。

 島嶼防衛用高速滑空弾Block2Bで「飛行場に駐機している敵輸送機」を叩く。これは敵に奪われた島嶼の民間空港に遠距離攻撃を仕掛けるということを意味します。つまり敵が攻めて来る戦場として飛行場が存在する島・・・無人島ではなく、人が住んでいる島が想定されています。戦場は尖閣諸島だけではないということです。

 現在行われているウクライナの戦争では、ロシア軍は侵攻開始の初日に首都キーウ近郊のアントノフ国際空港(ホストメル空港)の奪取を狙って空挺軍がいきなりヘリボーン強襲してきました。同じことが日本の戦場でも起こり得るという想定です。

敵基地攻撃(反撃)の目標が指定されていない(記述が無い)

 中距離弾道ミサイルに匹敵するかそれ以上の極超音速兵器である島嶼防衛用高速滑空弾Block2Bは、間違いなく敵基地攻撃(反撃)の主力として使われる兵器です。しかし記述が無いのは政治的に仮想敵国を名指しするのは拙いという配慮だと考えられますが、島嶼防衛用かつ敵基地攻撃(反撃)に使うとするならば、以下のような用途になるでしょう。

Google地図より筆者作成。北海道から半径3000kmの円と想定される攻撃目標
Google地図より筆者作成。北海道から半径3000kmの円と想定される攻撃目標

 我が国の島嶼を攻撃する敵の戦闘機が利用する発進基地である大陸の飛行場を打撃することで、島嶼防衛用かつ敵基地攻撃(反撃)として効果を発揮します。また我が国の島嶼が敵に奪われて飛行場が利用され始めたら、これも攻撃対象となります。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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