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3000発のミサイル攻撃を受けても屈服しないウクライナと「敵基地攻撃能力」の是非

JSF軍事/生き物ライター
撃墜されたロシア軍のカリブル巡航ミサイルの残骸。2022年3月4日、キーウの路上(写真:ロイター/アフロ)

 2月24日からロシアの侵略で始まったウクライナの戦争では、既に3000発以上のロシア軍のミサイルがウクライナ領土に撃ち込まれています。これは7月18日にゼレンスキー大統領が言及した数字ですが、巡航ミサイルや弾道ミサイルなど大型のミサイルを数えたものです。

3000発のミサイル攻撃を受けても継戦は可能

 3000発のミサイル攻撃を受けてもウクライナは致命傷にならず、戦い続けています。このことは日本周辺有事での敵からのミサイル攻撃について、そして日本自身の敵基地攻撃能力(反撃能力)についての議論でも大いに参考になる筈です。

 日本が敵国から3000発のミサイル攻撃を受けても絶望的な状況に陥らないようにすることは十分に可能です。そしてこれはお互いに言えることなので、日本が3000発のミサイルを保有して敵国を攻撃しても決定的な打撃を与えることは困難なのです。

 ただし相手をミサイルだけで屈服させることが無理だとしても、その攻撃が全く無意味というわけではありません。また今回の此処での話は通常弾頭のミサイルに限定したものですので、核弾頭ミサイルを想定する場合は全く話が変わります。

  • 中国の中距離ミサイル ※対日本用推定2000発、通常弾頭
  • 日本の中距離ミサイル ※敵基地攻撃能力、将来予定、通常弾頭

 此処ではロシア-ウクライナ戦争を参考事例に、中国の中距離ミサイル(通常弾頭)と日本の将来の敵基地攻撃能力としての中距離ミサイル(通常弾頭)を想定対象として、北朝鮮の準中距離ミサイル(核弾頭)は除外して進めます。

航空基地にミサイル攻撃を行っても直ぐ復旧される

 開戦直前にアメリカから警戒情報を得たウクライナ空軍は戦闘機を空中退避させて初撃を回避し、整備中で動かせなかった機体などを除いて多くが残存することに成功し、その後は出撃基地を転々と変えながら今も戦い続けています。

 ウクライナ空軍機が継続して戦い続けられているのは、味方の防空システムもまた残存し、地対空ミサイルを恐れてロシア空軍機が積極的な活動をしなくなり、航空優勢をロシアに確保されてしまうことを阻止できたことが大きいと言えます。

 そしてロシア軍が航空優勢を確保できないままミサイルで再攻撃を仕掛けても、居場所を転々と変えるウクライナ戦闘機を地上で一網打尽にすることは困難で、航空基地へのミサイル攻撃は一時的に滑走路を使用不能にすることがせいぜいという結果を招きます。

 通常弾頭のミサイル攻撃では航空基地を叩ききれず、永久使用不能に追い込むことはできません。滑走路に穴を開けても直ぐに埋められてしまいます。しかし実は一時的にでも使用不能に追い込むことこそが目的だとも言えます。

「LRHWで敵航空基地を攻撃して敵航空戦力の活動が一時的に低下した頃合いに、味方航空戦力を局所的に投入して航空優勢・海上優勢を確保し、この隙に味方の戦力を移動させる。」

出典:米軍の中距離ミサイルが”地上発射”であるべき理由は再装填・再発射の容易性

 アメリカ軍の新型中距離ミサイル「LRHW」の使用目的は、一時的で局地的な航空優勢および海上優勢の窓(通り抜けられる穴の意味)を確保することにあると説明されています。敵航空基地を一時的に使用不能にして、その間に味方戦力を移動させるという地味な役割です。つまり通常弾頭の中距離ミサイルについて、敵中枢を叩いて戦争の趨勢を一気に決めるような派手な役割は最初から求められていません。

敵ミサイル移動発射機を撃破して狩るのは非常に困難

 開戦から5カ月経過していますが、ウクライナ軍のトーチカU短距離弾道ミサイル(射程120km)はまだ1両も撃破されていません。また6月24日に実戦投入開始が報告されたHIMARS多連装ロケット(射程90km)も現在まで1両も撃破されていません。(※証拠が無く確認できない自称のみの戦果は含めず)

 ロシア側はHIMARSを撃破したと何度も主張していますが、証拠の映像は一つも確認されておらず信じることはできません。5カ月以上戦ってトーチカUを1両も撃破できていないのに、投入開始から1カ月程度のHIMARSを急に何両も次々に撃破できたとするロシア側の主張は不自然過ぎます。「大本営発表」と同じで嘘の宣伝でしょう。

 一方で通常の榴弾砲(射程20~30km)などは多くの確認された撃破報告があるように、前線に近い場所に布陣するため偵察で見付けやすい榴弾砲は狙って攻撃して狩ることは可能なのですが、射程が90~120kmと長いHIMARSやトーチカUの車両は偵察で発見することが難しく、逃げ果せていると言えます。これはロシア空軍が航空優勢の確保に失敗して、航空偵察も満足にできていないことも影響しています。

 飛翔速度が遅い亜音速の巡航ミサイルは移動目標への攻撃には不向きで、敵ミサイル移動発射機を狙いに行くことはできません。高速で飛翔する弾道ミサイルならば移動する目標であっても発射準備などで停車している間を狙いに行くことが可能ですが、目標を発見できなければそもそも攻撃を行えません。

 戦争が長引けば何時かはウクライナ軍のトーチカUやHIMARS、MLRSも撃破される車両が出て来るかもしれませんが、航空優勢が確保できず偵察もままならない状況では、一気に大量に撃破して無力化を狙うことは無理でしょう。もしウクライナにHIMARS / MLRS用のATACMS短距離弾道ミサイル(射程300km)が供与されたならば、発射車両は後方に下がることができるので撃破は更に困難になります。

 なおロシア側の短距離弾道ミサイル移動発射機(イスカンデルおよびトーチカU)も現時点ではまだウクライナ軍に撃破された車両はありません。これをウクライナ軍が無人攻撃機で狙いに行くことは難しい状況です。射程の長い弾道ミサイルは前線よりも奥深くの後方に居るので、ロシア軍の何重にも配置された防空システムに守られて容易に接近できず、攻撃に行く以前に偵察と索敵すら厳しいのです。

弾道ミサイルは射程が長いので狩りに行く場合は敵国の防空網を奥深くまで制圧して乗り込む必要があり、空の上での圧倒的優位な状況を確保しておく必要があります。

第二次世界大戦以降の戦争で弾道ミサイル狩りが本格的に行われたのは上で説明した湾岸戦争(1991年)とイエメン内戦介入(2015年~)の2例で、その両方とも空の上での圧倒的優位な状況を確保した上で、明確に弾道ミサイル狩りを失敗しています。

出典:「敵基地攻撃能力」では弾道ミサイルを阻止できない根拠と実戦例

 航空優勢を確保して防空網も制圧し、空の上では圧倒的に優位な状況から一方的に空爆を行った戦争ですら、この条件での2例とも弾道ミサイル狩りは明確に失敗しています。ましてや航空優勢を確保できず防空網の制圧にも失敗したロシア-ウクライナ戦争で、弾道ミサイル狩りなど満足に行うことはできないでしょう。

 航空優勢さえ確保していれば、弾道ミサイルとしては射程がかなり短いトーチカU(射程120km)などは発見しやすく撃破することも可能だったかもしれません。しかし現実にはロシア軍は航空優勢の確保に失敗し、偵察もままならず1両も撃破できていません。

3000発の敵ミサイルを過剰に恐れず、3000発の味方ミサイルに過度な期待をしない。 ※通常弾頭の場合

 ロシア-ウクライナ戦争のミサイル攻撃についての戦訓はこうなるのでしょう。通常弾頭の場合、3000発のミサイル攻撃を受けても戦い続けることが可能です。

 ウクライナの防空システムはやや古いソ連時代のものが主力で、目標がカリブルやKh-101などの亜音速の遅い巡航ミサイルの迎撃は可能ですが、一部しか迎撃できていません。高速で飛来するKh-22巡航ミサイルやイスカンデル弾道ミサイルなどの迎撃は苦戦しており、ごく一部しか迎撃できていない状況です。

 それでも3000発のミサイル攻撃を受けてもウクライナは致命的な状態には陥らず、戦争を継続しています。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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