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対戦車ミサイルはゲームチェンジャーではない

JSF軍事/生き物ライター
参考:アメリカ陸軍調達支援センター(USAASC)よりFGM-148ジャベリン

 ウクライナに供与されたアメリカ製の対戦車ミサイル「FGM-148ジャベリン」は、2022年2月24日から始まったロシア-ウクライナ戦争で大きな戦果を上げました。首都キーウ防衛に大きく貢献して、侵攻してきたロシアに対するウクライナの抵抗の象徴となったのです。

 しかしこれをもってジャベリンさえあれば戦車を倒せる、戦車はもう不要であるという極端な主張さえ一部で出始めました。ただし当のウクライナのゼレンスキー大統領が「反攻作戦の為に各国は戦車を供与して欲しい」と訴えたことで戦車不要論は直ぐに否定された形です。そして実際にポーランドなどからT-72戦車200両以上がウクライナに大量供与され始めています。

戦車と対戦車ミサイルの簡単な歴史の紹介

 実は対戦車ミサイルを根拠として戦車不要論が唱えられるのはこれが初めてではありません。例えば過去の有名な事例では今から49年前の1973年の第四次中東戦争で、エジプト軍がソ連製の対戦車ミサイル「9M14マリュートカ(NATO名称:AT-3サガ―)」を使用してイスラエル戦車部隊に大打撃を与えた時も同じような説は唱えられました。しかしその後も戦車は進化し、対抗戦術も編み出され、今もなお戦車は陸上の主力兵器の地位を保ったままでいます。

  • 1916年・・・戦車の初投入(菱型戦車、ソンムの戦い)
  • 1944年・・・対戦車ミサイルの初開発(X-7ロートケップヒェン)
  • 1956年・・・対戦車ミサイルの初投入(SS.10、第二次中東戦争)
  • 1973年・・・対戦車ミサイル「AT-3サガ―」活躍(第四次中東戦争)
  • 1996年・・・対戦車ミサイル「ジャベリン」配備開始
  • 2022年・・・対戦車ミサイル」ジャベリン」活躍(ウクライナ戦争)

 戦車は登場から100年近く経ちますが、対戦車ミサイルも70年近く前から存在している兵器です。そして戦車と対戦車ミサイルが本格的に戦い始めてから既に50年近く経ちます。

 多くの兵器技術開発競争は一時的にライバルに対し優位になったり再逆転したりを繰り返していくものです。もちろん革新的な新兵器が登場して時代遅れとなった旧兵器を絶滅させてしまうケースもありますが、戦車と対戦車ミサイルについてはそういった関係にはならなかった長い共存と競争の歴史があります。

 しかもジャベリンの開発は1980年代後半から1990年代前半で、約30年前の設計の兵器であり、実は新しい兵器ではありません。やや古い部類の兵器です。

牽引式対戦車砲は絶滅寸前?

 むしろ対戦車ミサイルが絶滅に追い込みつつある兵器はライバルの戦車ではなく、同業の牽引式対戦車砲だと言えるでしょう。第二次世界大戦では戦車と熾烈な戦いを演じた牽引式対戦車砲は、運びやすい対戦車ミサイルに役割を奪われて現在ではほぼ絶滅しかかっています。

 ・・・ほぼ? そう、実はウクライナ軍には牽引式100mm対戦車砲「MT-12」が現役でまだ数百門は存在しており、今まさに戦場に投入されています。

 なおロシア軍にもMT-12が有る上に、更に強力な牽引式125mm対戦車砲「2A45スプルート-A」「2A45Mスプルート-B」が有ります。

ウクライナ軍が使用中の代表的な対戦車ミサイル

FGM-148ジャベリン(アメリカ製)

 赤外線画像誘導による追尾誘導能力を持つ対戦車ミサイル。発射後に射手が誘導し続ける必要が無い「撃ちっ放し方式」で、射手は即座に離脱を開始できる。戦車の装甲が薄い上面を狙うトップアタックと通常のダイレクトアタックの二通りの飛び方を持つ。ただしトップアタックは一度上昇してから急降下するので、目標とはある程度の距離が必要になる。

NLAW(イギリス/スウェーデン製)

 移動する目標の未来位置を発射前の取得データで計算し、発射後に補正して飛んで行く対戦車ミサイル。追尾誘導は行えない。無誘導対戦車ロケットと誘導対戦車ミサイルの中間の性質を持つ。弾頭の成形炸薬はミサイルの進行方向の90度真下にメタルジェットを打ち出す取り付け方で、ダイレクトアタックに近い浅い角度の軌道でトップアタックが行えるオーバーフライ・トップアタックが可能。この飛び方は接近戦でもトップアタックを行える利点を持つ。

パンツァーファウスト3(ドイツ製)

 無誘導対戦車ロケット。無反動砲として射出後の砲弾は更にロケット噴射し飛んで行く。追尾誘導能力は無く発射後の軌道修正も行わないので命中弾を与えるには接近して発射する必要がある。

スタグナP/ストゥフナP(ウクライナ製)

 レーザー誘導対戦車ミサイル。日本ではロシア語由来の英語読みの「スタグナ・ピー(Stugna-P)」で知られているが、ウクライナ語読みでは「ストゥフナ・ペー(Стугна-П)」と発音する。目標照準は液晶パネルディスプレイで確認して行い命中までレーザー照射し続ける必要があるが、液晶パネルディスプレイの照準システムは有線ケーブルで発射機と繋いで離して置けるので射手の生存性が高い。ジャベリンのような歩兵1人で携行できる型式ではなく、複数人で携行し固定設置式で機動性に劣るが、その分だけミサイルが大きく有効射程が長い。

 なおこの対戦車ミサイルは原型は牽引式100mm対戦車砲「MT-12」用の砲口発射対戦車ミサイル「ストゥフナ(Стугна)」で、歩兵用に口径を大型化し発射機と照準システムを新たに用意したものが歩兵用対戦車ミサイル「ストゥフナ・ペー(Стугна-П)」。末尾の「П」はウクライナ語「Портативний (ポルタテーウネィ)」の頭文字で、つまり意味は英語でならば 「Portable(ポータブル)」。携行式、可搬式。

この他にコルサール(Корсар)、ミラン(Milan)、コーンクルス(Конкурс)、C90-CR、RGW-90マタドール(Matador)、AT4、カール・グスタフ(Carl Gustaf)など、国産装備と旧ソ連装備とNATO供与装備を合わせて現時点で20種類以上の対戦車ミサイル・対戦車ロケットがウクライナ軍で使用中。

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軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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