1年前に当時の河野防衛大臣がイージスアショア計画の撤回を決めた直接的な理由について、これまで防衛省は山口県むつみ演習場に設置する予定のイージスアショアから発射されたSM-3迎撃ミサイルの切り離したブースターを敷地内に落とせると説明してきたのに、技術的に現行仕様のままではソフトウェアの改修だけでは無理だと判明し、ハードウェアの改修は合理的ではなかったと説明しています。

河野大臣「ブースター改修の見積もり2000億円、期間10年」

当時の判断として、ソフトウェアの改修によって、ブースターをむつみ演習場内に確実に落下することができる、そういう判断をしていたところでございますが、今般、確実にむつみ演習場内に安全に落下させるためには、ソフトウェアの改修に加えて、ハードウェアの改修も必要になる、そういう判断をせざるを得ないということになりました。このハードウェアの改修のためには、おそらく2,000億近いコスト、そして10年近い時間がかかるということで、これは中々合理的とは言えないと判断をせざるを得ないということになりました。

出典:防衛大臣臨時記者会見(河野防衛大臣山口県庁訪問):令和2年6月19日

真意は「2000億円で解決できるなら安いが10年は待てない」 

 イージスアショア計画の中止にともなう代替案は「イージス・システム搭載艦」を2隻建造する計画に決定しましたが、艦艇である以上は燃料代や整備などで維持費用が陸上施設よりも高くなるのは当然で、ライフサイクルコスト(退役まで30~40年使用した場合の総経費)は通常型イージス艦の想定でもイージスアショアの2倍近くの9000億円弱になり、最低でも4000億円以上は余計に掛かります。

 それならば2000億円の追加で済むなら、SM-3迎撃ミサイルのブースターの改修(ソフトウェアおよびハードウェア)を選んでイージスアショア計画をそのまま進めた方がいいではないかという声が一部に出て来ました。しかしそれは選択できません。

 なぜなら費用は問題ではなく、10年という期間が問題になるからです。弾道ミサイル防衛(BMD)の計画は急速に危険性が増している北朝鮮の核弾頭付き弾道ミサイルに対処することが目的です。ゆえに可及的速やかに整備することが求められます。

 それなのに命中性能に関係が無い本来は不要な改修のせいで10年も配備が遅れるのは非合理だと河野大臣は説明したわけです。2000億円という費用は中止を決断した理由ではありません。

ただし河野大臣の提示した数字には根拠が全く無い

 しかし「ブースター改修の見積もり2000億円、期間10年」という河野大臣の説明には根拠がありません。この数字はイージスアショアで使用予定だった新型の日米共同開発迎撃ミサイル「SM-3ブロック2A」の開発期間と日本の出した費用をそのまま提示しているだけです。

 SM-3ブロック2Aの日本が担当した主な部分は第2段ロケットおよび第3段ロケット、そしてノーズコーンです。つまりブースターに誘導機能を持たせるような改修とは全く異なる仕事を任されています。

防衛省資料よりSM-3ブロック2A迎撃ミサイルの日米開発分担
防衛省資料よりSM-3ブロック2A迎撃ミサイルの日米開発分担

 仕事の内容が全く異なるのに同じくらいの費用と期間が掛かるだろうとした河野大臣の説明は不適切なものでした。提示された数字には根拠が何も無いに等しいのです。

 河野大臣は参考にすらならない数字を出すべきではありませんでした。もはや後の祭りですが「ブースターに誘導システムを付与する改修には開発期間に長い年月が掛かる」という程度の表現にしておくべきだったと思います。関連性の無い2000億円という数字は誤解を生むだけで要らぬ苦労を抱え込んでしまいました。

ブースターに誘導機能を付ける意味の無さとデメリット

 そもそも切り離した後に落下するブースターの行方を気にして誘導システムを内蔵した設計のミサイルは世界的にも聞いたことがありません。弾頭の命中精度に全く寄与しない使い終わったブースター、それも再利用ができない固体燃料ロケットブースターにわざわざ誘導装置を付けるのは無意味に等しく、誘導装置で容積と重量を食ってしまいミサイルの性能を落とすばかりで、検討するまでもなく論外な方法です。

 日本が政治的な理由で特注品のブースターを作ったりすれば、間違いなく世界中から失笑されてしまうでしょう。前例の無い無意味な珍兵器として歴史に残ってしまいます。

 なおSM-3ブロック2A用のMk72ブースターは新規開発ではなく、既にSM-3ブロック1BやSM-2ブロック4、SM-6などにも採用されている汎用の量産品です。ブースターに特殊なものを採用する意味が無いのです。

ブースターの落下など気にしないヨーロッパ

 ヨーロッパのルーマニア・デべセルとポーランド・レジコボの2カ所に配備されるNATOのイージスアショアは内陸に配備されるので、ブースターだけでなく上段ロケットも地上に落下してくる可能性がありますが、誰も気にしていません。

 またフランス・イタリア共同開発のMBDA社製「SAMP/T」地対空ミサイルシステムのアスター30迎撃ミサイルは大きなブースターを投棄しますが、これも誰も問題にしていません。イージスアショア以外の通常の地対空ミサイルでも当たり前のことなのです。

フランス陸軍公式動画よりアスター30迎撃ミサイルのブースター切り離し(CG映像)
フランス陸軍公式動画よりアスター30迎撃ミサイルのブースター切り離し(CG映像)

THAAD東京配備でブースター落下をどう説明するのか

 もしも朝鮮半島有事が起きる情勢になれば、アメリカ軍は米本土フォートブリス基地から弾道ミサイル防衛システムの「THAAD」を横田基地に緊急輸送し、開戦に備えて迎撃態勢を整える手筈になります。

 THAAD迎撃ミサイルの推進ロケット部分は1段式のミサイルですが迎撃弾頭(キルビークル)は分離式です。つまり切り離されたロケット部分であるブースターは地上に落下して来ます。

 ・・・イージスアショア計画をブースター落下問題を理由に中止した日本政府は、THAADのブースター落下を国民に向けてどう説明する気なのでしょうか? アメリカ軍のTHAADは許容するとした場合、なぜイージスアショアは駄目だったのかと整合性が問われてしまいます。

 では首都圏へのTHAAD配備を拒否する? 北朝鮮の核ミサイルの脅威が目前に迫っている段階で? そんな選択は現実的には有り得ないでしょう。もし配備を断れば日米同盟に亀裂が生じます。戦術的にも外交的にも選択することは無理です。国民の生命を守るためにはアメリカ軍のTHAAD増援配備をむしろ日本側から願う立場です。

 河野大臣はそこまでの事態を考えた上でイージスアショア計画中止の理由としてブースター落下問題を挙げたとは到底思えません。もし有事が起きたら、国民にブースター落下問題の整合性を何も説明しないまま首都圏へのアメリカ軍THAAD配備を強行する以外に方法が無くなりました。

THAAD用新型赤外線シーカー担当BAEシステムズ社より、THAAD迎撃弾頭(CG画像)
THAAD用新型赤外線シーカー担当BAEシステムズ社より、THAAD迎撃弾頭(CG画像)

米ミサイル防衛局の資料よりTHAAD解説図
米ミサイル防衛局の資料よりTHAAD解説図
  • Shroud(シュラウド)・・・覆い。赤外線シーカー保護用。
  • Kill Vehicle(キルビークル)・・・迎撃弾頭。サイドスラスター付き。
  • Booster(ブースター)・・・推進ロケット。
  • Flare(フレア)・・・姿勢安定用で発射後に広がる。
  • Interstage(インターステージ)・・・接合部分。