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和製LRASMとなる長射程対艦ミサイルの開発目的は沖縄本島への配備

JSF軍事/生き物ライター
陸上自衛隊公式flickrより12式地対艦誘導弾

 12月18日の閣議決定で、国産対艦ミサイル「12式地対艦誘導弾」の長射程化と発射プラットフォームの多様化(陸上発射に加えて艦船発射と空中発射)が決まりました。敵基地攻撃能力としてではなく、島嶼防衛用の長距離スタンドオフ能力(敵迎撃能力の射程外から攻撃する)が名目です。

 もともと12式地対艦誘導弾(2012年配備開始)は「12式地対艦誘導弾(改)」という名称で2017年から2022年に掛けて改良が進められている最中でしたが、これを更に大幅な射程延伸できる目途が立ち、ステルス性も付与する新しい計画に修正されます。約200kmの射程は最大1000kmになり、これはアメリカ海軍の新型対艦ミサイル「LRASM」の射程と同等かそれ以上の性能です。

 1000km級の長距離スタンドオフ兵器の導入は既にアメリカ製のJASSM-ER巡航ミサイルとLRASM対艦ミサイルの導入方針が決まっていたのですが、両ミサイルのF-15戦闘機への搭載改修が初期費用の見積もり失敗で想定外に高騰し先送りとなっており、その最中に12式地対艦誘導弾の大幅な射程延伸が急遽決まりました。

 この経緯を見る限り外国製の調達が怪しくなったので同等の性能の自国製を新しく用意してカバーするという方針が垣間見えますが、防衛省及び政府はそのような説明は行っておらず、推測になります。

陸上自衛隊の地対艦ミサイル運用の変遷

 陸上自衛隊の地対艦ミサイルは88式地対艦誘導弾(1988年配備開始)の時から対艦ミサイルとしては異例な地形追従飛行能力を持っています。ただしこれは対地攻撃を企図したものではなく、発射機を北海道の山奥に隠し、発射したミサイルを山岳の地形に沿わせて飛行させ、ぎりぎりまで発射機とミサイルの存在を隠して、沿岸に近付いてきたソ連海軍の揚陸艦隊を攻撃する目的でした。目標が岸から見える場合には発見と観測は陸上自衛隊が単独でも行えます。

 しかし今や主仮想敵はソ連から中国に変遷し、12式地対艦誘導弾は隠れる場所の少ない沖縄県の南西諸島に配備されて遥か沖合いの洋上に居る敵艦を狙い撃つという任務を与えられています。これは88式地対艦誘導弾の当初のコンセプトとは真逆であり、発射機の生存性に大きな問題が生じています。さらに遠い洋上に居る目標の発見と観測について航空自衛隊と海上自衛隊の支援が必須になりました。

長射程化は隠れる場所が多く防空網の厚い沖縄本島に配備する目的

 主戦場が尖閣諸島周辺となる以上、射程が届かなければ意味はありません。12式地対艦誘導弾は南西諸島の石垣島と宮古島に前進配備されましたが、もし敵が本格的な攻撃を仕掛けて来たら縦深の無い最前線では短時間で撃破されてしまいます。

 そこで12式地対艦誘導弾の射程を延伸して沖縄本島に配備することにしました。比較的大きな島の沖縄本島ならば地対艦ミサイルは移動しながら隠れることで生存性を大きく高められます。その上に戦闘機の航空基地が2カ所あり多数の地対空ミサイルで何重にも守られた沖縄本島の防備は非常に厚く、ここに潜ませれば簡単に撃破されてしまうことはないでしょう。

 長距離スタンドオフ兵器は発射点を自由に選べる艦船発射式や空中発射式ならば単純に敵の防空兵器の射程圏外の距離から攻撃するという目的になりますが、地上発射式の場合は島が点在する地域では配備場所に大きな制約があります。目標との距離だけでは最適な配備場所は決まらない上に、移動発射機が隠れる場所が十分にある場所に置けるかといった別の要素も考慮する必要が生じてきます。

巡航ミサイルの最大射程と有効射程の考え方

 実は対艦ミサイルを含む巡航ミサイルは最大射程を有効射程としては使えません。敵に発見され難いように低空を飛行し続ければ燃費は悪くなりますし、敵の目を欺くために迂回飛行をすれば遠回りになり燃料を余計に消費します。また艦船のように移動する目標だと遠距離から発射すれば着弾まで時間が掛かってしまい、その間に目標が移動してしまうのでミサイル側で敵艦を探しに行かなくてはなりません。

 仮に12式地対艦誘導弾の射程延伸型を最大射程1000kmとして有効射程600kmとした場合、ちょうど以下のような資料があります。

アメリカ議会予算局の資料よりLRASM地対艦型を射程600kmとした場合
アメリカ議会予算局の資料よりLRASM地対艦型を射程600kmとした場合

Options for Fielding Ground-Launched Long-Range Missiles (地上発射長距離ミサイルの配備オプション) - アメリカ議会予算局(CBO)

 これは「アメリカ陸軍にJASSM-ER、LRASM、SM-6の地上型を装備させた場合の費用と効果の見積もり」を報告したアメリカ議会予算局の2020年2月の資料です。実はLRASMは軍が詳細な射程を公式に発表していないので(370km”以上”としか説明していない)、射程600kmは議会予算局の推定値になります。なおこの資料は検討用であり実際に進められている計画ではありません。

 この資料ではLRASM地対艦型を沖縄本島に置けば尖閣諸島周辺を余裕をもって射程600km圏内に収められることが分かります。和製LRASMとなる12式地対艦誘導弾の射程延伸型を何処に置くべきかの参考となるでしょう。

 なお発射した後の対艦ミサイルと通信を行い目標の敵艦船の最新位置を伝送できれば、有効射程を最大射程に近付けることが可能です。12式地対艦誘導弾の改良がどのように行われるかは詳細はまだ不明なので、有効射程の見積もりはまた変更する必要があるかもしれません。

主翼の装備とステルス化

防衛省資料より12式地対艦誘導弾(改)。ブースター装着状態
防衛省資料より12式地対艦誘導弾(改)。ブースター装着状態

ロッキード・マーティン社よりLRASM対艦ミサイル。ブースター無しの巡航状態
ロッキード・マーティン社よりLRASM対艦ミサイル。ブースター無しの巡航状態

 12式地対艦誘導弾(改)の時点ではハープーンやエグゾセなど亜音速で飛行する他の対艦ミサイルと同じようなミサイルらしい形状ですが、最大1000kmもの長距離を飛行するならばLRASMと同様の航空機のような主翼を装備する必要があります。ステルス化も行うので、燃料タンクを増やすための直径の拡大なども併せて、12式地対艦誘導弾射程延伸型の形状は原形を止めないほど変化することになるでしょう。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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