北朝鮮のイスカンデル対処方法とイージス用新型迎撃ミサイル「SM-3 HAWK」

アメリカ国防高等研究計画局より極超音速滑空ミサイル迎撃計画「グライドブレーカー」

 北朝鮮のイスカンデル短距離弾道ミサイルはロシア製のオリジナルをコピーした模倣品です。北朝鮮にとってイスカンデルは新兵器ですが、ロシアの本家イスカンデルは2005年から生産と配備が開始されています。就役開始から既に15年近く経過しており、既によく知られていた兵器です。

 2008年のグルジア戦争でイスカンデルはロシア軍の手によって早速使用され、この時にゴリ市の民家に落ちたイスカンデルの不発弾が撮影された写真をアメリカ海軍が公式サイトにUPしています。詳しい説明はありませんでしたが、アメリカ海軍の特殊部隊によって回収されたと見るべきでしょう。つまりイスカンデルの性能は既に丸裸になっている可能性が高いのです。

2008年グルジア戦争でイスカンデル不発弾。アメリカ海軍公式サイトより
2008年グルジア戦争でイスカンデル不発弾。アメリカ海軍公式サイトより

GORI, Georgia (Aug. 25, 2008) | US Navy

 同様にアメリカ軍のATACMS短距離弾道ミサイルも戦場で大量に使用されていることから、不発弾の回収が行われて性能は他国に解析されていると見るべきでしょう。北朝鮮が他国のミサイルを模倣できたのも、何らかの手段で不発弾を回収していた可能性も考えられます。

イスカンデルへの対処方法

 2019年7月25日に発射された北朝鮮のイスカンデル短距離弾道ミサイルは水平距離600km、最大到達高度50~60kmと評価されています。韓国軍は当初690km飛行と判断していましたが、翌26日に600kmに訂正しています。これは日本からGSOMIAを通じて韓国に着弾地点付近の観測データが提供された結果だと伝えられています。幾つかのメディアには690kmの数字のまま論じている解説記事が見受けられますが、それは韓国軍の訂正に気付いていないだけなので注意が必要です。

 北朝鮮版イスカンデルの試射の中で7月25日の600km飛行・最大高度60kmが最も遠くに飛んでいるので、先ずはこれを基準に論じていきます。

  • SM-3・・・最低迎撃高度が70kmなので迎撃不可能。
  • THAAD・・・最低迎撃高度が40kmなので弾道頂点の付近ならば迎撃可能。
  • PAC-3・・・ターミナル段階で迎撃可能。

 水平距離600km、最大到達高度50~60kmではイージス・システムのSM-3迎撃ミサイルでは最低迎撃高度の問題があり迎撃不可能です。しかし将来に対処可能になります。

新開発の極超音速兵器迎撃ミサイル「SM-3 HAWK」ならばイスカンデルも迎撃可能

 アメリカ軍はロシアや中国の極超音速兵器に対抗するための迎撃ミサイルを5種類計画しています。そしてうち4つの名前が明らかになっています。ロッキード・マーティンの「バルキリー」と「ダート」、ボーイングの「HYVINT」、そしてレイセオンの「SM-3 HAWK」です。

Raytheon Missile Systems, Tucson, Arizona, is being awarded a competitive firm-fixed-price contract. The total value of this contract is $4,445,140.00. Under this new contract, the contractor will further develop and refine their Hypersonic Defense Weapon Systems Concept Definition White Paper titled "SM3-HAWK".

出典:Hypersonic Defense Weapon System, white paper titled "HAWK

 どれも計画が始まったばかりで詳細はまだ不明です。ただしレイセオンの「SM-3 HAWK」だけは既存兵器SM-3の名前を冠しているので派生型です。おそらくSM-3ブロック2のロケット推進部分をある程度は共用するのでしょう。つまりイージス・システムから撃てる新型迎撃ミサイルになります。

 極超音速ブーストグライド兵器である極超音速滑空ミサイルを迎撃できるということは、弾道ミサイルと比べて低高度を飛ぶ目標を迎撃できることを意味します。つまり弾道ミサイルとしては低く飛ぶイスカンデルも含めて迎撃できる性能が与えられることになるでしょう。イスカンデルは降下した後に機首を引き起こすプルアップを行って滑空に入りますが、極超音速滑空ミサイルも同じ動きをします。イスカンデルの飛行コンセプトを進化させてより滑空しやすい弾頭形状になったものが極超音速滑空ミサイルと考えた場合、SM-3HAWKにとってイスカンデルは極超音速滑空ミサイルよりも与し易い相手です。

 イージス・システムはイスカンデルを迎撃できます。イージス・システムは様々な種類の迎撃ミサイルを運用できるからです。現状でもターミナル段階ならば大気圏内迎撃用のSM-6迎撃ミサイルでイスカンデルに対処可能ですし、将来SM-3HAWK迎撃ミサイルが登場すればミッドコース段階でのイスカンデルとの交戦も可能となるでしょう。当然イージス艦だけでなくイージス・アショアに搭載することも可能です。

THAADでも迎撃可能だが条件次第

 最低迎撃高度40kmのTHAADならば最大高度50~60kmのイスカンデルを弾道頂点の付近で迎撃可能です。滑空に入るころにはそれより低い高度になるのでこの段階以降は迎撃不能になります。ただしこれは7月25日に発射された水平距離600kmを飛んだ場合です。

 8月6日に発射されたイスカンデルについては水平距離450km・最大高度37kmと評価されているので、この条件ではイスカンデルの飛行全域でTHAADは迎撃ができません。北朝鮮はおそらく在韓米軍のTHAADを掻い潜り釜山を攻撃できるこの条件を一連の試射で確かめていたと考えられます。つまり北朝鮮はイスカンデルを射程600kmではなく射程450km以下で使用して韓国を攻撃する気です。これでTHAADを無効化できます。ただしあまり高度を下げ過ぎると大気圏内迎撃用で低高度を担当するPAC-3で迎撃できる範囲が増えてしまうので、闇雲に低くすればいいというわけではありません。

 なおイスカンデルは射程450kmでは日本に全く届かないので、射程600kmで日本が狙われた場合をシミュレートしてみます。THAADは移動発射機なので何処にでも展開できますが、在韓米軍が平時から展開している慶尚北道・星州を基準にして考えます。

Google地図を元に半径600kmの赤円と半径200kmの青円を作図
Google地図を元に半径600kmの赤円と半径200kmの青円を作図

 実際に7月25日にイスカンデルが発射された元山市と38度線ぎりぎりに半径600kmの赤い円を、在韓米軍THAADの配備場所から有効射程の半径200kmの青い円を描きました。

 イスカンデルが38度線ぎりぎりまで前進すれば福岡と広島を射程600kmに捉えることができますが、ただし相手に見付かりやすい最前線に置くと長い時間は生き残れないので生存性の観点から現実的な配置ではありません。38度線付近には数に余裕があり射程が短い榴弾砲や多連装ロケットを置くべきであり、数が少なく射程が長く貴重な戦力である弾道ミサイルは後方に配備するのが常識的です。射程面で考えてもギリギリでは実戦的な能力ではなくある程度の余裕が必要です。そう考えるとやはり北朝鮮のイスカンデルの運用目的は韓国攻撃用であると受け取るのが妥当でしょう。

在韓米軍のTHAADで福岡を防空(限定された条件)

 また仮にイスカンデルを38度線付近から発射することを想定しても日本に届く範囲が狭いので、重要箇所にPAC-3を配備して守ることが行いやすいとも言えますし、福岡を狙う場合には弾道頂点付近を在韓米軍のTHAADでも迎撃可能です。イスカンデルは射程600kmなら最大到達高度が50~60kmになるので、THAADの迎撃高度40km~150kmで狙うことができるのです。この場合は福岡防衛を在韓米軍のTHAADに任せて、広島にPAC-3を集中配備するという選択もできます。ただしイスカンデルを38度線付近にまで前進させて福岡を狙うというあまり想定し難い条件での話になります。

 なおイスカンデルを低高度で飛ばすのではなく通常軌道で飛ばした場合は800km以上は飛べると推定されるので、大阪を射程範囲に収めることが可能になるかもしれませんが、その場合は最大到達高度も高くなるので通常のSM-3迎撃ミサイルでも対処可能になります。

PAC-3は全く問題無くイスカンデルを迎撃可能

 パトリオット迎撃システムのPAC-3迎撃ミサイルは大気圏内迎撃用でありターミナル段階でイスカンデルを迎撃可能です。イスカンデルに限らずPAC-3は弾道ミサイルをターミナル段階で迎撃するので何時もと変わりがありません。イスカンデルもターミナル段階で落ちて来る直前ともなれば大きな軌道変更はもうできず、目標照準用の小さな修正しかできません。全く問題無く交戦可能です。

 イスカンデルがいくら低高度を軌道変更しながら飛んで来ると言っても、低い高度というのは弾道ミサイル基準の話であって、高度数十kmを飛んで来るなら地上レーダーから十分に見えています。7月25日の発射で韓国軍が正確な着弾地点を見失ったのは海に向かって飛んで行ったからで、遠く離れてしまったからです。もし戦争になって韓国の陸地を狙って飛んで来るなら自分に目掛けて飛んでくるわけですから、付近にあるレーダーは見失うことはありません。プルアップ機動やプルダウン機動したところで高度数十kmでは存在を誤魔化しようがないのです。

 イスカンデルが複雑な軌道変更を行うと言っても弾道ミサイル基準の比較の話であって、巡航ミサイルや戦闘機に比べれば単純な動きしかできません。そしてPAC-3は弾道ミサイルだけでなく巡航ミサイルや戦闘機も迎撃できる汎用迎撃ミサイルです。複雑な機動をされようと対処できるし、そもそもPAC-3の担当範囲ではもうイスカンデルは複雑な機動はできず落ちて来るだけです。

 弾道ミサイルは着弾するために当然ですが降りてきます。降りて来たところを迎え撃つのがターミナル段階での迎撃を担当するPAC-3の役割です。交戦できない筈が無いのです。非常に速い速度で突入してくるICBMの弾頭をPAC-3で迎撃することは難しくなりますが、イスカンデルは短距離弾道ミサイルであり速度面での問題はありません。

平成26年防衛白書よりPAC-3MSE
平成26年防衛白書よりPAC-3MSE

 そしてTHAADの項目でも触れましたが、THAADを掻い潜ろうと高度を下げ過ぎると今度はPAC-3の迎撃可能な範囲に掛かってしまいます。 

 PAC-3の直径を大型化して射程と高度を伸ばした改良版の「PAC-3 MSE」も生産配備が始まっているので、THAADとの隙間も少しですが埋まっています。PAC-3MSEは最大迎撃高度が22kmです。仮にイスカンデルが水平距離450km・最大高度37kmで飛んだ場合、平均滑空高度は37kmよりも低くなります。条件が良ければ落ちて来る前に捉えることもできるかもしれません。

イスカンデルを更に進化させた場合の想定

 では仮にイスカンデルを二段化するなど大型化した場合を考えてみます。北朝鮮からならばノドン準中距離弾道ミサイルと同様に射程1300kmもあれば東京まで届きます。しかしSM-3を無力化する為に最大到達高度を低く維持したまま水平飛行距離を600kmから2倍に増やすのは、イスカンデルの技術そのままでは不可能です。空気抵抗の大きな低高度を飛びながらも出来るだけ飛距離を稼ぐために滑空飛行を行うのがイスカンデルの特徴ですが、そのイスカンデルよりも遥かに滑空が得意な中国の極超音速滑空ミサイル「DF-17」で次のような性能になります。

水平距離1400km

最大高度100km以上(推定)

滑空高度60km

飛行時間11分

平均水平移動速度マッハ6.2

ブースト時マッハ7~8(推定)

滑空時マッハ5~6(推定)

最終突入時マッハ4(推定)

出典:極超音速滑空ミサイルDF-17の推定飛行性能と対応する迎撃兵器

 水平距離1400kmは想定する射程1300kmに近いのでほぼそのまま参考になります。DF-17は平均的な滑空高度60kmならばSM-3の迎撃可能高度の下を掻い潜れますが、最大到達高度は当然それよりもっと高くなるので弾道頂点付近ではSM-3の迎撃網に掛かります。イスカンデルにしろDF-17にしろ低高度を飛びながら複雑な機動を行うのは弾道頂点から降りて来てプルアップ機動を掛けて機首を上げ滑空に入ってからです。その前の段階ならばSM-3でも迎撃できます。

 つまりイスカンデルよりも別次元のレベルまで進化した滑空ミサイルであるDF-17ですらSM-3を完全に回避することは無理です。イスカンデルそのままの技術どころかそれ以上の技術でもできないのであれば、北朝鮮がSM-3を完全に回避しつつ東京を狙えるミサイルを開発することはほぼ不可能です。

 仮に想定し難いですが北朝鮮が中国のDF-17と同等品の極超音速滑空ミサイルを開発したとしましょう。全ての領域でSM-3を回避できないにしても、主な飛行状態となる滑空中は回避できるので確かに意味は出て来ます。しかし中国やロシアがようやく開発に成功したばかりの新兵器である極超音速滑空ミサイルを北朝鮮がこれから実用化するのは、かなりの年月を掛けないといけません。そしてそれが完成する前にアメリカの極超音速兵器迎撃ミサイル「SM-3 HAWK」がとっくに完成している筈です。もちろんイージス艦やイージスアショアにも「SM-3 HAWK」が搭載されることになるでしょう。

 これが盾と矛の競争、軍事技術の開発レースが行き着く未来になります。