「犠牲は平等に」反戦平和の観点からの徴兵制導入論

初めてこの主張に触れた人は「反戦平和の立場なのに徴兵制の導入を願うってどういうことなの?」と面食らうかもしれません。

日本の若者に戦争への危機感がないのは、「自分は関係がない」と思っているからだろう。だから、私はいっそのこと若者たちに徴兵制を適用したらどうかと思う。そうすれば、戦争の恐ろしさを、自分自身のこととして、考えるようになるだろう。もちろん若者だけではなく、国会議員にも任期を終えたら戦地に赴く義務を課し、国家公務員は人事異動で前線に配属できるようにすべきだ。そうすれば、安倍内閣がこれだけの暴走をすることに危機を感じるようになるだろう。

出典:徴兵制を導入した方がよいかもしれない - 森永卓郎:マガジン9条

実は反戦平和の立場からの徴兵制導入論は、以前からアメリカでは左派から唱えられてきた論調で、別段に驚くべき主張ではありません。例えば10年前にアメリカの民主党チャールズ・ランゲル下院議員とフリッツ・ホーリングス上院議員はHR163-S89法案を議会に提出しました。このランゲル-ホーリングス立法は18~26歳の男性および女性(アメリカ合衆国の市民あるいは永住資格者)に施行される徴兵制を再設立するもので、下院にて402対2の圧倒的大差で否決されています。

イラク戦争を憂いたニューヨーク・ハーレム出身の黒人である民主党ランゲル議員は「犠牲は平等に」「皆が戦争と向き合うように」という反戦平和の観点から、否決されることを覚悟の上で議論を喚起するために、徴兵制復活法案を提出したのです。

この事は理解され難かった為に、当時インターネット上では「共和党が徴兵制復活を画策している」という全く逆の誤解まで生まれてしまいました。また日本では護憲派が古色蒼然な「改憲したら徴兵制になってしまう!」という時代錯誤な主張をすることが未だに多く、反戦平和の観点からの徴兵制導入論はなかなか理解されていません。

しかし森永卓郎氏が記事中で指摘しているように、アメリカもイギリスも徴兵制ではなく志願制の軍隊を採用しています。志願制のままでも戦争を行えているという現実がある以上、改憲したら海外派兵の為に徴兵制になってしまうという主張は説得力に欠けています。西側先進国の大国の中では唯一、徴兵制を残していたドイツも既に志願制に移行しました。中国も人民解放軍は志願者だけで充足している状況で、ロシア軍もずっと志願制への移行を模索しており将来的には徴兵制を廃止してしまう計画です。世界的な趨勢から見ても軍事的な観点からは徴兵制は不要のものと捉えられており、徴兵制復活の恐怖を煽るやり方は時代遅れで相手にされなくなっています。そこで新たな考え方として出て来たのがアメリカで行われているような反戦平和の観点からの徴兵制導入論です。日本ではなかなか根付かないと思いますが、唱える人が出て来たというのは何らおかしなことではないと思います。(高齢の国会議員へ任期後に戦地に赴く義務を課すのはいさかか現実的ではないですが)

ただし反戦平和の観点からの徴兵制導入論はアメリカでは唱えられていますが、現代でも王族が率先して戦場に赴くイギリスで聞かない論調なので、万能な主張ではないのでしょう。実際に徴兵制が導入されても戦争を抑止する効果が高いかどうかは、それぞれの国の状況によって一概には言えないのではないかと思います。イギリスのような国では導入しても抑止力としての効果は薄く、他の国でも導入した後にイギリスと同じような社会文化になれば効果は期待できなくなります。

現状では反戦平和の立場からの徴兵制導入論は議論を喚起する効果以上のものは望めません。軍事的な観点からは先進国では徴兵制は不要なものという認識になっていますし、反戦平和の観点から「犠牲は平等に」という題目で徴兵制を施行するならば、以前のドイツ連邦軍で行われていたような良心的兵役拒否制度は採用できないことになります。実現性が殆ど無い上に、もし実際に施行するとなった場合、唱えた方も困ってしまう事になるでしょう。或は最初から議論を喚起する効果のみを狙った主張なのかもしれません。