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台風発生が少ない今年の9月 32年前の今頃のリンゴ台風はシーボルト台風に似ていた

饒村曜気象予報士
リンゴの木(写真:イメージマート)

暑さは彼岸明け後も

 「暑さ寒さも彼岸まで」という慣用句があります。

 厳しい暑さも彼岸の頃には和らぐという意味ですが、記録的な猛暑となった今年、令和5年(2023年)は、彼岸の入りとなった9月20日でも厳しい暑さが続いていました。

 しかし、9月23日の彼岸の中日(秋分の日)までには、真夏日や夏日を観測した地点数は大きく減り、9月22日以降は最高気温が35度以上の猛暑日は観測していません。

 秋雨前線が日本の南海上に南下し、大陸から移動してくる高気圧に広い範囲が覆われ、カラッとした秋らしい気温になりました。

 9月25日に全国で一番高い気温を観測したのは沖縄県・石垣島の33.8度で、真夏日を観測したのは139地点(気温を観測している全国914地点の約15パーセント)、夏日を観測したのは598地点(約65パーセント)でした(図1)。

図1 夏日、真夏日、猛暑日の観測地点数の推移(5月1日~9月25日は実況、9月26日~28日は予想)
図1 夏日、真夏日、猛暑日の観測地点数の推移(5月1日~9月25日は実況、9月26日~28日は予想)

 彼岸の中日(秋分の日)には秋晴れでカラッとした暑さとなったのですが、9月26日頃からは高気圧のふちを回って、南からの暖かい空気が日本付近に流れ込む見込みです(図2)。

図2 予想天気図(9月26日9時の予想)
図2 予想天気図(9月26日9時の予想)

 今週は、真夏日や夏日の観測地点数は増える見込みで、東日本から西日本、沖縄地方は連日の真夏日の予報です(図3)。

図3 各地の天気予報(9月26日~10月2日は気象庁、10月3~5日はウェザーマップの予報で、数字は予想最高気温)
図3 各地の天気予報(9月26日~10月2日は気象庁、10月3~5日はウェザーマップの予報で、数字は予想最高気温)

 今年は、「暑さも彼岸まで」という慣用句は一時的で、9月26日に彼岸が明けても厳しい残暑が続きますので、あと少し、熱中症に対する警戒が必要です。

 ただ、来週になると、晴れても最高気温が30度を超えない観測地点が大幅に増え、全国的に秋の気配となり、行楽日和、洗濯日和となる見込みです。

日本列島は秋の気配でも南の海はまだ夏

 日本列島は秋の気配でも、日本の南の海は、あちこちに積乱雲の塊が生じ、渦を巻いているものもあり、まだ夏の様相です(図4)。

図4 気象衛星から見た南海上の雲の塊(9月25日12時00分)
図4 気象衛星から見た南海上の雲の塊(9月25日12時00分)

 フィリピンの東海上からマリアナ近海、小笠原諸島近海にある積乱雲の塊です。

 地上天気図では、前述の図2で示したように、日本の南海上には大きな低圧部(周囲より気圧が低いものの、どこが中心かはっきりしない領域)があります。

 この低圧部のどこかで渦がはっきりしてきたら、その場所で熱帯低気圧が発生します。

 まだ、熱帯低気圧にもなっていない段階ですので、台風になるにしても、まだ時間がかかりそうです。

 平年値から見ると、9月末までの台風発生数は、18個から19個ですので、現時点の台風発生数13個は、かなり少ない発生数といえます(表)。

表 令和5年(2023年)の台風発生数と、台風に関する各種の平年値(接近は2か月にまたがる場合があり、各月の接近数の合計と年間の接近数とは必ずしも一致しない)
表 令和5年(2023年)の台風発生数と、台風に関する各種の平年値(接近は2か月にまたがる場合があり、各月の接近数の合計と年間の接近数とは必ずしも一致しない)

 特に、9月の台風発生数はこれまで1個と、記録的な少なさです。

 昭和26年(1951年)から令和4年(2022年)までの72年間で、9月に発生した台風の平均は4.9個です(図5)。

図5 9月の台風発生数(昭和26年(1951年)~令和4年(2022年))
図5 9月の台風発生数(昭和26年(1951年)~令和4年(2022年))

 そして、過去最少発生数は2個です。

 今月末までに台風の発生がなければ、9月の台風発生数が1個と、最少記録になります。

 なお、平年値は、平成2年(1990年)から令和2年(2020年)までの30年間の平均値ですから、近年は若干増えているということもできます。

 ただ、9月というと、例年であれば台風シーズン真っ盛りで、強い台風がいくつも上陸して大きな被害が発生しています。

300年間で一番強かったシーボルト台風

 100年位前までの台風については、測器による観測がほとんどありませんので、古文書や日記を集め、そこに書かれている被害状況から台風の大きさや強さを推定します。

 高橋浩一郎元気象庁長官は、明治以降の観測値をもとに被害の起きた面積と死者数の関係式、中心気圧と死者数の関係式などを求め、これを使って過去300年間の台風の調査をしています。

 そのなかで、一番強かった台風は、文政11年8月9~10日(1828年9月17~18日)の台風としています。

 また、小西達男元佐賀地方気象台長の調査では、この台風は、中心気圧935ヘクトパスカル、最大風速55メートルで長崎県に上陸しています。

 強い風で相次いだ家屋倒壊による圧死や、有明海沿岸や長崎港、博多港、周防灘沿岸などで発生した高潮による溺死などで、佐賀県を中心に1万3000人(一説では1万9000人)以上がなくなっています。

 また、長崎の出島付近に停泊していたオランダ船コルネリウス・ハフートマン号が長崎港の対岸にある稲佐に打ち上げられて大破し、任期満了で帰国しようとしていた商館医のシーボルトの積み荷の中から、“伊能忠敬の日本沿海実測図”などの移出禁制品が発見され、シーボルト事件が起こったとされています(実際は難破の直前に発覚)。

 このため、この台風は、シーボルト台風と呼ばれています。

 シーボルトは、気圧計や温度計などを持参し、出島で気象観測を毎日行っており、シーボルトの住んでいた家が台風で倒壊する少し前の観測では、気圧952ヘクトパスカル、気温25度、湿度97パーセントでした。

 シーボルトは1年間の幽閉ののち国外追放となりましたが、安政5年(1858)の日蘭修好通商条約により罪が打ち消され、翌年再来日し、同行来日した息子アレクサンダーは、イギリス駐日公使をへて明治政府の外務省に雇用されています。

 今から32年前の今頃、平成3年の台風19号は、シーボルト台風と似たコースを通っていると考えられています(図6)。

図6 平成3年9月27日9時の地上天気図
図6 平成3年9月27日9時の地上天気図

 シーボルト台風には及びませんが、上陸時の中心気圧が940ヘクトパスカルと、非常に勢力が強い台風で、全国で62名が死亡するなど大きな被害がでました。

 また、九州北部と北日本では大規模な倒木がおき、青森県では収穫目前のリンゴがほとんど落下したため、リンゴ台風と呼ばれています。

 ただ、高潮については様相が違います。有明海で2メートルを超す高潮が起きたものの干潮の時であり、高潮による大きな被害はありませんでした。

 また博多湾は台風がほぼ真上を通過したため陸に向かう風にはならず、大きな高潮は生じませんでした。

 大きな高潮被害が発生する条件は、発達した台風の接近・通過するときで、台風の風が湾の奥に向かって吹くときです。

 長崎港のように南に開いている湾では、湾が台風の東側にあるときに、博多港のように北に開いている湾では、台風の西側にあるときです。

 そして、台風接近の時刻が満潮と重なるときです。

 台風シーズンは10月まで続きますので、9月の台風発生が少ないといっても、油断できません。

図1の出典:ウェザーマップ提供資料をもとに筆者作成。

図2、図6、表の出典:気象庁ホームページ。

図3、図4の出典:ウェザーマップ提供。

図5の出典:気象庁ホームページをもとに筆者作成。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2015年6月新刊『特別警報と自然災害がわかる本』(オーム社)という本を出版しました。

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