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1000ミリを超える雨 土砂災害警戒情報の対象外の深層崩壊にも警戒

饒村曜気象予報士
土砂崩れ(提供:koni/イメージマート)

梅雨末期のような停滞前線

 令和3年(2021年)8月11日以降、東日本から西日本に前線が停滞し、西日本を中心に記録的な大雨となっています。

 立秋(8月7日)が過ぎたので、今回の停滞前線を秋雨前線と呼ぶこともできますが、今年の季節の進み方が例年とは違い、梅雨末期に近いものです。

 春と夏との境目である梅雨は、夏に向かって太平洋高気圧が勢力を増し、日本付近で梅雨前線が停滞したのち、北上して夏になります。

 また、夏と秋の境目である秋雨は、秋に向かって太平洋高気圧の勢力が弱まり、日本付近で秋雨前線が停滞したのちに南下して秋になるというのが典型的なものです。

 今年は、早い梅雨明けと言っても、太平洋高気圧が勢力を強めての梅雨明けではなく、梅雨前線がはっきりしなくなっての梅雨明けです。

 このため、上空に寒気が流入しやすく、大気が不安定となって局所的な豪雨が続いていました。

 強い日射によって暑い日が続いていましたが、夏にはなりきっていなかったということもできるでしょう。

 ここへきて、太平洋高気圧が強まってきて日本付近で前線が活発化したということから、似ているとしたら、秋雨より梅雨のほうです。

大量の水蒸気が流入

 梅雨末期のような停滞前線に向かい、太平洋高気圧の縁辺部をまわるように、東シナ海から西日本へ、大量の水蒸気が流入していますが、これは、平成30年7月豪雨(通称「西日本豪雨」)のときと似ています。

 この大量の水蒸気流入により、大雨をもたらす線状降水帯が確認できたことを報じる「顕著な大雨に関する気象情報」が広島、福岡、熊本、佐賀、長崎の各県に相次いで発表となりました。

 また、8月12日には富山県氷見市付近で約100ミリ、13日には熊本県八代市東陽町付近で120ミリ以上、八代市付近で約120ミリの1時間降水量を観測し、記録的短時間大雨情報が発表されました。

 そして、広島、福岡、長崎、佐賀の各県には、大雨特別警報が発表となっています。

 8月11日から14日までの4日間の降水量は、九州北部や中国地方などで400ミリを超え、佐賀県の嬉野では1024ミリを観測しました(図1)。

図1 96時間降水量(8月11日~14日)
図1 96時間降水量(8月11日~14日)

 8月15日以降は、梅雨前線のような停滞前線が少し南下して弱まりましたので、九州北部や中国地方では、雨の降りかたが弱まっています。

 とはいえ、8月15日に神奈川県山北町付近で1時間約100ミリ、松田町付近で約100ミリの1時間降水量を観測し、記録的短時間大雨情報が発表されました。

 雨の降り方が弱まったといっても、大雨特別警報を発表するような記録的な雨と比べればの話です。

 九州南部や静岡・神奈川県で観測した200ミリという雨は、災害をもたらす大雨です(図2)。

図2 48時間降水量(8月15日~16日)
図2 48時間降水量(8月15日~16日)

 200ミリの雨は、センチに直すと20センチですが、これが、グラウンドくらいの面積(100メートル×100メートル)に降った場合の雨の総量は2000トンになります。

 低地ではあっという間に多量の水が集まり、大きな災害につながります。

 雨量200ミリは「20センチの深さ」という認識ではなく、集めればグラウンド1つあたりで「2000トンの水の塊」という認識で受け取り、警戒する必要があります。

今度は前線上に低気圧

 いったん南に下がっていた前線ですが、8月16日夕方以降、再び北上して活発化してきました。

 そして、上空に強い寒気が南下したため、前線上に低気圧が発生し、発達しながらゆっくり日本海に進む見込みです(図3)。

図3 予想天気図(左は8月17日9時の予想、右は18日9時の予想)
図3 予想天気図(左は8月17日9時の予想、右は18日9時の予想)

 上空の寒気流入に加え、低気圧や前線に向かって南から暖かく湿った空気が流れ込むことから大気の状態が非常に不安定となり、前線の活動が活発となる見込みです。

 このため、8月17日は西日本から北日本で雷を伴って激しい雨や非常に激しい雨が降り、18日にかけて大雨となる所があります。

 そして、その後も前線が停滞して雨が続くため、総雨量はさらに増えるおそれがあります。

 72時間の予想降水量は、西日本から東日本では、200ミリを超える雨が降る予想となっていますが、線状降水帯が発生すれば、さらに雨量が多くなる見込みです(図4)。

図4 72時間予想降水量(8月17日~19日)
図4 72時間予想降水量(8月17日~19日)

 西日本から東日本では、これまでの記録的な大雨により土中の水分量が非常に多い状態となっています。

 現在の土壌雨量危険度では、広い範囲で「注意のレベル」であり、特に九州や岐阜・長野両県では「警戒のレベル」です(図5)。

図5 土壌雨量危険度(8月17日2時現在)
図5 土壌雨量危険度(8月17日2時現在)

 今後、土の中の水分量が減らないうちに次の雨が降り続いた場合、「50年に1度のレベル」に達し、土砂災害が多発するおそれがあります。

 このため、各地で土砂災害警戒情報が発表されていますが、この情報には注意点があります。

 それは、土砂災害警戒情報がすべての土砂災害に対するものではないことです。

深層崩壊と地すべりは土砂災害警戒情報の対象外

 土砂災害は、災害の形態によって、山崩れ・がけ崩れ・地すべり・土石流などに分けられ、崩壊の形態により、表層崩壊と深層崩壊に分けられます(図6)。

図6 表層崩壊と深層崩壊
図6 表層崩壊と深層崩壊

 深層崩壊は、大雨、融雪、地震などが原因で発生します。

 深層崩壊はまれにしか起こらないのですが、ひとたび発生すると大災害に結びつく可能性があります。

 土砂災害警戒情報は、強い雨に起因する土石流や集中的に発生するがけ崩れを対象としていますので、対象のほとんどは表層崩壊です。

 土砂災害警戒情報が非常に有効な情報であることには間違いがないのですが、予測が難しい、深層崩壊や山体の崩壊、地すべりといった土砂災害は情報の対象外です。

 気象庁のホームページには、土砂災害警戒情報の利用上の留意点ということで、このことの説明がありますが、分かりづらい位置にあります(図7)。

図7 気象庁のホームページにある土砂災害警戒情報の利用上の留意点
図7 気象庁のホームページにある土砂災害警戒情報の利用上の留意点

 土砂災害警戒情報は非常に有効な情報ですが、土砂災害の全てに対応しているものではなく、万能ではありません。

 すでに、いつ大規模な土砂災害(表層崩壊)が起きてもおかしくない状況になっていますが、ここに強い雨が降ると総降水量が1000ミリを超える地点が増えてきますので、深層崩壊の危険性もでてきます。

 深層崩壊は、地下水圧の上昇によって発生するので、大雨の数日後に発生することもあります。

 強い雨のピークと深層崩壊のタイミングが大きくずれることがあります。

 このため、土砂災害警戒情報等が発表されていなくても、深層崩壊や地すべりといった土砂災害は発生することがありますので、斜面の状況には常に注意を払う必要があります。

 そして、土砂災害の前兆現象に気がついた場合には、直ちに周りの人と安全な場所に避難するとともに、市町村役場等に連絡して下さい。

 土砂災害の前兆現象には、地鳴り、落石、小さな崖崩れ、擁壁のひび割れ、地下水の濁り、橋などのゆがみなど、いろいろとありますが、要するに、普段とは異なる状況のことです。

 普段と異なっていたら、自分の身を守るために早めの避難行動が大切です。

図1、図2、図4、図5の出典:ウェザーマップ提供。

図3の出典:気象庁ホームページ。

図6の出典:饒村曜(平成26年(2014年))、天気と気象100、オーム社。

図7の出典:気象庁ホームぺージ資料をもとに著者作成。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2015年6月新刊『特別警報と自然災害がわかる本』(オーム社)という本を出版しました。

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