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台風でなくても「(狭義の)熱帯低気圧」で大雨(21年前には玄倉川事故)

饒村曜気象予報士
関東から東海の南海上を北上中の熱帯低気圧の雲(図の白い円、9月11日15時)

熱帯低気圧の北上

 関東から東海の南海上に熱帯低気圧があり北上中です。

 また、日本列島にほぼ停滞していた前線に向かって南の海上から、暖かくて湿った空気が北上し、大気が非常に不安定となっています。

 このため、上空に入ってる寒気とあいまって、東北の太平洋側から関東・東海、西日本では局地的に激しい雨が降りました。

 そして、高知・愛媛・島根・福島・栃木・鹿児島の各県では、記録的短時間大雨情報が発表となりました(表)。

表 令和2年(2020年)9月11日に発表となった記録的短時間大雨情報
表 令和2年(2020年)9月11日に発表となった記録的短時間大雨情報

 現時点で、熱帯低気圧の北側と北東側に活発な積乱雲の塊があるものの、南側から西側には積乱雲が少なく、気象庁では、台風まで発達する可能性は少ないと考えています(タイトル画像参照)。

 ただ、この熱帯低気圧は、東海から関東地方にかなり接近して通過する見込みです(図1)。

図1 予想天気図(左は9月12日9時の予想図、右は13日9時の予想図)
図1 予想天気図(左は9月12日9時の予想図、右は13日9時の予想図)

 また、停滞前線上の日本海で低気圧が発達する見込みで、低気圧の西側の停滞前線は寒冷前線となって南下し、低気圧の東側の停滞前線は温暖前線となって北上する見込みです。

 このため、週末は日本海にある低気圧からのびる寒冷前線が通過する西日本・北陸地方と、熱低低気圧が通過する関東・東海地方は、大雨が降る可能性があります。

 そして、日本海にある低気圧からの温暖前線がのびる東北地方太平洋側でも、熱帯低気圧の接近で前線活動が活発化しますので、大雨が降る可能性があります。

 つまり、原因は異なりますが、広い範囲にわたって雷を伴った大雨の可能性がある週末となります。

 気象庁では、5日先までに警報を発表する可能性を「高」「中」で表現した早期注意情報を発表しています。

 これによると、9月12日(土)は、山口県で「高」、東北太平洋側から東海地方、中国・四国から九州で「中」となっています(図2)。

図2 大雨に関する早期注意情報
図2 大雨に関する早期注意情報

 また13日(日)は岩手県で「高」、東北太平洋側・北陸と静岡県で「中」となっています。

 土砂災害や低い土地の浸水、河川の増水等に警戒・注意してください。

 また、天気の急変や落雷、突風等にも注意が必要です。

「(狭義の)熱帯低気圧」と「(広義の)熱帯低気圧」

 低気圧は「(広義の)熱帯低気圧」と温帯低気圧に分けられ、「(広義の)熱帯低気圧」は「(狭義の)熱帯低気圧」と台風に分けられます。

 同じ「熱帯低気圧」という言葉で2通りの意味があるのは、今から21年前の玄倉川の水難事故がきっかけです。

 それまでは、「(狭義の)熱帯低気圧」は、「弱い熱帯低気圧」と呼ばれていました。

 つまり、熱帯低気圧といえば、「(広義の)熱帯低気圧」でした。

 当時は、「弱い熱帯低気圧」あるのに、「強い熱帯低気圧」がないということが時々言われていました。

 これは、戦後すぐの台風予報は、熱帯で発生した低気圧を、最大風速によって「台風」、「強い熱帯性低気圧」、「弱い熱帯性低気圧」の3種類に分けていた名残です。

 昭和28年(1953年)に、「強い熱帯性低気圧」を「台風」に含めるという、現在の定義になったとき、「弱い熱帯性低気圧」の「性」の字を省き、「弱い熱帯低気圧」になったという経緯があります。

 平成11年(1999年)8月13日に紀伊半島の南海上に発生した「弱い熱帯低気圧」は、動きが遅かったために東北地方から九州地方のところどころで集中豪雨を起こしました。

 特に「弱い熱帯低気圧」が上陸した関東地方では、総雨量が300ミリから400ミリに達しています。

 このとき、神奈川県足柄上郡山北町の玄倉川では、8月14日に増水した中洲でキャンプをしていた13 人が取り残されています。

 その模様はテレビ中継されており、次第に水位があがって避難しようとする人々が流され、全員が死亡するという一部始終の衝撃の映像は、遺族感情を考慮して、すぐにお蔵入りとなっています。

 被害者側の無謀な野営や幾度も行われた退去勧告の無視が事故の原因とされていますが、気象庁が「弱い熱帯低気圧」というと、「弱い」という言葉で安心感をあたえてしまうなどの批判もでています。

 このため、気象庁では、玄倉川の水難事故の翌年、平成12年(2000年)6月1日から、「弱い熱帯低気圧」を「熱帯低気圧」に改めています。

 また、同時に、台風の大きさ表現では「大型」「超大型」の時のみ台風情報等で表現をし、「ごく小さい」「小型」「中型」の時は台風情報等で表現しないとしています。

 さらに、台風の強さの表現では「強い」「非常に強い」「猛烈な」の時のみ台風情報等で表現をし、「弱い」「並みの強さ」の時には、台風情報等で表現しないとしています。

 つまり、21年前の玄倉川水難事故をきっかけにして、台風情報から安心感を与えそうな言葉が削除されました。

 情報を発表する側の思いと、情報を利用する側の受け取り方の違いを埋める言葉については、絶えず見直しが必要と思います。

「(狭義の)熱帯低気圧」は風が弱いだけ

 台風なら警戒するが、「(狭義の)熱帯低気圧」なら警戒しないという人が少なくありません。

 しかし、両者の違いは風速だけです。

 最大風速が毎秒17.2メートル以上が台風で、これに達しないのが「(狭義の)熱帯低気圧」ですから、強い風は吹きません。

 しかし、「(広義の)熱帯低気圧」は、多量の水蒸気を集めて発生・発達をしていますので、「(狭義の)熱帯低気圧」であっても、大雨の可能性があります。

 雨に対しては、油断できません。

 9月12日(土)の東北地方太平洋側から静岡県にかけては、北上してくる「(狭義の)熱帯低気圧」によって、所によっては200ミリ以上の雨が降る可能性があります(図3)。

図3 令和2年(2020年)9月12日の予想降水量のポテンシャル
図3 令和2年(2020年)9月12日の予想降水量のポテンシャル

 地元気象台の発表する警報や注意報などの入手に努め、警戒してください。

タイトル画像、図2、図3の出典:ウェザーマップ提供。

図1の出典:気象庁ホームページ。

表の出典:気象庁ホームページをもとに著者作成。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2015年6月新刊『特別警報と自然災害がわかる本』(オーム社)という本を出版しました。

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