伊勢湾台風以来の高潮被害となった17年前の八代海等の高潮とその後の対策

天草・八代海(写真:アフロ)

平成11年9月24日早朝、台風18号が強い勢力を保ったまま、熊本県北部に上陸しています。上陸時の中心気圧は950ヘクトパスカル、最大風速は毎秒40メートルで、九州北部、中国西部を通過して日本海に抜けています(図1)。

図1 平成11年の台風18号の経路(気象庁HPより)
図1 平成11年の台風18号の経路(気象庁HPより)

台風の接近・通過で、西日本を中心に各地で大雨・暴風となり、全国で死者31名、浸水家屋5 千棟などの甚大な被害がありました。特に、台風進路の右側にあたった湾では、湾の奥に風が吹き込んだことで大きな高潮被害が発生しました。

八代海に面した不知火町と山口宇部空港の高潮

平成11年の台風18号では、高潮により熊本県八代海の不知火町では12名がなくなり、山口県の山口宇都空港では9月28日までの長期閉鎖を余儀なくなれています。

大きな高潮被害は、5000人以上が死亡した昭和34年の伊勢湾台風以来です。

このため、高潮対策の重要性が再認識され、各種の高潮対策が考えられ、実施されています。

このうち、気象庁では、今回の災害を契機として、高潮災害や高潮に関する知識の啓発により一層強めるとともに、高潮の予報技術を高度化し、平成 12年の秋から高潮に関する情報の提供の仕方を変えています。

具体的には、

1 防災機関などの対応を取りやすくするため、高潮に警戒や注意が必要な時間帯を可能な限り明示する。

2 予想される高潮の警戒度が適切に伝わるよう、高潮の程度を過去の災害事例や歴代順位で示す。

3 各都道府県を数分割した予報区において、代表的な港湾を選定し、その港湾についてより木目細かな高潮情報を提供する。

==平成11年の台風18号に似ていた昭和17年の周防灘台風==

平成11年の台風18号は、昭和17年の周防灘台風に似ています。

周防灘台風は、昭和17年8月21日にサイパン島の東約500キロメートルの海上付近で発生し、その後北西道しながら発達しています。この台風は、鹿児島県阿久根の最低気圧946ヘクトパスカル (27日14時52分、中心から約25キロメートル)などから、南大東島を通過した26 日ころより、北へ向きを変え九州へ上陸した27日までが最盛期で、935ヘクトパスカル内外の示度であったと推定されています(図2)。

図2 昭和17年8月27日の周防灘台風による高潮(単位cm、○中の数字は時刻)
図2 昭和17年8月27日の周防灘台風による高潮(単位cm、○中の数字は時刻)

周防灘台風による被害は、死者・行方不明1158人(このうち山口県794人,広島県l79人)、家屋全壊3万3000戸、流出家屋3000戸、船舶流失沈没4000隻などとなっています。

瀬戸内海西部で1~2メートル(特に名称の由来となった周防灘)、九州北岸玄海灘に面した場所において0.5~1メートル、有明湾においてlメートル弱などの高潮が発生しています。

ただ、有明海側では大潮の干潮時と重なったため、高潮が発生したものの、大きな被害は発生しませんでした。

しかし、周防難ては大潮の満潮時と重なり、室戸台風以来の高潮被害を起こしています。ただ、台風による高潮としてのこの数値は大きい値ですが、必ずしも驚異的なものではありません。大きな被害となったのは、被害地域は干拓地が多く、また、海岸低地には工業都市力発達していたこと、瀬戸内海はこれまで、このような災害に見舞われた経験が少なく、そのため力防災設備力不備だったことがあげられます。

加えて、太平洋戦争中の気象報道管制下であったために、台風についての情報が住民にほとんど伝わらなかったことも、被害を大きくした原因として指摘されています。

周防灘台風の災害については、当時大きく報道されることはありませんでした。その後、中央気象台が精力的に行った調査報告「秘密 気象報告第6巻」は、一般の人々の目にふれることはありませんでした。この調査報告は、台風研究 (特に高潮について)に有力な資料であるにもかかわらず、戦後になっても、あまり利用されませんでした。「秘密 気象報告」があることさえ知られていないからです。

本害ハ軍事上秘密ヲ要スル気象上重要ナル事項ヲ含ムヲ以テ之ヲ厳重ニ保管其ノ保管状態ニ変動ヲ生ジタル場合ハ遅滞ナク発行者ニ報告シ用済後不用トナリタル場合ハ直チニ発行者ニ返却スベキモノトス

出典:秘密 気象報告第6巻

この「秘密 気象報告第6巻」を読んでみると軍事上秘密を要する報告という感じはしません。

周防灘台風が西日本に大きな爪跡を残したころの戦局というと、6月5日のミッドウェー海戦の敗北に続いて、8月7日にアメリカ軍のガダルカナル島上陸があり、開戦以来の日本軍の破竹の快進撃は止まり、米軍の本格的攻撃が始まりつつありました。

そして、周防灘台風のみならず、太平洋戦争中の気象報道管制下では、みすみす台風被害を拡大させてしまった事例が多かったといわれています(表)。

表 太平洋戦争中の台風による死者・行方不明者数
表 太平洋戦争中の台風による死者・行方不明者数

現在は気象報道管制はなく、台風に関する情報はどんどん発表されています。

台風17号が日本の南海上を西進していますが、まだまだ台風シーズンが続きます。

最新の情報入手に努め、高潮の恐れがあるとの内容が含まれていたら、最大限の警戒が必要です。

表、図2の出典:饒村曜(1986)、台風物語、日本気象協会。