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ペロシ訪台で米中「新冷戦」時代は新たなステージへ 台湾をめぐる米中関係史を振り返る

野嶋剛ジャーナリスト/作家/大東文化大学教授
オンラインで米中首脳会談を行うバイデン米大統領と習近平中国国家主席(写真:ロイター/アフロ)

 いま米国と中国は、現在「新冷戦」とも呼ばれる厳しい対立・競合関係にある。最近では8月のナンシー・ペロシ米下院議長の台湾訪問が中国の反発を招き、空前の規模による台湾周辺での軍事演習、日本の排他的経済水域(EEZ)へのミサイル着弾という事態を引き起こした。

 ただ、台湾をめぐる米中の対立は、今に始まったわけではない。むしろ台湾問題こそが、米中関係における最大の焦点であることは、第二次大戦後に現在の世界秩序が作られたときから一度も変わっていない。米中は世界を動かす大国同士として常に対話の機会をお互いに求めながらも、体制や思想について根本的な違いを抱えている。

 今回は、台湾をめぐる米中関係の歴史を改めて振り返ってみたい。

戦後すぐ台湾問題が勃発、米国は台湾防衛を決意

 第二次世界大戦で米中はソ連と並んで連合国を形成し、日本やドイツに戦勝し、戦後世界の主役となった。ここで言う中国とは、中国共産党の指導する中華人民共和国ではなく、当時の中華民国である。ルーズベルト(米)、チャーチル(英)、蒋介石(中)による1943年のカイロ会談で、戦後日本の運命を決定づけたことは教科書にも書かれている。

 ところが事態はすぐに複雑化する。中華民国の主体であった国民党は共産党に内戦で敗北し、1949年に台湾に逃げ込んだのだ。米国は反共のため台湾防衛を決意し、国民党を支援して共産党の武力統一を阻止。台湾問題は未解決のまま冷戦のなかで固定化した。

台湾が国連脱退、「あいまい戦略」がスタート

 当初は、米国も日本も世界の多くが台湾の中華民国を正統政府とみなして国交を持ったが、1971年に台湾は国連脱退に追い込まれる。翌年、米ニクソン大統領が電撃的に中国へ飛んだ。「ニクソン・ショック」である。ソ連という共通の敵を抱える米中両国が、敵の敵は味方という古典的な構図のなかで手を結んだ形だった。

 米中はそこで「上海コミュニケ(米中共同コミュニケ)」を結び、米国は台湾問題について中国が主張する「一つの中国」に一定の配慮を認め、台湾からの米軍撤退を受け入れた。一方、1979年に米中が正式に国交を結んだとき、米議会は「台湾関係法」を成立させ、防衛に必要な武器の台湾への供与を決めた。

 上海コミュニケと台湾関係法のバランスの中で米国は「中国の正統政府は中華人民共和国であることは認めるが、台湾がどこに属するのかについては明確にせず、無理やりの武力統一は認めない」という「あいまい戦略」をスタートさせた。この「あいまい戦略」はいまも米中関係を規定している重要概念である。

中国は不満であったが、国内の経済建設を優先し、米国の方針を受け入れた。それからの米中関係は、1989年の天安門事件、中国によるミサイル実験で軍事的緊張が高まった1996年の台湾海峡危機、1999年の米軍によるベオグラード中国大使館への誤爆事件など、一時的な対立や衝突を経ながらも「協調」という大きな方向は揺らぐことはなかった。

「台湾問題」を棚上げした米国の対中「関与政策」

 その米中協調の中で、1978年から開始された鄧小平による中国の経済政策「改革開放政策」を世界各国が歓迎し、中国が世界の仲間入りすることを後押しするシナリオが展開されたのである。これらは「関与政策」と呼ばれるもので、中国と相互関係を深めていくことで世界の枠組みに取り込んでいく米国の戦略に基づいていた。

米国では親中派を「パンダ・ハガー」、強硬派を「ドラゴン・スレイヤー」という漫画チックに分ける呼び方があるが、ワシントンでは政府・議会・シンクタンク・メディアにおいて「パンダ・ハガー」が常に主流であり、「ドラゴン・スレイヤー」は傍流の位置付けだった。

 中国が非常に気にする台湾問題は依然として未解決ではあったが、米国もなるべくことを荒立てず、現状維持で事実上棚上げしたまま、将来解決されるべき問題として注目度は下がる傾向にあった。

 10億人の人口を抱える中国の成長を促して米国にとっての重要な市場にしたいとの思惑。中国がいくら発展しても世界最強の米軍の脅威にはならないとの計算。中国で市場化が進めばいずれ政治体制も開放的になるとの想定。

これらが絡みあいながら、対中関与政策は米国の主流に位置し続けた。

習近平の登場で米中協調に暗雲、新冷戦へ

 ところが、そんな米中協調に暗雲が漂い始めたのがオバマ政権後期だ。

 2009年の発足当初対中関係重視を掲げたオバマ政権とその周辺は、米中関係の重視を掲げ、同年訪中して米中接近を演出した。2012年に最高指導者となった習近平についてもリーダーシップが開明的なものになるとのプロファイリングに基づき、楽観的な姿勢を維持したが、習近平は米国の期待に反して、社会統制の強化やマルクス主義を讃えるような世論統制、「中国の夢」や「中華民族の偉大なる復興」「一帯一路」などに象徴される愛国・強国路線への傾斜を強めた。人権問題、サイバー攻撃、南シナ海問題などでトラブルも相次いだ。

2015年にワシントンで会談した習近平氏とオバマ氏
2015年にワシントンで会談した習近平氏とオバマ氏写真:ロイター/アフロ

 中国への関与政策の成果を否定する現実を米国は次々と突きつけられ、中国という国家のあり方そのものに問題の根源があるとの認識が広がり、中国の「変化」への楽観が悲観に変わっていったのである。

 次に登場したトランプ政権も最初は対中関係改善を模索し、2017年には習近平国家主席の訪米の際に米中包括対話の立ち上げに合意した。しかし、結局は2019年に起きた香港の大規模デモや、2020年に感染拡大が本格化した新型コロナウイルスの発生原因などをめぐって関係は悪化し、オバマ政権以上の強硬路線に舵を切った。そのなかでは、中国企業をサプライチェーンから切り離す「対中デカップリング」政策なども実施され、米中は新冷戦の泥沼に足をとられていった。

 一方、この間台湾では、台湾の自立を目指し、中国とは距離を置く方針を掲げる民進党が政権を2016年に掌握し、2020年にも蔡英文総統が選挙で圧勝。中国が台湾に対して軍事的威嚇を多用する傾向が次第に顕著になる。民主主義を貫いている台湾と権威主義化する中国との対比もあって、米国の議会や世論も台湾寄りにシフトしていった。

バイデンの「台湾問題グローバル化」に中国が猛反発

 バイデン大統領は、対中外交で過去よりも洗練された「対中包囲網」の構築を急いだ。米国だけでは中国を抑え込むのは難しい、との判断もあったようだ。

安倍元首相が提唱した「自由で開かれたインド太平洋構想」に賛同し、米英豪の安全保障枠組み「AUKUS(オーカス)」、日米豪印の対話枠組み「クアッド」を活用。日米首脳会談やG7首脳会談などで「台湾海峡の平和と安定」を共同声明に盛り込んだ。米中間だけの秘密のボックスに守られてきた台湾問題を、一気にグローバル化させて国際的な課題とする方向へ姿勢を変えたのである。

 中国は当然猛反発する。中国はもとより台湾問題を「米中関係の最も敏感で最も核心的な問題」だと位置付けている。そこには「台湾は本来中国の国内問題なのに、米国が台湾関係法などで無理やり介入している」という不満が込められている。ましてや、台湾問題のグローバル化は中国として認めるわけにはいかない。

ペロシ氏訪台で米中関係は新たな緊張のステージへ

 ストレスが積もり積もっていたなかで、ペロシ議長が台湾に訪問をした。事前に中国は米国に制止を求めていたとみられる。訪問の5日前に習近平・バイデン会談があったからだ。しかし、米政界の論理では議長の外遊を大統領が止める権利はない。ましてやペロシ議長は民主党きっての実力者でバイデン大統領も借りが多い。だが、そうした民主主義国家の力学は、一党独裁の中国では理解できないし、しようとしない。

台湾を訪問したペロシ米下院議長
台湾を訪問したペロシ米下院議長写真:ロイター/アフロ

 制度に根ざした見解の亀裂が問題を深刻化させるのは、尖閣諸島の国有化に際して、石原都知事を止められない日本政府に中国政府が苛立ったときの状態とよく似ている。当時は、習近平は党総書記にならんとする時期で、領土問題で妥協を見せるわけにはいかず、愛国的反日デモを野放しにした。今回も、習近平は秋の党大会での三選確定を控えていた重大局面にあり、領土問題としては尖閣諸島よりも数ランク上の重要性をもつ台湾問題について、弱さを見せるという選択肢はなかった。

その結果、過去最大規模で「第4次台湾海峡危機」とも呼ばれた中国の軍事演習が台湾周辺で展開され、米中関係は新たな緊張のステージに入った。

今後も台湾問題は米中関係の中で最大の発火点であり続けるだろう。

 今回の軍事演習を受けて、国際社会ではさらに米国と中国が世界を二分しながら対立・競合する時代に追い込まれていく可能性が高い。かつて米国が「関与政策」で思い描いたウィン・ウィンの共存という未来はもはや風前のともしびだ。

台湾は民主主義を長年着実に実践し、人々の生活習慣も価値観も米国や日本などの自由主義社会と一致している。台湾に暮らす人々の思いも、戦争は望まないものの、中国とはどうしても一緒にはなれない、という点でほぼ一致している。

 その台湾を、中国の強引な統一戦略に任せてしまうことはできない。しかし、中国と決定的に対立を続けていいのかという問題はなお残されている。対中強硬一辺倒でなんとかなるほど、いまの中国は甘くはなく、弱くもない。中国の冒険的行動を封じ込めながら、対話によって変革をうながしていく新しい対中政策の構築が、米中関係においても、米中関係とリンクすることが多い日中関係においても、早急に求められている。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

ジャーナリスト/作家/大東文化大学教授

ジャーナリスト、作家、大東文化大学社会学部教授。1968年生まれ。朝日新聞入社後、政治部、シンガポール支局長、台北支局長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港や東南アジアの問題を中心に、各メディアで活発な執筆、言論活動を行っている。著書に『ふたつの故宮博物院』『台湾とは何か』『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』『香港とは何か』『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』。最新刊は12月13日発売の『台湾の本音 台湾を”基礎”から理解する』(平凡社新書)』。

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