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台湾統一地方選、民進党が大敗:自ら転んだ蔡英文政権

野嶋剛ジャーナリスト/作家/大東文化大学教授
26日朝、投票する蔡英文総統(写真:ロイター/アフロ)

「中国に屈した」はミスリード

26日に投開票された台湾の統一地方選挙。台湾の開票時間はかなり早くて現地時間の午後4時(日本時間午後5時)に始まる。本稿は日本時間午後10時にアップロードしたものだが、開票作業は続いているものの、大勢は判明した状況にある。

蔡英文総統率いる与党・民進党の敗北は間違いなく、野党・国民党の躍進となった。民進党は注目選挙区の台北市長選や桃園市長選などでことごとく候補者を当選させられず、台湾メディアは「惨敗」「大敗」の見出しで続々と報じている。蔡英文総統も、党主席からの辞任を表明した。

そこで浮かび上がる疑問は「台湾社会は中国の圧力に屈して、『親中』政党の国民党に一票を投じたのか?」というクエスチョンだ。その答えはノーであり、そのように伝えるとしたら、この選挙結果をミスリードすることになる。

一年あまり後の総統選の「前哨戦」

台湾の統一地方選は、直轄市、市、県(計22)の結果が焦点となる。台湾では行政トップである市長・県長の権力が大きく、統一地方選はしばしば一年あまり後に想定される総統選挙の「前哨戦」と呼ばれることも多い。

現状では、注目される直轄市の台北市、桃園市で民進党候補の敗北が確定した。民進党の現職がいた基隆市、新竹市でも民進党候補は敗れている。もともと22の市・県長のポストのうち、選挙前の勢力図では、民進党7:国民党14:その他1、だった。これは前回の統一地方選で、民進党に大きな逆風が吹いて、国民党の韓国瑜氏(高雄市長に当選)による「韓流ブーム」が全体の選挙情勢を動かしたところが大きく、国民党の勝ち方が異常だった。

そのため、今回は民進党はいくつ市長・県長のポストを増やすのかが勝負の見どころと選挙戦の最初は思われていたが、国民党は現状維持どころかさらにポストを増やし、民進党は現状の7から5まで保有ポストを減らすことになりそうだ。

政党支持率は民進党優勢だが

台湾の地方選挙では有権者の関心が主に候補者の能力、人格、好き嫌い、経済問題などに集中する。一方、総統選挙では、台湾の未来が中国や米国、日本とどのように関わっていくのか、という大きなテーマが争点になる。

現在のところ、台湾社会の中国の統一攻勢に対する拒否感は強く、総統選挙になった場合、その点が民進党に有利に働く可能性が高い。しかも、政党支持率においても、民進党はまだ国民党に大きく差をつけている。

にもかかわらず、ここまで地方選挙が不調だったことへの疑問は、日本を含めて、世界中が感じるところだ。さらにいえば、今年8月に中国はペロシ・米下院議長の訪問を不満として大規模な軍事演習を行った。台湾社会で中国への反発は当然高まった。地方選挙とはいえ、どうして民進党はここまで惨敗したのか。

民進党から離れた若者票

私が台湾に選挙前一週間滞在して取材した限りでは、民進党が自ら転んだ、という表現がぴったりくるように感じた。「民進党は傲慢でやりたい放題だ」「若者の声に耳を傾けていない」「政権担当して6年になるが台湾はあまり変わっていない」。有権者からこんな声をあちこちで聞かされた。「民進党は腐敗した。頼みごとをすると金を要求され、払っても何もしてくれない」と語る中小企業経営者もいた。

それぞれの意見の一つひとつは主観的な思いや経験にすぎないが、そうした声が今回は大きなボリュームになって鳴り響いていた印象がある。特に民進党が頼りとした若者票が離れたことが痛かった。彼らは国民党には票は入れないが、第三勢力に入れたり、投票しなかったり、という選択を取ったようで、投票率も低めに出ている。

民進党への逆風を感じ取った国民党や第三勢力の政党は「この選挙は民進党を否定するための戦いだ」というトーンで選挙戦略を統一し、民進党を攻撃した。民進党も執政時間が6年を経過し、緩みもあれば、失敗もある。そうした点をうまく相手に突かれ、さらに批判への対応が後手後手に回ったようだった。

台北市長選でも「コロナ対策の英雄」が敗北

特徴的だったのが台北市長選だ。民進党が推した候補は、コロナ対策の英雄とされた元衛生福利部長(大臣)の陳時中氏だった。国民党候補で、蒋介石のひ孫にあたる人気者の蒋万安氏と、少なくとも互角の戦いになると思われた。

ところが、コロナ対策やワクチン政策に対する民進党政権への不満をかつて責任者だった陳時中氏への批判に転化させようとした野党の狙いをかわしきれないなど、蔡英文政権そのものの対応がちぐはぐで、最終的に陳時中氏は追い上げたものの先行した蒋万安氏に届かなかった。担ぎ出された陳時中氏が可哀想に思えた。

このように見てみると、今回の選挙結果は台湾の内的要因が大きく、米中関係や中台関係などから影響を受けたような文脈で読み解くことは難しいということがわかるだろう。習近平氏の強硬路線に台湾社会が屈した、といった分析を加えることは完全に無理があり、注意したいところだ。

中国の国際的宣伝に利用される?

しかし、問題なのはこれからだ。中国や国際社会は、民進党政権の失敗に対して、さまざまな宣伝工作を仕掛けてくるだろう。台湾内部に対しては、「中国と敵対する民進党を支持していては台湾の未来は暗い。今回の選挙はその証明だ」という論調を広げ、台湾世論を動揺させ、さらに国際メディアが反応することを狙ってくる可能性がある。いわゆる「認知戦」だ。

この点は台湾の次の政権選択に響いてくる。なぜなら、民進党にとっては、中国と対抗して踏ん張っている自分たちを応援する国際的声援があるかないかが、世論の支持を保つうえで、極めて重要な要素になってくるからだ。

今回の選挙結果を受け、台湾内部で民進党が弱体化したかどうかを心配するよりも、中国の宣伝工作に台湾世論が影響を受けたり、国際社会の台湾支援が緩んだりする「選挙結果の影響」に関心を向けるべきだろう。

ジャーナリスト/作家/大東文化大学教授

ジャーナリスト、作家、大東文化大学社会学部教授。1968年生まれ。朝日新聞入社後、政治部、シンガポール支局長、台北支局長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港や東南アジアの問題を中心に、各メディアで活発な執筆、言論活動を行っている。著書に『ふたつの故宮博物院』『台湾とは何か』『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』『香港とは何か』『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』。最新刊は12月13日発売の『台湾の本音 台湾を”基礎”から理解する』(平凡社新書)』。

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