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投票まであと3日。2024台湾総統選挙のための基本知識

野嶋剛ジャーナリスト/作家/大東文化大学教授
台湾総統選挙で台風の目になっている第三勢力・民衆党の支持者(写真:ロイター/アフロ)

台湾の総統選挙まであと3日となった。投票は13日(土)台湾時間(日本より1時間遅れ)午前8時に始まり、午後4時に締め切られ、開票作業が始まる。同午後8時ごろまでには通常ならば大勢が判明する。同時に行われる立法委員(国会議員)の開票はもう少し遅れて結果が出るだろう。投開票日の前後には台湾選挙に関する報道や論評が飛び交うはずだ。台湾選挙情報を正しく読み解くための基本知識を整理したので、参考にしていただきたい。

総統選候補者の顔ぶれ
民主進歩党候補:頼清徳
64歳、副総統・民進党主席(現)、行政院長、台南市長、医師 同副総統候補は、前駐米代表の蕭美琴
中国国民党候補:侯友宜
66歳、新北市長(現)、警察官僚、副総統候補は元メディア経営者の趙少康
台湾民衆党候補:柯文哲
64歳、民衆党主席(現)、台北市長、医師、副総統候補は元企業グループ幹部の呉欣盈

民進党の総統候補の頼清徳氏
民進党の総統候補の頼清徳氏写真:ロイター/アフロ

選挙制度と選挙運動

台湾の総統選挙・立法委員選挙は4年に1度。同日に行われるのが通例となっている。在外投票、期日前投票ができないうえに、本籍地での投票限定なので13日の投票日はあらゆる交通機関が混雑をきたす「国民大移動」となる。海外から台湾に投票のために帰国する有権者も少なくない。日本から台湾への航空便も総じて13日の直前は混雑気味になる傾向が過去にはあった。

今回の選挙で20歳以上の有権者は1950万人。アジアの民主主義の模範と言われるだけあって、投票率は高く、2020年は74.9%だった。2016年は66%。香港問題で国民の政治意識が高まった2020年ほど今回の選挙はヒートアップしていないので、投票率はかなり下がって2016年並みになる可能性もある。低投票率となった場合、誰に有利になるかは正直意見が分かれる。組織力に勝る国民党に有利とも言われるが、2016年は民進党が圧勝したケースもあるので結果が出るまでわからない。

選挙運動は12日夜10時まで。各政党とも、台北・新北の大都市圏で大集会を開いて盛り上げる。会場ではグッズや軽食を販売する屋台が軒を並べ、数万人単位の参加者は5−6時間にも及ぶ長い集会を見守る。選挙ウオッチのためにこの時期に台湾を訪れる外国人のジャーナリストや研究者も多く、野次馬的には台湾の選挙らしさを見る上では面白いのだが、集会に参加する人々は政党ごとの動員も多いので、盛り上がったからといって選挙で有利な結果が出るとは限らない。

候補者による選挙のためのMVや動画にも力を入れていて、どれだけアクセスを稼げるかの勝負になっている。中国語ではあるが、分かりやすい内容なので、各党の候補の人気コンテンツを貼り付けておくので楽しんでもらいたい。

民進党・頼清徳氏
https://youtu.be/H4kGNldUQGw
国民党・侯友宜氏
https://youtu.be/URY9zhOEduQ
民衆党・柯文哲氏
https://youtu.be/euZ1IK1eYxA

国民党の総統候補の侯友宜氏
国民党の総統候補の侯友宜氏写真:ロイター/アフロ

選挙情勢

台湾の総統は任期は4年で2期まで。2020年は民進党の蔡英文が817万票(得票率57%)を獲得し、515万票の国民党・韓国瑜(得票率38%)を大差で破って再任を果たした。現職の民進党・蔡英文総統は2期を終えて退任となり、新たな総統候補として、民進党は頼清徳・副総統、国民党は侯友宜・新北市長、台湾民衆党は柯文哲・前台北市長を候補としている。

接戦ではあるが、どの世論調査でも民進党・頼氏が2位の国民党・侯氏をリードし、台湾民衆党・柯氏が続く構図は同じ。このまま1位・頼氏、2位・侯氏、3位・柯氏となる可能性が最も高く、台湾では8年ごとに執政党が入れ替わるジンクスがあるが、その場合、今回は「8年政権交代ジンクス」通りにならない可能性がある。

ただ、頼氏も絶対安全という感じではない。過去の台湾の総統選は投票する前に結果がわかっているものが多かったが、今回はそうではなく、逆に言えば、頼氏の伸びが不足している点は否めない。2位、3位の野党連合が成功していればかなり危ない状況だった。

以下が代表的な総統選挙に関する世論調査の最も近い段階での数字である。1月3日以降は世論調査は公表できない。いずれも民進党の頼氏がリードしているが、調査によってリードは数%から10%以上までばらつきがあり、安全圏ではない。

聯合報(1月2日):民進党32%,国民党27%,民衆党21%
台湾民意基金会(12月29日):民進党32.4%、国民党28.2%、民衆党24.6%
美麗島電子報(12月30日):民進党39.6%、国民党28.5%、民衆党18.9%
TVBS(1月1日):民進党33%、国民党30%、民衆党22%
三立電視(1月1日):民進党30.9%、国民党27.9%、民衆党23.8%

民衆党の総統候補の柯文哲氏
民衆党の総統候補の柯文哲氏写真:ロイター/アフロ

立法委員選挙も非常に重要

立法委員選挙も任期が4年。小選挙区と比例代表を組み合わせた日本と似た制度だが重複立候補はできない。その分、特に小選挙区の候補者は生きるか死ぬかの戦いを繰り広げ、怪文書や選挙中の訴訟も日常茶飯事の激しい選挙となる。

立法院の総議席数は113議席、うち小選挙区が73、比例区が34、先住民が6。比例区では女性候補が2分の1以上というクォーター制がある。過半数の57をどう超えるかがポイントになる。2020年の選挙では、民進党が61議席、国民党が38議席だった。2016年は民進党が68議席、国民党が35議席。そのさらに前の2008年と2012年の2度の選挙では国民党が過半数を制していた。

現状の情勢では、民進党の過半数確保が危ぶまれている。政党支持率ではほぼ互角だが、選挙区では国民党に勢いがある。ただ、国民党も57議席に到達できるかどうかは微妙であり、両党とも到達できない場合は8−10議席ほど獲得すると見られている民衆党がキャスティングボートを握ることになる。

いまのところ、民衆党は国民党と一部の選挙区で協力し、「民進党を引き摺り下ろす」を合言葉にしていることもあって、協力のハードルが低い。民進党が過半数を超えない場合は、総統選挙で勝利しても民進党は少数与党となって苦しい政権運営を強いられそうだ。

いずれにせよ、総統選挙で民進党、野党連合もしくは国民党の過半数となった場合、「いったい誰が勝ったのか」という結果認定が難しい選挙となりそうだ。

選挙のテーマ

通例、台湾の総統選挙では、中国とどのように向き合っていくかなど、台湾の将来や生き残りの道筋を問うような大きな議論が展開されてきた。そうなると、外国人にも分かりやすいもので、どうしても台湾選挙の分析も「対中関係」や「統一や独立」が最大のテーマであるかのようにメディアも書いてきた。

ところが今回はそうした大きなテーマの議論よりも、候補者同士の人格的な比較や、政党同士の協力関係、各党の弱点を叩き合う「内向き」のものが多かった。ネット上での話題も各政党の汚職などの案件や低賃金・高物価への嘆きが中心だ。

その意味では、与党を8年間務めた民進党は「執政責任」を問われやすく、国際的な名声はあっても今回の選挙は不利で攻撃を受けやすい。特に国際情勢があまり優劣に結びつかない立法委員選挙で民進党は苦しい戦いを強いられている。

ジャーナリスト/作家/大東文化大学教授

ジャーナリスト、作家、大東文化大学社会学部教授。1968年生まれ。朝日新聞入社後、政治部、シンガポール支局長、台北支局長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港や東南アジアの問題を中心に、各メディアで活発な執筆、言論活動を行っている。著書に『ふたつの故宮博物院』『台湾とは何か』『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』『香港とは何か』『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』。最新刊は12月13日発売の『台湾の本音 台湾を”基礎”から理解する』(平凡社新書)』。

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