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台湾総統選で民進党が「辛勝」、立法院では勢力減退

野嶋剛ジャーナリスト/作家/大東文化大学教授
13日夜、蔡英文総統(右)と当選を喜ぶ民進党の頼清徳氏=台北市、仙波理撮影

総統選挙は民進党・頼氏が勝利

13日夕方に始まった開票作業の結果、民進党の頼清徳氏の当選は確実となった。国民党候補である侯友宜・新北市長、民衆党候補である柯文哲・前台北市長の追い上げも及ばなかった。台湾では1996年に総統直接選挙が始まってから8回目の選挙で、李登輝、陳水扁、馬英九、蔡英文に続く5人目の総統となる。21世紀になって、同じ政党が三期続けて総統ポストを保持した前例はない。「一つの中国」の受け入れを拒む民進党を「独立勢力」と敵視する中国の圧力をはねのけての当選となった。

野党分裂のおかげの「辛勝」

13日夜日本時間9時半時点で、台湾のメディアによると、野党候補の2人が敗北宣言を行なったため、頼氏の当選が確実になった。続いて頼氏も勝利宣言を行なった。

ただ、頼氏の得票率は40%で、「逃げ切り」や「辛勝」と総括するのが適当だろう。得票率33%の国民党・侯氏と得票率26%の民衆党・柯氏との間で野党の連立ができていれば敗北したかもれない。前回、前々回の蔡英文総統の得票率(2016年=56%、2020年=57%)と比べても、その前の馬英九総統の得票率(2008年=58%、2012年=51%)と比べても、かなり低いものであり、頼氏は「弱い総統」としての門出が避けられない。

若者票に逃げられた民進党

投票率は2020年の前回選挙の74.9%よりは下がって71.86%。前回の選挙では民進党・蔡英文総統は記録的な得票を獲得して再選を果たした。そのときに票源となったと見られる若者や都市住民などの「浮動票」「中間派」「無党派」などのグループが今回は、投票に行かないか、柯文哲氏に流れるかしてしまい、押し留めることができなかった。柯氏は敗れたといえ、得票率は予想を超える26%に達した。第三勢力の地位を確立した形で、やはり最大の台風の目だった。

逆境に強い政治家

ただ、それだけで頼氏の前途が暗いものだと断定するべきではない。頼氏は逆境に強い政治家だ。2022年末の地方選挙の大敗から民進党の立ち直りに発揮したリーダーシップは記憶に新しい。貧しい炭鉱作業員の家庭に育って台湾のリーダーにのし上がった意思の力をもってすれば、失われた支持を取り戻すことも不可能ではないかもしれない。 

立法院では国民党が優勢

しかし、大きな不安材料は、同日に行われた立法委員(国会議員)選挙の結果で大きな勢力減退が避けられないことだ。民進党は現有議席(61)を大幅に減らして51議席にとどまった。国民党は現有議席(38)を大きく増やして52議席に達した。ただどちらも定数113議席の過半数となる57議席には達しない。第三勢力の民衆党は現有議席の5を8に伸ばした。民進党は、蔡総統時代の「完全執政」、つまり総統と立法院の両方を握ることを断念することになった。

キャスティングボートは新興勢力・民衆党の手に

今後は民衆党がキャスティングボートを握ることになるが、民進党と国民党、どちらと組むかは不透明だ。選挙前の協力関係からすれば国民党のほうがつながりを深めていた経緯があった。一方で、民進党が執政党になるので、立法院での協力を条件に、立法院の副院長(副議長)や内閣の部長(大臣)のポスト幾つかと引き換えにすることができる。そちらの方が現実的なメリットは大きい。民衆党は事実上、柯文哲氏の個人政党的色彩が強い政党であり、柯文哲氏はブレの大きい人物として知られる。読みにくい情勢となりそうだ。

中国は圧力と懐柔で

中国の出方は今後の注目点であるが、「実務的な台湾独立主義者」と自認したこともある頼清徳氏の当選は嬉しいはずはない。副総統となる蕭美琴・前駐米代表は中国政府が「頑固な台湾独立分子」と公式認定すらしている。その顔ぶれで、民進党政権が続くことは当然不快に感じるだろう。今後、経済協力関係の打ち切り・優遇措置の取り消しなど「制裁」に出てくる可能性は高い。選挙前は今回の選挙は「戦争か平和かの選択だ」というメッセージを北京は盛んに発してきた。その意味では台湾人民は「戦争を選んだ」というふうに習近平氏が認定しても不思議ではない。

中国の友好勢力の国民党は立法院で伸長

しかし、だからといってECFAの打ち切りや一昨年8月のペロシ訪台以上の軍事演習などの措置にすぐ出るとは考えにくい。友好勢力の国民党や民衆党が総統選では敗れたものの立法院では一定の伸長を実現したことは、中国にとっては歓迎すべき状況だからだ。激しく台湾への北風を強めてしまうと、民進党が弱体化から息を吹きかえすリスクもある。圧力と懐柔のバランスの取り方は中国にとっても悩ましい。米国との関係の安定化や国内経済の立て直しもまだ途上であることも考えると、台湾への対応を決めるのにしばらく時間をかける可能性もある。

ジャーナリスト/作家/大東文化大学教授

ジャーナリスト、作家、大東文化大学社会学部教授。1968年生まれ。朝日新聞入社後、政治部、シンガポール支局長、台北支局長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港や東南アジアの問題を中心に、各メディアで活発な執筆、言論活動を行っている。著書に『ふたつの故宮博物院』『台湾とは何か』『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』『香港とは何か』『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』。最新刊は12月13日発売の『台湾の本音 台湾を”基礎”から理解する』(平凡社新書)』。

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