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苦しむインドに“不仲”中国が新型コロナ支援、背後に響く“米国からの寝返り”のススメ

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
インドでは新型コロナの急拡大が続く(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルス感染の急拡大に苦しむインドに対し、緊張関係にあるはずの中国が支援を申し出て、「責任ある大国」としての積極性を強調している。米国が当初、国内世論や同盟国との関係を考慮してインド支援をためらっていたその隙をついた形で、中国では「インドはホワイトハウスに見捨てられ、ようやく『中国が良い』とわかったのでは」と“寝返り”を求める声も上がっている。

◇「中国企業が積極的に協力」

「中国政府と国民は、インド政府と国民のウイルスとの戦いをしっかりと支援する。中国企業が積極的に協力し、インド側が必要とするあらゆる防疫物資の調達を容易にし、必要な支援・援助を提供するよう奨励・指導する」

 インドの中国大使館でスポークスマンを務める王小剣(Wang Xiaojian)参事官は26日、大使館のホームページでこう表明し、中国が医薬品やワクチン、酸素濃縮器などを積極的に供給する意向を強調した。

 同じ日、スリランカの中国大使館は公式ツイッター上で「本日、800台の酸素濃縮器が香港から(インドの)デリーに空輸されました。1週間以内にさらに1万台。中国は緊急のニーズに備え、インドと連絡を取り合っています」と書き込んでいる。

 また同じ日、中国外務省の定例記者会見で、汪文斌(Wang Wenbin)副報道局長は「疫病は人類共通の課題であり、この問題に関しては、すべての国が団結し、手を取り合って対処すべきだ」と強調し、その先頭に中国が立っているとの自負をにじませた。

◇クアッドへのけん制

 中印関係は、境界線での紛争インドによる中国アプリの使用禁止などによって緊張状態が続いている。

 他方、インドは世界最大の民主主義国家と評され、日本、米国、オーストラリアといった「価値観を共有する国」とともに、インド太平洋地域での協力の枠組み「クアッド」を構成する。もちろん共同で対峙するのは、安全保障や経済で脅威となっている中国だ。

 中国外務省の定例記者会見では、この「クアッド」とインド支援の関係についての質問が出た。

「クアッドの会合では新型コロナ対策の協力について協議している。だがインドで感染状況がかなり深刻なのにクアッドの他の参加国からまだインドへの援助はないようだ。クアッドの実効性と、中国が提供できる支援との間には、違いがあると思うか」

 これに対し、汪文斌氏は「(クアッド参加国は)インドや支援を必要としている人々に、それぞれの能力の範囲内で支援・援助し、相応の国際的な責任と義務を果たすよう期待する」と慎重な言い回しにとどめた。

 中国側はクアッドに反発しており、4カ国の協力関係を強く警戒している。全方位外交を志向するインドも、クアッドが対中国包囲網の性質を強めることに慎重な態度を取ってきた。

 こうした背景を見越して、中国ネット大手テンセントのメディア「騰訊(Teng Xun)網」には27日、次のような見出しの論文が投稿された。「インドは米国に従って中国にひたすら抵抗するが、ホワイトハウスに容赦なく見捨てられ、ついに中国が良いということがわかったか?」

 そこに書かれてあるのは、次のような理屈だ。

 米国が中国を封じ込めようと包囲網への参加国を集めている。そこに「中国の領土を欲しがる国」としてインドが加わるのは当然だ。だが、米国を妄信して中国に対抗して、深刻な結果を招いた。インドは国際社会の支援を必要としているのに、インドが親近感を持っている国々は傍観している――。

 そのうえで「(クアッド参加国が)インドを支援し、発展を促しているのは『インドが唯一無二の役割を担っているから』ではなく『中国を封じ込める必要があるから』だと、インドに理解してもらいたい」と求めている。

◇米国も方針転換

 バイデン政権は当初、国内の世論や他の同盟国との関係などを考慮し、インド支援には消極的だった。米国は「ワクチンの製造に必要な原料を送ってほしい」とするインドの要請を黙殺していたともいわれる。

 米国務省のプライス報道官は今月22日の定例記者会見の際、「輸出制限をいつ解除するのか」と問われ、「それはUSTR(米貿易代表部)への質問だ」とそっけない回答をしたうえ「我々は米国民に対する特別な責任がある」「米国だけで55万人以上の死者と数千万人の感染者がいる」と米国の事情ばかりを強調し、インド側の神経を逆なでした。インドのメディアは「アメリカ・ファースト」などと批判していた。

 中国がインド支援を鮮明にした背景には、こうしたインドの対米感情の悪化がある。

 ただ、中国のインド支援の動きが活発化すると、逆にそれが米国を刺激し、方針転換につながった。

 米国は最近になって、ワクチン原料の輸出制限の解除とともに、備蓄している治療薬、診断検査キット、酸素呼吸器などの支援も明らかにした。オースティン国防長官は、インドに必要物資を送るために米軍を動員する意向を表明。米国立衛生研究所傘下のアレルギー感染症研究所(NIAID)は、米国が備蓄しているワクチンのインド提供を検討していることも明らかにした。

 米国としても「クアッド」の足並みが乱れないよう、インドを確実に枠組みにとどめておきたい意向のようだ。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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