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自転車用ヘルメットの着用率を高める方法

中澤幸介危機管理とBCPの専門メディア リスク対策.com編集長
ヘルメット着用のイメージ(写真:アフロ)

本日4月1日から、改正道路交通法の施行により、自転車利用者のヘルメット着用が努力義務化された。が、街中を見渡しても、ヘルメットをかぶって自転車に乗っている人は見当たらない。今後、着用は定着するのか? いくつかの研究から、ヘルメット着用を促す方策を考えてみたい。

警察庁によれば、自転車乗用中の交通事故で死亡した約6割が頭部に致命傷を負っており、さらに自転車乗用中の交通事故においてヘルメットを着用していなかった人の致死率は、着用していた人に比べて約2.1倍高くなっている(下記グラフ)。にもかかわらず、同庁公表の令和4年の交通事故発生状況を見ると、自転車乗用中の事故による死傷者のうち、ヘルメットの着用率は、全体としては未だ9.9%と1割に満たない。

出典:警視庁「頭部の保護が重要です~自転車用ヘルメットと頭部保護帽~」
出典:警視庁「頭部の保護が重要です~自転車用ヘルメットと頭部保護帽~」

筆者が編集長を務めている危機管理の専門メディア「リスク対策.com」では、今年3月、兵庫県立大学教授の木村玲欧氏、関東学院大学准教授の大友章司氏の2人の心理学者の監修のもと、ヘルメットの着用に関するアンケートを実施した(https://www.risktaisaku.com/articles/77893)。

その結果、「今後ヘルメットを購入するか」との質問に対して「購入する予定はない」との回答が65%にも及んだ。つまりこの法律によるヘルメット着用の効果は残念ながら、このままでは、それほど見込むことができないことが推測される。

出典:リスク対策.com
出典:リスク対策.com

ところで、本調査では、「努力義務だが着用したくない」「努力義務だから着用したい」など、複数の設問文について、「1. 全くそう思わない」~「5. 非常にそう思う」まで5段階の中から最も当てはまるものを選んでもらうことを試みた。

その結果、「努力義務だが着用したくない」は、「5.非常にそう思う」「4.ややそう思う」との回答割合が他の項目に比べ高く、平均点で比べると「努力義務だが着用したくない」は3.54で「努力義務だから着用したい」(2.77)を大きく上回った。

出典:リスク対策.com
出典:リスク対策.com

ほかの項目を見ると、最も平均点が高かったのは「事故による死亡率が下がる」で、逆に低かったのが「ヘルメット着用に効果は感じない」(2.6)となった。つまり、多くの人が、理屈としては、効果があることは分かっていても、実際には、面倒で着用したくない心理が読み取れる結果となった。

この調査の監修にあたった関東学院大学准教授の大友章司氏は「心理学の世界では、人々が特定のリスクを理解しているにもかかわらず、そのリスクに対する適切な行動を取れないことを認知的不協和と呼ぶが、まさにその結果が表れている。防災行動と同様で、リスクがわかっているからといって、多くの人が具体的な行動を取らない状況に陥ってしまう現象」と分析しているが、言い得て妙である。

では、どうしたら着用が進むのか。

同じく調査の監修を行った兵庫県立大学の木村玲欧氏は「法律による努力義務といった外発的な動機付けだけでは不十分であり、一定の定着が見込めるまでは、その着用効果を含めて利用者に広く継続的に呼び掛け続けることが重要である。髪型や使用シーンに応じたさまざまなヘルメットの開発なども期待される」と話している。

ターゲットを明確にした施策を

ヘルメット着用の促進に向け、参考になるのがジョナサン・T・フィノフらが1998年に米ミネソタ州で行った調査だ。彼らの調査によれば、自転車用ヘルメットの使用率が高かった年齢層は50~59歳および59歳以上で、逆に自転車用ヘルメットの着用率が最も低い年齢層は11歳から19歳、30歳から39歳と、自転車を頻繁に使う年代だった。自転車用ヘルメットを着用しない理由として最も多かったのは、"不快"、"煩わしい"、"暑い"、"必要ない"、"持っていない "だった。加えて、この調査では、ヘルメットをかぶらずに自転車に乗ると頭部を損傷する危険性が「大きい」と考えている人ほど、着用率が高かったことを明らかにしている。

先に紹介したリスク対策.comが実施したアンケートでも、過去に自分や家族が自転車事故を経験している人ほど、すでにヘルメットを持っている、あるいは今後買う予定と回答した割合は高く、逆に事故の経験がない人は、買う予定がないと回答する割合が高い傾向が表れている。つまり、「認知的不協和」があるにせよ、まずは危険性をしっかり認識すれば、一定程度の着用が進むことが想定できる。

さらにジョナサンらの研究によれば、自転車用ヘルメットの着用は、3つの年齢層すべてにおいて、同世代のヘルメットの着用に大きな影響を受けていた。つまり周囲が着用すればその影響で自分も着用したくなる。また、親が自転車用ヘルメットを着用している場合、子どもは自転車用ヘルメットを着用する傾向が強かったとしている。

本研究では、考察として、ターゲットを絞り込んだキャンペーンを提案している。例えば、11 歳から19 歳、30 歳から39 歳の男女に焦点を当てた取り組みとして、快適性、通気性、ファッション性に配慮した新しい自転車用ヘルメットのデザインに関する一般市民の教育を行う。そしてヘルメットを着用せずに自転車に乗ることに伴う頭部損傷のリスクと深刻さについての一般市民の教育することなどを挙げている。また、ヘルメットの使用に関する両親や仲間の影響も大きいため「自転車用ヘルメットをかぶれば、自分を守るだけでなく、友人や子どもを守ることにもなる」というようなメッセージを発信していくことも重要だとしている。

地域全体で一体となって進めることが大切

フィリップ・L・グレイトサーらが1995年に発表した論文も参考になる。彼らは、世界各国のヘルメット着用を促進する法律の効果などをまとめた上で、地域全体が一体となった多様な教育・宣伝戦略を用いたヘルメット推進プログラムだけが、効果的であったことを指摘している。彼によれば、1995年当時、最も成功した事例は、Harborview Injury Prevention and Research Centerが主催したSeattle Children's Bicycle Helmet Campaignだったという。学校の教室での教育、ヘルメットの割引購入プログラム、自転車ロデオの体験、さまざまな場所での印刷物の配布、スポーツ指導者・自転車クラブ・メディアなどによる集中的な宣伝活動など、子どものヘルメット着用率を高めるためのさまざまな戦略が用いられた結果、子供のヘルメット着用率を飛躍的に高めることができたとしている。

彼らはまた、法施策的な側面からも、ヘルメット普及のための立法戦略には、多くの課題があるとしている。例えば、ヘルメット着用率の向上において、親や同伴者の役割は何か、着用率の向上は長期的に持続するのか、集団の着用率が高まった後も教育プログラムは必要なのか、ヘルメット着用は自転車走行にどのような影響を与えるのか、ヘルメットの着用は自動車運転者の行動にどのような影響を与えるのかなど、さまざまな観点から比較検討し、その影響を評価することが重要であるとしている。さらに、ヘルメットの使用を観察する標準的な方法や、調査ターゲットグループの特定といった方法論についても考慮しておくことが大切だと指摘している。

以上をまとめれば、我が国においても、闇雲にヘルメットの着用を呼び掛けるだけでなく、ヘルメットの開発企業の協力も得て、さまざまなタイプのヘルメットをPRするとともに、家庭や地域を巻き込んだ一体的な運動に広めていくことが大切である。その際、ヘルメットの重要性をしっかり認識させることが不可欠だ。

JA共済が行っている地域貢献活動「ちいきのきずな」は、好事例だ。高齢者、大人、中高生、小学生と、世代別にヘルメットの重要性をわかりやすく動画でまとめているので是非見てほしい。

https://social.ja-kyosai.or.jp/bicycle_helmet/

また、今回のヘルメット着用が一時的な掛け声で終ることがないよう、ヘルメットの着用率だけでなく、交通事故件数の推移、死亡率の推移、さらには歩行者や自動車ドライバーの意識なども分析しながら、効果を継続的に検証していくことが重要と考えられる。

【参考文献】

警察庁,頭部の保護が重要です~自転車用ヘルメットと頭部保護帽~,https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/anzen/toubuhogo.html

警察庁,令和4年における交通事故の発生状況について,https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/bunseki/nenkan/050302R04nenkan.pdf

リスク対策.com,ヘルメット努力義務化「知らない」は31.6%

効果はわかっても、着用したくない?自転車を利用する会社員を対象にしたアンケート調査,https://www.risktaisaku.com/articles/77893

Jonathan T, Edward R. Laskowski, Kathryn L. Altman,Nancy N. Diehl(2001),Barriers to Bicycle Helmet Use,PEDIATRICS 108(1):E4,DOI:10.1542/peds.108.1.e4

Philip L Graitcer, Arthur L Kellermann, Tom Christoffel(1995),A review of educational and legislative strategies to promote bicycle helmets, Injury Prevention 1995; 1: 122-129

JA共済,ちいきのきずな, https://social.ja-kyosai.or.jp/bicycle_helmet/

危機管理とBCPの専門メディア リスク対策.com編集長

平成19年に危機管理とBCPの専門誌リスク対策.comを創刊。数多くのBCPの事例を取材。内閣府プロジェクト平成25年度事業継続マネジメントを通じた企業防災力の向上に関する調査・検討業務アドバイザー、平成26年度~28年度地区防災計画アドバイザー、平成29年熊本地震への対応に係る検証アドバイザー。著書に「被災しても成長できる危機管理攻めの5アプローチ」「LIFE~命を守る教科書」等がある。

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