過去の災害の教訓生かされず~川越市の台風21号対応に市民の怒り~

川越市寺尾小学校で開かれた住民説明会では市への質問が3時間以上続く 筆者撮影

 10月22日~23日にかけて関東地方を襲った台風21号への対応をめぐり、埼玉県川越市では、行政への対応に市民の反感が高まっている。市内では、人的被害こそなかったが、床上浸水241棟、床下浸水231棟の被害が発生。このうち、寺尾地区では、市内を流れる河川と下水路をつなぐ水門の閉鎖や、雨水ポンプの故障により大規模な内水氾濫が起き、床上231棟、床下184棟という最も大きな被害を出した。浸水の直接的な原因となった水門の閉鎖やポンプの故障などの情報は住民に伝えられていなかった。また、災害後の対応においては、平成25年の災害対策基本法の改正で市町村に義務付けられた罹(り)災証明書の交付が行われていなかった。市の台風21号への災害対応を検証した。

11月11日に川越市寺尾小学校で開かれた住民説明会には400人近い市民が参加し、市の責任を追及した。市への質問は3時間以上に及んだ/筆者撮影
11月11日に川越市寺尾小学校で開かれた住民説明会には400人近い市民が参加し、市の責任を追及した。市への質問は3時間以上に及んだ/筆者撮影

■住民に知らされなかった情報

 衆議院選挙があった10月22日(日曜日)、台風21号の関東への接近に伴い、川越市には、朝6時9分に大雨警報・雷注意報、13時50分に強風注意報、22時38分に洪水警報が発表された。市によると、防災危機管理室の職員が参集したのは7時。13時には第1回災害対応部長会議を開き、21時には、災害が発生するおそれがある場合または軽微な災害が発生した場合において発令する「警戒体制第1配備」を行い、21時30分には現地調査班が市内の調査に出動している。災害対策本部は設置せず、同日に4回の災害対応部長会議を実施した。

22時20分の段階で、土砂災害と河川の増水に備えて市内8地区に避難準備・高齢者等避難開始を発令。避難情報を出した地域に大きな被害はなかったが、最も大きな被害が出た寺尾地区には最後まで避難情報を発令しなかった。

大量の水が流れて破損した江川都市下水路/筆者撮影
大量の水が流れて破損した江川都市下水路/筆者撮影
被災した家屋。1m近く浸水したことがわかる/筆者撮影
被災した家屋。1m近く浸水したことがわかる/筆者撮影
被災家屋の内部。住人によると、畳を上げて乾燥させているが、床下の状況はまだ確認できていないという/筆者撮影
被災家屋の内部。住人によると、畳を上げて乾燥させているが、床下の状況はまだ確認できていないという/筆者撮影

■ポンプが故障

 寺尾地区は、川越市の南部、ふじみ野市との市境で荒川水系隅田川の支流である一級河川「新河岸川」の右岸に位置する。古くは広大な田園地帯が広がっていたが、30年ほど前から宅地開発が進み、平成15年には新河岸川の治水事業として寺尾調節池が整備されている。この調節池の南側一体が今回の台風では大きな被害を受けた。新河岸川からは500mほど離れた場所で外水氾濫による被害は受けにくいが、一帯はかねてから雨水がたまりやすく、宅地に流れ込む雨水は、新河岸川につながる江川都市下水路へポンプにより排水している。

 ところが、23日午前1時16分には、新河岸川の水位が高まったことで江川都市下水路への逆流を防ぐため水門が自動閉鎖。このため、下水路の水位が上昇してあふれ出し、雨水を下水路に排水する市の「中島雨水排水ポンプ場」が冠水して作動停止。行き場を失った水は低い宅地へと流れ込み、最大1.5mほどが浸水した。

特に被害が大きかった寺尾調節池南に広がる住宅地。画面中央左にあるポンプ場が水没して動作停止。その奥に見えるアパートは1階の半分ぐらいが完全に水に浸かった。画面左端のセブン‐イレブンも被災して営業を停止している。中央右に見えるクリーム色の車は完全に水没した(赤線は住民の証言をもとにポンプ場の浸水高を示した。11月7日筆者撮影)
特に被害が大きかった寺尾調節池南に広がる住宅地。画面中央左にあるポンプ場が水没して動作停止。その奥に見えるアパートは1階の半分ぐらいが完全に水に浸かった。画面左端のセブン‐イレブンも被災して営業を停止している。中央右に見えるクリーム色の車は完全に水没した(赤線は住民の証言をもとにポンプ場の浸水高を示した。11月7日筆者撮影)

■水門の情報が共有されず

 10月30日、11月11日と2回にわたり寺尾地区で開催された住民説明会では、水門が閉じたことや、ポンプ施設が壊れた情報が市民に通達されず、避難情報も出されなかったことについて市への批判が相次いだ。川合善明市長は、寺尾地区に避難情報を出さなかった理由について「内水による避難というのは通常なかなか考えにくく、内水が上がった場合、避難によりかえって危険な状況を招くため、屋内の高いところに避難していただくのが安全対策になると考えた」と答弁。一方、22日の22時20分に避難準備・高齢者等避難準備開始を発令した他の地区については「河川の水位が避難判断水位に迫っていて、河川が氾濫すると多くの被害が発生することから、水位が上昇する前に避難を早めにしてもらうために出した」と理由を語った。

 内閣府が平成27年8月に示した「避難勧告の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン」(改訂版)では、「小河川・下水道等による浸水や下水道からの溢水による内水氾濫については、屋内の安全な場所で待避すれば命を脅かされることはほとんど無いことから、避難勧告等の発令対象とはせず、各人の判断で危険な場所から避難することを基本とする」と書かれており、市長の判断は結果的にこれに則した形となった。が、住民からは「せめて水門が閉じるという情報をもらえたら車は動かせた」など厳しい意見が相次いだ。大河内徹危機管理監は「水門が閉じたのは初めてのことで、ここまでは想定できていなかった。水位を計測して経過を観察していたが、水位の上昇が早くて皆さんにお伝えすることができなかった」と陳謝した。河川課では、水門が閉じた場合における対応マニュアルが作られていないことを明かした。弊社の取材によると、水門が閉じた情報は同じ庁内でもただちに共有されておらず、県や寺尾地区に隣接するふじみ野市にも伝達されなかった。河川課担当者によると「水門は新河岸川の水位が8.8m以上のときはゲートが自動で閉鎖する。その情報は河川管理者(河川管理課)にファックスで、いついつ動作したという履歴として入ってくるが、それが防災危機管理室に転送されるわけではない」という。

■常総市の水害の教訓生かされず

 鬼怒川の決壊をもたらした平成27年9月の関東・東北豪雨では、鬼怒川に流れ込む八間堀川の水門が閉じポンプが止まったことで、八間堀川の水があふれ常総市の市街地一帯が浸水し、水門管理者と関係機関における情報連携が課題となったが、こうした教訓は生かされなかった。

 また、市では国土交通省荒川上流河川事務所からの要請を受け、台風など大きな被害が想定される場合における時系列での関係組織との対応計画「タイムライン」を昨年5月に策定したが、新河岸川や江川都市下水路への対応は含まれておらず、連携する関係組織も荒川上流河川事務所だけで、県や他の市町村は含まれていなかった。

■罹災証明書を出してない

 市の対応で、もう1つ問題なのが罹災証明書の発行だ。

平成25年に改正された災害対策基本法では、「東日本大震災に際しては、市町村によって、罹災証明書の発行の前提となる住家被害調査の実施体制が十分でなかったことから、罹災証明書の交付に長期間を要し、結果として被災者支援の実施そのものに遅れが生じた事例も少なくなかった」とした上で、罹災証明書を遅滞なく交付することを市町村長の義務として本法に位置付けた。市町村は、内閣府の被害認定基準に基づいた住家被害の調査に従事する職員の育成や他の地方公共団体等との連携確保など罹災証明書の交付に必要な業務の実施体制の確保に平常時から努めなければならないことになっている。

 しかし、台風21号の被災者に対して、川越市は「被災証明書」という様式を使用し、現地調査も職員の聞き取りによる簡略化したものとした。窓口である福祉推進課では「床上か床下かさえ判断できれば税(金)の減免上問題がないと聞いていた。被災証明書にも住宅の被害が書き込めるようになっているので、罹災証明の発行が必要とされた人に対しては被災証明の文字を罹災証明に変えて発行をしている」としている。今回の台風21号では隣接するふじみ野市でも被害が出たが、同市は災害直後から「罹災証明書」の申請を受け付け発行している。ただし、こちらも被害調査は床上か床下かだけかを確認するだけの簡易な方法が採られている。

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 被災者支援に詳しい長岡技術大学准教授の木村悟隆氏によると「災害対策基本法の改正後は、罹災証明書の発行は自治体の責務となっており、それを履行しないのは明らかな法律違反。川越市の税条例施行規則でも被害の度合いに応じて3段階で減免となっているにもかかわらず、実際に行っていることは床下と床上の認定だけで矛盾している」と指摘。

 今回の災害は自宅を失った被災者に最大300万円を支給する住宅再建支援制度の対象には当てはまらず、市では床上被害を受けた世帯について5万円だけを見舞金として支給しているが、木村氏は「近隣市町村と相談して県の制度の活用を考える努力は必要。いずれにしても罹災証明は被災程度の証明になることから不可欠になる。例えば、小千谷市は今年7月のたった17件の床上浸水でちゃんと罹災証明のための調査をし、見舞金は30万円を出した」と話している。

■求められる住民意識の向上

 一方、住民自らも防災対策を見直す必要がある。平成27年8月に内閣府から発表された「避難勧告等の判断・伝達マニュアル」の冒頭には「一人ひとりの命を守る責任は行政にあるのではなく、最終的には個人にある。住民の生命、身体を保護するために行うべき市町村長の責務は住民一人ひとりが避難行動をとる判断ができる知識と情報を提供することであり、住民はこれらの情報を参考に自らの判断で避難行動をとることになる」と記されている。床下浸水の被害を受け、車を失った住民の一人は「避難情報が出ていたら、車や家電を守ることができたのに」と話していたが、避難情報は、あくまで住民の生命を守る1つの情報であることを改めて認識し、豪雨が予想される場合の行動について日頃から考え、同時に住宅や家財、車両などの保険の加入状況についても見直してみることが大切だ。

 災害対策基本法の改正では、市町村内の一定の地区の居住者及び事業者(地区居住者等)が行う自発的な防災活動を推進する地区防災計画制度が新たに創設されたが、こうした制度を活用して、地域特有の災害被害についての対応をルール化していくことも検討してみてはどうだろうか。