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COVID-19ショックに消費税減税は有効か

中田大悟独立行政法人経済産業研究所 上席研究員
(写真:アフロ)

消費税率を引き下げるべきという論調

COVID-19感染症拡大(実態としてのパンデミック)に伴って、世界経済に大きなダメージが発生しています。日本を含めた各国の株式市場においても、急激な乱高下が発生していますが、実物経済でも、中国の生産が減退することによって、サプライチェーンを通じたネガティブな影響が、日本経済の足かせになるとともに、政府の自粛要請に呼応する形で、国内消費活動が低迷し、深刻な景気後退を危惧せねばならない事態です。

その中で、与野党を問わず、消費税を減税すべきだ、という主張が広まりを見せています。そもそも昨年の消費税増税に批判的だった野党は、パニック対策としての消費税減税に前向きであり、

与党サイドからも、

と、時限的に消費税率をゼロとすべきだ、という意見が上がっています。

もしくは、もう少しモデレートな提案として、大阪維新の会からは、軽減税率制度を全ての財サービスに適用することで、スピーディーに減税を実現すべきだ、という見解もみられます。

消費税減税に「あるかもしれない」メリット

そもそも、なぜ消費税減税をするのか、ということを改めて考えてみると、目的は、消費を喚起し、停滞する経済を活性化することにあるわけですが、これは、感染症対策としては逆効果になりかねません。そもそも、不要不急の外出を自粛するような事態のなかで、不要不急の消費行動までも誘発させるような政策は、ブレーキとアクセルを同時に踏んで、ハンドルをぐるぐる回すようなものです。

ところが、一点、理屈上の話として、消費税減税にはメリットがあるかもしれません。それは、短期的には消費活動を押し留めて、人々の交易を不活性化する作用です。消費税減税は、ある日突然、アナウンスすれば実現するということではありません。政策決定してから実施されるまでに、一定のタイムラグがあります。となると、このタイムラグの期間は、近い将来の消費税減税を待つ期間ですので、人々は消費を手控える可能性があります。簡単に言えば、消費増税のときの「駆け込み需要」の逆バージョンといえばわかりやすいでしょうか。とすると、この期間は、人々の経済活動上の接触が否応なしに減るので、感染リスクを減らすかもしれません(あくまで可能性として)。

かといって、中長期的に経済活動が停滞するかといえば、そういうことではなく、時期が来れば、消費税率は下がっているので、人々の消費活動は活発化する可能性が高いでしょう。つまり、短期的には感染症対策、長期的には経済対策、といった二兎を追うような効果が、もしかしたら、あるかもしれません。

消費税減税の「デメリット」

ですが、消費税減税は、良いことばかりではありません。私たちは、普段、消費者としてしか消費税を意識しませんが、実際に消費税を納税する事業者、企業は、この消費税の計算のために多大なコストを費やしています。

特に、消費税率が変更されると、企業は経理システム上の設定を改修するという、膨大な作業を行わねばなりません。短期間のうちに消費税率をコロコロと変化させると、納税のために事業者が負うコンプライアンスコストが、急速に膨れ上がることになるのです。これは、なんの付加価値も生まない(強いていえば、システム業者への支出増)、ある意味において無駄な経済活動ですから、なるべくならば避けたいコストです。このようなデメリットが存在するため、通常、マクロ経済政策としては、消費税率はあまり機動的に変更されないのです。

また、当然ながら、消費税率を変更するとなると、消費税法の再改正を行わねばならないので、政治的なコストはかさむことになりますし、時間もかかります。また、半恒久的に税率が低く改定されれば、当然ながら、少なくとも短期的には税収が低下しますから、財務省の抵抗は強くなることが予想されます(その是非は議論が分かれるでしょう)。

さらに懸念を述べれば、消費税率を引き下げたからといって、本当に企業が、減税分をそのまま100%、価格から引き下げるか、といえば、それはかなり怪しい話です。実際、フランスでは、2009年にレストランでの付加価値税が減税された際に、価格が十分には下がらなかったという研究もあります。考えてみれば、これは増税時も同じことで、増税分をすべて価格に上乗せするとは限らず、一定部分を企業が負担するのが通例です。このように、消費税の転嫁と帰着は、単純には割り切れない問題です。

「ポイント還元事業」の深堀りではどうか

このように、メリットがあるかもしれない消費税減税も、実際の実行可能性を考えると、なかなか難しいという話になります。では、何も打つ手はないのか、といえば、そういうことでもなく、次善の策となるかもしれませんが、キャッシュレス・ポイント還元事業を活用することがあり得ると考えます。

言うまでもなく、キャッシュレス・ポイント還元事業は、キャッシュレス決済の普及と消費税増税前後の消費の平準化を目的としつつ、主として中小事業者を対象として行っているポイント還元支援事業です。当初は、さまざまな批判もあったこの事業ですが、キャッシュレス決済の普及には、相当な効果があったのではないかと、推察されます。

しかしながら、このポイント還元事業は、当初から本年(2020年)6月までと、期間を区切った事業です。このままいけば、いつ収束するかわからないCOVID-19パニックと、ポイント還元事業の終了というダブルパンチを覚悟せねばなりません。

そこで、このポイント還元事業を、規模を拡大して、6月以降も実施するとアナウンスしたらどうなるでしょうか。たとえば、6月以降は、還元率を10 (+α)%とし、対象事業者も拡大して実施します、とアナウンスすれば、これは実質的には消費税減税と同じ効果が見込まれます。

しかも、これは消費税法の改正を必要とせず、政治的なコストは、かなり低いと思われます。税率を半恒久的に下げることには、財務省の抵抗が大きいでしょうが、危機対応かつ時限的措置としてのポイント還元については、正面切って反対するのは難しいでしょう。

デメリットとしては、ポイント還元事業に対する当初の批判のとおり、必ずしも全ての消費者に効果が及ぶわけではなく、特に、高齢者や低所得層への効果が弱いのではないか、という懸念はあります。また、ポイント還元事業を拡大するのは良いが、いつこれを止められるのか、という出口が見えないという課題もあると思います。

ですが、少なくとも、過重な政治的軋轢を避けながら、機動的に打つ対策としては、このポイント還元事業を活かすというのは、ひとつの政策手段ではないかと思いますが、みなさんはどう思われますでしょうか。

独立行政法人経済産業研究所 上席研究員

1973年愛媛県生れ。横浜国立大学大学院国際社会科学研究科単位取得退学、博士(経済学)。専門は、公共経済学、財政学、社会保障の経済分析。主な著書・論文に「都道府県別医療費の長期推計」(2013、季刊社会保障研究)、「少子高齢化、ライフサイクルと公的年金財政」(2010、季刊社会保障研究、共著)、「長寿高齢化と年金財政--OLGモデルと年金数理モデルを用いた分析」(2010、『社会保障の計量モデル分析』所収、東京大学出版会、共著)など。

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