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アイオワ州の共和党党員集会選挙の分析(2):トランプを支える「トランプ連合」と「MAGA」は健在

中岡望ジャーナリスト
アイオワ州共和党大会で演説するニッキー・ヘイリー元国連大使(写真:ロイター/アフロ)

本記事は2回に分けて掲載。

1回目は「ランプ勝利の背景にキリスト教右派エバンジェリカルの存在」

【目次】(本文字数4200字)

■白人労働者もトランプ候補を支持した/■多くのトランプ候補の支持者は「MAGA運動」の参加者である/■多くの投票者はバイデン大統領の「合法性」を否定/■投票結果をどう評価するか:本当にトランプ候補の圧勝か?/■次の注目はニュー・ハンプシャー州の予備選挙

■白人労働者もトランプ候補を支持した

 アメリカ社会は分断されている。所得格差による分断、地域による分断、イデオロギーによる分断など重層的な分断社会である。その分断のひとつに、学歴による分断がある。アメリカは学歴社会で、高学歴でないと給料の高いホワイトカラーの職に就けない。高卒や大学中退者は低所得のブルーカラーの仕事しかない。こうした層は社会から疎外され、無視されてきた。国際化で工場が移転し、仕事を失った。新しい仕事を求めて移転することもない。IT革命から取り残された層でもある。2016年の大統領選挙でトランプ候補は、こうした人々を「忘れられた人々」と呼び、彼らのために海外から雇用を取り戻すことを約束した。こうした人々は「白人労働者」と言われる。彼らの多くは敬虔なクリスチャンで、毎週教会に通う人々でもある。

 トランプ候補は、彼らに向かって「製造業を取り戻す」、「再びアメリカを偉大な国にする」と訴えかけ、自分の支持層に組み込んだ。トランプ候補とエバンジェリカル、白人労働者は「トランプ連合」を形成した。2016年から8年経った現在、トランプ連合は健在なのか。エバンジェリカルは既に指摘したようにトランプ陣営に馳せ参じている。共和党員の49%は高卒であった。50%が大卒以上である。「入口調査」では、高卒の白人労働者の74%がトランプ候補に投票した。さらに2016年からの変化は、大卒も43%がトランプ候補に投票したことだ。高学歴者の支持率が高いと思われていたヘイリー候補が得た票は23%にとどまった。デサンティス候補は25%であった。大卒の支持者が増えたことが、トランプ候補の勝因のひとつである。

 投票者の89%が「保守」であった。そのうち55%がトランプ候補に投票している。年齢別に見ると、65歳以上の投票者が41%を占めている。そのうちの58%がトランプ候補に投票している。17歳から29歳の若者層(全体のわずか9%)では、デサンティス候補が30%獲得し、トランプ候補は22%にとどまっている。人種もアイオワ州は「白人の州」で、投票者の98%は白人であった。ラテン系住民の投票者は1%、黒人はゼロであった。

■多くのトランプ候補の支持者は「MAGA運動」の参加者である

 さらに驚くべき事実は、投票者の46%が「MAGA運動」に参加していると答えていることだ。「MAGA」とはトランプ候補が主張する「Make America Great Again(再びアメリカを偉大な国に)」というスローガンの頭文字を取ったものである。トランプ候補の岩盤支持層と言われている。トランプ候補の政治集会で熱狂的な支援を送る人々である。MAGA運動に参加している人の78%がトランプ候補に投票している。

 興味深いのは、MAGA運動の参加者の11%がデサンティス候補にも投票していることだ。ヘイリー候補に投票した比率は3%に過ぎない。デサンティス候補はトランプ支持層を獲得することに注力していたが、ヘイリー候補は共和党穏健派や伝統的な保守主義者の支持を得る運動を展開しており、その差が表れたと思われる。

 「候補者の資格で最も重要なものは何か」との問いに対して、最も多かったのが「自分と同じ価値観を共有していること」と答えた比率が一番多く、41%であった。そのうちの43%がトランプ候補に投票している。要するにトランプ支持者は、自分の価値観とトランプ候補の価値観が共通していると感じているのである。2位がデサンティス候補で31%である。ヘイリー候補は13%にとどまっている。

 高学歴の穏健派の支持を得ようとしているヘイリー候補は、高卒の白人労働者や農民とは価値観が合わないのであろう。次に多かったのが、「人々のために戦ってくれること」で、32%であった。この層では、トランプ候補に82%が投票している。トランプ候補のポピュリスト的な姿勢やワシントンの支配層を批判する姿勢が、トランプ支持者の共感を呼んだと思われる。

■多くの投票者はバイデン大統領の「合法性」を否定

 2020年の大統領選挙についてトランプ候補は「選挙は盗まれた」と主張している。大統領選挙の結果の上院での認証手続きを妨害しようとトランプ支持派は議会に乱入する事件を起こした。この2021年1月6日の事件が国家反乱罪に該当するとして、トランプ候補は大統領選挙出馬資格がないと指摘されている。コロラド州とメイン州は、予備選挙の投票用紙からトランプ候補の名前を削除すると決めている。最終的には最高裁の判決を待つ状況である。だが、投票者の66%が「バイデン大統領に正当性」はないと答えている。すなわち選挙で不正が行われたと信じているのである。そのうちの69%がトランプ候補に投票している。逆に「バイデン大統領に正当性がある」と答えた投票者は29%で、そのうちトランプ候補に投票したのは11%に過ぎない。

 選挙で不正があったかどうかを巡る裁判は幾度も行われ、裁判所は「不正はなかった」という判決を下している。それでもトランプ支持派は、「選挙は盗まれた」と信じている。トランプ支持派の人々の多くは低学歴で、地方新聞しか読まず、情報をトランプ寄りのメディアに頼っている。地方紙はローカル・ニュース主体で、政治や海外の情報などはあまり掲載しない。『USA Today』や『ニューヨーク・タイムズ』を読む人は極めて限られた人である。

 中絶問題は最大の争点のひとつである。女性の中絶権を認めた1973年の「ロー対ウエイド判決」は、トランプ派の最高裁判事によって覆された。その後、南部を中心に24州で実質的に中絶が禁止されえいる。エバンジェリカルを中心に共和党支持者は、連邦法によって全国的に中絶を禁止すべきだと主張している。この問題に関して、「入口調査」は「中絶を全国的に禁止することは最も重要か」と問うている。これに対して、「連邦法で禁止すべきだ」と答えたのが61%と半数を上回っている。反対は35%であった。連邦法で禁止すべきだと答えた投票者の55%がトランプ候補に投票している。フロリダ州は既に実質的に中絶を禁止しており、同州の知事であるデサンティス候補には25%が投票している。

■投票結果をどう評価するか:本当にトランプ候補の圧勝か?

 「入口調査」の結果を見れば、トランプ候補が”圧勝”しても不思議ではない。エバンジェリカルの州であり、保守派の州であり、低学歴の州であり、白人の州である。デサンティス候補はトランプ候補より右寄りの政策を展開し、エバンジェリカルの支持を得ようとしたが、トランプ候補に取って代わることはできなかった。ヘイリー候補は既に述べたように穏健派共和党支持者と伝統的保守主義者の支援を得ようとしている。

 こうした状況から、トランプ候補は勝って当然であった。焦点はデサンティス候補やヘイリー候補にどれだけ差を付けられるかであった。2人の候補者に、もはや対抗できないと断念させるほどの差を付ける必要があった。だがトランプ候補が得た票は51%と過半数をわずかに超える数であった。2位のデサンティス候補に30ポイントの差を付けての勝利であったが、両候補を圧倒する内容ではなかった。

 多くのメディアは30ポイントの差を重視して、「トランプの大勝」と報道した。しかし、大統領選挙での勝利を目指すのであれば、51%ではなく、もっと多くの共和党員の支持が必要である。49%の投票者は「反トランプ派」あるいは「非トランプ派」と言っても良いだろう。共和党の予備選挙では勝利することができても、本選挙で圧倒的な共和党支持派の票が必要であるし、無党派層の支持も必要である。選挙直前の世論調査では60%を超える支持が予想されていた。その意味で51%の得票率では「トランプ大勝利」とは言えないだろう。トランプ候補にとって勝利の美酒を味わう状況ではない。

■次の注目はニュー・ハンプシャー州の予備選挙

 次の選挙は1月23日のニュー・ハンプシャー州での予備選挙である。同州の代表者の数は22と少ない。残っている候補は、トランプ候補とデサンティス候補、ヘイリー候補の3名である。ニュー・ハンプシャー州ではトランプ候補とヘイリー候補の実質的な一騎打ちとなる。ヘイリー候補の大口献金者は、ニュー・ハンプシャー州の予備選挙で敗北することがあれば、支援を打ち切ると示唆している。ヘイリー候補にとって絶対に負けられない戦いになる。

 ニュー・ハンプシャー州ではアイオワ州ほどトランプ候補と他の2人の候補の間で差が付かないだろう。同州の予備選挙は拮抗した戦いになると予想される。

 直近に5つの世論調査が行われている。1月3日のAmerican Research Groupの調査では、トランプ候補の37%に対してヘイリー候補は33%と、差はわずか4ポイントに過ぎない。

 1月7日のSuffolk Universityの調査では、トランプ46%対ヘイリー26%、

 1月8日のニュー・ハンプシャー大学の調査では、トランプ39%対ヘイリー32%である。

 1月9日のSaint Anselm Collegeの調査では、トランプ45%対ヘイリー31%である。

 1月10日のEmerson Collegeの調査では、トランプ44%対ヘイリー28%である。調査によって違いはあるが、トランプ候補とヘイリー候補の差は、最大で20ポイント、最小で4ポイントである。

 選挙は生き物である。どんな結果になるか、結果が出てみなければ分からない。確かなことは、トランプ候補がイリノイ州で享受したような状況はニュー・ハンプシャー州にはないということである。

 デサンティス候補とヘイリー候補が勝利するには、奇跡的な出来事が必要かもしれない。もし最高裁が、トランプ候補が憲法修正第14条第3項に違反したと認め、大統領免責も適用できないという判断を下せば、状況は一気に変わる可能性がある。あるいは現在審理中の裁判で有罪判決が出て、トランプ候補が収監される事態になれば、流れが変わるかもしれない。共和党の大統領候補が決まるまで、予想よりも長い時間がかかるかもしれない。

 筆者の初夢は、トランプ前大統領が出馬できなくなり、バイデン大統領が出馬を辞退し、最終的にハリス副大統領とヘイリー元国連大使の“女性対決”が行われることだ。その可能性は限りなく小さいが、興味深い初夢である。

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ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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