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アメリカとイスラエルの「特別な関係」(3):イスラエルを支持するキリスト教保守派のエバンジェリカル

中岡望ジャーナリスト
イスラエル人の捕虜の救出を願って祈りをささげるイスラエルの人たち(写真:ロイター/アフロ)

本記事は連載の3回目の記事です。

1回目は「アメリカがイスラエルに軍事援助を与えるようになった歴史的背景」

2回目は「バイデン政権はなぜイスラエルへの軍事援助を強化するのか」

4回目は「アメリカ社会でのユダヤ系アメリカ人の影響力」

5回目「補論:なぜ諜報大国イスラエルはハマスの攻撃を阻止できなかったのか」

を取り上げます。

【目次】(本文字数6000字)

■なぜトランプ大統領はアメリカ大使館をエルサレムに移したのか/■なぜエバンジェリカルはトランプ大統領の決定を支持したのか/■エバンジェリカルと主流派プロテスタントを分かつ「進化論」/■エバンジェリカルは共和党の最大の支持層である/■エバンジェリカルがイスラエルを支持する理由/■イスラエル・ハマス戦争は「アルマゲドン(善と悪の最終戦争)」の序幕

なぜトランプ大統領はアメリカ大使館をエルサレムに移したのか

 アメリカとイスラエルの密接な関係を考えるうえで、アメリカのプロテスタントの最大宗派であるエバンジェリカル(福音派)の存在を無視するわけにはいかない。エバンジェリカルは、「イスラエル・ハマス戦争」でイスラエルを支持するに留まらず、戦争推進を積極的に支持している。

 アメリカとイスラエルは共に“宗教国家”である。アメリカはプロテスタントの国であり、イスラエルはユダヤ教の国である。エバンジェリカルは宗教的にイスラエルに対して特別な共感を抱いている。ユダヤ教は『旧約聖書』を経典とし、プロテスタントは『新約聖書』を経典としている。一見すると相容れない教義のように見えるが、エバンジェリカルはイスラエルの建国を支持し、現在もイスラエルに対する変わらぬ支持を表明している。

 エバンジェリカルとイスラエルの関係を示すエピソードを紹介する。大統領に就任したばかりのトランプ大統領は、2017年8月14日、イスラエルのアメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移すと発表した。発表の時の演説でトランプ大統領は「この決定はエバンジェリカルのためのものである。この決定は素晴らしいことだ。エバンジェリカルはユダヤ人以上に興奮している」と語っている。

 2017年12月にアメリカ政府は正式にエルサレムをイスラエルの首都と認め、2018年5月からエルサレムのアメリカ大使館は業務を開始した。大使館の業務開始に際してトランプ大統領は、「イスラエルは他の主権国家と同様に自らの首都を決める権利を持っている。この事実を認めることが、平和を達成する必要条件である」と語った。だが、この決定は大統領選挙でトランプ候補を支援し、勝利に貢献したエバンジェリカルに報いるものであった。

 当初、エバンジェリカルは決して敬虔なクリスチャンではないトランプ候補を支持するのを躊躇していた。トランプ候補は、離婚歴があり、多くの女性問題を抱え、まともに『聖書』の文章を引用できなかった。だが、エバンジェリカルの指導者がトランプ支持を表明すると状況は一変し、エバンジェリカルはトランプ陣営の最大の支持勢力となった。エバンジェリカルの指導者がトランプ候補を支持した一つの理由は、イスラエルの首都をエルサレムに移転する約束をしたからである。

 トランプ大統領の決定にたいして、国連総会は圧倒的多数で反対決議を行った。またユダヤ系アメリカ人もトランプ大統領の決定を歓迎したわけではない。2017年のユダヤ系アメリカ人に対する世論調査では、賛成したのはわずか16%に過ぎなかった。36%は「パレスチナ問題が解決してから移転すべきだ」と答えていた。44%は反対している。トランプ大統領の決定はユダヤ系アメリカ人への配慮からではなく、エバンジェリカルの支持を得るために行われたものであった。事実、エバンジェリカルの53%は、トランプ大統領の決定を支持している。

■なぜエバンジェリカルはトランプ大統領の決定を支持したのか

 大統領選挙でエバンジェリカルは「トランプ候補は神が選んだ人物」であり、「神の意思」を地上で実現する役割を担っていると本気で主張していた。2020年の大統領選挙の際に行われた世論調査でもエバンジェリカルの49.5%は「トランプ大統領は神によって選ばれた人物」と答えている。

 エバンジェリカルは、トランプ大統領をペルシャのキュロス王に例えた。大昔の話であるが、紀元前586年にユダ王国の首都エルサレムはバビロニアのネブカドネザル王に征服され、ユダヤ人は囚われの身になり、バビロンに連行され、約50年の間、捕虜生活を強いられた。これは「バビロンの捕囚」と呼ばれている。紀元前537年に勅令を出して、ユダヤ人を捕囚から解放したのが、キュロス王である。同時にエルサレムの再建を命じている。『旧約聖書』ではキュロス王はメシア(救世主)と讃えている。

 エバンジェリカルにとってトランプ大統領のエルサレムをイスラエルの首都とする決定は、キュロス王と同じ意味合いがあった。『旧約聖書』では、神はユダヤ人にイスラエル建国を約束しており、イスラエル建国は神の約束が成就することを意味する。エバンジェルリカルがトランプ大統領の決定に喝采したのは、そうした“聖書的な理由”があった。

 だが、話はそこで終わらない。エバンジェリカルにとって、イスラエルの存在は現在でも重要な存在である。エバンジェリカルの80%は親イスラエルであり、イスラエル建国は『聖書』の予言を実現することであった。後で詳述するが、エバンジェリカルは、今回のイスラエル・ハマス戦争は『聖書』の予言を実現するための戦争と理解している。

■エバンジェリカルと主流派プロテスタントを分かつ「進化論」

 アメリカはプロテスタントの国である。最近は無神論者が増えているが、今でも圧倒的多数のアメリカ人はプロテスタントである。ピュー・リサーチ・センターの調査(「Religious Landscape Study」)によれば、アメリカ人の70%はキリスト教徒である。エバンジェリカルは人口の25.4%を占める最大の宗派である。国民の4人に1人がエバンジェリカルである。「主流派プロテスタント」と呼ばれる非エバンジェリカルのプロテスタントは14.7%に過ぎない。なおヒスパニック系のプロテスタントは6.5%、カトリック教徒は20.8%である。ユダヤ教徒は1.9%に過ぎない。

 エバンジェリカルは「南部バプティスト会議(Southern Baptist Convention)」を中心とする緩やかに結びついた宗派の団体である。その教会の多くは郊外に存在し、地域社会に根付いている。主流派プロテスタントの教会が都市の中心部にあるのとは対照的である。プロテスタントは進化論を巡る対立で分裂する。

 進化論を否定するエバンジェリカルは主流派プロテスタントと決別し、郊外に活動の場を移した。プロテスタントの世界では、主流派プロテスタントは衰退を続け、エバンジェリカルは勢力を強めてきた。エバンジェリカルの中で最も有力な宗派は「精霊体験=宗教体験」を重視するペンテコステ派と呼ばれる宗派である。

 エバンジェリカルと主流派プロテスタントの何が違うのか。両者を分ける最大のポイントは進化論にある。主流派プロテスタントは科学的な立場を評価し、進化論を認めている。『聖書』解釈でも、『聖書』を歴史的文献とする立場を取っている。こうした立場は“リアリスト”と呼ばれている。

 だが、エバンジェリカルは進化論を否定する。その根拠は『聖書』にある。エバンジェリカルは『聖書』に書かれている言葉は「神の言葉」であると主張する。『旧約聖書』では、神が世界を作ったとする「天地創造説」が書かれている。エバンジェリカルは神が創った人間は最初から人間の姿をしていたと主張する。従って天地創造説と進化論は対立する。進化論を認めることは『聖書』を否定することになる。さらに「神の言葉」をも否定することになる。

 エバンジェリカルは『聖書』は神の言葉であり、『聖書』に従って生きることが正しい生き方であると信じている。神を信じないものは審判の日にイエスによって救われず、地獄に堕ちると信じている。そうした考え方から、エバンジェリカルは、保守的な「キリスト教原理主義者」と呼ばれている。社会的にも、政治的にも極めて保守的な立場を取っている。

■エバンジェリカルは共和党の最大の支持層である

 国民の25%以上を占めるエバンジェリカルは政治的にも大きな影響力を誇っている。保守的な社会観、人間観を持ち、中絶や同性婚などに反対する立場を取っている。宗教的理念を実現するために1960年代以降、共和党に接近し、現在では共和党の最大の支持を形成している。1980年代にレーガン大統領の共和党とエバンジェリカルは“連合”を組む。2016年の大統領選挙では、「トランプとエバンジェリカルの連合」が結成され、トランプ大統領を実現する原動力となった。大統領選挙では白人エバンジェリカルの80%がトランプ候補に投票している。

 トランプ大統領は、エルサレムをイスラエルの首都と宣言する以外に、エバンジェリカルに約束したことがある。それは最高裁判事にエバンジェリカル派の人物を指名することである。トランプ大統領は、その約束を忠実に実行し、3名の保守派の判事を指名している。最高裁判事9名のうち、保守派の判事が6名を占めるようになっている。

 その結果、最高裁は2022年に中絶を容認した「1973年のロー対ウエイド判決」を覆す判決を下している。トランプ前大統領はこの判決を「神の意思がなされた」と歓迎する発言を行っている。この判決を受け、現在、南部の州を中心に24州では州法で実質的に中絶が禁止されている。エバンジェリカルと共和党議員は、州法ではなく、連邦法で中絶を禁止すべきだと主張している。

 エバンジェリカルの要求はそこに留まらず、同性婚を合憲とした最高裁判決を覆すことを狙っている。また「宗教的自由」を主張し、教義に反することを拒否する“権利”を主張している。『聖書』は同性愛や同性婚を禁止しており、社会的活動でLGBTQを拒否するのは宗教的な自由の表現であると主張している。最高裁は、エバンジェリカルの主張を憲法が保障する「表現の自由」であるとして、差別を容認する判決をくだしている(これに関しては筆者の書いた記事を参照)。こうした政策は『聖書』から出てきたものである。

 テキサス州にジョン・ハギー(John Hagee)という牧師がいる。彼は「Christian United for Israel(CUFI)」というイスラエル支持団体を設立している。その主力は、ペンテコステ派の信者である。

 CUFIの会員数は1100万人を数え、トランプ前大統領と極めて密接な関係にあることは公然の秘密である。CUFIの会員数はユダヤ系アメリカ人の数よりも多い。この団体は共和党に対して大きな影響力を持っている。この団体はイスラエル・ハマス戦争が起こった時、いち早くイスラエル支持を表明している。

 元国連大使で、共和党の大統領候補の一人であるニッキー・ヘイリーは「CUFIは共和党内で最も影響力のある宗教グループである」と語っている。2019年にCUFIの集会に参加したネタニヤフ・イスラエル首相はハギー牧師に向かって「あなたの持続的かつ非常に大きな支援に感謝する。何十年に渡って、キリスト教社会の中でイスラエルを強化する努力を主導してきた」と、謝意を述べている。トランプ大統領がイスラエル駐大使に任命したデビッド・フリーマンは「エバンジェリカルはユダヤ人よりもより献身的にイスラエルを支持してきた」と述べている。

■エバンジェリカルが「イスラエル・ハマス戦争」を支持する理由

 エバンジェリカルは『聖書』を「黙示録的(apocalyptic)」あるいは「大破局的」な予言の書と解釈している。終末論を強調するのが特徴である。これは「ディスペンセーション主義(dispensationalism)」と呼ばれて、「神はユダヤ人とイスラエルを通して多くの予言を実現する」と主張している。

 多くのエバンジェリカルは、イスラエル・ハマス戦争を『聖書』の予言を実現する兆候だと受け止めている。バプティストの牧師でFox Newsの寄稿者のロバート・ジェフレスは最近の議論の中に「イスラエル・ハマス戦争と終末論的な聖書解釈が結びついている」と指摘している(NPR、2023年10月19日、「This is how the Republican Party became so strongly pro-Israel」)。

 『旧約聖書』の中で、神はアブラハムに「私を祝福する者を私は祝福する。私を呪う者は誰であれ、私は呪う」と語りかけている。アブラハムはユダヤ人を代表する人物であると解釈されている。エバンジェリカルは、神から祝福されるためにはユダヤ人を祝福し、イスラエルを支持すべきだと考えている。神はアブラハムと子孫に土地を与えると約束している。その土地とはパレスチナの土地である。エバンジェリカルの牧師は、信者にイスラエルを支援すれば祝福されると教えている。

 2017年に行われた世論調査では、エバンジェリカルの80%は「神がアブラハムに約束したことは現在でも生きている」と答えている。70%は「ユダヤ人はイスラエルの地を所有する歴史的な権利を持っている」と答えている。

 2023年10月11日にエバンジェリカルの指導者60名が「声明(the salvation and peace of the people of Israel and Palestine)」を発表している。

 声明は「ハマスはイスラエル人に残虐行為を行った。私たちは無力な人々に対する暴力を糾弾し、将来の攻撃に備えて自己防衛するイスラエルの権利と義務を全面的に支援する」という文章から始まる。さらに「神がアブラハムの時代にユダヤ人を我が民と呼んで以来、ユダヤ人は常に攻撃の対象となってきた。1948年の建国以来、イスラエルは数えきれないほどの攻撃と侵入と主権の侵害に直面してきた。ユダヤ人は長い間、彼らを抹殺するための大量虐殺の試みとイスラエル国家を破壊する試みに耐えてきた」と、イスラエルに共感を示す言葉が続く。

 「キリスト教の正義の戦争を継続するために、私たちは攻撃を与えた者に対応するイスラエルの正当性を確認する。『ローマ人への書第13章』は無垢な人々を攻撃する悪魔の行為を犯す者に対して武器を持つことを認めている」と、イスラエルの反撃の正当性を強調して、「最後に私たちはアメリカの政治家にテロリズムに対抗するために全ての力を行使することを求める」と、アメリカ政府への要望で声明を結んでいる。イスラエル支持は、極めて宗教的な観点から表現されているのが特徴である。

■イスラエル・ハマス戦争は「アルマゲドン(善と悪の最終戦争)」の序幕

 アメリカのメディア『MLive』は「エバンジェリカルがイスラエルを支持する5つの理由(5 reasons why evangelicals are rallying behind Israel)」という記事を掲載している(2023年11月10日)。①『新約聖書』の「ローマ人への書簡」で神がイスラエルの復興を約束していること。②エバンジェリカルはイスラエルの領土を巡る戦争は「終末の始まり(beginning of end-times)」と考えている。エバンジェリカルは、イエスが再来する前に「終末」があると信じている。③エバンジェリカルは、キリスト教徒は反ユダヤ主義に立ち向かうべきだと考えている。④イエス・キリストはユダヤ人であり、エバンジェリカルはイスラエルに忠誠を示すべきだと考えている。⑤アメリカとイスラエルの間に特殊な政治的結びつきがあり、アメリカはイスラエルとの関係が重要だと考えている。エバンジェリカルのペンス前副大統領はイスラエルとの関係を「最も大切な同盟国(most cherished ally)」と呼んでいる。

 最後に刺激的な記事を紹介する。『The Nation』は「アメリカのエバンジェリカルはガザ地区での最終戦争を待っている(American Evangelicals Await the Final Battle in Gaza)」(2023年11月2日)と題する記事を掲載している。

 同記事は「アメリカのエバンジェリカルにとってガザ地区での闘いのニュースは贖いの重要な予兆、すなわち地上の権力を巡る戦いと、それに続いて起こるアルマゲドン(ヨハネの黙示録に書かれている善と悪の最終戦争)と喜び(Rapture)の前兆だと受け止められている」と指摘している。

 非キリスト教徒には理解しがたい発想であるが、彼らに取ってイスラエルとの関係は単なる外交的な関係ではなく、「歴史の運命付けられた最終章の表現の問題なのである(a matter of the opportunistic choregraphing of the foreordained final act of history)」。要するに、エバンジェリカルにとってイスラエルを巡る戦争は「最後の審判」に繋がる戦争なのである。そうした考え方を強調し、広めているのが、先に紹介した組織「Christians United for Israel (CUFI)」である。

 筆者にはキリスト教神学の全体像を語ることはできないが、エバンジェリカルがイスラエルに対して特殊な意識を持ち、それがアメリカの政治に影響を与え、さらにイスラエル・ハマス戦争に影響を及ぼしているという事実が存在しているのは間違いない。もちろんエバンジェリカルが外交政策を直接決定する訳ではないが、多くの政治家、特に共和党の政治家に影響を与えていることは確かである。多くの共和党議員はエバンジェリカルであり、エバンジェリカルの考え方の影響を受けている。少なくとも、エバンジェリカルの存在が、アメリカがイスラエルを支援する大きな理由になっていることは間違いない。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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