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それでもアメリカ人はトランプに投票するのか:下院委員会の報告が明らかにするトランプ前大統領の犯罪

中岡望ジャーナリスト
選挙運動をするトランプ前大統領に新たな疑惑(写真:ロイター/アフロ)

【目次】(字数:5400字)

■下院委員会の『ホワイトハウス売ります』と題するトランプ告発報告/■トランプ前大統領のもう一つの憲法違反疑惑/■156ページに及ぶ報告書が明らかにするもの/■報告書で指摘されているトランプ大統領の私的利益の追求/■アメリカのメディアはどう報じているのか/■それでもアメリカの有権者はトランプを大統領に選ぶのか/

■下院委員会の『ホワイトハウス売ります』と題するトランプ告発報告

 2023年1月4日に下院監視責任説明委員会(House Committee on Oversight and Accountability)が衝撃的な報告書を発表した。報告書の題は『ホワイト・ハウス売ります(White House for Sale)』というものである。

 内容は、トランプ前大統領が大統領時代に、いかに外国の王室や政治家、企業から利益を得ていたかを詳細に記述したものである。トランプ前大統領は、所有する企業を通して外国から巨額の利益を手に入れていた。これは憲法が禁止する行為である。

 調査は民主党が下院の多数を占めていた時に始まったが、2023年に共和党が下院の多数を占めたことで、委員長が共和党議員に代わり、議会調査を打ち切っていた。そのため報告は「監視責任説明委員会民主党スタッフ」が執筆している。

 トランプ前大統領は、「利益相反行為」、「財務情報の非開示」、「脱税」など様々な違法行為の疑惑が持たれている。下院監視説明責任委員会が主にトランプ前大統領と外国政府の取引を調査したのに対して、下院歳入歳出委員会は2015年から2020年までのトランプ前大統領の脱税に関する調査を行っている。

 下院監視説明責任委員会の報告はトランプ前大統領の“違法行為”を明らかにした。トランプ前大統領が地位を利用して、いかに“私利私欲”に走っていたか、さらに外国政府が違法行為にどう加担してきたかが明らかになった。後で詳述するが、最大の資金提供国は中国であった。次がサウジアラビアである。同報告は、中国はトランプ前大統領に間接的に利益を与えることでトランプ政権から有利な状況を手に入れようとしていたと指摘している。

■トランプ前大統領のもうひとつの憲法違反疑惑

 既にコロラド州最高裁やメイン州最高裁は、トランプ前大統領は国家に対する反乱に加担したとして、憲法修正第14条第3項の規定に従い、大統領選挙に立候補する資格がないと判決を下している。トランプ前大統領は判決に異を唱え、最高裁に上告している。今回の下院委員会の報告でも、新たに憲法違反が問われている。

 トランプ前大統領が違反したとされる憲法第1章第9条第8項には次のような規定が書かれている。「合衆国から報酬または信任を受けて官職にある者は、連邦議会の承認なしに、国王、公侯、または他の国から、いかなる種類の贈与、俸給、官職または称号を受けてはならない」。報告書に記載されていることが事実なら、明らかにトランプ前大統領は憲法の規定に違反していることになる。大統領選挙を控え、トランプ前大統領は2つの憲法違反を問われている可能性がある。

 民主党のジェイミー・ラスキン下院議員は、報告の「前書き」に次の様に書いている。「毎年、議会は多くの報告書を発表している。下院監視説明責任委員会の民主党スタッフが提供した事実と結論は驚くべきものである。議会とアメリカ国民は緊急行動を取ることが求められている」

 さらに「実際の(お金の)受け取りと記録から導きだされ、最も保守的な会計手法を使って出された報告書『ホワイト・ハウス売ります』は、ドナルド・トランプが大統領として、いかにして海外の政府や指導者から780万ドル(145円換算で11億円強)のお金を得たかを示している。この中には、世界で最も好ましくない国からのお金も含まれている。前大統領は、アメリカの国益よりも個人的な金融的利益と腐敗した外国政府の政策を優先し、憲法の明確な規定に違反し、過去の最高司令官が定め、順守してきた前例を破った」と、厳しい口調でトランプ前大統領を糾弾している。

 「ドナルド・トランプは、大統領在任中に外国政府や王族から何百万ドルを手に入れるために自分が所有する企業を利用し、お金の受領に関して一度も議会に承認を求めたことはない。本報告は、外国政府のお金が、前大統領が在任中も所有し続けたホテルや建物に資金を注ぎ込んできた記録を明らかにしている。こうした資金の受領は全て憲法の禁止項目に直接違反するものである」

156ページに及ぶ報告書と中国との関係

 報告書は156ページに及び、各国別に詳細な“取引”が記載されている。委員会はトランプ前大統領の会計会社Mazars USAに財務資料の公開を求めてきたが、会計会社は応じなかったた。委員会は訴訟を通してMazars USAから財務資料を入手してきた。本報告は、その資料に基づいて分析を行った結果である。

 2019年にトランプ前大統領の個人弁護士が委員会でトランプ前大統領が提出している財務書類に記載されている資産と債務の額は虚偽であると証言した。この証言を受けて、委員会はMazars USAを召喚した。だが、トランプ前大統領は情報を開示しないようにと同事務所を相手に訴訟を起こした。

 2019年5月21日にワシントンDCの連邦地裁判事は、委員会の求めに応じて財務資料を提供するように会計会社に命令している。トランプ前大統領の弁護士は、委員会に調査を行う法的な権限はないと主張して、財務資料の提出を拒んできた。

 これに対して、連邦判事は判決文の中で「犯罪行為を含む理由から大統領を罷免する権限を議会に与えている憲法は、議会に対して、正式な弾劾手続きは始まらなくても、不法行為に関して大統領を調査する権限を否定していない。議会は大統領の違法行為を調査する権限を持っている。本法廷は、歴史の流れを逆流させる気はない」と指摘し、委員会の調査の合法性を全面的に認めている。当時、委員会の委員の一人は「議会は職務を効果的かつ効率的に行うために必要な情報を入手しなければならない。私たちは、トランプ大統領に前例のない隠蔽工作を止め、法律に従うように求めている」と語っている。

 財務情報提供を巡る争いは2022年9月に決着する。Mazars USAは法廷の判決に従うことを決定した。会計事務所は2014年から2018年までの財務情報を提供した。委員会と会計事務所の合意で、どんな書類を提出するかは同事務所が独自に決定することになり、それでトランプ前大統領の介入を排除した。

 長年、トランプ前大統領とトランプ一家の経理を担当してきたMazars会計事務所は、トランプ前大統領と家族とのビジネス関係を打ち切ることを決め、下院監視説明責任委員会へ財務資料の提供を始めた。資料はトランプ前大統領が大統領に就任する前の分と、大統領就任後の情報も含まれている。同委員会の委員長は「Mazarsから大量の資料が送られてきた。こうした資料を手に入れたのは、同委員会が初めてだ」と語っている。

報告書で指摘されているトランプ前大統領の私的利益の追求

 報告書には国ごとにトランプ前大統領に提供した金額が明記されている。最大の国は中国で、委員会が確認した額は557万ドル(145円換算で8億円強)であった。その資金は、トランプ前大統領の所有企業Trump TowerやTrump international Hotel(ワシントンDC),Trump International Hotel(ラスベガス)に支払われている。政府以外に国営企業のHuawei。Hongkong Huaxin Petroleumなどの企業の名前も出ている。

 中国政府の支出に関して、2017年8月27日に中国大使館がTrump International Hotel in Washington DCで1万9391ドルの支出。2016年11月4日から2018年1月1日の期間にHainan Airlines HoldingがTrump International Hotel(ラスベガス)で19万5662ドルを支出、2017年2月から2019年10月31日の期間に中国工商銀行が194万8180ドルと535万7495ドルを支出したことが記載されている。

 アメリカでは大統領や閣僚に就任する際、保有株式の売却あるいは信託への付託を行い、事業から手を引くのが通例である。だが、トランプ前大統領は自らの事業から手を引くことはなかった。外国政府は、トランプ前大統領の所有するホテルを利用することで、間接的に賄賂を贈り、政策面での優遇措置を期待していた。報告書の中で、中国に関するページ数は22ページに及んでいる。

 報告には「トランプ前大統領は在任中、中国政府と国有銀行である中国工商銀行、国有企業の海南航空はトランプ所有の不動産(ホテル)で550万ドル以上の資金を支出している。トランプ前大統領は、自らが所有する事業が議会の承認を得ることなく、中国政府からの報酬を受け取ったことは、憲法に違反する。この金額はMazars USAが提供した限られた情報に基づく金額である」と、実際の金額はさらに多いと示唆している。

 さらに同報告は、トランプ前大統領の中国政策は一貫性に欠けると指摘し、「大統領候補の時、ドナルド・トランプは中国をアメリカの雇用を盗み、通商政策でアメリカをレイプしていると声高に主張していた。だが、大統領に就任すると、中国に対する公的な表現や関わり方が軟化してきた。

 当時のトランプ前大統領の対中国政策は頻繁に変わり、一貫性に欠けていた。2016年の大統領選挙でトランプ前大統領は中国バッシングを政策の柱としていたが、中国政策は当初の対決的な姿勢から頻繁に逸脱した」と指摘し、「安全保障担当補佐官であったジョン・ボルトンによれば、トランプは貿易政策だけでなく、安全保障政策でも個人的な利益と国益を混同していた」と、私利私欲で国益を損なったと指摘している。

 さらに「トランプ時代の中国政策は2つの別々の道があった。ひとつはトランプが個人的に主導する政策であり、もうひとつは中国専門家と官僚が指導する政策である」という『Axios』誌の分析を紹介している。

 要するに、トランプ前大統領は中国の報酬を受け取り、私利私欲のために中国政策を頻繁に変更してきたというのが結論である。ここでは紹介できないが、同報告はさらに詳細にトランプ前大統領と中国との関係を記述している。

 結論として、「報告書に書かれた金額はトランプ政権中に外国から得た報酬の全体のわずかな部分で、憲法に違反するものである」、「トランプ大統領が個人的な利益を得るために大統領権限を広範に行使したことは特に憂慮すべきである」、「トランプ前大統領は大統領として政策決定を行う際、個人的な金銭的利益を考慮すると繰り返し述べていた」と、その“違法性”を指摘している。

アメリカのメディアはどう報じているのか

 『ニューヨーク・タイムズ』は、この報告は下院共和党がバイデン大統領を弾劾しようとしていることに対する対抗の意味もあると指摘している(2024年1月4日、「Trump received Millions From Foreign Governments as President, Report Finds」)。また、トランプ前大統領の息子エリック・トランプがかねてから「外国政府が父の大統領権限に影響を与えたことはない。トランプ所有のホテルが宿泊で得た利益は財務省への自発的な支払いを通して連邦政府に渡されている」と主張していることを紹介している。

 また同記事は「報告は限界を認めている」とし、下院民主党は裁判闘争を経て、財務資料を獲得したが、その資料は限られており、全貌を明らかにできないと指摘している。共和党が下院の多数を占めたことでMazars USAに資料提出の圧力がなくなったことも、必要な資料が手に入らない理由であるとも指摘している。

 最後に同記事は「報告は議会に対して政府が適切な監査を行うための情報を獲得できるように法律を制定すること、大統領と官僚が外国から富を得る際、議会の同意を求めるより公式な手続きを作ることを求めている」と、やや拍子抜けの結びとなっている。

 『ワシントン・ポスト』は1月4日付けの記事「Trump business received $7.8 million in foreign payments during presidency」で、トランプ前大統領が海外から違法な利益を得たかどうかを巡って最高裁で審理が行われたが、「明確な判決はくだっていない」と、法的な問題はクリアされていないと指摘している。そして「事件の3年後にトランプは再び大統領に就任する可能性がある」と、大統領選挙への影響を示唆している。

 『ニューヨーク・タイムズ』と同様に、共和党はバイデン大統領の息子が父親の権威を使って外国企業と取引をしたことを理由にバイデン大統領の弾劾調査を公式に始めると決めたことに言及し、同報告が共和党の動きを牽制する意味もあることを示唆している。

 政治専門サイト『The Hill』は、「倫理関係の専門家は、トランプのホテルは憲法が禁止する条項を回避するルートになっていると以前から警鐘を鳴らしてきた」と、この問題は以前から議論されていたことを指摘している。共和党は、バイデン大統領の息子が中国と企業や投資家とのビジネスで利益を得ていると指摘し、報告書に書かれている中国企業の名前を挙げている。

 『ワシントン・ポスト』が行ったファクト・チェックを引用して750万ドルがバイデン家族に渡った事実があると書いている。だが、バイデン大統領の息子が行ったビジネスはすべて合法的であるとも指摘している。

 アメリカのメディアの反応は、拍子抜けするほどトランプ前大統領に批判的ではない。アメリカのメディアは、トランプ前大統領の問題とバイデン大統領の息子の問題に大きな関心を示している。トランプのスキャンダルに慣れ切っているのかもしれない。

■それでもアメリカの有権者はトランプを大統領に選ぶのか

 トランプ前大統領の資金の迂回は、ちょうど日本でもパーティの会費問題で議論されていることと似ている。背景は違うにしても、政治には常にお金の問題が絡むということは、どの国も同じようだ。

 トランプ前大統領は多くの民事訴訟と刑事訴訟に直面している。さらに、こうした海外とのお金の問題も浮上している。アメリカでは「トランプは獄中からでも立候補できるのか」という記事もある。アメリカの有権者は、こうした屈辱に満ちた政治家を再び大統領に選ぶのだろうか。

 同報告によってトランプ前大統領の憲法違反問題が深刻な問題となる可能性は低いが、トランプ前大統領の道徳性が問われることになるだろう。既に多くの訴訟に直面し、憲法違反で大統領選挙に出馬する権利が問われている状況で、アメリカの有権者はそれでもトランプを大統領に選ぶのであろうか。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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