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連載2回:アメリカとイスラエルの「特別な関係」:なぜバイデン大統領はイスラエル軍事支援に積極的なのか

中岡望ジャーナリスト
ハマス根絶の強硬論を展開するネタニヤフ首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

本記事は連載の2回目の記事です。

1回目は「アメリカがイスラエルに軍事援助を与えるようになった歴史的背景」

3回目は「プロテスタントのエバンジェリカルがイスラエルを支持する理由」

4回目は「アメリカ社会でのユダヤ系アメリカ人の影響力」

5回目「補論:なぜ諜報大国イスラエルはハマスの攻撃を阻止できなかったのか」

を取り上げます。

【目次】(本文字数:5000字)

■イスラエルへの軍事援助を増やすバイデン政権/■何がバイデン大統領とイスラエルを結び付け散るのか/■イスラエル・ハマス戦争がイスラエルにもたらすもの/■「補論」―軍事大国イスラエルはなぜハマスの攻撃を防げなかったのか?

■バイデン政権は“無条件”でイスラエルへの軍事援助を続ける

 アメリカは、イスラエル・ハマス戦争後、イスラエルへの軍事援助をさらに増加させる動きを示している。バイデン政権の軍事支援予算が議会で承認されないことから、12月29日、ブリンケン国務長官は議会の承認なしで軍事援助ができる「緊急権限」を行使して、イスラエルに総額1億4750万ドル(約21億4000万円)の緊急支援を行うことを決めたと発表した。具体的には、155ミリの火砲弾と関連装置をイスラエルに供与することである。

 国務省の記者発表には、次のように書かれている。

 「イスラエル政府は今までの武器供与に加え、155ミリの火砲弾の提供を求めてきた。国務長官はイスラエルに対する援助を決定し、即刻イスラエルに武器を提供しなければならない緊急事態が存在していることを示す情報を議会に提出した。これによって『武器輸出管理法』第36条(b)に基づき、議会による必要な検討を免除される」と、議会の審議を経ることなくイスラエルへの軍事支援を行うとしている。

 さらに「アメリカはイスラエルの安全保障にコミットしており、イスラエルが強力な自己防衛能力を開発するために支援することは、アメリカの国益に叶うものである。イスラエルは強化された軍事力を地域での脅威を抑止と国土の安全保障の強化のために使う。提案している武器供与は地域の軍事バランスを変えるものではない。」と、その狙いを瀬悦明している。さらに、火砲弾薬の提供は国際人権法に違反するものではないとし、「155ミリ火砲は米陸軍の在庫から提供する」としている。武器在庫を使っての弾薬提供によって「アメリカの防衛能力にマイナスの影響はない」、「減少した弾薬を補充する計画はない」と説明している。イスラエルの要請は、ガザ地区への攻撃を強化することを示唆している。

イスラエルへの武器供与に高まる批判

 10月にバイデン政権のイスラエルに対する軍事援助に抗議して国務省を辞めたジョッ・ポール元政治軍事局議会・広報局長は、『ワシントン・ポスト』に寄稿し、「私は10年以上にわたり、国務省で外国政府への武器移転や安全保障支援を担当してきた。その間、私は、どの兵器をどこに送るべきかという、複雑で道徳的に困難な議論に数多く関わってきた。 しかし、私が今まで見たことがない方法で、議論がないまま複雑で道徳的に問題のある移転が行われる」と、バイデン政権のイスラエルへの武器援助を批判している。(10月23日、「This is not the State Department I know. That’s why I left my job」)。今回のブリンケン国務長官の決定に関して、「こうした弾薬を急いでイスラエルに送るという決定は、多くのパレスチナの民間人の死を招くようなイスラエルのガザ地区での作戦を継続させることになる」と、バイデン政権の道義的責任を問うている。民主党左派のエリザベス・ウォーレン上院議員も、「議会の承認を迂回して武器を援助するのは間違いだ」と批判をしている。

 CNNは、バイデン政権は議員や市民団体からの批判があるにも拘わらず、イスラエルに無制限に武器援助を続ける積りだと批判している(2023年12月13日、「Biden administration makes clear it has no plans to place conditions on military aid to Israel despite pressure from lawmakers」)。この記事のタイトルに見られるように、バイデン政権はイスラエルに対する武器供与に条件を付ける気はないのである。すなわち、無条件で要請に応じて武器を供与しようとしているのである。

■徹底したバイデン大統領の親イスラエル姿勢

 バイデン大統領は一貫して親イスラエルであり、「イスラエルには自衛権がある」と主張してきた。国連の安全保障理事会でも、その主張を繰り返し、停戦を求める動議などに一貫して反対の立場を取っている。最近、バイデン大統領はネタニヤフ主張を会談後に、「イスラエルを守ること以外は何もしない」と、徹底的にイスラエルを擁護する発言を行っている。これは同時に、戦争の仲裁にも消極的であることを示唆している。

 バイデン大統領の親イスラエルの姿勢は、オバマ政権の副大統領時代の発言にもみられる。2013年にバイデン副大統領は、イスラエルとの関係を「長期的な道徳的コミットメントだけでなく、戦略的コミットメントである。イスラエルの独立、国境の安全は、アメリカの戦略的な利益である。私は常に、もしイスラエルが存在しなければ、アメリカがイスラエルを作ると言ってきた」と語っている。最近では、アメリカはイスラエルを中国とロシアに対抗する重要な同盟国と見るようになっている、

 こうした大統領の発言を受け、政府高官は「アメリカのポジションを変えたり、武器と弾薬の提供に関して越えてはならないレッドラインを引く計画はまったくない」と語っている。さらにバイデン政権は国際人道法違反との批判に耳を傾けず、逆に「イスラエルに対する武器供与の条件を緩和する意向である」とさえ語ってる。いわばバイデン政権は“イスラエルべったり”の政策を取っていると言っても過言ではない。

親イスラエルの背景にユダヤ系アメリカ人の存在も

 なぜバイデン政権は、そこまでイスラエルに入れ込むのであろうか。アメリカのニュース・メディア・サイトの『Vox』は、「ガザ地域での戦争の勃発でアメリカはイスラエルとの緊密な結びつきを再確認した」と指摘している(2023年10月13日、「How the US became Israel’s closest ally」)。バイデン大統領は右傾化したネタニヤフ首相を批判していたが、戦争が始まると一転し支持に回った。バイデン大統領は「私たちはイスラエルと共にある」と語り、イスラエルの自衛権を擁護した。ブリンケン国務長官も、ネタニヤフ首相と会談した後、記者会見に臨み、「イスラエルは自らを守るに十分に強いかもしれない。しかし、アメリカが存在する限り、イスラエルが消滅することは絶対にない。アメリカは、常にイスラエルの側にいる」と語ってる。

 ガザ地区でイスラエルの攻撃で多くの民間人が犠牲になっている。国際世論もイスラエルに厳しくなっている。だが、バイデン政権はイスラエルに対して人道的な目的のために一時休戦を行うように求めているが、戦争そのものに反対する意向は示していない。

 筆者の推測に過ぎないが、米議会やバイデン政権内のユダヤ系アメリカ人の存在が影響しているのかもしれない。例えば政界では、下院議員435名のうち28名がユダヤ人である。上院100名のうち10名がユダヤ人である。人口比率でアメリカの人口の1%程度しか占めていないことからすると、この比率は非常に高い。またバイデン政権の閣僚にはユダヤ系アメリカ人が多い。ブリンケン国務長官、コーエンCIA副長官、ガーランド司法長官、ハイネス国家情報長官、クライン主席補佐官、イエレン財務長官である。閣僚スタッフや各省庁のスタッフを含めれば、その数はさらに膨らむだろう。アメリカ社会とユダヤ系アメリカ人の関係は、本連載の3回目で詳細に分析する。

長期化が予想されるイスラエル・ハマス戦争、財政負担増も

 イスラエル・ハマス戦争は長期化の様相を見せている。12月31日、ネタニヤフ首相は、ガザ地区とエジプトの14キロに及ぶ「フィラデルフィ回廊」を完全に支配しなければならず、戦争は数カ月にわたって続くと語っている。膨大な戦費はイスラエルの財政状況を悪化させる可能性がある。エクスタイン前イスラエル銀行副総裁は「戦費は2023年第4四半期に190憶ドルかかり、2024年第1四半期には200億ドルかかると予想している」と書いている(『ワシントン・ポスト』2023年12月31日、「How the costs of Israel’s war on Hamas in Gaza are mounting」)。イスラエルの財政状況が悪化すれば、アメリカの援助もさらに増加することになるだろう。だが、バイデン政権には、イスラエル・ハマス戦争を終結させる意思も政策もないようにみえる。

高まるアメリカ政府とイスラエル政府の間の緊張

 だが戦争の進め方を巡って、バイデン大統領とネタニヤフ首相の間に亀裂が徐々に生じ始めている。イスラエルの新聞『The Jerusalem Post』は「バイデン大統領とネタニヤフ首相の間でガザ地区でのイスラエルの戦争を巡って意見が分かれている」と伝えている(2023年12月30日、「The big issues dividing the US and Israel as the Gaza War bleed into 2024」)。12月23日に電話での首脳会談が行われた。会談後後、イスラエル政府が発表した声明では、ネタニヤフ首相が、アメリカが国連安保理で“即時停戦”を求める決議に反対したことでバイデン大統領に感謝の意を述べると同時に、「イスラエルは全ての目的を達成するまで戦い続ける」と語った書かれている。

 他方、アメリカ政府の声明では、「バイデン大統領は民間人を守ることが絶対必要であると強調した」と書かれている。さらに「バイデン大統領はハマスを無傷のままにする停戦には反対するが、イスラエルのガザ地区攻撃は無差別的だ」と批判したとも書かれている。会談に同席したハリス副大統領とオースチン国防長官も「イスラエルがもっと限定した目標に変更しなければ、アメリカの支持を失う」と、ネタニヤフ首相に警告したとも伝えられている。強硬論を主張するネタニヤフ首相と慎重論を展開するバイデン大統領の間に明らかに意見の違いが表面化しつるある。

 意見の違いの背後には、両首脳が抱えている国内問題が存在している。バイデン大統領は、国内で民主党左派と共和党右派の両方からイスラエル政策について攻撃されている。特に若者層のバイデン大統領からの離反が目立ち、現状のままでは大統領選挙で厳しい状況に直面する可能性が強い。バイデン大統領としては、イスラエルに自重して欲しい気持ちがある。他方、ネタニヤフ首相も国内で支持率が低下し、選挙で勝利するには極右の支持が必要である。両首脳とも、主張を譲れない状況に置かれている。

アメリカがイスラエルに送ったメッセージ

 『ニューヨーク・タイムズ』も、両国の間の緊張の兆しがみられるという同様の内容の記事を掲載している(2023年12月31日、「The U.S. and Israel: An Embrace Shows Signs of Strain After Oct. 7」)。バイデン大統領は身内の民主党に加え、政府内からもイスラエル支援を批判する声に直面している。バイデン大統領が最も懸念しているのは、戦争の拡大であり、ネタニヤフ首相に戦線を拡大しないように圧力を掛け続けている。バイデン大統領とネニヤフ首相は計14回も話し合いをしているが、バイデン大統領が期待する結果は出ていない。同記事は「イスラエル政府高官は、バイデン大統領がイスラエルに課そうと試みている制約に激怒している」とも書いている。そして「最近の両首脳の会談ではますます緊張が高まっている」と伝えている。

 バイデン大統領がネタニヤフ首相に送ったメッセージは、①イスラエル・ハマス戦争はイスラエルの自己防衛戦争である、②ハマスの脅威は取り除かねばならない、③人道的援助は必要である、④民間人の被害は最小限にとどめる、である。この限りでは、両者の間に大きな違いはない。ただ、②と③の調整を図るのは極めて困難である。イスラエルはハマスの根絶を目指しており、その過程で起こる民間人の被害は避けられないとの立場を取っている。イスラエル軍幹部は「戦争では民間人の被害は避けられない」と、公然と語っている。

 イスラエル・ハマス戦争がどのような決着が付くのか予想できない。ただ、戦争が長引けば、民間人の被害も増えてくるのは間違いない。アメリカ国内はイスラエルへの軍事支援を巡って国論が割れている。特にリベラル派はナタニヤフ首相の右傾化に批判的であり、パレスチナに共感する若者層のバイデン大統領からの離反も目立っている。大統領選挙を控え、イスラエルへの軍事援助の削減を求める声も強まって来る可能性が強い。

さらに気になるのは、アメリカ国内での「反ユダヤ主義」の台頭である。この問題は、第4回の記事で詳論する予定である。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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