Yahoo!ニュース

コロラド州最高裁、反乱に加担したトランプに大統領選出馬の資格はないと判決、焦点は連邦最高裁の判決へ

中岡望ジャーナリスト
2021年1月6日の暴動関与で大統領出馬資格を問われるトランプ前大統領(写真:ロイター/アフロ)

■ コロラド州最高裁、トランプ前大統領の共和党予備選挙立候補を禁止

 トランプ前大統領は、様々な世論調査の結果を見る限り、共和党の大統領予備選挙で圧勝する可能性が強い。また本選挙でも、バイデン大統領を僅差であるがリードを保っており、大統領に選出される可能性が高い。

 そうした状況の中で民主党や共和党内の反トランプ派は、トランプ阻止に躍起になっている。その最も有効な手段は、トランプ前大統領が国家に対する反乱行為に関与あるいは暴動を扇動したとして、憲法修正第14条第3項を適用して、立候補の資格を奪うことである。既に多くの州でトランプ前大統領に憲法修正条項の適用を求める訴訟が続発している。その件数は、後述するように、16件に及んでいる。

 そんな中、コロラド州最高裁判所が2023年12月19日にトランプ前大統領が憲法修正条項に違反したとして、同州での共和党の大統領予備選挙と11月5日に行われる大統領選挙で出馬を禁止する判決を下した。もしトランプ前大統領が予備選挙や大統領選挙に出馬できないとなれば、大統領選挙の行方に重大な影響が及ぶことになる。

 共和党の予備選挙は2024年1月15日にアイオワ州から始まる。コロラド州の共和党予備選挙は3月5日に実施される。共和党の大統領予備選挙でコロラド州に割り当てられた選挙人の数は37名と少なく、判決が同州に留まれば、それほど大きな影響にはならない。ただ他の州でも同様な判決が出れば、トランプ前大統領は他の州でも選挙人を得ることができなくなり、予備選挙の結果に大きな影響が出ると予想される。予備選挙に勝利しなければ、大統領選挙に出馬できない。ただ予備選挙に敗北しても第3党からの立候補は可能である。ただし。憲法修正第14条第3項が適用されれば、立候補ができなくなる。

■ 始まりは民間団体のコロラド州州務長官への告訴

 問題の発端は、2023年9月6日にコロラド州の有権者6名(原告)がCitizens for Responsibility and Ethicsの支援を受けて、グリスワルド州務長官(被告)を相手に、トランプ前大統領は憲法修正14条第3項に抵触しており、共和党予備選挙と大統領選挙に出馬資格はなく、州務長官に前大統領を投票用紙に記載される候補者リストから外す命令を出すように訴えたことから始まる(この裁判は「アンダーソン他対グリスワルド他裁判」と呼ばれている)。

 アメリカでは、各州の州務長官あるいは選挙管理責任者は、特定の候補者を投票用紙に記載されている候補者名簿から外す権限を持っている。ちなみに日本では投票用紙に候補者の名前を直接記載するが、アメリカでは投票用紙に候補者の一覧が印刷されており、有権者はリストの中から候補者を選ぶのが普通である。

 原告の訴状には「トランプ前大統領は2020年の大統領選挙の結果を覆そうと試み、後継者への合法的な権力の移譲を阻止するために議事堂で暴力的な反乱を引き起こした。アメリカの憲法秩序に対する前例のない攻撃を扇動することで、トランプは(憲法に対する)自らの誓約に違反した」と、告発の理由が説明されている。

 原告の弁護士は「これは党派的な問題ではなく、法律の規則に関するものである。憲法を守れと主張している保守主義者にとって、これは最も重要な事柄である。私は、この問題は最終的に連邦最高裁判所で判断されると思っている」と語っている。州務長官は「この問題に対して裁判所がどのような判決を下すか注目している」という声明を出している。

 憲法修正第14条第3項は何を規定しているのか。同修正条項は南北戦争が終わった後の1868年に批准されている。目的は、南部連合に参加し、政府軍と戦った人物が連邦議会議員や大統領などの公職に就くのを阻止することであった。やや長いが、憲法修正第14条第3項の全文を紹介する。

 「連邦議会の議員、合衆国の公務員、州議会の議員、州の執行部もしくは司法部の官職にある者として合衆国憲法を支持する旨の宣誓をしながら、合衆国に対する暴動(insurrection)または反乱(rebellion)に加わったり、合衆国の敵に援助か便宜を与えた者は、連邦議会の上院および下院の議員、大統領および副大統領、文官、武官を問わず合衆国または各州の官職に就くことはできない。ただ連邦議会の両院でそれぞれ3分の2の投票によって資格剥奪を解除することができる」

 要するに、トランプ前大統領は就任に際して合衆国憲法を順守すると「宣誓」したにも拘わらず、2021年1月6日に上院の大統領選挙結果の認証手続きを妨げ、人々を扇動して連邦議会に乱入させたことで、憲法修正第14条第3項が適用され、大統領選挙の候補者名簿から除外されるべきだというのが、原告の主張である。既に1月6日の暴動に加わったとして、ニューメキシコ州の裁判官が官職を剥奪された例がある。ただ、過去において大統領選挙の資格を巡って、同条項が適用された例はない。

 この申立てに対してコロラド州地方裁は11月17日に判決を下した。サラ・ウオーレス地方裁判事は、トランプ前大統領は1月6日の暴動の際、群衆を扇動したことは事実であり、その発言は憲法修正第1条の「言論の自由」によって守られるようなものではないとしたが、憲法修正第14条第3項は適用できないという判断を下した。同判事は「大統領は資格停止条項が適用される立場にあったかどうかに関して直接的な証拠が乏しい(scant direct evidence)」と、判決の論拠を説明している。その結果、原告は州最高裁に抗告した。そして12月19日に州最高裁は州地方裁の判決を覆す判断を下し、トランプ前大統領の大統領選挙出馬を禁止したのである。

トランプ前大統領の立候補資格を問う訴訟は16件ある

 他の州でもトランプ前大統領の出馬の禁止を求める申立てが行われている。民間の訴訟に関する情報を纏めている民間組織Lawfareによると、全米で16件の申立てが行われている。最初の申立ては2023年2月にフロリダ州で行われた。現在、ミシガン州、オレゴン州、ニュージャージー州、ウィスコンシン州の4件は州裁判所で裁判が行われている。さらにアラスカ州、アリゾナ州、ネバダ州、ニューヨーク州など11件は連邦地方裁で訴訟が行われている。

 9月12日に起こされたミネソタ州での訴訟では、11月8日に州最高裁が申立てを棄却する決定を下し、共和党予備選挙の投票用紙にトランプ前大統領の名前が記名されることを認めた。ただ、本選挙に関しては、さらに申立てが行われる可能性があるとしている。同裁判所は「選挙は政党間の争いであり、憲法上の選挙資格の問題ではない」と、判決理由を説明している。

 9月29日に起こされたミシガン州の申立てでは、11月14日に州請求裁(the Court of Claims)が申立てを棄却する決定を下した。これに対して原告が州控訴裁に抗告したが、12月14日に州控訴裁は州請求裁の決定を支持した。州控訴裁の判事は「暴動か反乱に加わったかどうかを判断するのは連邦議会であり、一人の判事ではない。誰を投票用紙に記載するかどうかは政治家と個々の候補者が決めることだ」と、トランプ前大統領が憲法違反を犯したかどうか言及せず、政治的な判断を避けた。また同裁判所は「トランプ前大統領が大統領選挙の投票用紙のどこにいるか決めるのはまだ早すぎる」と、判断回避の理由を説明している。

 トランプ陣営は、この判決を「大勝利だ」とSNSで発信した。トランプ陣営の弁護士は「こうした馬鹿げた裁判はすべて敗北している。なぜなら訴訟のすべてが憲法を否定する左派の幻想だからだ。バイデン陣営は選挙を裁判所に委ね、アメリカ国民の次の大統領を選ぶ権利を否定している」と語っている。

 オレゴン州でも12月6日に申立てが行われ、州最高裁で審理が行われている。現在まで、ミネソタ州、ニュー・ハンプシャー州、ロード・アイランド州、フロリダ州で、第3項の適用を求める訴訟は棄却されえいる。またカリフォルニア州やユタ州、メイン州、マサチューセッツ州などでは、自発的に申立ては取り下げられている。現在も審理中なのは、ニューヨーク州、フロリダ州、ネバダ州などである。

 他方、連邦控訴裁は12月2日にトランプ前大統領に対する「大統領免責(presidential immunity)」を求める申立てを却下する判決を下した。連邦控訴裁は「審理されている唯一の問題は、トランプ大統領が1月6日の騒乱に至るまでの大統領の公的な行動に対して免責を得る資格があるかどうかである。それに対する判断は、少なくとも現在の訴訟手続きの段階では、『ノー』である」としている。同判決は、トランプ前大統領の免責特権は認められないと判断したものである。この連邦控訴裁の判決を受け、トランプ前大統領に対する訴訟が増えると予想されている。

コロラド州最高裁の判決の衝撃度

 憲法修正第14条第3項のトランプ前大統領に対する適用問題に関する司法の判断は曖昧であり、分かれている。そんな中でコロラド州最高裁は4対3の評決で州地方裁の判決を覆し、トランプ前大統領に憲法修正4条第3項が適用され、共和党予備選挙と大統領選挙で投票用紙の候補者名からトランプ前大統領の名前を外す決定を下した。これはトランプ前大統領に大統領選挙出馬の権利はないという“最初の判決”であった。同判決は世間の注目を浴びた。反トランプ派は歓喜し、トランプ派は激怒した。メディアは、他の州の裁判に波及するかどうかに注目した。

 コロラド州最高裁はどんな理由から、トランプ前大統領の出馬資格を否定したのか。『NBC News』は、この判決を「爆弾判決」と評している。同最高裁は「判事の過半数はトランプ大統領が憲法修正第14条第3項のもとで大統領になる資格がないと判断する。その理由は、コロラド州州務長官がトランプ大統領を大統領選挙の投票用紙に候補者として記載することは投票法のもとでは違法行為である」と判決文の中で書いている。ただ、その判決文には「連邦最高裁が最終決定するまで適用を保留する」としている。訴訟は連邦最高裁に持ち込まれ、判決が下るまで、トランプ前大統領の名前は投票用紙に残ることになる。

 原告を支援したCitizens for Responsibility and Ethicの担当者は「判決は歴史的かつ正当化できるだけでなく、我が国の民主主義の将来を守るものである。我が国の憲法は民主主義を攻撃することで宣誓を破った者は政府の職に就くことを明確に禁止している」と、歓迎の声明を出した。

 これに対してトランプの個人弁護士は「この判決は民主主義の核心を攻撃するものである。私たちは連邦最高裁が、この違憲判決を覆すと信じている」と語っている。トランプ前大統領も「自分を選挙用紙から除外する試みは“ナンセンス”であり、“選挙妨害”である」と、判決を批判している。

裁判の焦点は連邦最高裁に移った

 連邦最高裁は否応なくアメリカの政治の未来を決める役割を担わされることになる。現在、トランプ前大統領は4件の刑事訴訟と多くの民事訴訟を巡って裁判で争っている。刑事訴訟の中には1月6日の暴動に対する関与を巡る裁判も含まれている。議会の1月6日の調査委員会は、トランプ前大統領が暴動に関与したと既に断定している。現在審理中の裁判は最終的には最高裁で争われることになるだろう。さらにトランプ前大統領の選挙への立候補資格を巡る係争が連邦最高裁に持ち込まれることになる。暴動に関与したという判決が下れば、法的にはトランプ前大統領に憲法修正第14条第3項が適用になる。

 連邦最高裁が政治的混乱を回避するために判決を先延ばしする可能性もある。ただ、その場合でもトランプ前大統領が2024年の選挙で当選したとしても、2025年1月に召集される新議会で民主党が多数派を占めていれば、民主党はトランプ前大統領の選挙資格を問い、場合によっては大統領就任を認めない事態も起こりうる。大きな政治的混乱は避けられないだろう。

 法曹界は憲法修正第14条第3項の解釈と適用を巡って分裂している。オリジナリストと呼ばれる保守派の法曹人は、憲法の条文を厳格に解釈することを主張している。憲法を条文通り厳格に解釈すれば、トランプ前大統領の選挙資格を否定する結論が出る可能性が強い。他方、現実主義的な立場に立てば、可能な限り政治的混乱を避けるべきだとなる。大統領選挙が差し迫っており、最高裁に与えられた時間は短い。コロラド州の共和党予備選挙が行われる前に連邦最高裁は判決を下さなければならない。

 現在、連邦最高裁判事9名のうち、保守派の判事は6名である。6名のうち3名はトランプ前大統領に指名されて判事に就任している。もし保守派の判事が政治的な配慮で動くなら、連邦最高裁はコロラド州最高裁の判決を棄却する可能性が強い。だが、法理論的に納得できる論理を展開できるかどうか分からない。トランプ前大統領は、連邦最高裁に大統領の免責を認め、前大統領に対する告訴をすべて棄却すべきだと主張している。保守派の判事は法理論と政治論の間で苦しむことになるだろう。ある弁護士は「こうした法的に最も基本的で、最も重要な裁判は人生で一度あるかないかだ」と、判断の難しさを指摘している。

 さらに加えると、世論調査では連邦最高裁の信頼度は過去最低の水準にまで下がっている。最高裁判事の倫理性と正当性が問われる事件も起こっている。イデオロギー的、党派的な立場から判決を下せば、国民の反発を招くことになる。

国民はどう考えているのか

 『Politico』と『Morning Consult』が共同で2023年9月23日から25日に行った世論調査がある。憲法修正第14条第3項の適用に関して国に対する反逆行為に加担した人物は将来、公職に就けないという規定に関して、登録有権者の44%は「強く賛成」、20%が「やや賛成」と答えている。合わせると64%が憲法の規定を支持している。他方、8%が「強く反対」、7%が「やや反対」であった。「分からない」は21%であった。国民の大多数が、国に対する暴動や反乱に関わった人物は大統領選挙に出馬する権利はないと考えているのである。

 トランプ前大統領が暴動あるいは反乱に加担したかどうかという問いに対して、登録有権者の37%が「間違いない」と答え、「おそらく」は14%であった。トランプ前大統領が関与したと考える人は51%と過半数を占めている。「おそらくない」は12%、「間違いなくない」は24%であった。トランプ前大統領には2024年大統領選挙への出馬資格に対する問いに対して、「出馬資格がない」と答えたのは51%、「出馬資格はある」が39%であった。

 世論調査ではトランプ前大統領が有利であるという結果が出ているが、まだまだ大統領選挙で波乱が起こる余地はありそうだ。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

中岡望の最近の記事