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「LGBTQ社会」アメリカの現実(2):始まった保守派の反撃、南部で相次いで成立する反LGBTQ法

中岡望ジャーナリスト
アメリカ社会の動向を決定する最高裁、連邦議会の正面に位置する最高裁の建物(写真:ロイター/アフロ)

「反LGBTQ」の背景にあるキリスト教的価値観

「『LGBTQ社会』アメリカの現実(1)」で、アメリカ社会でいかにLGBTQが迫害され、差別されてきたかを説明した。また、いかにして市民権を獲得してきたかを分析した。最高裁の判決でLGBTQの市民権が認められたからと言って、保守的な人々の意識が根本的に変わるわけではない。LGBTQが獲得してきた市民権は依然として脆弱である。

 本稿では、LGBTQに対する保守層からの“反撃”の実体を分析する。皮肉なことに、LGBTQの市民権を認める判決を下してきた最高裁が、現在はLGBTQの市民権を制限する判決をくだしている。

 アメリカ社会は先進国の中で最も宗教的な国である。キリスト教徒は『聖書』を倫理や生活の規範として生きている。特にアメリカの最大の宗派である保守的なエバンジェリカルに、その傾向が強い。彼らは「進化論」すら『旧約聖書』に書かれた天地創造説に反するとして否定する。彼らは保守的な家族観を持ち、父親は働いて家族を養い、母親は育児や家事に専念すべきだと考えている。社会を「男性」と「女性」によって構成される“binary(2つの性)”なものと理解している。『聖書』は「同性愛」を反社会的なものとして否定する。性行為は、子供を産むための行為であり、快楽を求める行為は“反道徳的”だと糾弾されてきた。LGBTQあるいはnonbinaryな存在は否定されるべき存在として意識されている。

 ちなみにエバンジェリカルは「中絶」も否定する。子供を産むかどうかは神が決めることであり、中絶は胎児に対する殺人行為であると主張する。中絶を巡る問題はLGBTQの権利を巡る問題と同様に、アメリカ社会を分断する深刻な問題となっている。

 アメリカのLGBTQ問題を理解するには、アメリカ社会におけるキリスト教の存在を理解する必要がある。現在、エバンジェリカルは共和党の最大の支持基盤となっており、宗教的信念を政治と法廷を通して実現しようとしている。エバンジェリカルは、アメリカはキリスト教理念に基づいて建国された「キリスト教国家」であり、「十戒」をアメリカ社会の法的基盤とすべきであると主張している。こうした宗教的右派が政治的右派と結託して、社会の多様性と包括性を求めるリベラル派と政治闘争を展開している。

 LGBTQは長い時間をかけ、権利を確保してきた。だが、依然として差別と迫害は存在している。深刻なのは、単に個別的な差別意識の問題ではなく、組織的な差別が行われ、アメリカ社会を分断していることだ。共和党が支配する南部の諸州ではLGBTQの市民権を制限する様々な法案が提案され、州議会で可決されている。

今でも存在するLGBTQに対する様々な差別

法的にLGBTQの市民権が認められるようになったからと言って、保守派の心の底にある差別意識が払拭されたわけではない。むしろ保守派やエバンジェリカルは差別を強化する動きを示している。

 カリフォルニア大学ロサンジェルス校のウィリアムズ研究所の調査報告は「国民のLGBTQに対する支持が高まっているにもかかわらず、政治家たちは以前にもましてLGBTQの権利を制限する法律の提出を考えるようになっており、裁判所でもLGBTQの既存の保護の範囲を狭めることを求める訴訟が増えている。最近の焦点になっている問題のひとつは、企業や医療機関、雇用者が自分の宗教的信念に基づきLGBTQに対するサービスの提供や雇用を拒否できるかどうかである」と、問題はより深刻になっていると指摘している(2023年6月、「Public Attitudes Toward the Use of Religious Beliefs to Discriminate Against LGBTQ People」)。

 2022年12月、連邦議会の「LGBTQ+議員団(Congressional LGBTQ+ Equality Caucus)」が「Inaugural Report on the Condition of LGBTQ+ People in the United States」と題する報告書を発表した。「教育」、「経済的安全」、「ヘルスケア」、「住宅」の分野で、LGBTQがどのような状況に置かれているかを調査したものである。

 同報告は、「教育」の分野では小学校から高等学校の「LGBTQ+のコミュニティは一般の生徒よりも高い率で虐めと差別を受けている」と指摘している。2021年の調査では、LGBTQの生徒の76.1%が「言葉によるハラスメント」、31.2%が「肉体的ハラスメント」、12.5%が「肉体的な攻撃」を受けたという結果が出ている。トランスジェンダーの生徒の74.2%が「生命の危機」を感じている。60.3%の生徒は実際に被害にあったと学校に訴えたが、学校から「忘れろ」と言われたか、学校は何の対応もしなかったと報告している。

 「経済的安全」の分野では、LGBTQの人々は、雇用の際に差別を受け、非LGBTQの人と比べると高い失業率に直面し、貧困生活を強いられ、十分な食料を得られない状況に置かれている。2020年のセンター・フォー・アメリカン・プログレスの調査では、LGBTQの35%が差別を経験したと答えている。31%が昇進で差別されたと答えている。差別を恐れ、LGBTQの半分以上の人が、自分がLGBTQである事実を隠している。

 2020年6月に最高裁は、公民権法第12条によりLGBTQを理由に雇用で差別することは違法であるという「Bostok v. Clayton County判決」を下しているが、その後も差別は変わることなく続いている。2021年の調査では、8.9%のLGBTQが、LGBTQを理由に解雇されたか、雇用されなかったと答えている。またトランスジェンダーの48.8%が雇用の差別を経験している。

 「ヘルスケア」の分野では、LGBTQ、特にトランスジェンダーは十分な医療ケアを受けられない状況に置かれている。2019年時点で、LGBTQの12.7%が医療保険に加入できなかった。トランスジェンダーの無保険者は19%に達していた。医療費も非LGBTQと比べると高く、23%のLGBTQは病院に行かなかったと答えている。その結果、同報告は「LGBTQ+の健康状況は悪化している」と指摘している。

 「住宅」の分野では、LGBTQを理由に住宅を借りることができず、LGBTQの17%はホームレスになった経験を持っている。2020年の調査では、13歳から24歳のLGBTQの若者の28%が過去にホームレスになったか、住宅の賃貸で不安定な状況に置かれたと答えている。LGBTQは住宅ローン金利も非LGBTQと比べると高くなっている。その結果、LGBTQの持ち家率は非LGBTQよりも低いという調査結果も出ている。一般のアメリカ人の持ち家率が63%に対してトランスジェンダーの持ち家率はわずか16%に過ぎない。

共和党が支配する州で始まった本格的なLGBTQへの逆風

 最近のアメリカの状況を見ると、LGBTQに対する差別が解消するよりも、逆に強くなっている傾向が見られる。特に共和党が支配する南部や中西部の州では、LGBTQの市民権を制限する法律が相次いで州議会に提出され、その一部は法制化されている。

 2023年1月から11月の間にLGBTQの市民権を制限する法案が500件以上州議会に提案されている。そして22州で75件の法案が議会で可決されている。これは提案件数と可決件数で、過去最高である。2021年には250件以上の法案が提出され、17本が可決されている。2022年には300件以上の法案が提出され、29件が成立している(NBC News, 2023年12月17日、「From drag ban to sports restrictions, 75 anti-LGBTQ bills have become law in 2023」)。

 最近の事例では、12月13日にオハイオ州議会は、トランスジェンダーの女性が学校での女性の試合に参加するのを禁止し、医療機関がジェンダーに対する医療行為を制限する法案を可決した。ただ既に治療を受けている未成年者は、禁止対象から除外されることになっている。上院では24対8、下院では64対28の大差での可決であった。最終的に法律になるには、知事の署名が必要である。なおオハイオ州知事は共和党である。

 州議会に留まらず、連邦議会でも「反トランスジェンダー法」が提案されている。2023年4月20日に、下院はトランスジェンダーの女性が女性のスポーツ競技に参加するのを禁止する「the Protection of Women and Girls in Sports Act(スポーツで女性と少女を守る法)」を、共和党議員の賛成を得て219対203で可決している。ただ民主党が多数派を占める上院は同法に反対し、法案は可決に至っていない。下院で同法案が可決されたとき、バイデン大統領は拒否権を発動する意向を明らかにしていた。

 また差別問題を調査している団体ADL(Anti-Defamation League)の調査では、2022年6月から2023年4月の間にLGBTQに対する攻撃事件は少なくとも46州で356件起こっている。特にワシントンDC,カリフォルニア州、フロリダ州、ニューヨーク州、テキサス州で多発している。学校に関連する事件が33件、LGBTQへ医療を提供している病院に関連する事件が23件あり、爆弾を仕掛けたという脅しが行われた。コロラド州ではLGBTQに対する銃撃で5名が殺害されている。

攻撃のターゲットにされているトランスジェンダー

 LGBTQ問題は「トランスジェンダーの権利の問題」に移りつつある。「同性婚」や「同性愛」に対する攻撃はかつてほど強くはなくなっている。それは、「同性婚」は最高裁で合憲判決が出て以降、否定しがたいほど社会的に定着してきているためであろう。

 保守派は、トランスジェンダーのトイレやロッカールーム使用問題やスポーツ競技への参加問題などを取り上げている。Pew Research Centerの調査では、成人の約80%がトランスジェンダーに対する差別が存在すると答えている(2022年6月28日、「Americans’ Complex Views on Gender Identity and Transgender Issues」)。また60%の人が、ジェンダーは生まれた時の性で決めるべきだと答えている。この比率は2017年の54%から、2021年には56.7%へ上昇している。

 半数以上の人がジェンダーは自分で決めるのではなく、生まれた時の性別で決めるべきだと答えている。38%がトランスジェンダーの受け入れについて「過剰だ」と答え、36%が「過剰とは言えない」と答えている。世論は完全に割れている。現在の状況で「ちょうど良い」が25%である。

 世代別にも大きな差がある。18歳から29歳では「行き過ぎ」が31%に対して、「行き過ぎではない」が47%であった。65歳以上では、「行き過ぎ」が42%、「行き過ぎではない」が30%である。トランスジェンダーのスポーツ参加に関しては、58%が「生まれた時の性別を参加資格にすべきだ」と答え、17%が参加に反対している。世代が若くなるほど、受容度は高くなっている。

 トランスジェンダーに関連する法律を見ると、21の法律は未成年のトランスジェンダーに対する医療提供を制限するものであり、11はトランスジェンダーの学校でのスポーツ競技への参加を制限するものである。10の法律は授業でLGBTQ問題を議論することを制限し、トランスジェンダーの生徒の学校での呼び方を制限するものである。すなわち、生まれた時に付けられた名前以外の呼び名を付けることを禁止している。8つの法律は、トランスジェンダーの生徒のトイレやロッカールームの使用を制限する内容である。それ以外に性別適合手術の制限や、出生証明に記載されている性の変更を規制する法律も成立している。

 一部の州ではトランスジェンダーに対するホルモン治療や性転換手術が規制されている。こうした規制を巡って訴訟が相次いでおり、ケンタッキー州、テネシー州、オクラホマ州、ミズリー州、テキサス州の裁判所は、州政府の規制を支持する判決を下している。

 学校におけるトランスジェンダーの生徒に対する雰囲気も、ますます敵意を持ったものになっている。フロリダ州では「Parental Rights in Education Act(別名Don’t Say Gay Act)」が2022年3月に成立し、教師が教室でLGBTQ問題を話題にしたり、ゲイの生徒が自分はゲイであることを公然と語ることが禁止された。2023年12月に3名の教師が同法は違法であると州教育省を被告とする訴訟を起こした。

 「バスルーム問題」も大きな政治問題となっている。トランプ政権が誕生した直後、教育長官は学校に対してトイレ使用でトランスジェンダーの生徒の女性トイレやロッカールームの使用を禁止する命令を出している。この命令は、オバマ政権の方針を否定するものであった。

保守派のLGBTQ差別の根拠は「宗教的自由」

 LGBTQの市民権が認められるようになると、保守派やエバンジェリカルの反発はより強くなっていった。彼らは「宗教的自由」を根拠にLGBTQへの差別の正当化を主張している。エバンジェリカルは、自分たちは自らの宗教的信念に忠実である「権利」があると主張する。LGBTQを拒否するのは宗教的信念である。宗教的信念に基づいてLGBTQへのサービス提供を拒否できる。医者であれば性的適合手術を拒否できるし、薬剤師ならホルモン薬の販売を拒否できるという論法である。日本人の考える「宗教的自由」とはまったく違う議論が展開されている。エバンジェリカルにとって「宗教的自由」とは、自らの信仰に反するものを排除する「自由」なのである。

 エバンジェリカルは共和党を乗っ取ることで宗教的信念の実現を図ってきた。日本で旧統一教会が自民党の地方支部に影響を与え、自民党議員を通して彼らが主張する「家庭倫理」の実現を図ったのと同じように、エバンジェリカルは1980年代以降、共和党の地方支部に着実に浸透し、現在では共和党の大統領候補を決定する際に膨大な資金と有権者の動員を図ることで選挙に影響を与えるまでになっている。

エバンジェリカルと共和党の結託

 共和党がいかにエバンジェリカルの支配を受けているかを示すのが、大統領選挙が行われた2016年に共和党全国大会で採択された政策綱領である。その中に同性婚に対して「男性と女性の結婚に基づく伝統的な結婚と家族は自由社会の基本である。我々は同性婚を合法化した『オーバーゲフェル対ホッジス判決』を非難する」と書かれている。中絶に関しても「憲法はいかなる人の生命と自由、財産を奪うことはできないと規定している。我々は、憲法修正第14条の保護規定を誕生前の子供にも適用するように憲法修正条項を提案する」と書かれている。「生まれる前の子供(unborn children)」とは「胎児」のことであり、政策綱領は胎児にも人権があり、中絶は胎児の人権を奪うことになると主張している。極論すれば、受精卵にも“人権”があり、中絶は“殺人”であると主張しているのである。宗教は時には狂信的な発想を生み出すのである。

 さらにLGBTQに関して、「民主党政権は性差別の中に性的オリエンテーションを含むよう誤った再規定をすることで、アメリカ国民に社会的、文化的な革命を押し付けている。トランスジェンダーがトイレやロッカールームを共用するのは違法であり、危険であり、プライバシーを無視するものである」と、トランスジェンダーのトイレやロッカールームの使用を禁止する方針を明らかにしている。先にトランプ政権が発足すると即座に教育省は学校でのトランスジェンダーのトイレやロッカーの共用を禁止する命令に触れたが、これは2016年の共和党政策綱領に基づくものである。2016年は大統領選挙でトランプ候補が勝利した年である。

 トランプ大統領はエバンジェリカルの支持を得ることで共和党の大統領候補になることができた。その見返りにトランプ大統領は在任中に4名のエバンジェリカルに共鳴する人物を最高裁判事に指名し、エバンジェリカルの長年の目標であった女性の中絶権を認めた「ロー対ウエイド判決」を覆すことに成功した。保守派とエバンジェリカルは社会倫理を巡るリベラル派との「文化戦争」に勝利するために、「法廷闘争」という手段を取っている。LGBTQに関連する事件を訴訟に持ち込み、最終的に保守派が支配する最高裁での審理で自らの主張を正当化する戦略である。

LGBTQへの差別を容認した最高裁判決

 アメリカでは、最高裁が社会の動きを決定すると言われている。大統領が出す大統領令も、議会が成立させた法案も、その合法性は最終的に最高裁で争われることが多い。誰でも簡単に違憲訴訟を起こすことができる。連邦地方裁、連邦控訴裁での係争を経て、最終的に最高裁で審理される。最高裁の決定は絶対であり、大統領も議会も拒否できない。エバンジェリカルが最高裁を支配する戦略を取り、その手段として共和党を取り込んだのは、ある意味で極めて賢明なやり方であった。エバンジェリカルはレーガン政権からずっと共和党の大統領に最高裁判事に宗教的保守派の人物を指名するように求めてきた。上述のように、それを実現したのがトランプ大統領であった。

 「宗教的自由」と「LGBTQ差別」の問題が裁判で最初に争われたのは、「マスターピース・ケーキショップ対コロラド公民権委員会裁判」である。この事件は、2018年にコロラド州レイクウッド市のパン屋マスターピース・ケーキショップが同性愛のカップルの結婚ケーキの注文を拒否したことから始まった。コロラド市民権委員会が、同店の決定は人種、宗教、性別、性的指向を理由に顧客にサービスの提供を拒否することは州の「差別禁止法」に反すると、ケーキの製作を命じた。

 同州は2014年に同性婚を認めていた。さらに最高裁は2015年に「オーバーグフェル対ホッジス判決」で同性婚を合憲とする判決を下していた。州レベルでも、連邦レベルでも、同性婚は法的に認められていた。

 だが店主は、ケーキを作るには自分の持つ芸術的な技術が必要であり、強制的にケーキを作らされるのは自分の「表現の自由(freedom of speech)」と、「宗教的な権利(right to practice religion)」を侵害すると反論し、州控訴審に上訴したが敗北した。店主はさらに州最高裁に上訴したが、上訴を拒否された。最終的に裁判は連邦最高裁に持ち込まれた。

 2018年に最高裁は7対2の評決で、コロラド州公民権委員会の決定を取り消す判決を下した。最高裁は、公民権委員会が店主の宗教的信念に対して“敵意”を抱いていたと判断した。さらに委員会の宗教に対する敵意は「法律は宗教に対して中立的に適用されなければならない」という憲法修正第1条に反すると指摘している。

 この判決は曖昧なものであった。最高裁は「宗教に対する中立性」を指摘したが、企業が宗教的信念に基づいてLGBTQに対するサービル提供を拒否できるかどうか明確な判断を下さなかった。判決文を書いたケネディ判事は、「宗教的自由」と「LGBTQへの差別」に関連する法的な解釈に関して「さらに検討する必要がある(must await further consideration)」と最終決定を先延ばしすると書いている。この判決は、法的な論議は別にして、結果的には宗教的信念に基づくLGBTQに対する差別を暗に容認するものであった。エバンジェリカルの勝利である。

相次ぐLGBTQ差別を容認する判決

 「宗教的信念」と「LGBTQへのサービス提供」を巡る争いは他でも見られた。ケンタッキー州ルイスビル市でも同様な裁判が行われている。ルイスビル市は1999年にLGBTQに対する差別を禁止する「公平条例(Fairness ordinance)」を成立させた。2019年に同市の写真家が条例によって信仰に反する同性婚の写真を撮ることを強制することはできないと訴訟を起こした。連邦地方裁は、その主張を受け、同条例適用の差し止め命令を出した。

 写真家の訴訟を支援したのは右翼の「自由擁護同盟(Alliance Defending Freedom:ADF)」である。同連盟は「裁判所が、市が原告の憲法修正第1条に規定されている表現の自由に違反していることを認めたことは喜ばしい。これは全てのケンタッキーの住民、そしてアメリア人にとって明確かつ必要なメッセージである」との声明を出した。これに対して市長は「判決に不満である。我が市は共感のある街である。LGBTQ家族が私たちの多様性のあるコミュニティに貢献していることを感謝している」と述べた。

最高裁、宗教的信念に基づく差別を容認する判決

 2023年6月30日、最高裁は「303クリエーティブLLC対エレニス裁判」で、LGBTQに対する差別を容認する判決を下した。9人の判事のうち保守派の判事6名が原告の主張を支持し、リベラル派の判事3名が反対した。

 この裁判は、ウエブサイトの製作企業「303クリエーティブ有限会社」が同性婚の顧客のためにウエブサイト作成の注文を宗教的な信念を理由に断ることができるかどうかを巡る裁判である。マスターピース事件と同様にコロラド州で起こされた訴訟である。同社は新事業として結婚式のウエブサイト作成の事業に進出することを検討していた。新しいサービスを提供することを自社のサイトでユーザーに通知することを考えていた。その際、同社のウエブサイトのデザイナーは、同性婚のためにサイトを製作することは自分の宗教的な信念に反するとして、通知の中に同性婚者からの依頼は断ると書くつもりであった。だが、通知をする前に同社は、そうした通知をすることはコロラド州の「差別禁止法」で禁止されていることを知った。

 原告のウエブ・デザイナー(Lorie Smith)は、自らの宗教的な信念に反して、同性婚のためのサイトを製作しなければならないのは憲法修正第1条の「表現の自由」の規定に反するものであると、2016年にコロラド州の連邦地方裁判所に法の執行差し止めを求めて、訴訟を起こした。原告は、同性婚のためにウエブサイトを製作することは「自らが信じる聖書的真実(biblical truth)に反する」ことであると主張した。原告の主張する「聖書的真実」とは、結婚は男性と女性の間で行われるものだということを意味する。またウエブサイトは原告のオリジナルな芸術作品であり、憲法修正第1条の「表現に自由」によって守られていると主張し、コロラド州の法律の差し止めを求めた。

 2019年に連邦地裁は原告の主張を退け、同州の「差別禁止法」を合法と判断した。これに対して原告は連邦控訴裁に控訴したが、再び敗訴の判決が出された。原告は最高裁に上告し、最高裁で審理されることになった。最高裁は、コロラド州の「差別禁止法」は憲法が規定する「言論の自由条項」に抵触するかどうかに限定して審理を行うこととなった。

 最高裁は2023年6月30日に6対3で原告の主張を認める判決を下した。多数派の6名の判事はいずれも保守派の判事で、そのうち3名はトランプ大統領が指名した人物である。少数派の3名はリベラル派の判事である。保守派のゴーサッチ判事が判決文を書いた。判決は「自分の価値観に反して芸術作品を製作するよう強制することはできない。原告が製作するウエブサイトは原告の表現であり、憲法修正第1条の表現の自由で保護されている」という内容であった。最高裁判決はエバンジェリカルの勝利でもあった。

 反対意見を書いたソトマヨール判事は「判決は民間企業に保護された人々に対するサービスの提供を拒否する憲法上の保護を与えたことになる」と批判した。すなわち「企業はLGBTQを差別する憲法上の権利を与えられた」ことを意味する。

 バイデン大統領は6月30日に最高裁判決を批判する声明を出し、「アメリカでは、単に彼らが誰であるか、彼らが誰を愛しているかで差別される人はいない。最高裁の失望する判決は、こうした基本的な事実を崩すものである」、「私は、この判決はLGBTQ+に対するより大きな差別を招くことになると非常に懸念している」と批判した。

 最高裁判決によって、様々な差別が予想される。キリスト教系の学校が宗教的理由で従業員を解雇したり、病院が宗教的理由から患者を差別したり、医療サービスの提供を拒絶することも可能になる。事実、過去において、運動クラブのコーチが試合前に神にお祈りをしなかったことを理由に解雇された事件も起こっている。「宗教的自由」とは、「宗教的信念に反するものを拒絶する自由」でもある。現在係争中の事件に、法律事務所が採用にさいして応募者に定期的に教会にお祈りに行くことを求めた事件も起こっており、係争中である(Seattle’s Union Gospel Mission v. Woods裁判)。

保守派の法廷闘争を支える法律組織「ADF」の存在

 ウエブデザイナーの事件は極めて奇妙な裁判であった。要するに“事件”は起こっていないのである。同社は結婚式に関するウエブサイト作成事業に乗り出す計画を立てたが、まだ具体的に仕事が始まったわけではない。同性婚カップルからの注文があったわけでもない。要するに加害者も被害者も存在しない事件である。その裁判が最高裁で争われ、しかもエバンジェリカルの主張が認められるという奇妙な裁判であった。その背後に政治的意図を感じざるをえない。

 ケンタッキー州ルイスビル市の裁判で触れたが、「マスターピース・ケーキショップ対コロラド公民権委員会裁判」も、「303クリエーティブLLC対エレニス裁判」も、裁判を支援したのは「自由擁護同盟(Alliance Defending Freedom(ADF)」であった。2つの事件とも原告は一個人である。原告を支援し、最高裁で勝利を収めたのは、ADFの支援があったからである。

 ADFは、中絶問題からLGBTQ問題、同性婚問題の訴訟で原告に資金を提供し、専門家を派遣し、さらに法廷で代理人を務めて、係争を最高裁に持ち込み、保守派の目的の実現を図る団体である。ADFは宗教右派の指導者によって1994年に設立され、自らを「宗教の自由、表現の自由、人生と結婚、家族の尊厳と親の権利を守ることを目的とする世界最大の法律事務所である」と表現している。反LGBTQ、反中絶を主張する団体である。2011年以来、14件の係争で勝利を収めている。

 ADFはLGBTQや中絶問題などで小さな事件を見つけ出し、原告を支援し、最終的に最高裁まで持ち込んで、膨大な資金力に物を言わせて勝訴に持ち込むことで、保守派やエバンジェリカルの主張を実現しようとしている。LGBTQなどを巡る裁判は、極めて政治的な意図に基づいて行われている。

 2024年は大統領選挙と連邦議会選挙の年である。最大の争点は、中絶問題とLGBTQ問題である。もしトランプ前大統領が当選する事態になれば、アメリカ社会は根底から変わってしまうかもしれない。アメリカ社会は多様性と内包性を最大の特徴としてきた。だが、そうしたアメリカ民主主義の根幹が揺れ動く事態も想定される。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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