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なぜ『ワシントン・ポスト』の記者は24時間ストを決行したのか。背後にある衰退する新聞と減少する記者

中岡望ジャーナリスト
本社の前でピッケトラインを張るワシントン・ポストの従業員たち(写真:ロイター/アフロ)

『ワシントン・ポスト』の組合が“歴史的な”24時間ストを実施

 『ワシントン・ポスト』紙の記者とスタッフ約750名が、12月7日から「24時間ストライキ」を決行した。同社では、組合と会社側は新労働協定や従業員の早期退職積増金や賃上げを巡って18カ月に及ぶ交渉を行ってきた。だが、交渉は決裂した。会社は交渉が妥結しなければ、従業員を解雇する構えを見せたことから、組合はストに打って出た。このストは同社の過去48年で最大のストで、組合は“歴史的なスト”だと説明している。組合員は本社の前にピケットラインを張り、「Strike」と書かれたプラカードを掲げた。鐘やドラムを鳴らしh、「Hey, hey, ho, hey, hey, ho, our salary floor is much too low!」と叫びながら気勢を上げた。ただ、管理職や非組合員が動員され、同社の情報提供の業務は滞ることはなかった。

 スト決行の背景には、今年度1億ドルの損失を計上すると予想される経営状況の悪化があった。業績悪化の主な理由は、広告部門の減収であった、業績悪化を理由に、同社は社会部の記者やスタッフを中心に240名の希望退職を募集していた。だが、希望退職に応じたのは約120名に留まり、会社は記者や従業員の解雇を行うと通告していた。

 スト突入に際して、ポスト紙の組合(The Post Guild)は、以下のような「声明」を発表した。「声明」は非常に興味深いので、可能な限り紹介する。蛇足だが、組合を「Union」といわず、「Guild」と表現しているのは興味深い。専門職を自負する意味があるのであろう。

「声明」は次の文章から始まる。「ワシントン・ポスト紙は世界中で多くの読者を持つ新聞として高い評価を獲得してきた。日々、私たちは、大小にかかわらず真実を明らかにし、読者を読者のコミュニティにより深く結びつけ、さらに世界の最も暗い部分に光を当てるために働いてきた。私たちは、ワシントン・ポスト紙が長く存在し、成功を収めるために懸命に働いてきた。私たちの使命は、誠実かつ妥協することなくニュースを報道することである」

 「私たちは、こうした原則を職場に適用しようとしてきた。この18か月間、Post Guildは、全従業員にとって公平な契約を得るために(新労働協定を巡って)交渉を行ってきた。しかし、私たちは会社と重要な事項(従業員の平等な給与、インフレを補填する給与の引き上げ、リモート・ワーク政策、精神疾病に対する医療補助、従業員10%削減に伴う自主的な早期退職に対する割増金の付与)に関する交渉を繰り返し行ってきたが、会社は誠実に交渉を行うことを拒否し、かつ違法に交渉を打ち切った。それが12月7日にワシントン・ポストの従業員が24時間ストを打つ理由である」と、ストを行う理由を説明している。

 さらに「前経営者の誤った経営判断によって会社の収益が悪化した。経営陣は、こうした自らの誤った経営判断の責任を負う代わりに、繰り返し従業員に犠牲を強いてきた。昨年、約40人の従業員を解雇した。自主的な早期退職者が240人に達しないなら、もっと多くの従業員を解雇すると、会社は私たちに警告してきた」

 「私たちの戦いは、報道記者から広告販売担当者、印刷製作スタッフまで、すべてのポスト紙の従業員の雇用を確保するためのものである。それは、すべての従業員が生活に必要な賃金以上を得られることを保証するものである。何十年も会社に身を捧げてきたことに相応しい退職金を出すことを意味している。スタッフを公平に扱わなければ、ポスト紙は競争力を維持し、最高の能力を持ったタレントを確保し、エリート・ジャーナリズムであり続けるのは困難であろう」

 ストに対して会社も声明を発表し、「私たちはGuildのメンバーが24時間ストを行う権利を尊重する。私たちは、読者や顧客に可能な限り影響が及ばないようにする。わが社の目的は交渉が始まったときから変わらない。すなわち、従業員のニーズとわが社の事業のニーズにあう合意をGuildとの間で達成することである」。

記者が貰う給与では子供を大学に進学させれない

 ストに参加した記者は「会社は公平な契約を提示し、年収を4%引上げ、記者の給与の上限を引き上げて欲しい」と語っている。会社は2.25%の賃上げを提案しており、組合の要求との差は大きい。また24年間、同社で働いた記者は「良い契約と良い給与を得るためにストに参加する」と、スト決行に好意的な姿勢を見せている。別の組合員は「私たちは労働契約の交渉が滞っていることに怒っている。私たちは契約のないまま18カ月も放置されている」と、ストに加わった理由を説明している。さらに続けて、「会社が提案している早期退職割増金は、それを受けなければ解雇するという一種の脅しだ」と、会社の対応に憤慨している。

 編集者の女性は「私たちのサラリーでは物価の高いワシントンDCでは生活できない」と経済的な厳しさを訴えている。ちなみにワシントンDCの記者の平均給与は6万4046ドルである。記者の全国平均の給与は5万8363ドルである。アメリカでは、この水準の所得は中産階級の中の低い層の所得に相当する。この所得水準では子供を大学に入れるのは苦しい。高学歴者が貰うような給与水準ではない。アメリカでは、スター記者を別にすれば、記者は決して恵まれた職業とはいえない。

なぜ『ワシントン・ポスト』紙は業績悪化に直面したのか

 アメリカの“エリート・ジャーナリズム”を代表する新聞は『ニューヨーク・タイムズ』であり、その最大の対抗馬は『ワシントン・ポスト』である。だが、現在、『ワシントン・ポスト』は購読者の数で『ニューヨーク・タイムズ』に完全に差を付けられている。『ニューヨーク・タイムズ』の購読者数は2023年第2四半期に18万増加し、1000万人の大台に達している。前年同期比で売上は6.5%増え、営業利益も7620万ドルから9220万ドルに増えている(『New York Times』、2023年8月8日、「New York Times Revenue Rises 6.4」)。紙媒体の購読者数は67万で、圧倒的にデジタル媒体の読者の方が多い。スポーツ・ウエブサイトの『The Atlantic』を買収した効果もあった。ちなみに同社の記者の数は2000名を超えている。

 他方、『ワシントン・ポスト』は、現在のデジタル媒体の購読者数は250万である。トランプ政権時代に購買者数は増加し、2021年に300万台のピークに達したが、その時と比べると15%以上減っている。デジタル記事の閲覧者の数も、同期間中に28%減っている。また記者の数も1000人と『ニューヨーク・タイムズ』の半分にまで減っている。全従業員数は2500名である。同社は厳しい経営環境に直面している。過去の楽観的な見通しのもとで積極的な投資を行ったことが裏目にでている。「急激かつ急速に成長した」反動が、現在、同社の経営を圧迫している。

 2022年12月に当時のフレッド・ライアンCEOは、従業員を削減する計画を明らかにしていた。同CEOは2023年6月に辞任し、新たに暫定CEOに就任したパッティ・ストーンサイファーは10月10日に従業員に対して「2013年以来、最も大胆な人員整理を行う」と伝えている(『Washington Post』、2023年10月11日、「Washington Post cuts follow rapid expansion, unmet revenue projection」)。その内容は上述のように、240名の自主退社である。ただ割増退職金を貰える従業員の数は限定されていて、自主退職を申し出ても、全員が割増しを貰える訳ではなかった。それに追い打ちをかけるようにサリー・ブズビー編集局長が、編集部とニュースレター部などで合理化を行うと発表した。合理化が終われば、編集部の要員は940人にまで減少することになる。

急速に進む読者の新聞離れ、記者の削減も進む

 『ニューヨーク・タイムズ』の成功は例外的で、多くのメディアは合理化を迫られているし、既に実施している。NPR(National Public Radio)は今年に入ってスタッフの10%を削減している。CNNは昨年12月に数百人規模でスタッフを削減している。Sportyも今年の夏に200名のスタッフを削減している。全米最大の新聞チェーンで傘下に200以上の新聞社を抱えるGannettも数次にわたる人員合理化を実施し、記者の8%に当たる400人を解雇している。Vox Mediaは1月に1900人の従業員の7%を解雇している。こうした人員整理の背景には読者数の減少がある。また、テレビ業界も大きな影響を受けている。傘下に約200のテレビ局を抱えるシンクレア放送グループは2021年に400名以上の従業員を解雇している。

 Pew Research Centerの調査では、読者の新聞離れが顕著である結果がでている(2023年11月15日、「News Platform Fact Sheet」)。それによると成人の56%はスマートホンやコンピュータ、タブレットを通して「頻繁」にニュースを読むと答えている。「時々」利用するは29%である。この二つを合わせると実に85%の人がデジタル媒体を通してニュースを読んでいる。

 他方、新聞などの活字メディアから「頻繁」にニュースを得る人の割合は9%、「時々」が28%で、合わせても37%に過ぎない。テレビを通してニュースを得る人の割合は「頻繁」が32%、「時々」が30%で、合わせると62%である。テレビも減少傾向にある。2020年には「頻繁」が40%で、3年間に8ポイント低下している。

 読者の減少が新聞の発行部数の減少に結びついている(Pew Research Center, 2023年11月10日、「Newspapers Fact Sheet」)。2022年のアメリカの日刊紙の総発行部数(紙媒体とデジタル媒体の合計)は2090万部である。2021年と比べると、紙媒体の日刊紙は13%、日曜版は16%減少している。デジタル媒体の統計は整備されておらず、推計値になるが、2022年のデジタル媒体は12%増加している。

 こうした発行部数の減少は、記者の削減に結びつく。Pew Research Centerの調査(2021年7月13日、「U.S. newsroom employment has fallen 26% since 2008」は、長期的に新聞記者の数が減少していることを示している。2008年には11万4000人いた全米の記者(記者、編集者、カメラマン、ビデオ制作者を含む)の数は、2020年には8万5000人にまで減っている。2008年から2020年までに記者の数は26%減っている。他方、デジタルサイトの記者の数は増加している。

 2021年以降も記者の減少は続いている(Pew Research Center、2022年10月13日、「After increasing in 2020, layoffs at large U.S. newspapers and digital news sites declined in 2021」)。2020年には大手新聞社の33%が記者の削減を行っている。2021年には、その比率は11%に低下したが、記者数の減少傾向は変わっていない。

 新聞の凋落はアメリカだけの問題ではない。日本でも新聞社は同じ問題に直面している。日本のメディアの状況はさらに悪いかもしれない。新聞だけでなく、雑誌も大きく発行部数を減らしている。多くのデジタル媒体はフリーのジャーナリストを頻繁に使い、ニュースや分析を提供している。しかし、第1次情報に最も容易に接触できる新聞記者の減少は、長期的にジャーナリズムのベースを弱体化させる可能性もある。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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