Yahoo!ニュース

誰が「共和党」の支持者か?「保守主義の党」から「エバンジェリカルの党」、「トランプの党」への変遷

中岡望ジャーナリスト
共和党は「トランプの党」に変貌、最大の支持者はエバンジェリカルと白人労働者(写真:ロイター/アフロ)

変貌する共和党、「リンカーンの党」から「極右の党」へ

 かつて共和党は「良識の党」と言われた。共和党は「リンカーンの党」とも言われた。奴隷制度を廃止したリンカーン大統領が作った政党でもある。

 建国当初、ヨーロッパからの干渉を排除するために政府主導の産業政策を通して強いアメリカの建設を主張したアレキサンダー・ハミルトン初代財務長官を指導者とする「フェデラリスト党」が、共和党の前身である。ハミルトンは産業育成のためには強い中央集権国家が必要だと主張した。そのため関税引上げなどで国内の幼稚産業の保護政策を取った。関税収入を使って運河や道路など産業インフラの建設に努めた。その後、フェデラリスト党は衰退するが、その政策は「ホイッグ党」に引き継がれ、1854年に「共和党」が設立された。1860年にリンカーンが大統領に就任し、南北戦争が始まった。そしてフェデラリスト党以来の念願であった奴隷制度の廃止が実現した。

 南北戦争前後に始まった産業革命で共和党は企業の利益を代弁する政党になり、農民や労働者を支持層とする民主党と対立した。1930年代の大恐慌で共和党は国民の支持を失い、ルーズベルト大統領はニューディール政策でアメリカを革命的に変え、民主党の長期政権の地盤を確立した。戦後、共和党は「反ニューディール政策」を旗印に政権奪回を試みた。アイゼンハワー大統領の誕生で共和党は政権の奪回に成功した。その後、ニクソン大統領、フォード大統領、レーガン大統領、ブッシュ大統領(親子)、トランプ大統領と共和党の大統領が誕生している。

 1970年代まで共和党はバランスの取れた「良識の党」であった。だが、1964年の大統領選挙で共和党は“極右”の政治家ゴールドウォーター上院議員を大統領候補に擁立した。選挙結果は、ゴールドウォーター候補は民主党の現職のジョンソン大統領に大敗する。ゴールドウォーター擁立以降、共和党は「保守主義の党」へと変わっていく。1980年代になると、共和党は「レーガンの保守主義」を旗印に掲げた。

 レーガンの保守主義には3つの柱があった。1つは、財政均衡や小さい政府、減税を主張する「財政保守主義」、2つ目は外交政策での介入主義を主張する「ネオコン主義」、さらに家族倫理を強調する「キリスト教右派の思想」である。

 特にレーガン大統領は、新しい共和党の支持者としてキリスト教右派の「エバンジェリカル」と手を組んだ。エバンジェリカルは次第に共和党の最大の支持層となっていく。ブッシュ大統領(息子)も自らエバンジェリカルを名乗り、共和党とエバンジェリカルの関係をさらに強めて行った。共和党は次第に「レーガンの保守主義」から離れ、「エバンジェリカルの党」へと変質していく。エバンジェリカルの支持を得て、トランプ政権が誕生した。今や共和党の最大の支持者はエバジェリカルであると言っても過言ではない。エバンジェリカルの支持を得なければ、共和党の大統領候補にはなれないのが現実である。エバンジェリカルは伝統的な家父長制を基盤とする社会的価値観を強調し、中絶や同性婚、LGBTQの権利に反対した。社会的価値観を巡ってリベラル派に「文化戦争」を挑んでいく。現在、エバンジェリカルこそが、アメリカ社会を分断する最大の元凶となっている。

 また現在の共和党は「MAGAの党」と言われる。MAGAとは「Make America Great Again」の頭文字を取ったもので、トランプ支持派を意味している。トランプ大統領は白人労働者を「忘れられた人々」と呼び、本来は政治に無関心である彼らを共和党の支持基盤に組み込むことに成功した。白人労働者はMAGAの最大の支持者である。

 現在の共和党は「エバンジェリカルの党」「陰謀論の政党」「QAnonの政党」「極右の党」「白人労働者の党」、あるいは「トランプの党」と言われるほど大きな変貌を遂げている。かつて共和党の支持基盤であった企業家は共和党離れをしている。逆に白人労働者は共和党の強力な支持基盤になっている。1970年代まで、共和党は「企業の党」、民主党は「労働者の党」と言われたが、現在の両党の支持層は大きく変わっている。

 なぜ共和党はかくも大きな変貌を遂げたのか。それを知るためには、共和党の支持者は誰かを知る必要がある。

誰が共和党を支持しているのか

 2023年8月に『ニューヨーク・タイムズ』とシエナ大学が、共和党の支持者に関する世論調査の結果を発表した(2023年8月17日、「The 6 Kinds of Republican Voters」)。同調査では、共和党の支持者は6つのグループに区分されている。

①穏健なエスタブリッシュメント=「15%」、高学歴で、富裕層であり、社会     

 問題などでは穏健派で、トランプ前大統領に対して批判的な層。

②伝統的保守主義者=「26%」、経済社会政策では古いタイプの保守主義者で、中

 絶に反対し、企業減税を支持する。トランプは好きではないが、トランプを支持 

 している。

③右派勢力=「26%」、「非常に保守的(very conservative)」で、その大多数

 はエバンジェリカルであり、アメリカは崩壊の瀬戸際にあると信じてい

 る。トランプの最大の支持層である。

④ブルーカラー・ポピュリスト=「12%」、北部の州に多い労働者階層である。人

 種や移民問題で極めて保守的な立場を取る。社会的には穏健派だが、経済的には

 ポピュリストである。トランプ支持派である。

⑤リベラルな保守派=「14%」、西部や中西部の保守派で、小さな政府を支持して

 いる。社会的に穏健派だが、孤立主義者である。トランプ支持派である。

⑥新規参入者=「8%」、若い世代で穏健派である。選挙結果に不満を抱いてい

 る。

 同記事はトランプ大統領と共和党支持者の関係を次のように表現している。「共和党内でトランプが圧倒的な支持を得ているのは『右派勢力』と『ブルーカラー・ポピュリスト』の連合である。この2つのグループを合わせると共和党のほぼ40%を占める。またトランプを圧倒的に支持するMAGA勢力の3分の2を占めている」。

 「ブルーカラー・ポピュリストと右翼勢力はいつも意見が同じわけではない。特に宗教的権利(religious right)、同性婚、中絶の問題では意見が異なっている。ただ、いずれのグループもトランプの主要な支持派である。トランプの抱くアメリカの将来に対する悲観的で、カリスマ的な意見に同意している」と指摘している。右翼勢力の大半はエバンジェリカルで、彼らは中絶や同性婚に反対し、政教分離に反対する立場を取っている。ブルーカラー・ポピュリストの中にも多くのエバンジェリカルが含まれている。

共和党支持者の5つのグループの特徴

 誰が共和党を支持しているのかを示す、もうひとつの調査がある(Pew Research Center, 201年「The Republican Coalition」)。この調査では共和党支持層は5つのグループに区分されている。

①宗教的信念とナショナリズムを主張する保守派=「23%」

 a)アメリカは他の国よりも優れていると考えている。

 b)キリスト教が社会生活でもっと重要であるべきだと考えている。

 c)トランプを強力に支持し、2020年の大統領選挙が盗まれたと主張する政治家を 

  支持する。

 d)大半がキリスト教徒で、積極的な政治活動をする。5つのグループ内で最も保

  守的な層である。

②確信的保守主義者=「15%」、

 a)経済問題を筆頭にすべての問題に対して極めて保守的である。

 b)外交政策は同盟国との関係を重視する。

 c)2020年の大統領選挙で圧倒的にトランプ候補に投票。

 d)過去の大統領ではレーガン大統領を最善と考えている。「レーガンの保守主 

  義」を支持する。

 e)最も学歴が高い層である。

③右派ポピュリスト=「23%」、

 a)移民反対。

 b)大企業や銀行に批判的。

 c)トランプの強力な支持者層。大半は高卒以下の学歴。

④アンビバレントな右派=「18%」、

 a)小さな政府を支持、福祉政策に批判的。

 b)移民や社会問題では穏健派。

 c)多くは共和党に違和感を抱いている。

 d)トランプに批判的。

 e)若年世代。

 f)他のグループに比べて非宗教的。

⑤傍観者的=「15%」、

 a)政治的見解は明確ではない。

 b)経済政策ではリベラル、他の分野では保守的。

 c)政治的には民主党と共和党の連合を志向。

 d)明確な政治的立場を持たない。最も財政的に厳しい状況に置かれている層。

 ここでは「宗教的信念とナショナリズムを主張するグループ」の比率が最も高い。このグループにエバンジェリカルが含まれている。このグループの88%は自分を「保守的」、35%が「極めて保守的」であると答えている。「彼らは圧倒的に白人でキリスト教徒であり、社会生活の中で宗教が重要な役割を果たすべきだと考えている。最も強力なトランプ支持層である。またトランプは2020年の大統領選挙で勝利していた」と考えている。

共和党の支持層はどう変わったのか

『ニューヨーク・タイムズ』とシエラ大学の調査は、現時点での共和党の支持者の状況を示しているが、共和党の変化を示していない。『NBCニュース』の調査は、過去10年間の支持層の変化を示している(2023年1月13日、「Here(s a look at how much the GOP has changed in 10 years」)。

 同調査の特徴は、学歴による支持層の変化である。その特徴は、大学に進学していない低学歴の白人の支持層の共和党支持率が着実に増えていることだ。

●高卒以下の白人労働者の共和党支持率:

     2012年   48%、

     2016年   56%

     2022年   62%

●大卒白人の共和党支持率

     2012年   40%

     2016年   33%

     2022年   25%

●有色人種の共和党支持率

     2012年   12%

     2016年   11%

     2022年   12%

 ここで特徴的なことは、「低学歴の白人労働者」の共和党支持率が大きく高まっていることだ(48%から62%と14ポイント増)。他方、「高学歴の白人」は逆に支持層は減っている。ちなみに2022年の高卒以下の白人労働者の民主党支持率は33%で、2022年の28%より5ポイント増えている。だが共和党支持の半分である。民主党が「労働者の党」と呼ばれたのは、遠い昔のことである。

 低学歴の白人労働者は組合を嫌悪する傾向がある。組合幹部に対して、組合費をかすめ取り、自分たちだけが良い生活をしていると批判的な姿勢を取っている。現在、民主党を支持する労働者層は、組合に属する組織化された大企業の労働者で、低学歴の白人労働者の大多数は非組合員である。なお民間部門の組合参加率は7%程度である。白人労働者は、自分たちが福祉に依存しているにも拘わらず、福祉政策を嫌う傾向がある。

 極論すれば、共和党は「低学歴の労働者の党」になっているのである。彼らは中西部に住み、国際化の最大の被害者であった。工場閉鎖の影響を直接感じていた。トランプ大統領が、海外から雇用を取り戻すと主張したとき、彼らは喝采し、トランプ陣営の強力な支持者となり、「MAGA勢力」の一翼を担うようになっている。

共和党は「権威主義国家」を目指す党に変わった

 『ロサンジェルス・タイムズ』は、共和党は「独裁主義的な党」に変わったと指摘している(2023年10月8日、「Here’s how we know the Republican Party has become an autocratic movement」)。またトランプ前大統領は「オカルト的な指導者」であったと厳しい口調で批判している。同紙は「共和党知事で中絶権を支持する知事は一人もいない。多くの共和党知事は自分の州で中絶を犯罪化するために動いている。30年前、共和党は圧倒的に白人の党であった。だが、少なくとも党内における反対者や意見の違う人を受け入れてきた」と、現在、共和党がイデオロギー的に極めて排他的になっている事実を指摘している。その理由として、「トランプの持つ反民主主義的で、強者の本能が共和党内の反対者を粉砕し、党内の全体主義的な衝動を強化した。かつては中道右派の政党であったが、現在、全体主義的な国家の建設を目指す方向に動いている」と指摘している。トランプ前大統領を始め共和党議員の多くがロシアに共感を抱くのも、こうした理由があるからと予想される。

 共和党は「多様性」を容認する党から極めて「排他的」かつ「全体主義的」な党に変わっている。党内で異論を唱えれば、党から排除される。少数の極右勢力がトランプの力を借りて、ますます党内で力をつけ、穏健派を圧殺するまでになっている。さらに同紙は「トランプとトランプ主義が共和党を支配している。なぜなら、トランプは共和党が望んでいるものを代表しているからだ」と、トランプ前大統領と共和党の共生関係を指摘する。そして同紙は「共和党はかつての伝統的な共和党に戻ることはできない」と、共和党が置かれている状況を指摘する。共和党は「トランプに乗っ取られたのである」。

変わらぬ共和党支持者のトランプ前大統領支持率

 なぜ共和党支持者はトラプを支持し続けているのか。大統領選挙の世論調査ではトランプ前大統領は他の候補者を寄せ付けぬほど圧倒的な支持を維持し続けている。共和党の多数派は、トランプ前大統領に関する多くの訴訟が行われ、批判されているにも拘わらず、それらは「裏の国家(deep state)」がトランプと共和党の支持者を分離するための「陰謀」であると信じている(The Hill, 2023年4月30日、「Why GOP voters are so loyal to Trump」)。共和党支持者の60%以上がトランプ前大統領の再選を望んでいるのである。共和党大統領予備選挙に向けた公開討論会が2回行われ、いずれもトランプ前大統領は出席しなかったが、それで共和党内の強固な支持基盤に動揺はまったくなかった。

 トランプ陣営のスポークスマンは「トランプは世論調査で他の候補を圧倒している。その結果、連邦議会の議員や州議会の議員、地方のリーダー、グラスルーツの活動家はこぞってトランプを支持している。彼らは、トランプが2024年の大統領選挙で勝てる唯一の候補者であると知っているからだ」と分析している。さらに「トランプが提示している政策よりも大胆で、先見性がある政策を打ち出せる候補者はいない」と、トランプ前大統領が予備選挙で他の候補を圧倒する理由を説明している。

共和党を乗っ取った「エバンジェリカル」

 既に指摘したように、キリスト教右派、より正確にいえばエバンジェリカルが共和党の最大の支持者になっている。いかにしてエバンジェリカルが共和党を“乗っ取った”のであろうか。1980年代からエバンジェリカルと共和党は強い相互依存関係を構築する。伝統的な価値観を重視するエバンジェリカルは、中絶の合法化で危機感を抱き始める。ポルノ解禁などリベラルな政策が相次いで実現する中で、リベラル派との「文化戦争」で勝利するために共和党と手を組む。特に「文化戦争」の勝敗を決する最高裁の判事を影響下に置く戦略を取った。レーガン大統領を始め、歴代の共和党の大統領にエバンジェリカルの主張に同調する人物を最高裁判事に指名するように求めた。共和党はエバンジェリカルの潤沢な資金と票を手に入れた。

 エバンジェリカルは共和党の大統領や連邦議員に働きかけるだけでなく、共和党の地方支部を支配する戦略を取った。地方の共和党支部にエバンジェリカルの役員を送り込み、草の根から共和党組織に浸透して行った。日本の旧統一教会が自民党支部に選挙を利用して通して食い込んで行ったのと同じ手法である。ちなみにエバンジェリカルは、アメリカで最大の信者数を誇るプロテスタントの集団である。

 2016年の大統領選挙でトランプ候補が勝利したのは、エバンジェリカルの支持を得たからである。予備選挙でトランプ候補はエバンジェリカルの票の半分以上を獲得した。トランプ寄りもはるかに宗教的なテッド・クルーズ上院議員は30%、マルコ・ルビオ議員はわずか11%しか獲得できなかった。最も非キリスト教的なトランプ候補が圧倒的にエバンジェリカルの支持を得て、共和党の大統領候補になれた。

 トランプ大統領はエバンジェリカルの主張を受け入れ、最高裁判事にエバンジェリカルに同調する人物を4名指名した。その結果、最高裁判事9名のうち、6名が保守派の判事が占めた。保守派が支配する最高裁は、2022年6月に女性の中絶権を求めた73年の最高裁判決「ロー対ウエイド判決」を覆した。エバンジェリカルの願いが実現したのである。それを受け、南部の州など24州で中絶を実質的に禁止する動きが出てきた。エバンジェリカルは州法から連邦法での中絶禁止を要求し、共和党はその要求に応じる姿勢を示している。

 さらに最高裁は2023年6月に「表現の自由」「宗教の自由」を根拠にLGBTQに対するサービス提供を拒否できるとの判決を下した。これもエバンジェリカルの要求の実現であった。さらにエバンジェリカルは、最高裁が認めた同性婚の判決を覆すことを共和党に要求している。現在の最高裁の判事の陣容を考えれば、エバンジェリカルの希望通りの判決が出てもおかしくはない。極論すれば、共和党はエバンジェリカルの意のままに動く政党になっているといえる。

QAnonの陰謀論を信じる共和党支持者

 共和党は「オカルトの党」になったとの指摘もある。特に陰謀論を主張するQAnonは依然として共和党に強い影響力を持っている。『Intelligencer』は「QAnon’s Takeover of the Republican Party is Virtually Complete」と題する記事を掲載している(2023年5月26日)。その中で「QAnonの共和党内への浸透は過去数年の間に驚くほど着実に進んでいる」と指摘している。2022年の中間選挙で約60名のQAnonの同調者が連邦選挙で当選した。同記事は「QAnonの陰謀論は我々が思っている以上に速く上院議員、最高裁、共和党の指導部に広がっている」と、QAnonの動向に注意を喚起している。

 『US News and World Report』も「A Quarter of Republicans Believe Central Views of QAnon Conspiracy Movement」(2022年2月24日)と題する記事を掲載している。PRRI調査によれば、共和党支持者の25%がQAnonの陰謀論を信じているという。QAnonの陰謀論は、「影の国家(deep state)」が存在し、社会を裏から操っているとか、「影の国家」のエリートは若さを保つために少女を誘拐し、その血を飲んでいると主張している。滑稽な陰謀論であるが、別の調査では、国民の16%が荒唐無稽なQAnonの陰謀論を信じているという。もともと共和党は陰謀論を展開する傾向があり、1980年代頃から選挙はリベラル派に盗まれていると主張していた。2020年の大統領選挙でトランプ大統領が敗北したのは、選挙が盗まれたからだと共和党支持者は信じているが、そうした陰謀論は以前から共和党内に存在していた。

 また『NPR』は「A new book explains how QAnon took hold of the GOP, and why it’s not going away」(2023年3月2日)と題する対談を掲載している。その中で「QAnonは一時的な現象ではない。本格的な陰謀論運動の始まりに過ぎない」と指摘している。共和党の歴史を詳細に検討してみると、陰謀論との結びつきが極めて強いことが分かる。

結論=解決が容易ではないアメリカの“分裂”

 アメリカでは社会的価値観を巡って「文化戦争」が展開されている。より多様性とインクルーシブな社会の実現を目指すリベラル派と、伝統的な家族観や社会観に基づく社会の再構築を目指す保守派の争いである。これがアメリカ社会の最大の分裂の原因になっている。価値観を巡る争いの背後には宗教が存在している。こうした社会観を巡る争いには妥協が存在しない。現実のアメリカ社会はますます深刻な分裂に直面している。

 さらに重要な動きが見られる。それは「キリスト教ナショナリズム」が着実に社会に浸透しつつあることだ。保守的なプロテスタントたちは、アメリカは「キリスト教国家」であると主張している。宗教の世俗化の中でキリスト教倫理が失われており、『聖書』に基づくアメリカ社会の再建を目指している。彼らの最初の攻撃の対象は「政教分離」を廃止し、キリスト教理念に基づく法体系を構築することである。家父長制を基本とする家族倫理の再構築も求めている。共和党は、そうした要求に応じる姿勢を見せている。

 「アメリカの南部化(Southernization of America)」が進んでいる。南部の一部の人々は、奇妙に聞こえるが、南北戦争で南部は敗北していないと本気で主張している。南部の極右は「奴隷制度廃止は間違いだった」と公然と主張している。また少数であるが、「連邦からの分離独立」を求める声もある。南部では、南北戦争はまだ終わっていないのである。南北戦争後の連邦政府の中途半端な「南部再建政策」の結果、南部の人種問題は未解決のまま残された。人種問題の根源は不完全な南北戦争の処理にあり、その結果、今でも深刻な黒人に対する差別が残っている。

 南部の主張が他の地域にも着実に浸透しつつある。これが「アメリカの南部化」と呼ばれる現象である。

 アメリカには様々な分断が存在する。イデオロギーによる分断、貧富の格差による分断、教育格差による分断、地域格差による分断など、いずれも容易に克服できない分断である。アメリカの論者の中には「第2の南北戦争」は避けられないと指摘する者もいる。2022年1月6日の極右の議事堂乱入は、そうした勢力の存在が背後にあった。

 もし2024年の大統領選挙と連邦議会選挙で共和党が勝利すれば、アメリカの民主主義は崩壊の危機に直面することになるだろう。それほどアメリカの抱える分断は深刻なのである。トランプ前大統領は中絶問題などで極めて巧みにエバンジェリカルとの間に距離を置き始めている。次回の大統領選挙で、トランプ前大統領は名実ともに共和党を「トランプの党」にする明確な戦略を持っているようだ。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

中岡望の最近の記事