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中間選挙を前に考える:アメリカは本当の民主主義国家か?「投票妨害」と「選挙制度」空洞化を巡る政治闘争

中岡望ジャーナリスト
アメリカの民主主義は空洞化しつつある。写真は米議事堂(写真:イメージマート)

■ 多くのアメリカ人は「選挙制度」の公平性を信じていない

 長い間、日本人はアメリカを民主主義のモデルだと思ってきた。民主主義の基本は、「公平な選挙制度」、「選挙結果の受け入れ」、「円滑な政権交代」である。だが、現在、アメリカの民主主義が危機に瀕している。2021年1月6日、大統領選挙の結果が無効であると主張するトランプ派の人々が議事堂に乱入した。上院では大統領選挙結果の認証手続きが行われている最中であった。極右に主導された暴徒は、南部連合の旗を掲げ、認証会議の議長を務めるペンス副大統領や上院議員の殺害を叫んでいた。最終的に上院は大統領選挙の結果を認証し、バイデン大統領が誕生した。現在、下院で議事堂乱入事件の真相を解明する特別委員会が開かれている。

 だが、話はここで終わらない。現在、アメリカでは中間選挙が行われている。『ワシントン・ポスト』が共和党の候補者に対して興味深い調査を行っている(2022年10月6日、「A majority of GPO nominees -299 in all—deny the 2020 election results」)。同紙は「11月に行われる下院選挙、上院選挙、州知事などの選挙で共和党の指名を受けている候補者の大多数(全員で299人)が前回の大統領選挙の結果を否定するか、疑問を呈している」と指摘している。

 さらにクイニピアック大学の調査(2021年5月26日)では、共和党支持者の65%が大統領選挙は正当ではないと答えている。正当であると答えた比率は25%に過ぎない。アメリカ全体では64%が正当、29%が不当であると答えている。国民の約30%が大統領選挙で不正が行われたと考えているのである。

 アメリカ人、もっと正確に言えば共和党支持者の多くは、選挙の公平性を信じていない。ギャラップ調査(2022年11月4日、”Confidence in Election Integrity Hides Deep Partisan Divide”)は、驚くべき結果を報告している。2022年の中間選挙で公平に投票が行われ、票の集計が行われると確信しているアメリカ人は63%に過ぎない。37%のアメリカ人は、選挙と票の集計が公平に行われないと考えている。2006年の調査では、75%が選挙の公平性を信じていると答えている。40%近い有権者が選挙制度を信頼していない国が、民主主義国家といえるのだろうか。

 2020年の大統領選挙でトランプ大統領は、選挙で不正が行われ、選挙が盗まれたと繰り返し主張し、トランプ支持者は相次いで訴訟を起こした。だがすべての裁判で、不正を証明する事実は何も証明されなかった。それでも共和党支持者は選挙で不正が行われたと執拗に主張している。

 アメリカの選挙を検討してみると、保守派の主張とは逆に、保守派は様々な手段を講じて非白人を選挙から排除。また、様々な陰謀論を展開し、選挙制度を否定してきた歴史がある。今回の中間選挙も例外ではない。もし激戦区で共和党候補が敗北すれば、共和党支持者は選挙で不正があったと訴訟を起こす準備をしている。

■ 大多数のアメリカ人は中間選挙で選挙妨害があると考えている

 アメリカ人の選挙制度に関する興味深い調査もある。The Economist/YouGovの調査(10月29日~11月1日実施)によると、「有権者が投票を阻止されるか」という問いに対して、19%が「very likely(極めてありうる)」、27%が「somewhat likely(多分ありうる)」と答えている。投票妨害が行われると考えている回答は46%に達している。民主主義の基本である「選挙の公平性」は完全に損なわれているのである。さらに同じ調査で「民主主義は危機にあるか」という問いに対して、62%が「イエス」と答えている。党派別では、共和党支持者の61%、民主党支持者の68%、無党派の56%が「イエス」と答えている。バイデン大統領は中間選挙で「トランプ派によって民主主義が脅威にさらされている」と訴えている。これは、単に選挙戦略に留まるものではなく、アメリカが直面している否定しがたい現実なのである。

 アメリカの政治の歴史を振り返ってみると、それは選挙制度を巡る闘争の歴史でもあった。有権者を拡大しようとする政治勢力と、制限しようとする政治勢力のせめぎ合いの歴史であった。その結果、重大な欠陥を抱えた選挙制度が導入され、現在の政治に深刻な影を落としている。今回の記事で、なぜアメリカは独特な選挙制度を作り上げてきたのかを検討し、今まさに起こっている選挙制度を巡る政治的対立の根源を明らかにする。

■ 最初の連邦議会では各州に1票の投票権を与えられた

 アメリカは13州が連合して成立した国である。1781年2月に批准された最初の憲法「連合規約(Article of Confederation)」では、各州は同等の権利を持つとされた。州の人口や経済力は考慮されなかった。独立戦争を勝ち抜くために13州が一致団結する必要があった。連邦会議には課税権もなく、常設軍も置かれていなかった。

 連合規約の第1条で、新国家の名称を「the United States of America (アメリカ合州国)」とすると規定し、第2条で「各州は議会によって連邦に明確に移譲されていない主権、自由、独立、すべての権力と司法権を保有する」と書かれている。すなわち、国家を形成した後も、州は多くの主権を持ち続けた。第5条に各州は1人から7人の代表者を送ることができると規定されている。ただ議決を必要とする案件に関して、各州は投票権を1票しか行使できないと規定されている。

 連合規約には誕生したばかりの新生国家を守る法律としては深刻な欠陥があった。すぐに連合規約の改正が大きな課題となった。だが改正では不十分だとして新憲法制定の動きが始まった。ジェームズ・マディソン(後の大統領)やアレキサンダー・ハミルトン(初代財務長官)は改正ではなく、より強力な中央政府を樹立するために新憲法の制定が必要だと主張した。他方、権力の集中を恐れる保守派のトーマス・ジェファーソン(後の大統領)たちは新憲法制定に反対した。最終的に1787年5月から9月まで新憲法草案を起草するためにフィラデルフィアで「憲法会議」が開催された。

■ 各州に上院議員2人の割り当ては共和党に有利な制度

 憲法会議で最大の課題となったのは、各州の代表権の配分を巡る問題であった。多くの人口を擁する大きな州と人口が少ない小さな州の利害対立が表面化した。小さな州は、人口や経済力に基づいて議員を配分することは、自分たちにとって不利だと主張した。激しい議論を経て、最終的に人口比率で議員を決める「下院」と、各州に2名の議員を平等に与えられる「上院」を設置する2院制を導入することで妥協が成立した。

 人口にもかかわらず上院で2人の上院議員を割り当てることは、小さい州にとって極めて有利な制度であった。たとえば2019年の各州の人口を比較すると、最も多いカリフォルニア州の人口は約3950万人であるのに対して、最も少ないワイオミング州人口は約58万人である。人口に68倍の差があるにもかかわらず、両州には同じ2人の上院議員が割り当てられている。現在、共和党が地盤とする州は小さい州が多い。その結果、共和党は上院で極めて有利な立場にある。

 下院に関しては、憲法の第2条に10年毎に国勢調査を行い、人口の変化に応じて下院議員の各州への割り当てを修正すると規定している。同時に「各州は少なくとも1人の下院議員を選出する」と規定されており、現在、下院議員が1人しか割り当てられていない州は6州存在する(アラスカ州、デラウエア州、モンタナ州、ノースダコタ州、バーモント州、ワイオミング州)。日本では1票の格差が大きな問題となり、訴訟が繰り返し行われている。最高裁は「違憲状況」という判決を下しているが、各県の議員配分の不平等は是正されない。アメリカでは日本のような問題は起こらない。ただ、議席見直しに伴い、特定の党に有利な選挙区の線引きを行うゲリマンダーの問題が起こる。

■ 共和党に有利な選挙区の線引き:ゲリマンダーの問題

 議会は公平に国民を代表するものでなくてはならない。だが、州への下院議員割り当ての変更に伴って、特定の政党に有利な有利な選挙区の線引きが行われる「ゲリマンダー」である。たとえば共和党が州議会の多数を占め、知事を擁立している場合、共和党に有利な線引きが行われる。2022年の中間選挙で議席配分の見直しが行われたが、50州のうち共和党支配の州は30州を超えており、そうした州では共和党に有利な線引きが行われた。

 共和党が投票制限とゲリマンダーを通して選挙を有利に展開してきた歴史がある。たとえば、線引きに際して、地域の全人口をベースにするのか、有権者人口をベースにするのかという問題がある。2016年にテキサス州で、有権者人口をベースにする区割りは憲法の原則に反するという訴訟が起こされた。共和党は、有権者をベースにすべきだと主張した。黒人やヒスパニックの家族には子供が多いため、全人口をベースにする区割では共和党に不利だからである。その訴訟は「Evenwel v Abbott裁判」と呼ばれた。最終的に最高裁は共和党の主張を支持する判決を下した。

 さらにゲリマンダーに関して「Rucho v. Common Cause裁判」が争われた。ノースカロライナ州とメリーランド州で行われた極端なゲリマンダーが市民の権利を奪うものだと訴訟が起こされた。2019年6月に最高裁は訴訟を棄却する判決を下した。その理由は、連邦裁判所には政治的なゲリマンダーを監視する権限はないというものであった。また、どのような選挙区割りをするかは州の権限であるという判決を下した。この判決は、実質的に政治的な意図によるゲリマンダーを容認することになった。事実、共和党の州ではゲリマンダーが行われている。

■ なぜ大統領選挙は「間接選挙」なのか

 先進国で大統領が“間接選挙”で選ばれている国はアメリカしかない。最も多くの有権者の支持を得た人物が国の指導者に就任するのが普通である。だがアメリカの制度は異なる。

 たとえば2016年に行われた大統領選挙では、民主党のクリントン候補が6585万票(48%)を獲得したにもかかわらず、6298万票(46%)しか獲得しなかった共和党のトランプ候補に敗北した。それはクリントン候補が獲得した「選挙人(elector)」の数が227人で、トランプ候補の304人を下回ったからである。国民の過半数の支持を得ても大統領になれないのである。2000年の大統領選挙でも民主党のゴア候補が得票数で共和党のブッシュ候補を上回ったが、大統領になったのはブッシュ候補であった。総得票数で上回った候補が大統領になれなかった選挙は、1824年、1876年、1888年、2000年、2016年と過去5回ある。

 形式的には、アメリカでは選挙人が投票で大統領を選ぶのである。アメリカの憲法第2部第1条第2項には「各州は州の立法部が定める方法で、当該の州から連邦議会に選出する上院議員と下院議員の総数と同数の選挙人を任命する」、「選挙人は各々の州で集まり、無記名で2名に投票する」と書かれている。すなわち各州に上院議員と下院議員を足した数の選挙人(下院議員435人+上院議員100人=535人)が割り当てられる。さらに州ではないがワシントンD.C.に3名の選挙人が割り当てられ、選挙人の総数は538人になる。大統領選挙に当選するためには270人の選挙人を獲得しなければならない。

 「2名に投票する」という規定は、1人は大統領候補、もう1人は副大統領候補を指す。選挙後、選挙人は州都に集まり、大統領候補と副大統領候補に投票する。その結果を封印し、上院議長(副大統領が兼務)に送付する。上院議長は州から提出された候補者の得票数を集計し、選挙人の過半数を獲得した候補者が大統領に就任すると規定されている。

 選挙人はどのようにして選ばれるのか。かつては州議会で選ばれたが、現在では各党の党大会の選挙で候補者リストが作成されるのが一般的である。ただ州によって選び方は違っている。選挙人の候補者になるのは元の党役員、党の州議会議員、党の活動家などである。大統領選挙が終わり、その州で勝った党の選挙人が、党の大統領候補に投票する。基本的には選挙人は州の選挙結果に応じて投票を行う。44州とワシントンD.C.では、「勝者総取り制度(Winner-take-all system)」が決まっていて、選挙人はすべて選挙で勝った候補に投票する。ただメイン州やネブラスカ州では獲得数にしたがって選挙人を大統領候補者の間で案分する方式を取っている。

 ただ憲法には選挙人の投票に関する規定がなく、選挙人が州の投票結果に従わないケースも起こっている。たとえばトランプ候補とクリントン候補が争った2016年の大統領選挙では、7人の選挙人が州の投票結果に従わない投票を行っている。クリントン候補が勝利した州の選挙人の5人がクリントン候補以外の民主党候補者に投票、トランプ候補が勝利した州の選挙人の2人がトランプ候補以外の共和党候補者に投票している。州によっては、こうした不実な選挙人(faithless electors)に罰則を設けている。

 歴史的にいうと、選挙人制度は奴隷州に有利であった。小さな州でも2人の上院議員が割り当てられており、それが割り当てられる選挙人の数に反映された。したがって、初期のころには奴隷州に有利に作用した。建国から9代目までの大統領のうち8名が奴隷州出身の大統領であった。現在も人口の少ない南部や中西部は共和党の地盤であり、共和党候補者は人口比とは関係なく、多くの選挙人を得る仕組みになっている。

 建国の父たちは「大衆民主主義」に懐疑的であった

 なぜ、このような間接選挙制度が作られたのであろうか。建国当時、国民投票で指導者を選ぶ国は存在なかった。その意味で、選挙で大統領を選ぶのは、新しい試みで、建国の父たちの意見は分かれていた。さらに建国の父の多くは「大衆民主主義(mass democracy)」を信じておらず、「大衆(mass)」を「暴徒(mob)」と考えていた。さらに建国の父たちが恐れたのは、直接選挙ではポピュリストの大統領候補者が直接有権者に訴えることで、大衆を動員し、独裁的な政府を構築することであると考えていた。だが、扇動家のトランプ候補の当選は建国の父たちが想定していない事態であった。選挙人制度の下でも扇動家が大統領になれるのである。

 また過半数を獲得する候補がいなくて、決選投票が行われるのを避ける狙いもあった。決戦投票になれば、2位、3位の候補者が連合を組んで1位の候補者に挑むことになる。選挙人制度では、そうした事態を阻止することができる。もし選挙人の過半数を獲得する候補がいない場合、憲法では下院での投票で選ぶと規定されている。その際、各州の投票権は1票とされている。大統領は国民ではなく、州が選ぶというのが基本的な発想である。

■ 黒人奴隷の扱いを巡る南北の対立

 2院制を導入したからといって問題が解決したわけではない。州に割り当てられる下院議員の数を決める「人口」をどう規定するかという問題が残った。

 南部の奴隷州は北部の自由州に比べると白人人口は少ない。それは、州に割り当てられる議員の数に影響を与える。そこで南部の奴隷州が提案したのは、奴隷を人口に算入するという案である。これによって南部の奴隷州は多くの下院議員を確保できる。これに対して北部の自由州は、連邦政府に納入する州の連邦税の割り当てベースである資産に奴隷を参入するという妥協案を提出した。その結果、憲法第2条に「下院議員と直接税は、連邦に加わる各州の人口に比例して各州間で配分される。各州の人口は年期を定めて労務に服する者を含み、納税の義務のないインディアンを除いた自由人の総数に、自由人以外のすべての者の数(具体的には奴隷)の5分の3を加えたものとする」という議員配分の方式が決まった。普通の言葉に置き換えると、奴隷人口の5分の3人を1人と数えて州の人口に加えるということである。この制度は、南部の奴隷州にとっては有利な制度であった。当初の選挙制度は上院も下院も奴隷州に有利な仕組みであった。

 当然のことながら、奴隷には選挙権はない。ネイティブ・アメリカンや女性にも選挙権は与えられなかった。ジェファーソンが起草した「独立宣言」には、「すべての人間は生まれながらにして平等で、創造主によって生命、自由、および幸福追求を含む不可侵の権利が与えられている」と書かれている。ここに書かれている「人間」の英語は「man」である。これを「人間」と訳すのは誤訳である。「man」は「男性」と訳すべきであろう。アメリカの女性参政権運動は過酷を究め、多くの女性運動家は迫害を受けた。女性の参政権は1920年の憲法修正第19条の批准まで待たなければならなかった。またネイティブ・アメリカンは1965年の投票権法が成立するまで選挙権は与えられなかった。

■ 憲法改正による黒人への投票権付与

 南北戦争の結果、1865年に批准された憲法修正第13条によって奴隷制度が廃止された。さらに1868年に「合衆国内で生まれたか、帰化した者は合州国の市民であり、その居住する州の市民である。いかなる州も合州国市民の特権を制約する法律を制定してはならない」という憲法修正第14条が批准され、黒人の公民権が認められた。さらに1870年の憲法修正第15条は「人種、肌の色、または前に奴隷状態にあったことを理由に合州国市民の投票権を奪い、制限してはならない」と規定し、黒人にも平等な投票権が保障された。

 こうした憲法修正は南部の州に二つの影響をもたらした。ひとつは、ある日、突然、多数の黒人有権者が登場したことである。1860年の南部の州の奴隷人口比率を見ると、アラバマ州で約45%、フロリダ州で約44%、ジョージア州で44%、ルイジアナ州で47%、ミシシッピー州で約55%、南カロライナ州で57%、テキサス州で30%を占めていた。南部15州全体では奴隷人口比率は約32%と極めて高かった。投票権が与えられた黒人が実際に投票すれば、南部の政治構造は根底から変わることになる。黒人有権者が黒人候補に投票すれば、州議会や連邦議会の黒人議員が多数誕生することになる。

 ただ南部諸州にとって有利な側面もあった。すなわち5分の3ルールが廃止されるため、南部の人口は計算上、増えることになる。州人口に応じて下院議員の議席が案分されるため、南部の州では下院の議席数が増える結果となった。それは政治構造の変化を引き起こした。すなわち南部の州の下院議員が増えることになった。

■ 失敗した連邦政府の南部諸州の管理政策

 南北戦争後、連邦政府は南部を連邦軍の支配下に置き、南部の民主化を進めた。連邦議会は、南北統合を目指す「連邦再建法(Reconstruction Acts)」を1867年に可決した。1865年から1877年の期間は「連邦再建時代」と呼ばれている。黒人の権利を守るために連邦政府は南部に「解放民局」という監視組織を南部に設置し、南部の黒人差別を取り締まった。

 黒人に選挙権と被選挙権が与えられ、1870年にミシッシッピー州からハイラム・ローズ・リベルズが黒人として最初の上院議員に就任した。当時、上院議員は公選制で選ばれるのではなく、州議会で選ばれた。上院議員の公選制が導入されたのは、1913年に憲法修正第17条が批准されてからである。また最初の黒人下院議員は、1869年に南カロライナ州から選出されたジョセフ・レイニー議員である。多くの黒人が州議会議員などの公職に就いた。これは南部の白人支配構造を変えるものであった。

■ 連邦再建政策の失敗と南部の白人至上主義者の復権

 だが、こうした連邦政府の政策は早々と頓挫した。1868年の大統領選挙で民主党の大統領候補のホレイショ・シーモアが南部からの連邦軍の撤退を主張した。さらに白人至上主義者たちが南部の州権回復を主張し始めた。ミシッシッピー州では「南部復権」を主張する民兵と州兵の間で戦闘が繰り返された。当時の共和党のグラント大統領は積極的に州政府を支援しなかった。連邦政府の南部支配は次第に弱くなっていく。1876年の大統領選挙で「連邦再建政策」は国民の支持を失い、連邦議会が「連邦再建政策の終焉」を決議し、奴隷制度廃止を訴えてきた共和党も連邦軍の南部からの撤退に同意した。

 さらに共和党はルイジアナ州、フロリダ州、南カロライナ州で旧南部連合の指導者に州の政治を委ねることに同意した。連邦政府は南部の民主化に失敗し、南北戦争の成果を放棄したのである。こうして旧勢力による「南部復古(Southern Redemption)」が始まった。南部連合の指導者が無傷で復活したのである。

■ 始まった黒人の選挙からの排除―「ジム・クロウ法」の登場

 南部復古が始まると、旧南部連合の指導者が大挙して公職に復帰した。連邦政府は“反乱軍”である南部連合の指導者を処刑することはなかった。旧体制が復活し、再び白人至上主義の体制の構築を目指した。だが、そのためにしなければならないことがあった。それは選挙から黒人を排除することである。黒人の公民権を否定する動きが出てくる。

 日本では、リンカーン大統領が「奴隷解放放宣」を出して、奴隷制度が廃止されたと単純に理解されている。リンカーン大統領の奴隷解放宣言は「大統領令」であり、正式な奴隷制度の廃止ではない。さらに南部連合に加担しなかった奴隷州での奴隷制度は認められる中途半端な内容であった。リンカーン大統領暗殺後、アンドリュー・ジョンソン大統領が後継者となった。同大統領は「州権論者」で、投票権に関する権限は州政府にあって連邦政府にはないという考えを持っていた。またリンカーン大統領と比べると、南部連合に同調的で奴隷制度廃止に積極的ではなかった。ちなみにジョンソン大統領は南部に対して強硬であった共和党と対立し、弾劾裁判に掛けられた最初の大統領である。

 ジョンソン政権の下、1965年と1966年の間に南部諸州は相次いで「ブラック・コード(黒人法)」を制定し、黒人に強制的な労働契約の条件を強要し、違反すると逮捕や殴打、強制労働を科した。黒人の財産所有、結婚(白人と黒人の結婚の禁止)、契約、裁判での証言、白人学校と黒人学校の分離、バスやレストランといった公的な場所での白人と黒人の分離が行われた。白人至上主義者の過激集団KKKが結成されたのは1865年である。

 1870年に憲法修正第15条(選挙権の拡大)が批准され、黒人の投票権が法的に保障された。それに伴い一時的に公職に就く黒人の数は増えたが、黒人法のもとで再び厳しい差別が行われるようになった。1876年以降、南部の黒人の市民権や投票を制限する法律が相次いで制定された。そうした黒人の投票権を抑制する一連の法律は「ジム・クロウ法(Jim Crow Acts)」と呼ばれた。

■ 奴隷制度時代よりも過酷な条件の下に置かれた黒人

 奴隷制度廃止で自由になった黒人は、奴隷からプランテーションで働く賃金労働者、季節労働者となった。極論すれば、競争的な労働市場に放り込まれた黒人は奴隷時代よりも厳しい経済状況を強いられた。南部の黒人政策の柱は、労働契約に関するものであった。ルイジアナ州は過酷な労働から逃げ出した黒人を対象とする「逃亡労働者法」を制定している。労働契約を破った黒人に厳しい制裁が科された。ミシッシッピー州では黒人に特別税を課していた。同州は憲法修正第13条(奴隷制度廃止)の批准を拒否した州でもあった。黒人に対する投票税の課税、識字試験の実施、投票所の不便な場所への設置などを通して黒人の投票は制限された。

 1883年に最高裁は公民権法に違憲判決を下した。1890年にミシッシッピー州は黒人の選挙権を剥奪することを決定した。1896年に最高裁は「黒人を分離しても平等である(separate but equal)」と、黒人の隔離政策を合法化する「プレッシー対ファーガソン判決」を下した。ジム・クロウ法は、マーチン・ルーサー・キング牧師などに率いられる公民権運動を経て、リンドン・ジョンソン大統領の下で1964年に成立した「公民権法」と1965年の「投票権法」が成立するまで存続した。

 最初に指摘したように、民主主義の大原則は「公平な選挙」である。だが、アメリカは建国以来、「公平な選挙」「平等な選挙」は存在しなかった。1965年の「投票権法」の成立で初めて「普通選挙」が実現したのである。本当のアメリカ民主主義の歴史は60年にも満たないのである。

■ 最高裁判決で空洞化された「投票権法」

 1965年の投票権法の成立によって、アメリカは名実ともに民主主義国家となった。同法は憲法修正第14条と15条で保障された黒人の投票権を再確認するものであった。同法には、全国的に適用される人種による投票差別や識字試験を禁止する「一般条項」と、特定の州を対象に「対象管轄区」を規定する「特殊条項」が含まれている。特殊条項には、対象管轄区が選挙法を変更する際に連邦地方裁判所から事前承認を得ることを義務付ける内容が盛り込まれている。これは州政府が勝手に投票ルールを決めてはならないことを意味する。

 だが投票権法はすぐに骨抜きにされた。2010年にアラバマ州シェルビー郡が当時のホルダー司法長官を相手どって投票権法の対象管轄区域の指定は違憲であると訴えた。連邦地方裁と連邦控訴裁は、投票権法は合憲と判断した。だが最高裁は2013年に5対4の票決で投票権法を違憲であると全く逆の判決を下した。その論拠は、投票権法で定めるような差別は既に存在しないことと、投票権法を成立させた連邦議会は憲法修正第14条と15条に基づく権限を逸脱したというものであった。これによって州政府は自由に投票ルールを設定できるようになった。再び南部諸州は黒人やマイノリティを対象に様々な投票制限を導入し始めた。

 最高裁判決後、15州で再び黒人やマイノリティの投票を阻止する規則の改訂が行われた。その先陣を切ったのは南カロライナ州で、「投票者身分証明法(voter identification law)」を制定した。身分証明として認められるのは州発行の運転免許証、州発行の身分証明書、軍の身分証明書、パスポートに限定するとした。これは明らかに黒人とマイノリティの投票を抑制する狙いがあった。多くの黒人は貧困層で自動車の免許証を持っていない。ましてやパスポートなど持つはずはなく、軍務経験がある者も少ない。

 さらに様々な理由をあげ、黒人有権者を選挙登録から排除した。2018年の連邦議会の公民権委員会の報告では、23州で厳格な身分証明の提示、投票所の閉鎖、期日前投票期間の短縮、郵便投票の制限などが行われた。最高裁判決後5年間で投票所は1000か所以上閉鎖され、その大半は黒人などマイノリティの居住地域である。こうした動きは、「投票抑制(voter suppression)」と呼ばれている。2020年の大統領選挙でもトランプ候補支持派によって多くの投票箱が撤去された。

■ 共和党支持者は“投票抑制”を支持

 選挙ルールに関して共和党支持者と民主党支持者の反応は全く異なっている。ギャラップが行った調査(2022年10月14日、「Eight in 10 American Favor Early Voting, Photo ID Law」)では、「投票所で写真付きの身分証明の提示を義務付ける」ことに関して、共和党支持者の97%が賛成であるのに対して、民主党支持者の賛成は53%に留まっている。「投票所あるいは不在者投票を制限する」に関しては、共和党支持者の61%が賛成し、民主党支持者の賛成はわずか18%である。「5年以上投票していない選挙登録者を有権者名簿から削除する」に関して、共和党支持者の賛成59%に対して、民主党支持者の賛成は19%と低い。

 「自動的に選挙登録ができるようにする」は、共和党支持者の賛成は47%、民主党支持者の賛成は81%である。アメリカは選挙登録をしないと投票できない。日本のように自動的に選挙投票用紙は送ってこない。民主党は選挙になると、選挙登録をするようにキャンペーンを行っている。さらに「期日前投票の期間を延長する」では、共和党支持者の賛成は60%、民主党支持者の賛成は95%である。「選挙前にすべての有権者に不在投票用紙を送付する」に関しては、共和党支持者の賛成はわずか27%、民主党支持者の賛成は88%である。

 共和党支持者は投票率を引き下げるような投票制限政策を支持しているのに対して、民主党支持者は投票率を高める政策を支持していることが明確に表れている。選挙制度の対立は党派対立を映し出しているのである。

■ 2021年には共和党地盤の27州で投票制限法が提出

 マイノリティに対する投票制限は黒人に限定されるものではない。2018年の選挙で、ノースダコタ州はネイティブ・アメリカンに対する投票抑制を行っている。同州にはネイティブ・アメリカンの居留地がある。伝統的に居留地には通りの名前や住所の番地はない。したがって、ネイティブ・アメリカンは投票用紙を郵便局で受け取ることになり、皆が同じ住所になる。だが同州の州議会は投票に際して個別の住所を持っていることを投票条件にしたのである。それは実質的にネイティブ・アメリカンの投票を拒否することを意味していた。彼らは、この法律を無効だとして訴訟を起こしたが、最高裁は訴えを棄却した。また、身分証明が不十分だとして不在者投票も認めず、投票所を居留地から離れた遠隔地に置いた。これは過去の話ではなく、2018年の選挙での話である。

 11月8日に中間選挙の投票が行われる。共和党は2020年の大統領選挙は民主党に盗まれたと主張し、共和党が地盤の州では様々な選挙規制が導入されている。Brennan Center for Justiceの調査(2022年2月9日、「Voting Laws Roundup: February 2022」)によれば、2022年1月の時点で、27州で250本を超える投票規制法が州議会に提案されている。2021年1月14日時点で、24州で75本の法案提出と比べると飛躍的に増えている。これは中間選挙に向けた共和党の支持基盤の州が投票の不正を理由に提案しているものだが、同センターは「もし法案が成立すれば、有色人種にとって非常に大きな影響を及ぼす」と指摘している。しかも選挙結果に大きな影響を与える激戦区を抱える州では、郵便投票規制や厳格な身分証明の提示、障害者の投票規制、市民である証明書の提示などを内容とする投票制限法案の提出が目立つ。

■ 頓挫したバイデン政権の投票改革法案

 こうした共和党の投票制限の試みに対して、民主党は選挙改革法を議会に提出した。法律の名称は「The For the People Act」と呼ばれ、全国一律の選挙法を適用することを求め、公民権法以来の画期的な法律だと評価されている。その内容には、自動的な選挙登録制度の導入がある。現在、19州が自動選挙登録制度を導入しているが、同法はそれをすべての州に導入することを求めている。また郵便投票や期限前投票を容易にする内容や投票抑制の禁止、小口の選挙資金の献金者を優遇する選挙資金の改革、政治的ゲリマンダーの禁止、連邦倫理法の強化、受刑者の投票の容認など盛りだくさんである。同法は2021年3月に下院で成立したが、上院で共和党議員の反対で成立には至っていない。

 中間選挙は、世論調査では下院は共和党が過半数を獲得し、上院は民主党と共和党が接戦を演じている。選挙前の勢力は民主党50議席、共和党50議席といずれの党も過半数に達しなかった。世論調査では、ネバダ州、ジョージア州、ペンシルバニア州の3つの激戦区の結果が上院の勝敗を決すると見られている。共和党が上院で過半数を獲得すると、共和党が両院で多数派を占めることになる。議会での与野党の対立はさらに激しくなり、バイデン政権は厳しい状況に置かれるだろう。

■ 敗北しても共和党は選挙結果を拒否

 『ワシントン・ポスト』紙が興味深い記事を掲載した(2022年9月18日、「Republicans in key battleground races refuse to say whether they will accept results」)。同記事は「10名以上の州知事選や上院選の激戦区の共和党候補者は、選挙結果を受け入れるかどうかに関して発言を拒んだ。それはトランプ大統領が大統領選挙の敗北を拒んでから2年後、選挙を巡る混乱が起こる可能性を高めている」と書いている。要するに選挙の帰趨を決する激戦区で敗れたら、共和党候補は選挙で不正が行われたとして選挙結果の受け入れを拒否する可能性が出てきたとおいことである。2年前にトランプ大統領が取ったのと同じ行為であり、民主主義の原則を再び踏みにじることになる。

■ アメリカ民主主義の宿弊は選挙資金

 中間選挙も終盤に差し掛かった10月20日、ABCニュースが興味深い情報を報道した(”New Trump-backed PAC pours $8.6 million in ad spending into key races)。トランプ前大統領のスーパーPAC(political action committee=政治活動委員会)の「Make America Great Again Inc.,」が激戦区で共和党候補を支援するために8600万ドル(約1260億円)もの巨額の資金を使ってテレビ広告などを流した。要するに地方のテレビ局を使って共和党候補の宣伝広告を大量に流すことで、選挙情勢を有利にすることを狙った。中間選挙で共和党が上院の過半巣を占めるかどうかは5つの激戦区(オハイオ州、ペンシルベニア州、アリゾナ州、ジョージア州、ネバダ州)の結果に掛かっている。信じられない額が共和党候補支援のために投じられるのである。だが、これは氷山の一角である。

 アメリカ民主主義の最大の問題のひとつは政治資金である。アメリカでは選挙のために膨大な額の資金が使われる。票をお金で買うのである。非営利団体のOpen Secretは、2022年に使われる選挙資金の総額は93億3900万ドルに達すると予想している。日本円で約1兆4000億円になる。大統領選挙が行われた2020年には144億ドルの選挙資金が使われている。内訳は、大統領選挙で57億ドル、議会選挙で87億ドルである。

 ロイター通信は「2020年の選挙は約140億ドルかかり、アメリカ史上、最も高くついた選挙である」と書いている(2020年11月24日)。連邦選挙委員会のデータでは、候補者は予備選挙のために22憶ドル使っている。民主党候補の方が共和党候補よりも多くの選挙資金を使っている。同記事では、ケンタッキー州で民主党は1票を得るために92ドル使い、共和党は34ドルを使っている。サウスカロライナ州では民主党は95ドル、共和党は44ドルを使っている。

 問題は、これだけの巨額の資金の出どころである。現在、アメリカでは企業は無制限に献金することができる。歴史的にいうと、1907年ティルマン法(the Tillman Act of 1907)によって企業は無制限で政治献金を行うことが可能だった。企業と政治家が癒着し、多くの腐敗を生み出してきた。そのためアメリカでは政治活動は個人献金に依存する制度が作られ、企業や労働組合、団体が政治家に直接献金することは制限された。そこで政治家とは直接関係のないPACが設置され、企業や労組はPACを通して政治献金をする仕組みになった。PAC設立は連邦選挙委員会に登録しなければならない。PACへの献金額は1人あるいは1団体で年間5000ドルの上限が設けられている。これによって政治家と政治献金をする企業や団体の関係が制約されていた。政治家は巨額献金者の利益を図るようになった。

 だが、2010年に最高裁が「シチズン・ユナイテッド対連邦選挙委員会裁判(Citizen United v. Federal Election Committee)」で、企業や団体が政治家個人とは関係ない形で政治活動をする場合、献金に限度を設ける必要はないという判決をくだした。企業や団体にも言論の自由があり、政党や政治家と直接関係のない政治活動を行う場合、無制限に政治献金ができるようになった。その手段として設立されたのが「スーパーPAC」である。

■ メガ・ドナーと呼ばれる富裕層が政治を支配

 スーパーPACに献金する富裕層は“メガ・ドナー”と呼ばれて、企業経営者や投資家である。メガ・ドナーは100万ドルを超える寄付を行っている。かつてアメリカの政治活動は小口の個人献金に頼っていたが、現在ではPACやスーパーPACに大きく依存するようになっている。2012年の大統領選挙以降、スーパーPACが選挙結果に大きな影響を及ぼすようになっている。

 現在では政治家はスーパーPACの支援なくして選挙はできなくなっている。逆に言えば、メガ・ドナーの政治に対する影響力が増しているのである。スーパーPACのテレビやネットでの広告は政策を訴えるだけでなく、政敵に対する激しいネガティブ・キャンペーンを行うのが普通である。富裕層や企業はスーパーPACを通して選挙に影響を与えるだけでなく、自らの利益を実現する法律の制定を政党に求めている。国民は置き去りにされている。政治資金がアメリカ政治を大きく歪める要因となっている。

■ 混乱が予想される中間選挙後のアメリカ政治

 議会選挙では共和党の勝利が濃厚である。来年、共和党の選挙否定論者や陰謀論者、極右が大挙して連邦議会と州議会に登院することになる。さらに選挙を監督する州務長官や州司法長官の要職に就くことになる。彼らは、トランプ前大統領支持派である。既に今回の中間選挙で不正があると主張しており、敗北した選挙区で訴訟を起こす構えを見せている。こうした動きを背景に、トランプ前大統領は11月中には2024年の大統領選挙への出馬表明を行うとみられる。連邦議会では共和党は非妥協の姿勢を取り、バイデン政権を追い詰めようとするだろう。

 もはやアメリカの政治は交渉と妥協という言葉が「死語」になっているほど党派対立が激しくなっている。バイデン政権の残りの2年は政治的混乱をきたすことは間違いないだろう。選挙制度のみならず、議会制度の空洞化と崩壊の危機も存在している。アメリカ民主主義の一層の空洞化が始まるだろう。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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