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韓国の文在寅大統領が固執する「朝鮮戦争終結宣言」の真実、米中朝は終結宣言に“合意”しているのか?

中岡望ジャーナリスト
オーストラリアを訪問中の文大統領。「朝鮮戦争終結宣言」を発言。(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

文大統領、朝鮮戦争終結宣言に米中朝が合意と発言

 朝鮮戦争はまだ終わっていない。1953年に休戦協定が締結されたが、平和協定の締結に至っていない。いわば現在でも戦争状況が続いている世界で最も不安定な地域である。

 2018年にアメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩国家最高指導者の首脳会談が2回開催され、また韓国の文在寅大統領と金正恩の南北首脳会談が3度開催され、南北融和の雰囲気が急速に高まった。その時、韓国と北朝鮮の指導者が構想したのが、2018年末までに「朝鮮戦争終結宣言」を締結することであった。だがアメリカと北朝鮮の和解に向けた試みは頓挫。韓国と北朝鮮の関係も冷え切り、朝鮮戦争終結宣言の話は立ち消えとなった。

 再び朝鮮戦争終結宣言が浮上してきた。12月13日、文大統領が訪問先のオーストラリアのキャンベラで行った記者会見の席で朝鮮戦争終結宣言を取り上げた。共同記者会見の場で記者に朝鮮戦争終結宣言に関する質問を受けた大統領は「アメリカ、中国、韓国、北朝鮮は“原則的に”朝鮮戦争終結宣言に合意していると私は信じている」と発言したのである。その発言が注目されたのは、文大統領が、4か国が朝鮮戦争終結宣言を締結することに“合意”していると発言したからだ。今まで幾度か朝鮮戦争終結宣言が話題になったが、いずれも話の段階で終わっていた。もし当事者である4か国が合意したとすれば“大ニュース”である。日本のメディアはほとんど報道することはなかったが、海外のメディアは反応した。

 ただ注意深く文大統領の発言を分析すれば、「原則的に合意したものと信じる」と極めて曖昧な表現を使っているのに気が付く。大統領は続けて「しかし、北朝鮮はアメリカが北朝鮮に対する敵対的行動を止め、朝鮮半島から軍を撤退させることが前提条件だと言っている。そのため、私たちは朝鮮戦争終結宣言に関して議論を行うテーブルに就くことができない」と現状を説明。さらに「私たちは話し合いが始まることを期待している。それに向かった努力を行う」と、発言内容は一気にトーンダウンしている。

 唐突に朝鮮戦争終結宣言の問題が再浮上してきた感は否めない。だが文大統領が朝鮮戦争終結宣言を再び持ち出す前兆はあった。9月21日の国連総会で文大統領は「私はアメリカ、韓国、北朝鮮の3か国、それに中国を含めた4か国が協力して、朝鮮半島での戦争終結を宣言することを提案する」と語っている。キャンベラでの発言は、国連総会での発言の延長線上にある。

文大統領の“合意発言”の根拠

 さらに韓国政府は朝鮮戦争終結宣言に関して、アメリカと中国の同意を取り付けたという思いもある。訪豪の前の12月2日に文大統領はオースチン国防長官とソウルで会談を行っている。会談の中で文大統領は「韓国政府はアメリカ、韓国、北朝鮮が話し合いを行う状況を次期政権に引き継ぐために朝鮮戦争終結宣言を行うことを提案する。ソウルとワシントンの密接な協力がなによりも重要である」と語っている。

 また別途行われたオースチン長官と徐旭国防部長官の会議でも朝鮮戦争終結宣言がテーマに取り上げられ、意見交換が行われた。韓国政府によると、会談の中で終結宣言の文面作成を急ぐという話も出たという。ただ会談後のコミュニケでは、この問題に対する言及はなかった。それに先立つ11月24日に、韓国政府の統一部の幹部が「朝鮮戦争終結宣言に関する米韓の交渉は最終段階に入った」と発言している。こうした一連の出来事や発言から推測するに、文大統領は朝鮮戦争終結宣言にバイデン大統領の賛同を得たと判断したのかもしれない。

 さらに12月3日、韓国の徐薫大統領安全保障担当補佐官が中国共産党の外交問題の責任者の楊潔篪中央政治局員と会談している。その席で徐補佐官は朝鮮戦争終結宣言を含む朝鮮半島での平和協議促進に向けての韓国政府の取り組みについて説明を行った。それに対して楊氏は、「韓国政府の朝鮮戦争終結宣言に対する取り組みを支持し、終結宣言が朝鮮半島の平和と安定に寄与する」と応えた。文大統領は、この発言を中国が朝鮮戦争終結宣言に同意したと受け取った。

 北朝鮮からも肯定的なメッセージが届いた。9月に金正恩氏の妹の金与正国務委員が「北朝鮮が出す条件が満たされれば、ピョンヤンは戦争終結を拒まない(open to ending the war)」と前向きな声明を出した。声明には「そうした前提条件が満たされた場合のみ、直接交渉し、戦争終結宣言を出すことは可能だ」と、手放しで韓国政府の提案に同意したわけではない。提示された条件は、アメリカの北朝鮮に対する制裁の中止が盛り込まれており、とてもアメリカ政府がのめるような内容ではなかった。

 いずれにせよ、キャンベラでの「4か国が原則的に同意した」という文大統領の発言の背後に上記のような経緯があった。だが米中の合意は閣僚レベルでの話に過ぎず、北朝鮮もとてもアメリカがのめない条件を付けている。首脳会談で合意が確認されたわけではなく、米中朝の合意を得たという文大統領の発言は前のめりの発言であった。

 文大統領が描いていた夢は、来年2月に北京で開かれる冬季オリンピックで4か国首脳が集まり、朝鮮戦争終結宣言に署名することだった。だが既にバイデン大統領は冬季オリンピックの「外交的ボイコット」を決めており、既に夢は潰えている。

バイデン大統領は終結宣言に消極的

 また文大統領の期待に反して、バイデン政権は朝鮮戦争終結宣言に消極的である。文発言に対してホワイトハウスは何の反応も示していない。アメリカ政府の立場は不変で、北朝鮮が非核化を実施することが、交渉の前提条件である。北朝鮮は非核化に触れず、アメリカの制裁解除が交渉の条件であるとの立場を取っており、両者の間に妥協の余地はない。さらにバイデン政権は外交政策の基本に“人権問題”を置いている。バイデン政権は12月12日、人権問題に関連し8か国に新たな制裁を科すと発表している。中国やロシアに加え北朝鮮も制裁の対象になっている。バイデン政権にとって北朝鮮の非核化の保証もなく、また深刻な人権問題を抱える北朝鮮に対して妥協するとは思えない。ブッシュ政権から何度も繰り返され、失敗を重ねた米朝交渉の結果、アメリカ国内では北朝鮮に対する根深い不信感がある。

 12月7日、35人の共和党議員がジェイク・サリバン大統領安全保障担当補佐官に書簡を送っている。書簡には「私たちは、朝鮮戦争終結宣言は平和を促進するのではなく、朝鮮半島の安全保障を損ない、不安定化することを非常に懸念している」と書かれている。バイデン政権にとって、現状において朝鮮戦争終結宣言を支持する積極的な理由はまったくと言って良いほど存在しない。ましてやアメリカ政府の意向に反してミサイル実験を繰り返し、核兵器開発を進める北朝鮮に対して譲歩することはありえないだろう。

 また朝鮮戦争終結宣言の法的な意味も曖昧である。現在、アメリカと韓国、北朝鮮が署名した休戦協定が存在する。休戦協定はアメリカ軍の韓国での駐留を容認している。戦争終結宣言が休戦協定に取って替わるものなのか、単なる宣言に過ぎないのか、明確な説明はされていない。韓国外交部は「戦争終結宣言は休戦協定を拘束するものではない」と説明している。要するに休戦協定に変わりはないとすれば、今まで通り北朝鮮が批判する米軍の韓国駐在や米韓合同軍事演習なども継続されることになる。北朝鮮は容認できないだろう。とすれば、何のための朝鮮戦争終結宣言かということになる。文大統領が執着する朝鮮戦争終結宣言は象徴的な意味しかなく、実質的に朝鮮半島の安全保障関係を変えるものではない。

文大統領の本当の思惑は何か

 では、なぜ文大統領は、そうした現実にもかかわらず、朝鮮戦争終結宣言に固執するのだろうか。韓国内では2つの理由が取り沙汰されている。ひとつは、政権発足から5年間、具体的成果がほとんどない文大統領にとって、任期が終わる来年5月までになんとしても実績を残したいという焦りが背景にあるという説明である。特に北朝鮮との融和を政策の柱として主張してきただけに、朝鮮戦争終結宣言が実現すれば、最大の成果になる。もうひとつは、現在、大統領選挙が行われている。もし戦争終結宣言が現実のものとなれば、与党候補にとって最大の追い風となるのは間違いない。

 だがアメリカは言うまでもなく、北朝鮮も中国も本気で朝鮮戦争終結宣言の実現に取り組むとは思えない。朝鮮戦争終結宣言は、目立った政策実績を上げることができなかった文大統領の焦燥感を反映したものであろう。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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